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第四章 小さな竜は愛を乞う
第四話 妹姫の言葉(上)
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マリアンヌ姫からの手紙は、一度、アルバート王子と直接会って話がしたいというものだった。
王宮から離れた北方の竜騎兵団にいては、王宮では今、一体どこまで話が進んでいるのか分からない。
母であるマルグリッド妃も含めて、話を直接聞いてみるのも良いだろうと、王子は外出の許可を受け、王宮へ向かうことにした。
一人前の竜騎兵となった王子は、魔法の力で成竜の姿をとった紫竜の背に跨る。
紫竜は、首の長い、優美な鳥のように美しい竜だった。
いつ見ても、他の竜達とは違う別格の美しさを持つ竜。
今も離着陸場で立つ紫竜を、他の竜騎兵達も、騎竜達も見惚れたように見つめている。
紫竜は、王子が乗りやすいように頭を下げる。
その背の鞍に王子は跨り、紫竜の首を撫でる。
「頼んだぞ」
紫竜は「ピルルルル(任せろ)」と言う。
その言葉に、王子は笑っていた。
紫竜とも心話でも話せるようになっていたが、紫竜の喋る言葉を理解できる王子は、未だに心話を使うよりも、ルーシェの可愛い鳴き声を聞いて話をすることの方が多かった。
以前、リヨンネ先生が言っていたことを、王子は思い出した。
「殿下は、紫竜の言葉を聞いて理解しているようですが、もしかしたら、同時に心話も聞いているのかも知れません」
本来、学舎からの学者の派遣は、数年間隔で行われるはずなのに、リヨンネは新しい竜の観察地の建物が再建されてから、建物の状態を確認するという名目で、竜の観察地へたびたび足を運んでいた。
そして“古竜”シェーラや青竜と交流しているらしい。
「そうなのですか」
「はい。今では、紫竜の複雑な話も鳴き声から即座に理解していますよね。昔は理解できなかったご様子ですが、今はもう完全に理解しているように見えます」
それからリヨンネは優しく微笑みながら言った。
「紫竜の鳴き声は可愛いですよね。完全に心話に切り替えると、鳴き声を聞かなくても、本当は会話を交わすことができるのですが、殿下は紫竜の声を聞いていたいのですよね」
紫竜は立ち上がると、離着陸場から走り出す。
その背中から薄い皮膜の張った大きな翼が広げられる。
トンと雲海の広がる空へと、飛び立つ。
恐らく風魔法で、自分の体を押し上げたのだろう。
軽い飛び立ちの感触があった後、その紫竜の体は空の高みへとぐんぐんと上がっていく。
風よけのためのゴーグルや手袋をしっかりとはめている王子。
でも、本当はそれも必要がないと紫竜は言った。
今は心話を通じて、紫竜は話している。
(寒くないよね? 王子)
いつもなら紫竜はピルピルと鳴いて会話を交わすのだが、さすがに空の上では王子が聞きづらいと思われたため、心話に切り替えていた。
(寒くない)
風魔法を上手に使える紫竜は、王子の前に風が当たらないように透明な壁を作り出していた。
更にここ最近は、寒い日はその壁から暖かなそよ風を出したり、熱い日はひんやりと冷たい風を出したりもしている。
そんなこと、風魔法が使えるというだけで出来るものなのだろうかと、アルバート王子は疑問に思っていたのだが、実際、王子の前に強い風が当たらないようにしたり、適切な温度の環境で王子が気持ちよく過ごせるように、紫竜は魔法を使っていた。
魔術師のレネは、紫竜がそうした妙に器用な魔法を使えることに驚き呆れている様子だった。
「ルーシェは、本当に上手に魔法を使えますね。普通、魔力量を多く持つ者は、おおざっぱな魔法を使いがちで、こうまで魔法の器用な使い方は出来ません」
それはどういうことなのかと尋ねると、レネは説明を続けた。
「たくさんの魔力を持つとして、それの制御は難しいのです。毎日毎日それを訓練することのできる専業の魔法使いでも、自分の中にある魔力の抽出は、自分が必要とする魔力を必要な分だけ取り出すということは難しい。むしろ、必要な分といわず、使い切るつもりで魔法を展開する方が楽ですね。たぶん、ルーシェは……」
