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第三章 古えの竜達と小さな竜の御印
第十話 巨大な土竜の棲み家
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「黒竜シェーラは、リヨンネ先生に任せる」というウラノス騎兵団長の言葉に、エイベル副騎兵団長は驚いていた。
癖がある黒竜との面会を、竜の専門家の学者とはいえ、リヨンネ一人に任せるというのだ。
当然、リヨンネは「騎兵団長は楽な方へ逃げている!! 酷い、酷すぎる」とひとしきり文句を言っていたが、どんなに言ってもウラノスに聞き入れてもらえないことが分かると、ガックリと肩を落としながら団長室から出ていった。
「リヨンネ先生だけで大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。彼は青竜に泣きつくだろう」
実際、リヨンネはウラノスの言葉通り、野生の青竜に同行を求めていた。そこまで見越して任せたのかと思いつつも、それでも、これは彼らしくないことだとエイベルは感じていた。
それほどに会いたくないなど、よほどウラノスは、黒竜を嫌っている。
ウラノスが何故そこまで黒竜シェーラを嫌っているのか、その理由が分からなかった。
巨大土竜タリムとの面会の日、ウラノスは赤褐色竜ウンベルトに乗り(赤褐色竜は余りにも巨体なため、ウラノスは竜の背に跨るというよりも、背の上に立っているような状況であった)、エイベルは自身の青竜ロザンナの背に跨った。
ウンベルトはその巨体によって、彼が動くたびに地表が揺れる。雪の季節であると雪崩が起きてしまう。そのため、ウンベルトは滅多に大森林の自身の棲む洞窟から出てくることはなかった。ウラノスに呼ばれることで、ようやくその姿を大森林から現わすくらいであった。
ウンベルトは赤褐色竜という種類通り、その巨体を覆う鱗は赤褐色であった。巨体から分かるように土竜の血を色濃く引く。更に空を飛ぶことの出来る飛竜であり、口からは火炎を放射できる。万兵に匹敵すると言われる恐ろしい戦闘力を持つ竜であったが、ウラノスを前にした時には、彼の手に頭をなすりつけるようにして甘えていた。それをウラノスも目を細めて頭を撫でている。だが、あまりにも体格差があるため、ウンベルトにはウラノスに撫でられている感覚はあるのだろうかと、少しばかりエイベルは一人と一頭の様子を眺めながら思っていた。
ウンベルトが降り立ったのは、大森林の中央地帯であった。
そこは大森林の中でもぽっかりと木の生えていない平原が続いている場所だ。
ゴロゴロと大きな岩が、平原の中に転がっており、まだ雪解けもしていないために、膝丈ほどの白い雪が積もっている。
ウンベルトはドシンとその平原に降りて(その瞬間、また地面が揺れていた)、ウラノスに頭を撫でられた後、人化した。
エイベルが、ウンベルトの人化した姿を見たのはこれが初めてのことであった。
今まで長いことエイベルはウラノスのそばに仕えていたが、赤褐色竜ウンベルトが人化した姿を見たことはなかった。
そしてそれは青竜ロザンナも同じだったようで、ロザンナとエイベルは人化したウンベルトの姿をマジマジと眺めていた。
二メートルを優に超える大柄な男がそこにいた。
ウラノス騎兵団長も体格良く、長身であったが、ウラノスよりも人化したウンベルトは頭一つ大きい。その大男の前では、ウラノスが小柄に見えるくらいであった。
赤褐色の髪の大男に、ウラノスは事前に用意していた服を手渡した。
「これに着替えろ」
「ああ」
そしてウラノス騎兵団長はクルリとエイベル副騎兵団長の方に向くと、ロザンナを人化させるように言い、また彼女のために用意していたらしい服を手渡してきた。
「タリムと会う場所は道が狭い。竜体のままでは行けないのだ」
「分かりました」
目印も何もないのに、ウンベルトは「ここだ」と言って、地面を指で示した。
ウラノス騎兵団長がこれまた用意していたらしいシャベルを取り出して、雪を掻きわけ、土をも掘り進めると、そこに黒光りする正方形の鉄製の扉が現れた。
引き手に丸い輪がついており、ウンベルトは無造作にそれを掴むと、ガゴンと音を立てて引き上げた。
すると正方形の扉の下に地下へと続く長い階段が現れた。
