上 下
80 / 711
第五章 懐かしい友との再会

第八話 お土産

しおりを挟む
 見習い竜騎兵達への授業を終えて、レネが青竜寮の部屋へ戻って来た。
 そのそばには長身の騎士バンナムがいる。

 昨年末に、二人は結婚した。
 式を挙げることなく、届け出だけによるものであったと聞く。
 レネはバンナムの実家に挨拶に伺い、そしてすんなりと彼はバンナムの実家に受け入れられたらしい。

 最初は自分が平民の身分であることに恐縮しまくっていたレネであったが、婚約を破棄され、侯爵家に睨まれているというバンナムの過去を知った上で、結婚してくれた元王宮魔術師であるレネは歓迎された。そもそもバンナムの弟ベイグラムは、竜騎兵でパートナーの竜を恋人にしているのである。バンナムの母親から「人間であるだけマシ」というようなことをポツリと言われていた。

(災い転じて福と為した感じかな。レネ先生にはそういうところがあるな)

 王宮魔術師の任用試験の際に、同年の者達に意地悪をされて遠くの休憩所を案内され迷ったレネを助けたのが、騎士バンナムであった。
 そして王宮から、紫竜への教育を押し付けられた時にまた王子の護衛騎士を務めるバンナムと再会する。
 更には、この竜騎兵団の見習い向けの魔術教師の職を押し付けられることで、ちゃっかりバンナム卿のそばで仕事を持って居続けることになった。

 アルバート王子が正式の竜騎兵に任じられた時点で、レネはマルグリッド妃から紫竜への魔法指導の職を解かれ、王宮魔術師に戻って来ないかと言われた。でも、レネはそれを断った。

「バンナムが、殿下のそばにお仕えする限り、私もここにいます。だって私達はけ…け…」

 そこでレネは真っ赤になり、言葉を少し恥ずかしそうに震わせて言った。

「結婚したんですから!!」

 今やバンナムの伴侶となったレネ魔術師は、出会った時からの「バンナム卿」という卿呼びも改め、婚姻した者同士の倣いで互いの名を呼び捨てにしている。
 その時も、恥ずかしくて真っ赤になり、ジタバタしている姿を見ている。

「バンナム、バンナムって私が呼ぶんですよ」

「あー、ハイハイ」

「バンナムからもレネって呼ばれて、ああ、結婚したんだなと思います!!」

 結婚して以来、レネは足元がずっとふわふわとしているような様子で、嬉しくてたまらない顔をしていた。
 
 そんな幸せいっぱいのレネは、紫竜に対する魔法指導の職を解かれた後は、この竜騎兵団の見習い達の魔法指導を続けている。
 優しいレネは、見習い達にとても慕われているらしい。
 そしてレネの伴侶である、アルバート王子の護衛騎士のバンナムというと。
 今はもう、王子にぴったりと張り付いて四六時中護衛することは無くなっていた。
 仕事の時は魔法で成長した紫竜の背に跨り、空を行く王子の警護を、竜騎兵ではないバンナムが務めることは実質不可能であるからだ。
 バンナムが警護を務めるのは、王子や紫竜が地上へ戻って来た時になる。
 夜こそ、今も同室で警護しているのだが、それも紫竜の魔法の習得の状況次第で、止めることになるだろうという話だった。

「じゃあ、バンナム卿はこれからどうするの?」

 リヨンネは問いかける。

 竜騎兵になる予定であった王子の護衛騎士である。
 竜騎兵になった後、警護できない状況が出てくることは想像出来ただろう。その時点でお役御免になることも。
 その先のことを問いかけると、バンナムの伴侶であるレネは答えた。

「殿下にお仕えすることは変わらないです。バンナムは殿下の騎士であり続けます。ですが、殿下が竜騎兵のお仕事をしている間、騎兵団長から見習い達の剣の指導を頼まれました」

 騎士バンナムはエイベル副騎兵団長を下すほどの、素晴らしい剣の腕前である。その腕前を遊ばせておくのは勿体ない。
 ウラノス騎兵団長は、レネ先生共々、見習いへの指導をお願いできないかと依頼してきた。そしてバンナムはそれを快諾した。
 だから見習い達は、日々、レネ先生に魔法を教えてもらい、バンナムに剣の指導を受けるようになっている。

(まさかの夫婦指導!!!! まさか、この竜騎兵団に来た時は、七年後にこんな未来が来るなんて想像もしていなかった)

 内心、リヨンネはレネとバンナムが並んで立つ様子を見ながらそう思っていた。
 幸せになって欲しいと願っていたレネであったが、彼は間違いなく、恋する人をしっかりと手にした勝ち組であった。

 レネはリヨンネが、再び青竜寮の自室の隣の部屋に戻って来たことを知って嬉しそうだった。

「リヨンネ先生、お帰りなさい」

(「お帰りなさい」と来たもんだ)

