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第四章 小さな竜は愛を乞う

第一話 それからの日々

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 その年の秋、無事に竜の観察地の拠点となる建物が建てられた。
 冬の季節になれば、しんしんと降り続ける雪のため工事が出来なくなる。それで、冬になる前に工事を終えたいと考えていたリヨンネは、順調に工事が完了したことに、大いに黒竜と青竜に対して感謝した。
 実際、黒竜シェーラが野生竜達に睨みを利かせてくれたため、野生竜達は工事に係る人間達に一切手を出して来なかった。更に青竜が、リヨンネの言うがまま、荷運びなどの手伝いをしてくれたため、建材や工事のための人員もヒョイヒョイと大量かつ迅速に運ぶことができた。

 黒竜にはたくさんのリヨンネの兄嫁セレクションの“かわいいもの、綺麗なもの”を箱詰めで贈り、青竜にもタップリの酒を献上した。
 その後、リヨンネが再び、野生の竜の観察のために観察拠点へ行くと、そこには黒竜と青竜が待ち構えていて、建物の無事の完工を祝して彼らと一緒に酒盛りをしたという話を王子達は聞いたが、それが本当のことなのかは分からない。
 ともあれ、リヨンネはそれからもちょくちょく時間さえあれば、王都から北の山間の観察拠点へやって来て、野生竜達と交流を深めているようだった。


 そしてその年の冬、アルバート王子をはじめとする見習い竜騎兵達は、部隊に振り分けられた。
 見習い達はアルバート王子を除き、通常部隊に振り分けられ、王子と紫竜は遊軍部隊に振り分けられた。

「ピルル、ピルル(どうして俺達は遊軍なの)」

 紫竜が、王子に高い高いをされながら尋ねてくる。
 寝台の上で横になった王子が、紫竜の胴体を両手で持ち、子供にするように高い高いをするのが、紫竜は好きだった。

 レネ魔術師は「紫竜は飛べるのだから、高い高いされてもあまり嬉しくないのでは……」と言っていたが、紫竜は大好きな王子に遊んでもらえるなら何でも好きだった。
 
 見習い達の中で、王子と紫竜だけが、遊軍部隊に振り分けられていた。
 それについて、エイベル副騎兵団長は説明した。

「単独で高い魔法攻撃力を持ち、飛ぶ速さもダントツな紫竜は、遊軍向きです。通常部隊では連携を重視されますが、遊軍なら多少連携を外しても大丈夫です」

 つまり紫竜はある程度自由に動いてもらう方が、騎兵団にとってメリットが高いとみなされたのだ。

「とはいえ、今は戦時ではありません。遊軍部隊に振り分けましたが、実務では、当番の見回りなどで通常部隊のもの達と共に行動する方が多いでしょう」

 そうしたエイベル副騎兵団長の説明をそのまま、アルバート王子は紫竜に話す。
 紫竜は黒い目を賢しげに光らせ、大人しく王子の話を聞いていた。話を聞き終わった後、納得したように頷いている。

「ピルルピルピルルル(そうか、この国では戦争はずっと起きていないものね。その方がいいね)」

 呟くように話されたその言葉が少し気になって、王子は紫竜に尋ねた。

「ルーは戦争が嫌いなのか」

「ピルピルルピルルルルピルル(それはそうだよ。争いなんてない方がいい。俺はずっと当番の見回りでいいくらいだ)」

「そうか」

「ピルルピルピルル(それに戦争が起きて、王子が傷ついたら嫌だ)」

「竜騎兵なのだから、戦争が起きれば真っ先に参戦することになる」

 王子のその言葉にピタリと動きを止めて、紫竜は黒々とした瞳を曇らせていた。どことなく尻尾も下がっている。

「ピルルゥゥゥ(……いやだ)」

「ルー」

 女子供のように、戦争を嫌がる紫竜の態度にアルバート王子は少し驚いていた。

「………………ずっとこの国で戦争は起こっていない。そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ルー」

 なんとなしに元気の無くなった様子の紫竜を降ろすと、すぐに紫竜はアルバート王子の体にピトッと抱きついてきた。
 その紫竜の体を、王子もまた抱きしめ返す。

「心配性だな、ルー」

 その王子の言葉に、紫竜は黙ったまま答えず、その晩は眠りに落ちる時まで王子に抱きついたままだった。







 それからの日々は、訓練に訓練を重ねた。二年目、三年目と年を重ねる度に、アルバート王子と紫竜の二人は、更に誰よりも早く飛ぶことが出来るようになり、紫竜の魔法による攻撃力も増していった。
 そして紫竜は密かに、空気中の魔素も貯め続けていた。
 王子がこの竜騎兵団にやって来て、六年が経ち、アルバート王子は十六歳になった。
 