中は暗いが、その奥からほんのりと薄黄緑色の明りが見える。
「ここを行くのですか」
「そうだ」
正直、エイベルにはぞっとする思いがあった。
こんな暗い地下に続く道を進むというのか。道の狭さに息が詰まりそうである。
その思いを感じ取ったのか、ウラノスは慰めるように言う。
「この階段の下をある程度進めば、途中から天然の洞窟になる。そうなれば空間が広がる」
ウンベルトが先頭に立ち、ウラノス、エイベル、ロザンナの順で階段を下りていく。急な階段がしばらく続いていた。
松明もなかったが、あたりがぼんやりと分かるのは、天然の光苔が薄黄緑色の光を放っているからだ。
壁にその苔がところどころ群生している。
(こうして苔がむすほど古い階段ということか)
最近になって作られたものではないだろう。
ややもすれば百年、二百年前に作られているような古い階段だった。いや、もしかしたらもっと古い時代のものかも知れない。
ところどころ水に濡れたような跡があるのは、地下水が染み出ているのだろう。ポタポタと雫が落ちる音が聞こえる。
この階段が崩壊したなら、頭上の土が一気に落ちてきて生き埋めになるだろう。
そのことを思ってエイベルが黙り込み、顔色も悪いのを見てウラノスは言った。
「大丈夫だ。何かあればウンベルトが我々を助けてくれる」
それに一番先頭に立つ大男は頷いていた。
そしてようやく天然の洞窟部分に階段はぶつかり、今まで斜め下に降りていく階段が、そこから横に歩いて進むようになった。
空間は広い。
大きな洞窟であった。
「ここから一時間ほど歩く」
まだ歩くのかと、エイベルは口には出さなかったが内心悪態をついていた。
四人は更に歩き続けた。
歩きながら、エイベルはウラノスに尋ねた。
「あの扉も階段も、一体誰が作ったのですか」
「遥か昔の竜騎兵達だ。タリムに会うための道として整備したらしい。このことは、今や竜騎兵団長のみ伝えられる事項となっている」
「私が知っていいのですか」
「お前は構わないだろう。他の者に言うなよ」
「はい」
そのことはまるで、自分が特別にウラノスから信頼されているように思えて、エイベルは嬉しく思った。
それと同時に、ウラノスのことをズルい男だと思う。
(こうして、私のことをことある毎に、信頼していると喜ばせている)
(ただの、部下と上司という関係に過ぎないのに)
(私の想いを知って、応えられないと告げた男)
エイベルは隊長職に就いた時、初めてウラノスに告白をした。
ただの平の竜騎兵ではなく、隊長として、一人前にこの竜騎兵団で戦うことが出来るようになって初めて、彼に愛を告白出来た。
なのに、彼はその告白を聞いて、全く予想もしていなかったようにとても驚いた後、応えられないと告げた。
その時のことを思い出すと、今でも鬱になりそうだ。
断られたエイベルは、勿論強いショックを受けたが、気丈にもウラノスのそばで働き続けた。ウラノスはまるで告白がなかったかのように、エイベルの前では振るまった。
それが、上に立つ者としての、大人の対応なのだと思う。
だけど、その対応はエイベルを傷つけたし、ウラノスのことが愛しく思うと同時に彼のことがひどく憎くも思えた。
エイベルは過去の自分の告白の場面をこれ以上思い出すことをやめた。
あまりそのことを考えると、思考が出口のない袋小路に入ってしまいそうだった。
想っても仕方のないことなのに、未だに自分は囚われてしまっている……。そしてグルグルとあてどもなく迷い続けているような気がしてならなかった。
それから予定通り一時間後、一行はようやく、巨大土竜タリムの棲み家に辿りついた。
黒竜シェーラには、ウンベルトが手紙を渡しに行った。以前、タリムからシェーラの棲む場所を聞いていたので、届けることが出来たのだ。
だから黒竜シェーラとリヨンネは、場所を決めて待ち合わせをすることが出来た。
しかしタリムはその巨体さ故に地中から動くことは出来ない。
タリムと話すためにはこちらから会いにいくしかなかった。
エイベルが驚き慄いたのは、その洞窟の穴の中で見えたのは、タリムの片方の目だけであり、眼球だけで洞窟内が一杯になっていたことだった。片目だけでそのサイズである。その身の大きさはもはや想像を絶するものだろう。もしタリムがこの洞窟の地底からその身を起こしたならば、この付近一帯が崩落するのではないかと思われた。