 リヨンネはその言葉に内心苦笑する。

「はい、また戻ってきました」

「もう、ここにずっと居てくれればいいのに」

 そうレネが言うが、隣のバンナムが「リヨンネ先生は王都に仕事がありますから」と言うと、残念そうな顔をしていた。
 しかし、もし仮に王都の仕事が無くなったとしても、リヨンネはレネの隣の部屋にずっと住み続けることは嫌だった。
 レネ先生自身はとてもいい人だと思う。それはよく理解している。
 けれど、そのうちバンナムがアルバート王子との同室で暮らす警護を辞めて、王子の部屋から退去するというのなら、間違いなくレネの部屋へやって来て二人暮らしになるはずだ。
 新婚そのもののイチャイチャした生活を真近で見ることになるのは嫌だった。

(はぁ、殿下と紫竜も出来ちゃったし、バンナム卿とレネ先生も出来ちゃったし、周りに春が来てばかりで嫌になるなぁ)

 付け加えて言うならば、どうもウラノス騎兵団長とエイベル副騎兵団長も出来ている様子があった。
 騎兵団長に報告をする時の、エイベル副騎兵団長の彼を見る目が甘い。甘いのだ。

(竜騎兵団の拠点に来るのが辛くなってくる……)

(もうこうなったらいっそ、青竜エルハルトに直接観測拠点へ運んでもらった方がいいのかな)

 そんなことまで独り身の寂しさから思い出しているリヨンネであった。


 それから仕事を終えたアルバート王子が、紫竜を連れてリヨンネの部屋へやって来る。
 部屋には、レネとバンナム、紫竜とアルバート王子、そしてリヨンネとキースがいた。全員揃ったところで、リヨンネは王都からのお土産や頼まれていた品を取り出して渡していく。
 そして相変わらず紫竜に甘いリヨンネは、頼まれてもいないのに、紫竜が喜ぶであろうたくさんのお菓子の入った袋を手渡していた。それに、アルバート王子は渋い顔をしている。

「先生、ルーに虫歯が出来てしまいます……」

 紫竜は袋一杯のお菓子をもらってご満悦で、その背中の尻尾がビシビシと床を叩いている。

「君が手伝ってあげればいいだろう」

 そう言って、リヨンネは紫竜向けの豚の毛で作られた歯ブラシまで王子の手に握らせていた。アルバート王子は呆れ顔である。

「それでもお菓子が多すぎます」

 紫竜から少しお菓子を取り上げて、リヨンネへ返そうとする王子の伸ばされた手を見て、紫竜はふるふると頭を振り、お菓子を取り上げられないようにぎゅっと菓子袋を手にしたまま宙へと飛んで行く。背の高い王子でさえ届かないような高さにまでパタパタと飛んでいる。

「ルー、ダメだよ。そんなにお菓子ばかり食べると太るぞ」

「ピルルピルルルルルピルル(大丈夫、しっかりと運動するもん)」

 バンナムには、彼が注文していた切れ味の良い小さなナイフと、お茶の缶。そしてレネには王都で発行されたばかりの魔法書数冊を手渡した。二人ともリヨンネに礼を言って、代金を渡してくる。

「リヨンネ先生が王都と行き来して下さるから、助かります」

 バンナムのその言葉に、レネも頷く。

「お隣にずっと住んでもらいたい気もあるのですが、リヨンネ先生が王都へ行き来して下さるから、こうして最新の本も手に入るんですよね。有難うございます」

「まぁ、いいってことだよ。私も竜の観察で竜騎兵団にはちょくちょく来たいしね」
 
 だがバンナムは、リヨンネがこの竜騎兵団の拠点へ来るたびに、騎兵団長の部屋に籠って話し込んでいることに気が付いていた。
 ただ挨拶や竜の生態状況の報告だけのために、出入りしているわけではなさそうだった。

 結局、紫竜の手からお菓子を取り上げた王子に対して、紫竜はひどく不満そうに「ピルルピールル、ピルルピールル」と怒って鳴いて、王子の足にしがみついて真っ黒い目を潤ませて王子の顔を見上げていた。その可愛らしい様子に、紫竜にある意味メロメロな王子は「ダメだ、ルー、そんな目をして見ても菓子はやらないからな」と必死に何かと戦っているような様子だった。

(やれやれ、まぁ、二人が幸せそうなのはいいな)

 リヨンネは王子と紫竜の二人を見てそう思う。
 竜騎兵となった王子。戦争になれば真っ先に駆り出されることになる竜騎兵。
 軍靴の足音が少しずつ近づいて来ている気がする。だけど、どうかこの国は戦争に巻き込まないで欲しい。いつまでもこうした平和な様子が続くことを願うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

【R18BL】世界最弱の俺、なぜか神様に溺愛されているんだが

ちゃっぷす
BL
経験値が普通の人の千分の一しか得られない不憫なスキルを十歳のときに解放してしまった少年、エイベル。 努力するもレベルが上がらず、気付けば世界最弱の十八歳になってしまった。 そんな折、万能神ヴラスがエイベルの前に姿を現した。 神はある条件の元、エイベルに救いの手を差し伸べるという。しかしその条件とは――!?

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...