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第五章 懐かしい友との再会

第八話 お土産

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 見習い竜騎兵達への授業を終えて、レネが青竜寮の部屋へ戻って来た。
 そのそばには長身の騎士バンナムがいる。

 昨年末に、二人は結婚した。
 式を挙げることなく、届け出だけによるものであったと聞く。
 レネはバンナムの実家に挨拶に伺い、そしてすんなりと彼はバンナムの実家に受け入れられたらしい。

 最初は自分が平民の身分であることに恐縮しまくっていたレネであったが、婚約を破棄され、侯爵家に睨まれているというバンナムの過去を知った上で、結婚してくれた元王宮魔術師であるレネは歓迎された。そもそもバンナムの弟ベイグラムは、竜騎兵でパートナーの竜を恋人にしているのである。バンナムの母親から「人間であるだけマシ」というようなことをポツリと言われていた。

(災い転じて福と為した感じかな。レネ先生にはそういうところがあるな)

 王宮魔術師の任用試験の際に、同年の者達に意地悪をされて遠くの休憩所を案内され迷ったレネを助けたのが、騎士バンナムであった。
 そして王宮から、紫竜への教育を押し付けられた時にまた王子の護衛騎士を務めるバンナムと再会する。
 更には、この竜騎兵団の見習い向けの魔術教師の職を押し付けられることで、ちゃっかりバンナム卿のそばで仕事を持って居続けることになった。

 アルバート王子が正式の竜騎兵に任じられた時点で、レネはマルグリッド妃から紫竜への魔法指導の職を解かれ、王宮魔術師に戻って来ないかと言われた。でも、レネはそれを断った。

「バンナムが、殿下のそばにお仕えする限り、私もここにいます。だって私達はけ…け…」

 そこでレネは真っ赤になり、言葉を少し恥ずかしそうに震わせて言った。

「結婚したんですから!!」

 今やバンナムの伴侶となったレネ魔術師は、出会った時からの「バンナム卿」という卿呼びも改め、婚姻した者同士の倣いで互いの名を呼び捨てにしている。
 その時も、恥ずかしくて真っ赤になり、ジタバタしている姿を見ている。

「バンナム、バンナムって私が呼ぶんですよ」

「あー、ハイハイ」

「バンナムからもレネって呼ばれて、ああ、結婚したんだなと思います!!」

 結婚して以来、レネは足元がずっとふわふわとしているような様子で、嬉しくてたまらない顔をしていた。
 
 そんな幸せいっぱいのレネは、紫竜に対する魔法指導の職を解かれた後は、この竜騎兵団の見習い達の魔法指導を続けている。
 優しいレネは、見習い達にとても慕われているらしい。
 そしてレネの伴侶である、アルバート王子の護衛騎士のバンナムというと。
 今はもう、王子にぴったりと張り付いて四六時中護衛することは無くなっていた。
 仕事の時は魔法で成長した紫竜の背に跨り、空を行く王子の警護を、竜騎兵ではないバンナムが務めることは実質不可能であるからだ。
 バンナムが警護を務めるのは、王子や紫竜が地上へ戻って来た時になる。
 夜こそ、今も同室で警護しているのだが、それも紫竜の魔法の習得の状況次第で、止めることになるだろうという話だった。

「じゃあ、バンナム卿はこれからどうするの?」

 リヨンネは問いかける。

 竜騎兵になる予定であった王子の護衛騎士である。
 竜騎兵になった後、警護できない状況が出てくることは想像出来ただろう。その時点でお役御免になることも。
 その先のことを問いかけると、バンナムの伴侶であるレネは答えた。

「殿下にお仕えすることは変わらないです。バンナムは殿下の騎士であり続けます。ですが、殿下が竜騎兵のお仕事をしている間、騎兵団長から見習い達の剣の指導を頼まれました」

 騎士バンナムはエイベル副騎兵団長を下すほどの、素晴らしい剣の腕前である。その腕前を遊ばせておくのは勿体ない。
 ウラノス騎兵団長は、レネ先生共々、見習いへの指導をお願いできないかと依頼してきた。そしてバンナムはそれを快諾した。
 だから見習い達は、日々、レネ先生に魔法を教えてもらい、バンナムに剣の指導を受けるようになっている。

(まさかの夫婦指導!!!! まさか、この竜騎兵団に来た時は、七年後にこんな未来が来るなんて想像もしていなかった)

 内心、リヨンネはレネとバンナムが並んで立つ様子を見ながらそう思っていた。
 幸せになって欲しいと願っていたレネであったが、彼は間違いなく、恋する人をしっかりと手にした勝ち組であった。

 レネはリヨンネが、再び青竜寮の自室の隣の部屋に戻って来たことを知って嬉しそうだった。

「リヨンネ先生、お帰りなさい」

(「お帰りなさい」と来たもんだ)

