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第七章 ある護衛騎士の災難

第三話 招待状(上)

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 バンナムは、ルーシェに指導をしながらも、少しずつ自分の荷物を青竜寮のレネの部屋へと移動させていた。レネとは昨年末に婚姻したが、アルバート王子の護衛騎士であるバンナムは、夜も警護のためにアルバート王子の部屋で眠っていたのだ。
 しかし、王子のパートナーである紫竜が、王子の警護を務めることができるようになれば、バンナムは伴侶のレネの部屋へ引っ越すことができる。

 そして王子の部屋からバンナムの寝台が運ばれ、バンナムの荷物全てが無くなった時、なんとなしにアルバート王子と小さな竜は顔を見合わせた。
 慎重で用意周到な護衛騎士バンナムは、王子とルーシェの二人だけになると浮ついたことになって、王子の警護に差しさわりが出るであろう事態も想定して、魔術師のレネに何枚かの感知の札を書かせていた。
 部屋の扉前と、窓の全てに貼られたその札は、部屋の外から誰かが押し入るなどした時には、バンナムとルーシェに信号のような合図が来るようになっていた。元は王宮勤めのエリート魔術師であるレネの感知の札は、完璧な効果があるとバンナムは言っていた。

「異常があればこれで報せが来ます。ルーシェ、貴方は王子殿下を、救援が来るまでの間だけでも守りきることが最大の任務になります。何が起きようとも殿下をお守りなさい」

「ピルピルルル(分かった)」

 小さな竜はどこかキリリとした表情で、鳴いて答えた。


 しかし、それとは別に恋人との二人の生活が始まる。
 ぶっちゃけ、凄く嬉しかった。
 きっと今頃、レネ先生もだらしないほど満面の笑みでいるだろう。
 惚れて惚れぬいた騎士との生活なのだ。

 ルーシェと王子は、山中に自分達の巣穴も持っているから、寮と巣穴の二つの場所で共に過ごすことが出来るようになったということだ。なんて贅沢で幸せなことだろう。

 小さな竜は、一瞬で人の子の姿をとった。
 黒竜シェーラが服を着たまま人化できるのを見て以来、ルーシェもまた服を着たまま人化できるように練習して、それができるようになっていた。今、ルーシェがまとうのは白い裾の長いローブのようなものであった
 そして現れた紫色の髪に大きな黒い瞳を持つ少年は、へらりと笑ってアルバート王子の身に飛びついた。

「二人っきりの生活だね、王子!!」

「ああ、そうだな」

 しばらくの間、二人は互いの目を見つめ合うと、自然と触れ合うように優しく口づけていく。
 静かな部屋の中で、互いの唇を食む音だけが響いていく。
 やがて、白いシーツの上に押し倒されるルーシェの服がまくりあげられ、胸の淡い突起を舐められると身を震わせて甘い声を上げた。

「王子、王子」

「アルバートだ、ルー」

 閨の中では王子と呼ぶなと、ここ最近は怒られているルーシェは、「しまった」というような顔をして両手で口を押さえた。それから、とろけるような甘い瞳で愛しい王子を見つめ、両のかいなを彼の背に回し、囁くように言った。

「アルバート」

 幸せだった。
 幸せ過ぎて、おかしくなりそうだ。
 大好きでたまらない王子といつも一緒で、そして彼も優しく愛してくれる。
 こんなに幸せなことはない。
 この生活がこれから先も、ずっとずっと変わらずに在り続けることを、強く望んでいた。

 



 その頃、バンナムは王子宛に届いた手紙を見習い竜騎兵から受け取っていた。
 護衛の任に就くバンナムは、王子宛の書簡の全てに目を通す許しを得ていた。
 紐でくくられた何通かの手紙の一つ一つをペーパーナイフで丁寧に開封していく。
 そして、王宮からの、立派な白い封筒に目をやり、それもまたペーパーナイフで開封していく。

 手紙を封筒から取り出し、文面に目を走らせた後に小さくため息をつく。

 手紙は、年明けに行われる国王陛下主催の新年を祝う会への招待状であり、アルバート王子の出席の他、彼のパートナーである小さな紫色の竜の出席を求めていたからだ。
 七番目の王子であるアルバート王子への、新年を祝う会への招待状はこれまでも受け取ったことがあった。そしてアルバート王子は毎度とは限らないが、その会に出席していた(そもそもそうしたイベントの時くらいしか、王子は王宮へ足を運ぶことはなかった)。しかし、今回の招待状は、初めて紫竜の出席も求めていた。

(これは王宮魔術師長が絡んでいるのだろうか)

 これまで何度も王宮魔術師長から、紫竜ルーシェへの面会の申し出があったが、今までその全てをアルバート王子は断っていた。それに業を煮やして、王宮魔術師長は新年を祝う会で、ルーシェを同席させるよう陛下に頼んだことも考えられる。

 新年会に出席をしないという選択肢が一番簡単である。
 しかし、それで王宮魔術師長が諦めるだろうか。
 しつこくしつこく、あのご老体は面会を求め続けているのに。

 アルバート王子のザナルカンド王国への婿入りを阻止するため、紫竜がある程度“使えること”を人々の前で見せつける必要があった。
 それで、紫竜は金剛石強度の六角柱を、玉座の前の赤い絨毯の上に立たせたのだ。
 土魔法で、あれほどの強度を持つ見事な六角柱を立てることなど普通は出来ない。
 それを目にした、王宮詰めの魔術師達の目の色は変わった。

 それから面会を求める手紙が来ても、のらりくらりと王子は断り続けていた。
 やれ仕事が忙しいだのなんだのと云って。

(殿下とよく相談しなければならない。……面倒なことにならなければ良いが)

 バンナムがふと窓の外に目をやると、空からははらはらと白い雪がひっきりなしに降り続けており、黒い影を落としていた木々も、雪を枝に積もらせ始めていた。
 季節は本格的な冬に入ろうとしていた。
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