タリムの大きな瞳は黄色と青の光彩が混じり合った非常に美しい目だった。
その表面が鏡のように四人の姿を映し出している。
「よく、来たな」
タリムは静かに話しているのだろう。それでもその声の大きさに耳が痛くなるほどだった。
「会っていただき有難うございます。お久しぶりです」
ウラノスとウンベルトが並んで挨拶をすると、タリムは嬉しそうにその目を細めていた。
「お前達も、元気そうで、良かった」
「はい」
特にウンベルトは嬉しそうな様子である。
こうしてみると、ウンベルトの目の色とタリムの目の色が同じであることに、エイベルは気が付いた。
黄色に青い光彩が混じる美しい瞳。ウンベルトは土竜の血を色濃く引くと言われているが、もしやタリムの血統ではないかとエイベルは思った。
実際、タリムもまるで自分の子供を見るように優しい眼差しをウンベルトに向けていた。
タリムの前で、ウラノス騎兵団長は観察地の建物の再建のため、工事に係る人間達が大森林の中にしばらくの間、入るという話をした。
そしてそのことを野生の竜達にも伝え、工事に係る人間達に竜達が手出しをしないで欲しいと求めたのだ。
タリムは話を聞いた後、同意した。
「分かった。建物の、再建について、竜達に、話しておく」
古竜のタリムが認めてくれれば、問題なく工事に入れるだろう。
ウラノスは安心したような顔を見せ、彼は懐から、銀の見事な細工が施された美しい首飾りを取り出した。
何をするのかと思っていると、ウラノスはそっとその首飾りをタリムの前の床に、ハンカチを敷いて、置いたのだった。
「これは贈り物です」
「ああ、ありがとう」
タリムは目を細め、笑い声を上げていた。
「お前は、気が、利くな。私が、細工物が、好きな事を、忘れては、いないのだな」
「はい」
「俺の主だからな」
ウンベルトが誇らしげにウラノスを見ると、ウラノスも笑いながら頷いていた。
人化したウンベルトと、ウラノスの仲の良い様子を見て、初めてエイベルはその可能性に気が付いた。
(まさか……まさかウラノス騎兵団長が私の想いを受け取って頂けなかったのは)
(……ウンベルトが恋人なのですか)
だが、あまりにもウラノス騎兵団長とウンベルトの二人の間に流れる空気が清らかすぎて、すぐに「それはないな」とエイベルは思ったのだった。
癖がある黒竜との面会を、竜の専門家の学者とはいえ、リヨンネ一人に任せるというのだ。
当然、リヨンネは「騎兵団長は楽な方へ逃げている!! 酷い、酷すぎる」とひとしきり文句を言っていたが、どんなに言ってもウラノスに聞き入れてもらえないことが分かると、ガックリと肩を落としながら団長室から出ていった。
「リヨンネ先生だけで大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。彼は青竜に泣きつくだろう」
実際、リヨンネはウラノスの言葉通り、野生の青竜に同行を求めていた。そこまで見越して任せたのかと思いつつも、それでも、これは彼らしくないことだとエイベルは感じていた。
それほどに会いたくないなど、よほどウラノスは、黒竜を嫌っている。
ウラノスが何故そこまで黒竜シェーラを嫌っているのか、その理由が分からなかった。
巨大土竜タリムとの面会の日、ウラノスは赤褐色竜ウンベルトに乗り(赤褐色竜は余りにも巨体なため、ウラノスは竜の背に跨るというよりも、背の上に立っているような状況であった)、エイベルは自身の青竜ロザンナの背に跨った。
ウンベルトはその巨体によって、彼が動くたびに地表が揺れる。雪の季節であると雪崩が起きてしまう。そのため、ウンベルトは滅多に大森林の自身の棲む洞窟から出てくることはなかった。ウラノスに呼ばれることで、ようやくその姿を大森林から現わすくらいであった。
ウンベルトは赤褐色竜という種類通り、その巨体を覆う鱗は赤褐色であった。巨体から分かるように土竜の血を色濃く引く。更に空を飛ぶことの出来る飛竜であり、口からは火炎を放射できる。万兵に匹敵すると言われる恐ろしい戦闘力を持つ竜であったが、ウラノスを前にした時には、彼の手に頭をなすりつけるようにして甘えていた。それをウラノスも目を細めて頭を撫でている。だが、あまりにも体格差があるため、ウンベルトにはウラノスに撫でられている感覚はあるのだろうかと、少しばかりエイベルは一人と一頭の様子を眺めながら思っていた。