 十歳でこの北方の竜騎兵団にやって来た少年の王子は、十六歳になったその時、ぐんと背も高く伸び、日々の訓練のおかげでその腕や胸板も鍛えられ、十分立派な男になっていた。
 もはや彼は見習いという身分ではなくなり、正式な竜騎兵に任じられていた。

 朝、王子のそばで目を覚ます紫竜は、六年経っても未だ子竜の姿のままだった。
 紫竜は、魔法の力で小さな竜の姿を保ち、その姿のまま王子のそばにいることを望んでいた。
 小さな竜の姿なら、王子のそばに朝から晩まで一緒にいられる。それが何よりも紫竜には嬉しいことだった。
 
 寝台の上で眠るアルバート王子を、むくりと起き上がった小さな竜は見下ろす。
 紫色の小さな頭から、毛布が滑り落ちた。
 黒い目が、眠り続ける王子を見下ろす。

(王子は大きくなったな。そして……恰好よくなった!!)

 元から、美姫として名の知れていたマルグリッド妃似の綺麗な顔立ちをしている。成長したら格好良くなるだろうなと想像していた通り、いや想像以上に、アルバート王子の面は彫りも深く、ハンサムだった。騎兵らしく短く整えられた黒髪も艶やかである。
 紫竜はしげしげとその王子の寝入った顔を見つめ、彼の頬をペロリと舐めた。
 すると、王子は鳶色の目を開ける。
 
(男なのに、睫毛長!!)

 その王子の目が、紫竜を認めて柔らかく光を浮かべる。

「おはよう、ルー」

 小さな紫竜の体を抱いて、その鼻先に口づけを落とす。
 そして片手で紫竜の体を脇に抱きかかえたまま起き上がる。着替えを始める。

 同室の、護衛騎士バンナムは既に目を覚ましており、王子が起きたことが分かると、バンナムは一礼して「おはようございます、殿下」と言った。

「おはよう、バンナム卿」

 紫竜はいそいそと王子の着替えを手伝っていく。飛びながら王子のシャツや、剣帯を運んでいる。
 その小さな竜の可愛らしい手伝いの様子を、バンナムは黙って眺めていた。
 王子の用意が出来たところで、揃って食堂へ向かう。

 王子のそばを飛ぶ紫竜の姿を見ても、今ではどの竜騎兵達も驚くことはなくなっていた。
 アルバート王子のそばに紫竜がいるのは当然のことになっていたからだ。
 最初の頃、王子は胸元から斜めにかけた布袋に小さな紫竜を入れて食堂に行っていたが、今では紫竜は王子の周りを飛びながらついていくようになっていた。
 王子が、紫竜の分の食事もトレーへよそってくれるのもいつも通りのことだった。

「ピルルピル(ありがとう)」

 御礼を言う紫竜の口に、王子はスプーンで食事を入れていく。それはバンナムも手伝うように一緒にやっていた。二人の男に交互に口に食べ物を入れられて小さな紫竜は口いっぱいの食べ物をモグモグと食べている。
 しばらくして、レネ魔術師も朝食の載ったトレーを手に食堂の席へ現れた。
 六年前、二年契約でこの竜騎兵団の拠点にやって来たレネ魔術師は、結局その後、二回契約を更新していた。
 ここに来た当初、レネは青竜寮の自室で朝食を取っていたが、今ではバンナムと共に食堂で食事を取っている。
 バンナムとレネの二人は、この竜騎兵団で公認の恋人同士になっていた。
 レネがバンナムの隣の椅子を引いて、テーブルの上に食事の載ったトレーを置く様子も毎日繰り返される同じ光景だった。

 レネ魔術師が、晴れてアルバート王子の護衛を務めるバンナムの恋人になったことは嬉しい事で、王子は二人の仲が進展するようにいろいろと手を尽くしていた。
 それが、ウラノス騎兵団長に頼んで、王子と紫竜が週に二回ほど団長室で時間を潰す……もとい団長室にある本を読ませてもらうことだった。
 団長室にいる限り、王子はウラノス騎兵団長に守られていることになる。
 その間、レネとバンナムはゆっくりと愛を深めることが出来るはずだった。

 レネは、王子からのその申し出を聞いた時、真っ赤な顔になり、どもりながらも「あ……有難うございます」と礼を言っていた。
 バンナムも少しだけ困ったような顔をしていたが、素直に王子の好意を受け取ったのだった。

 二人はもうしばらくしたら、婚姻もするらしい。
 指輪の交換も済ませている。

 レネにとって、それは天にも昇るような嬉しい出来事であったのだけど、やはり、少し気になることがあった。
 それは余計なお世話のように思えて、今まで王子達の前では口にしたことはない。
 だが、伴侶となる予定のバンナムには尋ねていた。

「王子とルーシェの仲は、どうなっているのでしょうか?」
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