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第三章 古えの竜達と小さな竜の御印

第十四話 新たな歓び

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 その場にいた竜騎兵達は、黒竜との会話の中で、どうやらウラノス騎兵団長が黒竜から呪いを受けていたことを知った。その呪いの効力が続いているものと、ウラノス騎兵団長が思い込んでいたことも察していた。
 今まで、そうした呪いが掛けられていたことを、周囲には一切漏らさなかった騎兵団長である。きっとそれは触れられたくないものなのだろうと、その場にいる騎兵団の隊長や、竜騎兵達は皆、問いかけることもなく口を噤んでいた。
 ただ一人、エイベル副騎兵団長だけは、その薄紫色の瞳を輝かせていた。



 そしてその夜、青竜寮の最上階のウラノス騎兵団長の部屋に押し入った一人の男の影があった。
 ベランダの壁沿いにやって来たすらりとした肢体の男の姿を認めた時、ウラノスはため息混じりだった。
 なんとなしに、予感があった。

「エイベル……」

 そう、そこにいたのは銀の髪の美しい副騎兵団長で、彼はすぐさまウラノスの側に近寄る。
 花のような微笑みを浮かべて彼はこう言った。

「もう、貴方は呪いを受けているわけではないのです」

「……………」

 黒竜シェーラはハッキリとそう言った。
 そう言って、彼女はさも可笑しなことを聞いたかのように、ケタケタケラケラと笑っていた。
 その笑い声が、ウラノスにとっては悪夢のようであった。

『十五年間、貴方は呪いがあることを信じ続けていたの』

 そう、信じていた。
 自分は不能であると信じていた。
 実際、女にも男にも興味はなく、それは呪いのせいだと信じていた。
 
 まさかとうに、呪いが解けているなど考えもしなかった。

「ウラノス」

 自分の名を愛し気に呼ぶ、目の前の銀の髪の副騎兵団長を見つめ返す。
 彼が未だに自分に好意を抱いていることに、抱き続けていることに驚いていた。
 かつて告白を受けた時、自分はハッキリとその好意に応えることは出来ないと断ったのだ。
 それでもなお、彼は自分のことを好きだという。

「……」

 呪いが解けていると言われても、何をどうすればいいのか分からない。

 ウラノスは伯爵家の嫡男であったが、この竜騎兵団の竜に選ばれた時に、伯爵家を継ぐことはすっぱりと諦めていた。
 ウラノスは、十の時に、同年の親友たる辺境伯の子弟に誘われるまま、孵化交流会の様子を見学に行った。
 そこで、何故か見学に来たウラノスが孵化したばかりのウンベルトに認められ、竜騎兵になることが定められた。
 それまで、貴族として伯爵の地位を世襲するものと思って育ってきた。
 それがウンベルトと出会ったその一瞬で、世界が変わってしまったのだ。

 赤褐色竜のウンベルトと共に、竜達を統べ、国を守る仕事は誰にでも出来ることではない。
 ウラノスは、自分が選ばれた人間であることを理解していた。
 
 伯爵家は弟が継ぐことになり、弟はウラノスの婚約者だった娘と結婚し、今や子も為している。立派に領地を守っている弟がいるので、一族の将来は安泰であった。
 そのことを良かったと思っている。
 ただ、もはやウラノスが戻るべき家はない。

 自分はこの竜騎兵団で、ウンベルトと共に、国を守って生きていく。
 その思いがこれから先もブレることはない。
 自身が王国の一大戦力として期待されていることも知っている。若い身で就いた騎兵団長の職務も、問題なくこなしている。
 呪いによって、肉欲の枷から解き放たれたことに安堵の一方、自分がどこか欠けているような気もしていた。
 人として、何か足りないのではないかと。


「ウラノス、私のことが嫌いですか」

 おずおずと、エイベルが尋ねてくる。
 サラリと白い額に、銀の絹糸のような髪がかかり、薄紫色の瞳がじっと熱をこめて自分を見つめてくる。

 嫌いではないだろう。

 これほど美しい男を、ウラノスは知らなかった。
 彼は有能で、自分に対してよく仕えてくれていた。彼の告白を拒絶した後ですら、変わらずに仕えてくれたことは有難かった。

 ウラノスの手の上に、エイベルはそっと自分の手を重ねた。

「……嫌いではない。だが、どうすればいいのか分からない」

 素直にぽつりと言う。
 その様子はどこか途方に暮れているように見えた。

「それに、今までも困っていなかったから、別に今更それが出来るようになったからと言って、そうしなければならないことはない」

 そう、ウラノスもウンベルトも、それが出来ないことで困ることは一切なかった。
 だからこれからだって、それをしなくてもいい。
 困ることはないはずだ。

「貴方は、私よりも遥かに強くて、賢くても、ちょっと愚かなところもあるのですね」

 エイベルの言葉に、ウラノスは眉間に皺を寄せながら言った。

「それはどういうことだ」

「こういうことも、とても大切なことなのですよ」
 
 そしてエイベルは背伸びをするようにして、そっと自分よりも背の高いウラノスの唇に自身の唇を押し当て、優しくその唇を食んだ。
 途端、体を強張らせるウラノスに、その手を逃さないようにしっかりと重ね、なおもリップ音が響くように口づけを交わし続けた。
 
 まるで何も知らない少年のようなウラノスに、一つずつ自分が教えていく、そのことにエイベルは眩暈がするほどの喜びを覚えていた。

「大丈夫ですよ、ウラノス」

 熱く息を漏らしながら、彼は愛しい男の耳元で囁いた。

「ゆっくりと、していきましょう」







 そして朝になり、鳥達がチュンチュンと鳴く清々しい空気の中、エイベルは逞しい男の胸に銀色の頭をもたせかけながら、満足の吐息を漏らしていた。
 ウラノスの唇にもう一度、エイベルは自身の唇を重ねた後、言った。

「そう、悪いものではなかったでしょう?」

 その問いかけに、ウラノスは耳を赤く染めながらも、頷いたのだった。
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