ウンベルトが降り立ったのは、大森林の中央地帯であった。
そこは大森林の中でもぽっかりと木の生えていない平原が続いている場所だ。
ゴロゴロと大きな岩が、平原の中に転がっており、まだ雪解けもしていないために、膝丈ほどの白い雪が積もっている。
ウンベルトはドシンとその平原に降りて(その瞬間、また地面が揺れていた)、ウラノスに頭を撫でられた後、人化した。
エイベルが、ウンベルトの人化した姿を見たのはこれが初めてのことであった。
今まで長いことエイベルはウラノスのそばに仕えていたが、赤褐色竜ウンベルトが人化した姿を見たことはなかった。
そしてそれは青竜ロザンナも同じだったようで、ロザンナとエイベルは人化したウンベルトの姿をマジマジと眺めていた。
二メートルを優に超える大柄な男がそこにいた。
ウラノス騎兵団長も体格良く、長身であったが、ウラノスよりも人化したウンベルトは頭一つ大きい。その大男の前では、ウラノスが小柄に見えるくらいであった。
赤褐色の髪の大男に、ウラノスは事前に用意していた服を手渡した。
「これに着替えろ」
「ああ」
そしてウラノス騎兵団長はクルリとエイベル副騎兵団長の方に向くと、ロザンナを人化させるように言い、また彼女のために用意していたらしい服を手渡してきた。
「タリムと会う場所は道が狭い。竜体のままでは行けないのだ」
「分かりました」
目印も何もないのに、ウンベルトは「ここだ」と言って、地面を指で示した。
ウラノス騎兵団長がこれまた用意していたらしいシャベルを取り出して、雪を掻きわけ、土をも掘り進めると、そこに黒光りする正方形の鉄製の扉が現れた。
引き手に丸い輪がついており、ウンベルトは無造作にそれを掴むと、ガゴンと音を立てて引き上げた。
すると正方形の扉の下に地下へと続く長い階段が現れた。
中は暗いが、その奥からほんのりと薄黄緑色の明りが見える。
「ここを行くのですか」
「そうだ」
正直、エイベルにはぞっとする思いがあった。
こんな暗い地下に続く道を進むというのか。道の狭さに息が詰まりそうである。
その思いを感じ取ったのか、ウラノスは慰めるように言う。
「この階段の下をある程度進めば、途中から天然の洞窟になる。そうなれば空間が広がる」
ウンベルトが先頭に立ち、ウラノス、エイベル、ロザンナの順で階段を下りていく。急な階段がしばらく続いていた。
松明もなかったが、あたりがぼんやりと分かるのは、天然の光苔が薄黄緑色の光を放っているからだ。
壁にその苔がところどころ群生している。
(こうして苔がむすほど古い階段ということか)
最近になって作られたものではないだろう。
ややもすれば百年、二百年前に作られているような古い階段だった。いや、もしかしたらもっと古い時代のものかも知れない。
ところどころ水に濡れたような跡があるのは、地下水が染み出ているのだろう。ポタポタと雫が落ちる音が聞こえる。
この階段が崩壊したなら、頭上の土が一気に落ちてきて生き埋めになるだろう。
そのことを思ってエイベルが黙り込み、顔色も悪いのを見てウラノスは言った。
「大丈夫だ。何かあればウンベルトが我々を助けてくれる」
それに一番先頭に立つ大男は頷いていた。
そしてようやく天然の洞窟部分に階段はぶつかり、今まで斜め下に降りていく階段が、そこから横に歩いて進むようになった。
空間は広い。
大きな洞窟であった。
「ここから一時間ほど歩く」
まだ歩くのかと、エイベルは口には出さなかったが内心悪態をついていた。
四人は更に歩き続けた。
歩きながら、エイベルはウラノスに尋ねた。
「あの扉も階段も、一体誰が作ったのですか」
「遥か昔の竜騎兵達だ。タリムに会うための道として整備したらしい。このことは、今や竜騎兵団長のみ伝えられる事項となっている」
「私が知っていいのですか」
「お前は構わないだろう。他の者に言うなよ」
「はい」
そのことはまるで、自分が特別にウラノスから信頼されているように思えて、エイベルは嬉しく思った。
それと同時に、ウラノスのことをズルい男だと思う。
(こうして、私のことをことある毎に、信頼していると喜ばせている)
(ただの、部下と上司という関係に過ぎないのに)
(私の想いを知って、応えられないと告げた男)
エイベルは隊長職に就いた時、初めてウラノスに告白をした。
