73 / 711
第五章 懐かしい友との再会
第一話 辺境伯の息子
しおりを挟む
空一面に真っ白い雲海が広がる。
首の長いどこか優美なその竜の背に、ゴーグルをかけ、ぶ厚い革の手袋を両手にはめ、膝丈の革製のブーツを履き、しっかりとした防寒の上着を身に付けた竜騎兵の若者が跨っていた。
紫竜は雲の中を、素晴らしい速さで飛んでいた。
やがて、紫竜は雲海の中を羽ばたいて抜ける。
ぽんというように、雲海の雲の中から、紫竜が姿を現わした。
足元に広がるその真っ白い雲の海に、背に跨っていた竜騎兵の若者、そう、アルバート王子は鳶色の瞳を輝かせ、感嘆の声を上げた。
「凄いな」
紫竜ルーシェも心話で応えた。
(うん、凄いね!!)
どこまでも続いていく雲の海は、太陽のある方角ではオレンジや紫、赤の混じった美しい色合いに染まっている。
そこはまるで、空と雲と自分達しか存在していないような世界だった。
空の上で羽ばたく紫竜とアルバート王子は、しばらくの間、黙り込んだままその景色を眺めていた。
やがて王子は紫竜の首に手をやる。
「行こうか」
(うん)
その言葉に、紫竜は羽ばたきをやめた。
一瞬で、自由落下して紫竜の体は真下に落ちていく。雲海の雲を突き抜けてゴウという風を身にまといながら落ちていく。
驚いた王子が自分の首にしがみつくのに、紫竜は笑った。
そして王子も強い風に短い黒髪を揺らし、紫竜の首にしがみつきながら声を張り上げていた。
「ひどいぞ、ルー!!」
くるくると回りながら、真っ逆さまに頭から紫竜は地上へ向かって落ちていく。
そして森にぶつかる寸前に、グンとその身を風魔法で押し上げ、羽ばたいて上に飛んだ。
王子の体に強い圧が掛かるが、それが負担にならないように、紫竜は風魔法で壁を作って軽減させていた。
通常の飛行ルートに戻る紫竜の首を、ポンポンとアルバート王子は叩く。
「私の寿命が縮まるだろう」
(面白いって前は喜んでいたじゃん)
そう。
一時はこの自由落下の感覚が楽しいと言って王子は紫竜にそれをやらせていたのだ。
それでも悪戯好きの紫竜は、突然王子を乗せたままそれをやるので始末に悪い。
「確かにそうだが」
(王子が喜ぶのが俺は嬉しいんだよ)
仕方ないなとため息をつきながら、王子は紫竜の背に手をやると、紫竜はスピードを上げて飛んで行く。
紫竜とアルバート王子は、竜騎兵団長ウラノスからの手紙を、辺境伯バルトロメオへ届けに行く最中であった。現在、竜騎兵団で最も早く飛ぶ竜は、紫竜であった。紫竜は伝令竜よりも早く飛ぶ。バルトロメオの住む居城に一刻もかからずに手紙を届けることが出来るので、ウラノスはよく手紙を届ける役目を紫竜とアルバート王子にさせていた。
そしてまたウラノス騎兵団長は、アルバート王子と紫竜の関係を察していたのだろう。二人だけで楽しめる時間が持てるように、二人にこうした仕事をよく頼んでくれる。
実際、今日もバルトロメオ辺境伯に手紙を届けた後は、夕方までに竜騎兵団へ帰還すれば良いと言われている。
それまで自由時間なのだ。
それから半刻も経たないうちに、紫竜は石造りの立派な城に設けられている離着陸場に到着した。
見張りの兵達が、空から飛んでくる紫竜を見つけていたのだろう。紫竜とアルバート王子が到着すると同時に、バルトロメオ辺境伯に仕える兵士がやって来て、すぐさま王子の手からウラノス騎兵団長の手紙を受け取る。それは木製の筒であり、手紙は丸められて筒の中に入っているのだ。紐で留められたその筒を兵士は受け取るとバルトロメオ辺境伯へ早速届けに向かっていた。
アルバート王子と紫竜は、使者として手紙を届けに来た労をねぎらわれ、別室へ案内される。
紫竜が鞍を背から落とし、小さな竜に姿を変えるのを見ても、もはやバルトロメオ辺境伯の城にいる兵士達は驚きを見せない。最初の頃こそ驚いて声を上げたり目を丸くしていたが、毎回毎回、紫色の竜が小さな竜に姿を変えるものだから、見慣れてしまったのだ。
猫のように小さな紫色の竜を連れて、アルバート王子が別室で用意されたお茶を口にしていると、しばらくして、バタバタと走る音が聞こえてきた。
その足音が近づいてきているのが分かると、紫竜はビクンと身を震わせて飛び上がる。そして急いで王子の頭の上に乗って猫のように丸くなっていた。
紫竜はその足音の主が苦手なのだ。
それを知っているアルバート王子は小さく笑う。
「ルー、それで逃げているつもりなのか」
「ピルルピルルルルルルルルゥ(だって隠れるところがこの部屋にはないんだ。王子の頭の上が一番安全なんだよ)」
「だが、……みっともないだろう」
王子の言葉通りみっともない。
青い軍衣をまとう凛々しい竜騎兵の若者の頭の上に、小さな竜が丸くなっている。
まったく奇妙な光景だった。
それに、部屋で王子達に給仕するために控えている使用人達も、笑うのを堪えているような様子があった。
だが使用人達も、紫竜が王子の頭のてっぺんへ逃げようとする理由を理解していた。
部屋の中に飛び込むようにやって来たのは、辺境伯の息子アーサーで、彼は竜が大好きだったのだ。
首の長いどこか優美なその竜の背に、ゴーグルをかけ、ぶ厚い革の手袋を両手にはめ、膝丈の革製のブーツを履き、しっかりとした防寒の上着を身に付けた竜騎兵の若者が跨っていた。
紫竜は雲の中を、素晴らしい速さで飛んでいた。
やがて、紫竜は雲海の中を羽ばたいて抜ける。
ぽんというように、雲海の雲の中から、紫竜が姿を現わした。
足元に広がるその真っ白い雲の海に、背に跨っていた竜騎兵の若者、そう、アルバート王子は鳶色の瞳を輝かせ、感嘆の声を上げた。
「凄いな」
紫竜ルーシェも心話で応えた。
(うん、凄いね!!)
