上 下
123 / 711
第七章 ある護衛騎士の災難

第七話 新年会での酒盛り

しおりを挟む
 やがて、宴の開始が正式に告げられ、人々はグラスを手にする。
 大広間の壇上で、王がグラスを掲げ、乾杯の音頭を取ると、会場の貴族達は一斉に声を上げて、グラスを掲げた。建物が揺れるかと思われるほどの大きな声であった。その後、グラスの中の酒を飲み干した。
 ウラノス騎兵団長とバルトロメオ辺境伯、エイベル副騎兵団長も、グラスの中のワインを一気に飲み干している。見れば王子とバンナムも一息に飲んでいて、ただバンナムの隣のレネは、酒があまり強くないのだろう。グラスを両手で持ってチミリチミリと少しずつ飲んでいた。
 そしてルーシェはというと、この世界に転生してから酒を飲むのは初めてであった。
 小さな竜の姿のルーシェは、王子の肩の上で、王子から渡された果実酒の入ったグラスを両手で持ち、一口それをペロリと舐めとった。それからすぐに尻尾をピンと立たせて叫ぶ。

「ピルルルルゥ!!(美味しい!!)」

 そのサクランボ色の果実酒が美味しくて、ルーシェはグラスを持ち上げると、ゴクゴクと一気にそれを飲み干した。それからプハーと息をつく。

「ピルピルルピルル(これ、とっても美味しいお酒だ)」

 そう尻尾をブンブンと振って、黒い目を光らせて言うルーシェを見て、バルトロメオ辺境伯は何故か満足そうに腕を組んで頷いていた。

「ルーシェとやら、君もなかなか旨い酒が何であるのかよく分かっているね。その酒は、今話題の果実酒で、甘くて飲みやすいと評判のものだ。もう一杯いくかね!!」

「ピルピルルゥゥ!!(もちろん!!)」

 すかさずルーシェがグラスを両手で持って差し出すと、バルトロメオ辺境伯は果実酒の瓶を、銀のトレーに載せていた侍従から奪い取り、そしてそれを勝手にルーシェのグラスにトクトクと注ぎ込んでいる。

「ルーシェは子竜ですので、酒はあまり飲ませ過ぎないようにしたいのですが」

 アルバート王子がそう言うと、バルトロメオ辺境伯は呵々と大きな声で笑った後、アルバート王子の背を勢いよく叩いて言った。

「竜は酒好きだ。古来から竜には酒を捧げるものなのだぞ」

 それを聞いて、ルーシェは改めて考えてみれば、リヨンネは青竜エルハルトに対して、王都からわざわざ美味しい酒を取り寄せてはプレゼントしていた。あれはエルハルトだけのことではなく、一般的に竜は酒好きなのか。

(でも、お酒は美味しい)

 バルトロメオ辺境伯が注いでくれたお酒を、ルーシェはまたしても飲み干した。コクコクと小さな竜が、グラスを傾けて一気飲みする光景に、周囲の者達も面白そうに眺めている。

「プハァ」

 ルーシェの空になったグラスを王子は受け取る。見れば小さな竜の小さなお腹が、お酒が入ってぷっくりと膨らんでいた。黒い瞳は潤んだようになり、息も熱い。

(ふわふわして、なんかいい気持ちだ)

 王子の肩に止まっていたルーシェの体が前後に揺れ出したので、王子は慌ててルーシェを腕に抱いた。

「ルー、ルー、大丈夫か」

(ああ、王子が心配してる)

 腕に抱いたルーシェの顔を心配そうに見るアルバート王子。その王子の顔が酒の酔いのせいでブレて見える。

(俺の大好きな王子が分身している。一人から二人に、二人から三人に増えてる!!)