ただの平の竜騎兵ではなく、隊長として、一人前にこの竜騎兵団で戦うことが出来るようになって初めて、彼に愛を告白出来た。
なのに、彼はその告白を聞いて、全く予想もしていなかったようにとても驚いた後、応えられないと告げた。
その時のことを思い出すと、今でも鬱になりそうだ。
断られたエイベルは、勿論強いショックを受けたが、気丈にもウラノスのそばで働き続けた。ウラノスはまるで告白がなかったかのように、エイベルの前では振るまった。
それが、上に立つ者としての、大人の対応なのだと思う。
だけど、その対応はエイベルを傷つけたし、ウラノスのことが愛しく思うと同時に彼のことがひどく憎くも思えた。
エイベルは過去の自分の告白の場面をこれ以上思い出すことをやめた。
あまりそのことを考えると、思考が出口のない袋小路に入ってしまいそうだった。
想っても仕方のないことなのに、未だに自分は囚われてしまっている……。そしてグルグルとあてどもなく迷い続けているような気がしてならなかった。
それから予定通り一時間後、一行はようやく、巨大土竜タリムの棲み家に辿りついた。
黒竜シェーラには、ウンベルトが手紙を渡しに行った。以前、タリムからシェーラの棲む場所を聞いていたので、届けることが出来たのだ。
だから黒竜シェーラとリヨンネは、場所を決めて待ち合わせをすることが出来た。
しかしタリムはその巨体さ故に地中から動くことは出来ない。
タリムと話すためにはこちらから会いにいくしかなかった。
エイベルが驚き慄いたのは、その洞窟の穴の中で見えたのは、タリムの片方の目だけであり、眼球だけで洞窟内が一杯になっていたことだった。片目だけでそのサイズである。その身の大きさはもはや想像を絶するものだろう。もしタリムがこの洞窟の地底からその身を起こしたならば、この付近一帯が崩落するのではないかと思われた。
タリムの大きな瞳は黄色と青の光彩が混じり合った非常に美しい目だった。
その表面が鏡のように四人の姿を映し出している。
「よく、来たな」
タリムは静かに話しているのだろう。それでもその声の大きさに耳が痛くなるほどだった。
「会っていただき有難うございます。お久しぶりです」
ウラノスとウンベルトが並んで挨拶をすると、タリムは嬉しそうにその目を細めていた。
「お前達も、元気そうで、良かった」
「はい」
特にウンベルトは嬉しそうな様子である。
こうしてみると、ウンベルトの目の色とタリムの目の色が同じであることに、エイベルは気が付いた。
黄色に青い光彩が混じる美しい瞳。ウンベルトは土竜の血を色濃く引くと言われているが、もしやタリムの血統ではないかとエイベルは思った。
実際、タリムもまるで自分の子供を見るように優しい眼差しをウンベルトに向けていた。
タリムの前で、ウラノス騎兵団長は観察地の建物の再建のため、工事に係る人間達が大森林の中にしばらくの間、入るという話をした。
そしてそのことを野生の竜達にも伝え、工事に係る人間達に竜達が手出しをしないで欲しいと求めたのだ。
タリムは話を聞いた後、同意した。
「分かった。建物の、再建について、竜達に、話しておく」
古竜のタリムが認めてくれれば、問題なく工事に入れるだろう。
ウラノスは安心したような顔を見せ、彼は懐から、銀の見事な細工が施された美しい首飾りを取り出した。
何をするのかと思っていると、ウラノスはそっとその首飾りをタリムの前の床に、ハンカチを敷いて、置いたのだった。
「これは贈り物です」
「ああ、ありがとう」
タリムは目を細め、笑い声を上げていた。
「お前は、気が、利くな。私が、細工物が、好きな事を、忘れては、いないのだな」
「はい」
「俺の主だからな」
ウンベルトが誇らしげにウラノスを見ると、ウラノスも笑いながら頷いていた。
人化したウンベルトと、ウラノスの仲の良い様子を見て、初めてエイベルはその可能性に気が付いた。
(まさか……まさかウラノス騎兵団長が私の想いを受け取って頂けなかったのは)
(……ウンベルトが恋人なのですか)
だが、あまりにもウラノス騎兵団長とウンベルトの二人の間に流れる空気が清らかすぎて、すぐに「それはないな」とエイベルは思ったのだった。
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