どこまでも続いていく雲の海は、太陽のある方角ではオレンジや紫、赤の混じった美しい色合いに染まっている。
そこはまるで、空と雲と自分達しか存在していないような世界だった。
空の上で羽ばたく紫竜とアルバート王子は、しばらくの間、黙り込んだままその景色を眺めていた。
やがて王子は紫竜の首に手をやる。
「行こうか」
(うん)
その言葉に、紫竜は羽ばたきをやめた。
一瞬で、自由落下して紫竜の体は真下に落ちていく。雲海の雲を突き抜けてゴウという風を身にまといながら落ちていく。
驚いた王子が自分の首にしがみつくのに、紫竜は笑った。
そして王子も強い風に短い黒髪を揺らし、紫竜の首にしがみつきながら声を張り上げていた。
「ひどいぞ、ルー!!」
くるくると回りながら、真っ逆さまに頭から紫竜は地上へ向かって落ちていく。
そして森にぶつかる寸前に、グンとその身を風魔法で押し上げ、羽ばたいて上に飛んだ。
王子の体に強い圧が掛かるが、それが負担にならないように、紫竜は風魔法で壁を作って軽減させていた。
通常の飛行ルートに戻る紫竜の首を、ポンポンとアルバート王子は叩く。
「私の寿命が縮まるだろう」
(面白いって前は喜んでいたじゃん)
そう。
一時はこの自由落下の感覚が楽しいと言って王子は紫竜にそれをやらせていたのだ。
それでも悪戯好きの紫竜は、突然王子を乗せたままそれをやるので始末に悪い。
「確かにそうだが」
(王子が喜ぶのが俺は嬉しいんだよ)
仕方ないなとため息をつきながら、王子は紫竜の背に手をやると、紫竜はスピードを上げて飛んで行く。
紫竜とアルバート王子は、竜騎兵団長ウラノスからの手紙を、辺境伯バルトロメオへ届けに行く最中であった。現在、竜騎兵団で最も早く飛ぶ竜は、紫竜であった。紫竜は伝令竜よりも早く飛ぶ。バルトロメオの住む居城に一刻もかからずに手紙を届けることが出来るので、ウラノスはよく手紙を届ける役目を紫竜とアルバート王子にさせていた。
そしてまたウラノス騎兵団長は、アルバート王子と紫竜の関係を察していたのだろう。二人だけで楽しめる時間が持てるように、二人にこうした仕事をよく頼んでくれる。
実際、今日もバルトロメオ辺境伯に手紙を届けた後は、夕方までに竜騎兵団へ帰還すれば良いと言われている。
それまで自由時間なのだ。
それから半刻も経たないうちに、紫竜は石造りの立派な城に設けられている離着陸場に到着した。
見張りの兵達が、空から飛んでくる紫竜を見つけていたのだろう。紫竜とアルバート王子が到着すると同時に、バルトロメオ辺境伯に仕える兵士がやって来て、すぐさま王子の手からウラノス騎兵団長の手紙を受け取る。それは木製の筒であり、手紙は丸められて筒の中に入っているのだ。紐で留められたその筒を兵士は受け取るとバルトロメオ辺境伯へ早速届けに向かっていた。
アルバート王子と紫竜は、使者として手紙を届けに来た労をねぎらわれ、別室へ案内される。
紫竜が鞍を背から落とし、小さな竜に姿を変えるのを見ても、もはやバルトロメオ辺境伯の城にいる兵士達は驚きを見せない。最初の頃こそ驚いて声を上げたり目を丸くしていたが、毎回毎回、紫色の竜が小さな竜に姿を変えるものだから、見慣れてしまったのだ。
猫のように小さな紫色の竜を連れて、アルバート王子が別室で用意されたお茶を口にしていると、しばらくして、バタバタと走る音が聞こえてきた。
その足音が近づいてきているのが分かると、紫竜はビクンと身を震わせて飛び上がる。そして急いで王子の頭の上に乗って猫のように丸くなっていた。
紫竜はその足音の主が苦手なのだ。
それを知っているアルバート王子は小さく笑う。
「ルー、それで逃げているつもりなのか」
「ピルルピルルルルルルルルゥ(だって隠れるところがこの部屋にはないんだ。王子の頭の上が一番安全なんだよ)」
「だが、……みっともないだろう」
王子の言葉通りみっともない。
青い軍衣をまとう凛々しい竜騎兵の若者の頭の上に、小さな竜が丸くなっている。
まったく奇妙な光景だった。
それに、部屋で王子達に給仕するために控えている使用人達も、笑うのを堪えているような様子があった。
だが使用人達も、紫竜が王子の頭のてっぺんへ逃げようとする理由を理解していた。
部屋の中に飛び込むようにやって来たのは、辺境伯の息子アーサーで、彼は竜が大好きだったのだ。
86
お気に入りに追加
3,639
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる