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第六章 黒竜、王都へ行く

第一話 たくさんの贈り物

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 その後、竜騎兵団の拠点へ戻ったアルバート王子ら一行。
 竜騎兵団の拠点へ帰還した翌日から通常任務に就き始め、忙しい日々の中で次第に転生前の友人トモチカに会ったことも紫竜の心の隅に追いやられていく。

(同じように異世界へやって来た奴に会いたいという気持ちはすごくあった)
 
 今、紫竜は成竜の姿に変わり、背に軍衣姿のアルバート王子を乗せて、当番の仲間達と共に、いつもの国境沿いの巡回へ出ている。広大な森林を眼下に見下ろしながら、雲の間を飛んで行く。
 
(昔の仲間に会ったとしても、今の自分の生活が変わることはない)

 昔の仲間に、すごく会いたいと思っていたけど、それだけだ。
 今さら、元の世界へ戻るなんてことは出来ない。そのことはもう、まったく考えられない。

(俺は相変わらず王子の竜だし、この竜騎兵団で生活を続ける)

 そう思えるのは、今がとても幸せだからだろう。
 もし現状が不幸で、過去の、元の世界の生活の方が遥かに幸せだったら、いつまでも心の中で、元の世界へ帰りたいと望むだろう。

(幸せに思えているのは、やっぱり王子のお陰なんだろうな……)

 どんな時でも王子が自分のそばに居てくれた。生まれた時から自分を愛してくれた。
 だから、寂しいという気持ちを覚えても、最後に帰るところは、いつも王子の居るところだった。

 自分がもう、どうしようもないくらい、王子のことが好きなことが分かる。

(あああ、やっぱ王子が好き。大好きだ)

 ふいにそう思って、自分の中の想いを再認識して照れた紫竜が大人しく黙り込んだままの様子に、アルバート王子は彼の首を優しく叩いた。

「どうした、ルー」

 心話で、王子が好きだと伝えると、王子もまた嬉しそうに笑い声を上げて囁くように言った。

「私も好きだぞ、ルー」

 嬉しさのあまり、背中に王子を乗せたまま、空中で爆走したルーシェは、後ほど王子からこっぴどく叱ったのだった。



 
 見回り任務から竜騎兵団の拠点へ戻り、寮の部屋へ向かおうとしたところで、バンナムが寮の一階のホールで二人を待ち構えるように立っていた。彼はこう言った。

「殿下と紫竜のお二方宛に、たくさんの荷物が届いています」

 今は猫のように小さな竜の姿に変わった紫竜とアルバート王子は顔を見合わせる。

「荷物とはなんだ。誰から届いたのだ」

 その問いかけに、バンナムは王子に手紙を差し出した。

「部屋に届いた荷物に関しては、私が一度全て開封して確認させて頂きました。届いた荷物は全て、カルフィー魔道具店の最新式の生活用魔道具です」

「ピルピルピルルルルルルルルルルル!!!!(なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)」

 紫竜は飛び上がってときの声のような、喜びの声を上げる。
 そして「ピルピル!! ピルピル!!(見に行こう!! 見に行こう!!)」と王子を催促する。

 だが、部屋へ行こうとしたルーシェと王子は、廊下にもその荷物が溢れていることに唖然としていた。

「これでも、人が通れるように道を作ったのですよ」

 そうバンナムが言う。
 実際、荷物は壁際に寄せられ、廊下は人が通れるようになっている。
 自分達がいない間、一生懸命に届いた荷物の整理をしているバンナムの姿が、アルバート王子とルーシェの脳裏に浮かんだ。(ありがとう、バンナム卿)と、二人して同時に心の中で呟く。
 部屋の中にもみっちりとその生活用魔道具の入っている木箱があった。

 アルバート王子が手紙を開ける。手紙も山のような荷物の送り主もトモチカだった。

『アルバート王子殿下並びに紫色のちっこい竜へ』

 と、手紙の宛先がなっていることに、紫竜は頭に来てビシビシと床を尻尾で叩いていた。

「ピルピル!!  ピルルルピルピルル!!!!(なんだよ!! ちっこい竜って何なんだよ!!!!)」

「トモチカ殿の前では、お前は小さな竜の姿しか見せていないから、そう呼ばれても仕方がないだろう」

 そう王子は宥めるように言うが、ルーシェは不満で両の頬っぺをぷっくりと膨らませていた。
 その様子を見て、バンナムが吹き出しそうになって顔を背けている(彼は少し耐えかねて震えていた)。

 手紙には、貴族特有の、長ったらしい時候の挨拶の後、文章がこう続く。

『先日、お詫びのお品をご丁寧に有難うございました。お品は大切に使わせて頂いています。本当に手触りがよく、大変気に入っております。
 殿下やちっこい竜が、当社の生活用魔道具にとても興味を抱いていると聞きました』

 あくまで文章中ではルーシェのことを“ちっこい竜”と小馬鹿にしているスタイルを貫いていた。
 なんとなく、このトモチカという男の性格が分かり始めたアルバート王子である。
 彼は、ルーシェが怒ることを見越してこうした文章を面白がって書いているのだろう。

『そのため、当社の最新式生活用魔道具一式を送らせて頂きます。色は、ちっこい竜が好きそうな色を選びました』

 あちらの世界では、親友だったというトモチカという男は、ルーシェの好みの色もよく知っていたのだろう。見ればその生活用魔道具は綺麗な青色のものが多く見えた。

『お送りする生活用魔道具の色をちっこい竜の肌の色(紫色)に合わせるか迷いましたが、紫だと部屋がまるでホストのもののように見えるだろうと思い、止めました』

「ピルピルルルルル!!!!(一言余計なんだよ、お前は!!!!)」

 そう怒っている子竜の前で、王子はなおもトモチカの手紙を読み上げていく(王子はホストという言葉が分からなかったが、おそらくいいものではないのだろうと判断していた)。

『料理がお好きでしたよね。だから、料理用の魔道具をたくさん作りました。会えた時には渡したいとずっと思っていました。
 それをやっと贈ることができて、とても嬉しく思っています』

 その後には文章はない。
 ただ、トモチカという名のサインだけが書かれている。

 ルーシェはその言葉を聞いてポタリポタリと黒い瞳から涙を零して、そして思わず王子の胸に飛び込んで顔を押し付けていた。

 声を押し殺して泣いている。

(あいつは、一体、何年、俺のことを探してくれていたんだろう)

 トモチカは、前世のルーシェが、料理好きだということをよく知っていた。
 知っていたから、彼は自分の為に、料理用の魔道具も作っていたというのだ。

 十年? いや、もっと長い間、俺を探していた?
 
 顔を見たら、すぐにあいつだってことは分かった。
 
 でも、おじさん(お兄さん?)になっていた。
 もう高校生ではない。
 足だってひきずっていて、あんな怪我を一体、いつ負ってしまったんだろう。
 
(あいつは幸せなんだろうか。この異世界に来て、幸せに暮らしているんだろうか)

 できれば幸せであって欲しい。
 小さな竜はそう願い、王子に優しく撫でられながら、彼の胸でポタポタと涙を零していたのだった。
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