レネは少し声を潜めるように言った。
「魔法で魔素を使うが故に、他の者よりも器用に魔法が使えるのかも知れませんね」
でもそうした魔法も、紫竜は王子のために使うのだ。
大好きな王子が、気持ちよく過ごせること。それが紫竜にとって何より大切なことだった。
王子から離れまいと必死にしがみつく紫竜も、他の誰かと結婚するためにいなくなるかも知れないと聞いた時に怒って鳴き続けた紫竜も、そして今も王子のために優しい魔法を展開する紫竜も。
王子はそんな紫竜が大好きだった。
空を飛びながら、王子は思う。
(どうにか婚姻を回避できるように考えなければならない)
紫竜の飛ぶ速さは他の竜達よりも遥かに速い。
背中に王子を乗せていても、風の抵抗を受けぬその小さな体格のせいなのか、飛ぶように速かった。
また王子の周囲に完璧に防御する透明な膜を作り上げているせいで、全力で飛ぶことに集中出来るせいもある。竜騎兵団の北方の拠点より王国中心部にある王宮まで、最速の伝令飛竜が休みなしで飛び続けて半日かかる。紫竜は半日よりも早く、九時間ほどで到着することができた。
朝方出発して到着したのはその日の夕方前である。
王宮の離着陸場に到着した紫色の竜とそれに跨る七番目の王子の到着を、第三妃マルグリッド妃の侍女達が待ち構えたように出迎え、王子が紫竜の背から下りると、侍女達は一斉にドレスの裾を摘まんで綺麗に礼をした。
「殿下、お久しぶりでございます。マルグリッド妃殿下がお待ちです」
「出迎えご苦労」
精悍な若者に成長したアルバート王子の姿を、どこか眩し気に侍女は見つめていた。
紫竜を、竜を留めおく小屋へ案内しようとするのを、王子は止めた。
「ルー」
そう呼びかけると、しなやかな成竜の姿をとっていた紫竜は、瞬きを一瞬する間に、小さな竜に姿を変え、その背からゴンと音を立てて鞍などが地面へ落ちる。
そして猫ほどの大きさになった紫竜は「ピルルルル」と鳴いて、王子のすぐそばまで飛んでいったのだった。
その様子を侍女達は少し驚いたような目で見た後、また軽く頭を下げた。
「ご案内致します」
先導する侍女達の後について、アルバート王子と紫竜は離着陸場から王宮の建物内部へと続く道を歩き始めたのだった。
王宮から離れた北方の竜騎兵団にいては、王宮では今、一体どこまで話が進んでいるのか分からない。
母であるマルグリッド妃も含めて、話を直接聞いてみるのも良いだろうと、王子は外出の許可を受け、王宮へ向かうことにした。
一人前の竜騎兵となった王子は、魔法の力で成竜の姿をとった紫竜の背に跨る。
紫竜は、首の長い、優美な鳥のように美しい竜だった。
いつ見ても、他の竜達とは違う別格の美しさを持つ竜。
今も離着陸場で立つ紫竜を、他の竜騎兵達も、騎竜達も見惚れたように見つめている。
紫竜は、王子が乗りやすいように頭を下げる。
その背の鞍に王子は跨り、紫竜の首を撫でる。
「頼んだぞ」
紫竜は「ピルルルル(任せろ)」と言う。
その言葉に、王子は笑っていた。
紫竜とも心話でも話せるようになっていたが、紫竜の喋る言葉を理解できる王子は、未だに心話を使うよりも、ルーシェの可愛い鳴き声を聞いて話をすることの方が多かった。
以前、リヨンネ先生が言っていたことを、王子は思い出した。
「殿下は、紫竜の言葉を聞いて理解しているようですが、もしかしたら、同時に心話も聞いているのかも知れません」
本来、学舎からの学者の派遣は、数年間隔で行われるはずなのに、リヨンネは新しい竜の観察地の建物が再建されてから、建物の状態を確認するという名目で、竜の観察地へたびたび足を運んでいた。
そして“古竜”シェーラや青竜と交流しているらしい。
「そうなのですか」
「はい。今では、紫竜の複雑な話も鳴き声から即座に理解していますよね。昔は理解できなかったご様子ですが、今はもう完全に理解しているように見えます」
それからリヨンネは優しく微笑みながら言った。
「紫竜の鳴き声は可愛いですよね。完全に心話に切り替えると、鳴き声を聞かなくても、本当は会話を交わすことができるのですが、殿下は紫竜の声を聞いていたいのですよね」
紫竜は立ち上がると、離着陸場から走り出す。