 リヨンネはその言葉に内心苦笑する。

「はい、また戻ってきました」

「もう、ここにずっと居てくれればいいのに」

 そうレネが言うが、隣のバンナムが「リヨンネ先生は王都に仕事がありますから」と言うと、残念そうな顔をしていた。
 しかし、もし仮に王都の仕事が無くなったとしても、リヨンネはレネの隣の部屋にずっと住み続けることは嫌だった。
 レネ先生自身はとてもいい人だと思う。それはよく理解している。
 けれど、そのうちバンナムがアルバート王子との同室で暮らす警護を辞めて、王子の部屋から退去するというのなら、間違いなくレネの部屋へやって来て二人暮らしになるはずだ。
 新婚そのもののイチャイチャした生活を真近で見ることになるのは嫌だった。

(はぁ、殿下と紫竜も出来ちゃったし、バンナム卿とレネ先生も出来ちゃったし、周りに春が来てばかりで嫌になるなぁ)

 付け加えて言うならば、どうもウラノス騎兵団長とエイベル副騎兵団長も出来ている様子があった。
 騎兵団長に報告をする時の、エイベル副騎兵団長の彼を見る目が甘い。甘いのだ。

(竜騎兵団の拠点に来るのが辛くなってくる……)

(もうこうなったらいっそ、青竜エルハルトに直接観測拠点へ運んでもらった方がいいのかな)

 そんなことまで独り身の寂しさから思い出しているリヨンネであった。


 それから仕事を終えたアルバート王子が、紫竜を連れてリヨンネの部屋へやって来る。
 部屋には、レネとバンナム、紫竜とアルバート王子、そしてリヨンネとキースがいた。全員揃ったところで、リヨンネは王都からのお土産や頼まれていた品を取り出して渡していく。
 そして相変わらず紫竜に甘いリヨンネは、頼まれてもいないのに、紫竜が喜ぶであろうたくさんのお菓子の入った袋を手渡していた。それに、アルバート王子は渋い顔をしている。

「先生、ルーに虫歯が出来てしまいます……」

 紫竜は袋一杯のお菓子をもらってご満悦で、その背中の尻尾がビシビシと床を叩いている。

「君が手伝ってあげればいいだろう」

 そう言って、リヨンネは紫竜向けの豚の毛で作られた歯ブラシまで王子の手に握らせていた。アルバート王子は呆れ顔である。

「それでもお菓子が多すぎます」

 紫竜から少しお菓子を取り上げて、リヨンネへ返そうとする王子の伸ばされた手を見て、紫竜はふるふると頭を振り、お菓子を取り上げられないようにぎゅっと菓子袋を手にしたまま宙へと飛んで行く。背の高い王子でさえ届かないような高さにまでパタパタと飛んでいる。

「ルー、ダメだよ。そんなにお菓子ばかり食べると太るぞ」

「ピルルピルルルルルピルル(大丈夫、しっかりと運動するもん)」

 バンナムには、彼が注文していた切れ味の良い小さなナイフと、お茶の缶。そしてレネには王都で発行されたばかりの魔法書数冊を手渡した。二人ともリヨンネに礼を言って、代金を渡してくる。

「リヨンネ先生が王都と行き来して下さるから、助かります」

 バンナムのその言葉に、レネも頷く。

「お隣にずっと住んでもらいたい気もあるのですが、リヨンネ先生が王都へ行き来して下さるから、こうして最新の本も手に入るんですよね。有難うございます」

「まぁ、いいってことだよ。私も竜の観察で竜騎兵団にはちょくちょく来たいしね」
 
 だがバンナムは、リヨンネがこの竜騎兵団の拠点へ来るたびに、騎兵団長の部屋に籠って話し込んでいることに気が付いていた。
 ただ挨拶や竜の生態状況の報告だけのために、出入りしているわけではなさそうだった。

 結局、紫竜の手からお菓子を取り上げた王子に対して、紫竜はひどく不満そうに「ピルルピールル、ピルルピールル」と怒って鳴いて、王子の足にしがみついて真っ黒い目を潤ませて王子の顔を見上げていた。その可愛らしい様子に、紫竜にある意味メロメロな王子は「ダメだ、ルー、そんな目をして見ても菓子はやらないからな」と必死に何かと戦っているような様子だった。

(やれやれ、まぁ、二人が幸せそうなのはいいな)

 リヨンネは王子と紫竜の二人を見てそう思う。
 竜騎兵となった王子。戦争になれば真っ先に駆り出されることになる竜騎兵。
 軍靴の足音が少しずつ近づいて来ている気がする。だけど、どうかこの国は戦争に巻き込まないで欲しい。いつまでもこうした平和な様子が続くことを願うのだった。
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