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第七章 ある護衛騎士の災難

第五話 雪の降り積もる巣に屋根を作る

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 北方地方が雪の季節を迎えた。
 ルーシェと王子が、山間の崖にある自分達の巣に足を運んだ時、二人は驚いた。
 巣の奥にある湖が凍りつき、そしてぶ厚い氷の上に雪が積もり始めていたからだ。

「…………王子、これはまずいんじゃないかな」

 ぽつりと言うルーシェ。
 王子の傍らに立つ彼は、今は王子だけがそばにいることもあって、人の姿をとっている。白いローブをまとっただけのその姿は、一見凍えそうにも見えるが、竜の化身である彼は寒さをまったく感じていなかった。
 足も素足である。ズボッと素足のまま雪を踏みしめている。
 それで凍りついた小さな湖の上に立っていた。
 小さな湖は、その上に五十センチほど雪が積もっていた。
 見上げれば、頭上に空いた穴から灰色の雲が重く垂れこめている様子が見え、しんしんと音もなく雪が降り続けている。それどころか、しばらく見ていると、上から雪が雪崩落ちて、湖の奥の方から雪で埋もれつつあった。

「このまま雪が降り続けて、上から雪がどんどん雪崩落ちてきたら、部屋の方まで雪が押し寄せてくるんじゃないかな……」

「そうなるな」

 王子は冷静に答えている。

「……」

 ルーシェは頭上の穴が空いている部分を見上げた。

「何か手当しないと、折角の俺達の巣が雪で埋もれちゃうじゃないか!!!!」

 手塩に掛けた二人の巣が真っ白い雪にみっちりと埋まって、最後には雪に押しつぶされて壊れる様子が思い浮かぶ。大変なことだと叫ぶルーシェに、王子は淡々と告げた。

「ルーが、土魔法で屋根を作ればいい」

 王子の言葉に、ルーシェはぽんと手を叩く。

「そうか。それもそうだな。屋根を付ければいいのかな」

「上にヤマ型になるような屋根がいいだろう」
 
 そうすれば、この湖部分に雪が落ちて溜まることはなくなる。

「分かった」

 ルーシェはすぐさま丸く円形に空いていた天井部分を塞ぐように土魔法を使い始めた。ルーシェが黒い瞳でずっと天井を睨むように見つめていると、天井の穴部分が徐々に土で覆われていく。
 それから彼は「ふん!!」と声を上げると、どうやらその声に合わせて天井部分がとんがり屋根になったようで、ズザザザザーと外で雪が雪崩落ちる大きな音が響き渡った。

 しかし、頭上の天井部分に手当ができた半面、天井部分の穴を埋めたことによって、外からの明りが一切入らなくなり、湖のある場所は暗闇に包まれてしまった。

「ルー、何も見えないのだが」

 室内が真っ暗闇になってしまったアルバート王子の困惑した声に、ルーシェはすぐさま王子に身をくっつけて、それからこう言った。

「俺は竜だから、目が見える。王子を出口まで案内するよ」

 闇の中、ルーシェの黒い目がキラキラと輝いている。
 竜であるルーシェは、暗闇の中も目が見えるのかと、今更ながら、その竜の能力を知らされた。ルーシェは王子の手を取り、ゆっくりと歩きながら説明した。

「そこに小さな段差があるから、気を付けて。まっすぐ進んで来られる?」

 ルーシェは、暗闇の中で手を引くだけということでも、自分が王子に頼られていることが嬉しいようで、その声も弾んでいた。普段は王子のことを、自分の主として尊敬しているルーシェは、王子の言うことには絶対のように従っていた。
 そう言えば、ルーシェが自分の言葉に逆らったのは、今まで一度しかないとアルバート王子は思い出していた。
 リヨンネを救うため、野生竜のテリトリーに入り込んだあの一件である。戻って来るように命じても、彼は飛んでいってしまった。最後には自分の手の中に戻って来たが、ルーシェを失うかも知れないと思った、まさにあれは悪夢のような出来事だった。

 ルーシェの手に引かれ、アルバート王子が湖の部屋から、いつも寛いでいる広い円形の部屋の入口部分に辿り着こうとした時、ふいに王子の唇に柔らかなものが触れた。
 暗闇の中、どうやらルーシェが背伸びをして、王子の唇に口づけたのだ。
 それから「ふふふふふ」と楽しそうな笑い声がする。

「ルー」

 アルバート王子がその名を呼ぶと、また唇に彼の唇が触れ、今度は上唇を挟むようにまれた。
 なおもルーシェの悪戯っぽく笑う声がする。

「ルー」

 もう一度呼ぶと、またルーシェが唇に口づけたその瞬間、アルバート王子は左手でルーシェの腰を捕らえるように抱き止め、もう片手でルーシェの後頭部を抑え込むようにして逃がさなかった。
 それにはルーシェの黒い目が見開かれて、「うむむむむむ」と戸惑うような声が上げられるが、それに構わず、ルーシェの柔らかな口の中に強引に舌をねじ込んだ。

「ふ、あ」

 鼻から息が抜け、甘く声を上げる。
 悪戯なルーシェを懲らしめるように、王子は長々とどこか乱暴にルーシェと口づけを交わす。舌が口内をまさぐり、歯列を舐め、柔らかなルーシェの小さな舌にも絡みつく。逃さないような強引な口づけだった。ようやく唇を離した時には、ルーシェは息も上がり、暗闇の中で真っ赤な顔をして少し震えていた。唇をごしごしと擦っている。

「王子、ひどい」

「お前が悪戯するからだ」

「ひどいんだ、王子」

「ルー」

 王子はルーシェの手を掴むと、再度抱きしめて、その唇に唇を重ねた。
 今度はひどく優しいものだった。触れ合うようなその口付けが、やがてゆっくりと濃厚なものに変わっていく。互いの舌を絡めるそれに、ルーシェは目を細め、今度は大人しく受け入れた。

 やがてすっかり発情してしまった二人は、広い円形の部屋の中に入ると、寝台の上でお互いの服を脱がし始め、いつものように互いを求め始めたのだった。



 屋根が出来たことで、奥の湖の部屋に雪が落ちることはなくなったが、天井部分を塞いだことによって光が入らず真っ暗闇になってしまっている。ルーシェが、明りの魔道具をまた追加購入するため、リヨンネ先生に頼まなければならないと独り言ちると、王子はルーシェの白い体を抱きしめながらこうも言っていた。

「土魔法で、ぶ厚い水晶のような陽の光を通す板は作れないのか。それで屋根を作ればいい」

「俺の王子は本当に頭がいい!!!!」

 ルーシェは嬉しそうにそう叫んだ後、二人は見つめ合い、また口づけを交わしたのだった。
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