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第六章 黒竜、王都へ行く

第四話 愚王子にまつわる話(上)

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 夕暮れ時の暗い森の中に、三頭の竜が降り立った。
 ここは王都の森である。
 王都の北側に大きく広がる森は、この日この時、突然の竜達の出現に恐慌をきたした森の動物達が森の奥へ奥へと逃げ出し、大変な騒ぎになっていた。

 三頭の竜は、黒竜シェーラ、青竜エルハルト、紫竜ルーシェである。
 三頭は背中に乗せていた人々を地面へ下ろすと同時に、人の姿に化身した。
 一瞬で、黒髪金目の女と、青い髪に黄色の瞳の大男と、紫色の髪の幼児が現れる。
 ちなみにシェーラは化身した瞬間に、服を着ていたのでルーシェは心底びっくりとした顔をしていた。
 三歳児ほどの幼い姿のルーシェが「どうやって、服を着たままで変身できるの!?」とあどけなく聞いてくるのを、どこかデレっとした様子でシェーラは答えていた。

「私ほど強くて頭が良くて能力のある黒竜なら、こんなこと朝飯前よ!!」

「もう千年以上生きているからな」

 付け加えたように言うエルハルトに、シェーラは金色の目を釣り上げていた。

「年齢を重ねたからと言ってできるものじゃないのよ!!」

「いいなぁ。今度、俺にも教えて」

 幼いルーシェを抱きかかえて、アルバート王子とバンナムが幼児に服を手早く着せていく。
 今回、王都へ行くに際して、アルバート王子は、ルーシェを幼児の姿にして連れていくことに決めていた。小さな竜の姿で連れていくことも考えたが、たとえ賢く大人しいルーシェでも、店の中には竜の姿では入れてもらえない可能性が高い。
 かといって、並外れて美しいルーシェの少年姿をさらすことにもアルバート王子には抵抗があった。あまりにも美しすぎるルーシェは、良かれ悪しかれ誰の目も奪い、騒動になるだろう。
 だから、ルーシェには三歳位のいたいけな幼児の姿を取らせることにした。フードのついたマントを羽織らせ、その可愛らしくも整いすぎた面もフードの下に隠せば問題ない。更にずっとアルバート王子が幼いルーシェを抱っこしていても他人から微笑ましく思われることはあっても、咎められることはない。まさに完璧な計画であった!! (その計画を聞いたリヨンネは拍手をして大絶賛していた)

 初めて紫竜の幼児化した姿を見たエイベル副騎兵団長とバンナムは、「天使のように愛らしいな」「これは誘拐に気を付けるべきですね」と冷静に、賛辞と警告を同時に発した。二人共に、美しいルーシェの化身した姿に強く魅了されていないことにアルバート王子は内心安堵していた。二人共、すでに愛する伴侶がいて、その心が満たされているからこそ、誘惑されないのだろう。
 ちなみにリヨンネは、天使のように愛らしく可愛らしい三歳児のルーシェの姿を初めて見た時は、しばらくの間、魂が抜けたように見惚れていた。しかし、そばにいるキースに引きずられるように別室へ連れて行かれて、「しっかりなさって下さい、リヨンネ先生!!」とガクガクと揺すられて正気を取り戻す作業を繰り返していた。何度も繰り返すうちに、ようやく正気でいられる時間が長くなっていた。そしてレネ魔術師もまた「なんて可愛いんだ、ルーシェ!!」と言って、幼いルーシェを抱っこしたがり、アルバート王子と取り合いになりそうな様子も見られていた。
 幼児姿とはいえ、見る者を魅了するような愛らしさと美しさに、アルバート王子は自分の警護につくバンナム共々「ルーシェを誘拐されないようにしなくては」と強く気を引き締めていたのだった。


 王都の森に降り立ち、裸で人化したエルハルトは、キースから服を受け取って着替えている。
 リヨンネはエルハルトとシェーラ、ルーシェに言った。

「エルハルトとシェーラは目の色を魔法で変えて下さい。エルハルトとルーシェは髪の色も変えないといけませんね」

 青竜エルハルトと黒竜シェーラの瞳の色は、人間が持つ色合いではなかったので、魔法で隠す必要があった。
 二人は頷いて、エルハルトの黄色の瞳は茶色に、シェーラの金の瞳は青く変わった。そしてエルハルトの髪色も青色から、茶色に変わる。ルーシェの紫色の髪色も、あっという間に魔法で黒く染まった。艶やかな黒髪に大きな黒目勝ちの瞳、そして真っ白い肌に、桜色の唇。一際美しい幼児である。
 リヨンネは、ルーシェの可愛らしい姿を見てしまうと、たちまち見惚れてしまうので、彼はあえてルーシェの姿を視界に入れないようにしていた。
 全員の身支度が終わった後、リヨンネは一行の先頭に立って案内を始めた。