 そのいずれもが、ルーシェを見下ろし、心配そうにしながらも優しくそっと抱いてくれている。

(王子がたくさんで幸せだあぁぁぁぁぁ)

 それから、小さな竜はガクンと身を揺らした後、すぐにクカーと小さないびきを掻いて、眠ってしまったのだった。
 あまりにも呆気なく寝入ってしまったルーシェにアルバート王子も戸惑い、紫色の竜を抱きとめたまま、動きを止めていたのだった。

「…………寝てしまいましたね」

 王子の腕の中の、口を開けて寝ている小さな竜をエイベル副騎兵団長は笑って見つめていた。

「寝たのか?」

 ウラノス騎兵団長も驚いている。
 バルトロメオ辺境伯はなおも笑い声を上げていた。バルトロメオ辺境伯は、飲むと上機嫌になるタチらしい。

「たった果実酒の二杯で寝てしまったと言うのか。子供だな、この竜は」

(いや、みるからに体が小さい子供だろう)

 そうバルトロメオ辺境伯に突っ込みたいアルバート王子、ウラノス騎兵団長、エイベル副騎兵団長であったが、美味しい酒を飲んでご機嫌のバルトロメオ辺境伯は、馬耳東風の様子だった。
 



 そんな彼らのそばに、裾の長いローブをまとった魔術師が数人、近づいてきた。その胸元に王国の竜の刻印の金色のメダルを下げているところを見て、すぐにウラノス騎兵団長とエイベル騎兵団長も気が付いた。

(ウール王宮魔術師長)

 アルバート王子に何度も紫竜への面会を求める手紙を出した、王宮魔術師長である。
 小柄の禿頭の老人魔術師は、如才ない微笑みを浮かべていた。

「アルバート王子殿下、お久しぶりでございます」

 王子もウール王宮魔術師長に、挨拶をする。

「お久しぶりです。魔術師長」

「おや、ルーシェは眠ってしまったのですね」

 紫竜ルーシェが、だらしなくも口を開けてクカーと寝息を立てている姿を、ウール王宮魔術師長はじっと見つめている。

「折角、新年会でお会いできると楽しみにしていたのに、残念です」

 そう言って、手にしている杖でトンと床に突く。
 バンナムとレネも、そっと王子達の後ろに控えるように立っていた。

「まだ子竜ですから、すぐにこうして眠ってしまうのです」

 王子は紫色の子竜を片手で抱きしめていると、子竜は猫のように無意識に身を擦り寄せていた。
 暗に、アルバート王子は、紫竜は魔術師達の役には立たない子供であると告げている。
 だが、ウール王宮魔術師長はこう言った。

「そのように酔っぱらっていては、大変でしょう。あちらで休んでいらしてはどうでしょうか」

 そう言って魔術師長は大広間から出て紫竜と共に別室で休んではどうかと、親切にも提案してくれるが、その言葉の裏に嫌なものを感じる王子は、笑顔で首を振った。

「母達にもまだ挨拶を済ませておりませんので」

 そして、軽く一礼をして立ち去る。
 アルバート王子の後ろ姿を王宮魔術師達は暗い目でじっと見つめていた。



 その様子を見て、バルトロメオ辺境伯は小声で、隣に立つウラノス騎兵団長に言った。

「魔術師というやからはどうも好かん」

「…………」

 紫竜は、明らかに、王宮の魔術師達に目を付けられている。それをバルトロメオ辺境伯もウラノス騎兵団長も認めた。

「殿下と一緒に、陛下にご挨拶に参りましょう」

 エイベル副騎兵団長にそう促され、ウラノス騎兵団長も、バルトロメオ辺境伯も、国王並びに王妃、その王子達に新年の挨拶をする。社交辞令的な会話を交わしながらも、ウラノス騎兵団長は思っていた。

(やはり、会うだけでは満足しないか)

 未だ、新年会の会場で、魔術師達の数人が、ルーシェのいる方角を眺めている。
 あの時、そう、アルバート王子のザナルカンド王国への婿入りを止めるためには、魔術師達の前で紫竜の魔法の力を披露するしかなかったとウラノス騎兵団長は考えていた。それをしたことについては後悔していない。
 しかし、あれを契機に、紫竜は王宮の魔術師達に興味を持たれてしまった。
 今はただの好奇心からの、声がけだけで済んでいる。このまま、なんとか見逃してくれるといいのだが。
しおりを挟む
感想 276

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...