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第四章 小さな竜は愛を乞う

第五話 妹姫の言葉(中)

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 先に侍女が連絡していたのだろう。
 そのまま王子はスムーズに、マルグリッド妃の住まう宮へ案内される。
 マルグリッド妃の宮は、大きな水の張られた人工池に面した宮で、その池には今、緑の蓮の葉が数多く生え、風に合わせて揺れていた。
 紫竜は王宮の離着陸場に到着した後は小さく姿を変えて、王子のそばを飛んでいたのだが、今は王子の腕にだっこされている。
 そうしながら、周囲をその黒い目で興味深気に眺めていた。

 七年前、紫竜が生まれたばかりの頃、アルバート王子は九歳だった。その頃、紫竜と王子は、王宮にある王子宮で暮らしていた。
 王子が十歳になり、竜騎兵団の寮に入るまでの一年間のことだった。
 王子が竜騎兵団の見習いとして北方の地へ渡ってから、この王宮へ帰ることはほとんどなかった。そして今後も、王子が王宮へ戻ってくることはないだろうと、王子宮にあった王子の部屋も無くなってしまっている。
 北方地方の竜騎兵団の寮に入ることで、もはや王族としてではなく、竜騎兵として生きていくというレールが敷かれたとばかりに、王子自身も周囲の人々も考えていたからだ。
 それが今更、こうしてまた王宮へ足を運ぶことになろうとは。

 マルグリッド妃の住まう宮の扉が大きく開かれ、王子が入室したのに気が付いたマルグリッド妃は椅子から立ち上がると、王子のそばに近寄った。

「お帰り、アルバート。大きくなりましたね」

 鳶色の瞳に豊かな黒髪の美しい妃は、六年前に別れた時と変わらずに美しい女性だった。
 自慢の黒髪は肩から流れるようにされ、金色の髪飾りが輝いている。
 
(相変わらず、王子のお母さんも美人だな)

 母親たる妃のそばに立つ王子の方が、今や、妃よりも背が高かった。
 そのことに気が付くと、なんとなしに感極まったようにマルグリッド妃は鳶色の目を潤ませ、それから慌てて、王子に椅子を勧めた。

「疲れたでしょう。さあ、椅子にお座りなさい。紫竜も久しぶりですね。よく、アルバートに仕えてくれてありがとう」

 小さな竜を見つめ、微笑むマルグリッド妃。
 椅子にアルバートは座ると、その膝の上に当然のように小さな竜が座る。
 その様子を見て、マルグリッド妃や侍女達も少し笑っていた。
 
「ルーシェは、魔法で大きくも小さくもなれるのですよね。本当に便利ですね」

「そうです。だから、私はいつもルーとは一緒です」

「ピルルルル(そうだよ)」

 王子と紫竜が仲良く見つめ合い、返事をする様子に、マルグリッド妃は「貴方達が仲良く過ごしてくれて嬉しいわ」と答えていた。
 やがて侍女が王子の前のテーブルにお茶を淹れて置く。
 彼女が下がったところで、アルバートは母に尋ねた。

「それで、マリアンヌから話をしたいと聞いたのですが。彼女はどこですか」

 妹姫の名を出され、マルグリッド妃は答えた。

「ヴィシュー侯爵家に今、彼女は出かけています」

 ヴィシュー侯爵家とは、マリアンヌの婚約者の家門であった。
 ザナルカンド王国へ嫁がせる候補には、マリアンヌも名が挙げられている。
 婚約者とその件について話し合っているのだろう。

「今、王宮ではどのような話になっていますか」

 王子の問いかけに、マルグリッド妃は柳眉を曇らせた。

「………………まだ正式な発表はされておりませんが、ダミアン王子の婚約者であるエリーサ伯爵令嬢が妊娠したという噂が流れています」

 その言葉に、アルバート王子は目を少しばかり見開いた。
 王子の膝の上の紫竜も心の中で、(妊娠!!!!)と驚いている。

「よって、エリーサ伯爵令嬢のお腹が大きくなる前に、ダミアン王子との式を挙げさせようという話になっています」
 
 ザナルカンド王国へ嫁がせる(若しくは婿入り)候補者は三人で、そのうちの一人がダミアン王子であった。これで、ダミアン王子はその候補から見事に脱落したことになる。

 実際にエリーサ伯爵令嬢が妊娠しているかどうかは不明であるが、こうなってしまっては「言ったもん勝ち」のところがある。
 妊娠させたとなれば、貴族の令嬢である。当然ダミアン王子は彼女を妻として迎え、婚姻を結ぶべきである。
 エリーサ伯爵令嬢の父伯爵もそう主張して、ダミアン王子はいそいそと婚礼の式を挙げる準備を、エリーサ伯爵令嬢と共に嬉しそうに始めているらしい。

(ええええええええええええぇぇぇ、じゃあ、今や、マリアンヌとアルバートだけが外国への嫁・婿入り候補になっているの)

 驚いて、紫竜の黒い目は最大限に開き切っていた。

「リチャード王子達から、マリアンヌはそんな不埒なことはしておらぬだろうなと強く確認されました。マリアンヌは『その手があったのね』と随分と悔しがっていましたよ」

 そう苦笑混じりでマルグリッド妃は呟く。

 アルバート王子の妹であるマリアンヌ王女は現在十四歳。その発想はまだ出来ない乙女だったのだろう。
 だが、真実でないとしても、そうした噂を流してしまえば、ザナルカンド王国へ嫁がされる候補から抜け出すことが出来たのだ。

「……その分では、マリアンヌはザナルカンド王家へ嫁ぐ気はないと」

 アルバートが尋ねると、マルグリッド妃はため息混じりで答えた。

「ええ。あの子はヴィシュー侯爵家に嫁ぐものだと幼い頃からそう思って育ってきましたもの。侯爵家令息のレイモンドとも非常に仲が良いのですよ。私もまさか、このようなことになるとは思ってもおりませんでした」

 どこか苦し気な声でマルグリッド妃は言う。
 幸せになって欲しいと願い、国内の有力諸侯であるヴィシュー侯爵家長男との婚約を結ばせた。
 そのまま当然のように嫁げるとばかり考えていたのに。

「ザナルカンド王国の相手方は、ニコラウス王子とリュドミラ王女でしたね」

「そう聞いています。二人とも、それまでの婚約者との婚約を解消してのぞむという話です」

 政略結婚とはいえ、非情なものである。
 まるで駒のように動かされている。

「私が婿入りすればリュドミラ王女の元へ、マリアンヌが嫁ぐとなればニコラウス王子の元へ行くというわけですか」

 アルバートは深々とため息をついた。
 腕の中の紫竜がぎゅっと王子の腕に抱きついている。
 いつもなら「ピルピルピルピル!!!!」と怒って鳴き喚くところであったが、さすがにマルグリッド妃の前でそうした姿を見せてはならないと理解しているのだろう。
 その分だけ、強く強くアルバートの腕にしがみついている。
 
(だからって、王子が婿入りするなんて絶対に絶対に絶対に嫌だ嫌だ!!!!)

 内心、紫竜は喚き散らしていた。
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