その背中から薄い皮膜の張った大きな翼が広げられる。
トンと雲海の広がる空へと、飛び立つ。
恐らく風魔法で、自分の体を押し上げたのだろう。
軽い飛び立ちの感触があった後、その紫竜の体は空の高みへとぐんぐんと上がっていく。
風よけのためのゴーグルや手袋をしっかりとはめている王子。
でも、本当はそれも必要がないと紫竜は言った。
今は心話を通じて、紫竜は話している。
(寒くないよね? 王子)
いつもなら紫竜はピルピルと鳴いて会話を交わすのだが、さすがに空の上では王子が聞きづらいと思われたため、心話に切り替えていた。
(寒くない)
風魔法を上手に使える紫竜は、王子の前に風が当たらないように透明な壁を作り出していた。
更にここ最近は、寒い日はその壁から暖かなそよ風を出したり、熱い日はひんやりと冷たい風を出したりもしている。
そんなこと、風魔法が使えるというだけで出来るものなのだろうかと、アルバート王子は疑問に思っていたのだが、実際、王子の前に強い風が当たらないようにしたり、適切な温度の環境で王子が気持ちよく過ごせるように、紫竜は魔法を使っていた。
魔術師のレネは、紫竜がそうした妙に器用な魔法を使えることに驚き呆れている様子だった。
「ルーシェは、本当に上手に魔法を使えますね。普通、魔力量を多く持つ者は、おおざっぱな魔法を使いがちで、こうまで魔法の器用な使い方は出来ません」
それはどういうことなのかと尋ねると、レネは説明を続けた。
「たくさんの魔力を持つとして、それの制御は難しいのです。毎日毎日それを訓練することのできる専業の魔法使いでも、自分の中にある魔力の抽出は、自分が必要とする魔力を必要な分だけ取り出すということは難しい。むしろ、必要な分といわず、使い切るつもりで魔法を展開する方が楽ですね。たぶん、ルーシェは……」
レネは少し声を潜めるように言った。
「魔法で魔素を使うが故に、他の者よりも器用に魔法が使えるのかも知れませんね」
でもそうした魔法も、紫竜は王子のために使うのだ。
大好きな王子が、気持ちよく過ごせること。それが紫竜にとって何より大切なことだった。
王子から離れまいと必死にしがみつく紫竜も、他の誰かと結婚するためにいなくなるかも知れないと聞いた時に怒って鳴き続けた紫竜も、そして今も王子のために優しい魔法を展開する紫竜も。
王子はそんな紫竜が大好きだった。
空を飛びながら、王子は思う。
(どうにか婚姻を回避できるように考えなければならない)
紫竜の飛ぶ速さは他の竜達よりも遥かに速い。
背中に王子を乗せていても、風の抵抗を受けぬその小さな体格のせいなのか、飛ぶように速かった。
また王子の周囲に完璧に防御する透明な膜を作り上げているせいで、全力で飛ぶことに集中出来るせいもある。竜騎兵団の北方の拠点より王国中心部にある王宮まで、最速の伝令飛竜が休みなしで飛び続けて半日かかる。紫竜は半日よりも早く、九時間ほどで到着することができた。
朝方出発して到着したのはその日の夕方前である。
王宮の離着陸場に到着した紫色の竜とそれに跨る七番目の王子の到着を、第三妃マルグリッド妃の侍女達が待ち構えたように出迎え、王子が紫竜の背から下りると、侍女達は一斉にドレスの裾を摘まんで綺麗に礼をした。
「殿下、お久しぶりでございます。マルグリッド妃殿下がお待ちです」
「出迎えご苦労」
精悍な若者に成長したアルバート王子の姿を、どこか眩し気に侍女は見つめていた。
紫竜を、竜を留めおく小屋へ案内しようとするのを、王子は止めた。
「ルー」
そう呼びかけると、しなやかな成竜の姿をとっていた紫竜は、瞬きを一瞬する間に、小さな竜に姿を変え、その背からゴンと音を立てて鞍などが地面へ落ちる。
そして猫ほどの大きさになった紫竜は「ピルルルル」と鳴いて、王子のすぐそばまで飛んでいったのだった。
その様子を侍女達は少し驚いたような目で見た後、また軽く頭を下げた。
「ご案内致します」
先導する侍女達の後について、アルバート王子と紫竜は離着陸場から王宮の建物内部へと続く道を歩き始めたのだった。
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