「この森の東にある広場に、馬車を用意してもらっています。急ぎましょう」


 夕暮れ時の闇に紛れて、他人に見つからないように竜に乗って来なければ騒動になる。
 リヨンネは、兄でバンクール商会長であるジャクセンに頼んで、懇意にしている魔道具店と宝飾店に、やや遅い時間帯に来店することを連絡済である。買い物をできるだけスムーズに行うためであった。
 
 一行は半刻も経たない内に森の東の広場に歩いて到着した。待機していた立派な黒塗りの馬車二台に、リヨンネが片手を挙げて合図をする。
 馬車は近づいてくるが、近づくにつれて、何故か馬達が嫌がるように暴れ出す。
 それを見て、シェーラは青い目を光らせて馬達を凝視すると、馬達は怯え切ったようになって大人しくなった。

「何をなさったんですか」

 キースがシェーラに尋ねると「身の程を分からせただけよ」と短く答えていた。

 二台の馬車に分乗する。
 馬車に乗る際、シェーラはジロリとリヨンネを一瞥し、自分シェーラを紫竜ルーシェとエイベル副騎兵団長と同じ馬車に乗せるよう無言の圧力を掛けてきた。
 千年を越える歳月を生きている古えの黒竜に敵うはずのないリヨンネは、「ハイ、分カッテイマス」と答えて、ルーシェを抱きかかえるアルバート王子と護衛のバンナムと黒竜シェーラとエイベル副騎兵団長を二台目の馬車に誘導した。馬車のメンバーを見て、腕を組んで満足そうに頷くシェーラである。
 そして一台目の馬車には、青竜エルハルト、リヨンネ、キースが同乗した。
 二台目の馬車には、定員四名のところ、五名乗っているのだが、ルーシェが幼児の姿でアルバート王子にお膝の上に座る状態であるからこそ、出来る荒業であった。
 
(なんとか収まるところに収まったぞ)

 馬車が動き出す。
 リヨンネがもう既に疲れ切ってふーと深く息をつく様子に、キースは同情の視線を向けていた。





 さて、この濃いメンバーが王都へ行くと聞いたウラノス騎兵団長は、出立する前日、密かにリヨンネとアルバート王子、護衛騎士バンナムの三名を団長室へ呼び出した、いつも同席しているエイベル副騎兵団長はその時、その場にはいなかった。そのことを不思議に思ったが、アルバート王子達はそれを口にすることはなかった。

 ウラノス騎兵団長は、まず、リヨンネ達がエイベル副騎兵団長を連れて王都へ行くことに礼を述べた。

「忙しい中、無理を聞いてもらってすまない。エイベルは王都へ行くのは久しぶりだと楽しみにしている」

 どうやらウラノス騎兵団長は、エイベル副騎兵団長が何の目的で王都へ行くのかは知らないらしい。

(貴方のお誕生日の贈り物を買うために、王都へ行くんですよ)

 とリヨンネは教えてやりたい気がしたが、エイベル副騎兵団長の得意の得物である細剣レイピアの刃を研ぐ音が聞こえてきそうだったのでやめた。
 
(もういっそ、誕生日のプレゼントは「私です」と言って、裸にリボンをつけて寝台の上に寝っ転がっている方がウラノス騎兵団長も喜ぶんじゃないかな)

 とリヨンネは勝手に内心思っていたが、朴念仁で有名なウラノス騎兵団長なら、すぐさま「お前は何をしている」と呆れて毛布を投げつけてきそうだった。

 しかし、ウラノス騎兵団長が、アルバート王子達も含めて、改めて団長室へ呼び出したのは何故だろう。そうリヨンネが不思議に思っている前で、テーブルを挟んで座るウラノス騎兵団長は、ため息を一つついた後、話し始めた。

「先月、第三王子殿下が王城に戻って来られた」
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