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第二章 竜騎兵団の見習い
第十話 副騎兵団長からの手合わせの申し出
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副騎兵団長のエイベルが、副団長室の窓から下の訓練場を見ると、ちょうどそこに王子の顔面に小さな紫竜が張り付き、それを懸命にバンナムが手を掛けて剥がそうとしているところだった。
「……………………いったい何をしているんだ」
思わずエイベルは呟いてしまう。
紫竜を顔面から剥がされた王子が痛めた顔を両手で覆っている。地面にうなだれて立つ紫竜を、バンナムが「殿下を殺す気ですか!!」と怒っている様子だった。
同室にいたカーティス隊長もそれを眺めていた。
カーティスはほぼエイベルと同年の二十代後半の竜騎兵隊長であった。カーティスは竜騎兵らしく非常に鍛えられた体の持ち主で、その面はどことなく野性味溢れた風貌をしていた。
エイベルの後ろから彼を抱きしめ、その首筋に顔を埋めながら「面白い子達だ」と笑いを含んだ声で言う。そしてその手は副騎兵団長の軍衣の前ボタンを外していく。
慣れた様子で、エイベルの胸元に手が入っていく。
カーティスはエイベルの首筋に唇を這わせながら、まだエイベル副騎兵団長が階下の訓練場に視線を向けている様子を見て、尋ねた。エイベルの視線の先には、小さい竜に怒っている若い騎士の姿があった。
「彼が気になるのか」
「王子の護衛騎士だ。それなりに強かろう」
「貴方は病気だな」
カーティスはクククッと笑いながら、美しい副騎兵団長の耳朶を食んだ。
「ウラノス騎兵団長の言葉通りに貴方はしているというワケか」
「……悪くないだろう?」
エイベルはカーティスの方に向きあうと、彼の股間に手をやった。白い手がそれがすでに昂り固くなっていることを確かめるように触れ、形の良い唇をペロリと舐めた。
その様子はゾクリとするほど色気に満ちていた。
「私は私よりも強い男しか、“背中には乗せない”からな」
「では、貴方と引き分けた私は例外ということになるのか?」
「引き分けになれたのはお前だけだ」
エイベルは細剣の使い手で、恐ろしいほど強かった。
実際、エイベルに必ず勝つことが出来るのはウラノス騎兵団長くらいである。
そしてウラノス騎兵団長は、エイベルの“背中には乗らない”のである。
だから、引き分けになったカーティスだけが、エイベルは背中に乗ることを許している。
だが、エイベルは飢えたように強い男に対して戦いを挑む癖があった。
エイベルは男を求めている。
だが、強い男でなければ、エイベルは自分の体を許さなかった。
それは騎兵団長ウラノスとの約束であった。
『侮られないように、相手を殺すくらいのつもりで』
そう、戦うしかない。
エイベル副騎兵団長がまだ少年の頃、この竜騎兵団の見習い寮に入った時は、まさしくそのような状況だった。
見目麗しい少年であったエイベルは、多くの男達を惹き付けたし、実際にその頃の自分は弱かったので、男達に身を任せなければならない局面が何度もあった。
それでも最初の頃は、ウラノスが出来るだけ守ってくれた。
それは、今の紫竜ルーシェが、ウラノスの竜ウンベルトの庇護下にあって守られるように、エイベルもウラノスの庇護下に置かれたのだ。
だが、これから先の、竜騎兵団での騎兵としての生活の中、エイベルをウラノスがずっと守り続けることは出来ない。姫を守る騎士のように守り続けることは出来ない。
自分で火の粉を払い、襲ってくる相手を倒せるようにならなければ、ここでは生きていけない。
だから剣を手に取り、強くなれと、ウラノスはエイベルを導いてくれた。
誰よりも強くなって、誰にも侮られないように。
相手を殺すくらいのつもりでいるんだと。
(実際にエイベルは何人もの男達を決闘で血祭りにあげていた)
そして今では、この竜騎兵団では誰も麗しいエイベル副騎兵団長に挑戦をしなくなっていた。
そうなればなったことで。
(退屈なのだ……)
ゆっくりと後ろから、エイベルの中に、カーティスの男のものが入っていく。熱くその固いものの感触にエイベルは身を震わせた。
銀の髪を揺らし、小さく喘ぐ美しい副騎兵団長を後ろに振り向かせて、カーティスは口づけした。
エイベル副騎兵団長が、ようやくバンナムに声をかけられたのは、バンナムが緑竜寮の一階の台所で使用したティーカップなどを棚に戻している時だった。緑竜寮の一階奥には、見習い達が軽食など自分達で用意できるように台所があった。バンナムはそれを利用して、アルバート王子や紫竜にお茶やお菓子の用意をしていた。バンナムは貴族の一員であったが、騎士生活が長く、食事の用意や主のためにこうしたお茶の支度をするのも慣れたものであったし、そのことを苦に思わなかった。
アルバート王子が、王宮から供として連れてきたのはバンナムただ一人であった。
侍従や侍女らを引き連れてくることなく、一人の若い騎士だけを護衛として伴ってきた王子を、竜騎兵団の上層部の者達も少しばかり感心したように眺めていた。
十歳の子供が、本来なら王宮でかしずかれて暮らしているはずの王子が、自らを質素に律しているように感じたのだ。
そしてたった一人の供として連れて来られたバンナムは、甲斐甲斐しく王子に仕えていた。
四六時中、十歳の子供と一緒なのである。
楽なように思えても、それはキツイ仕事であろう。
そのバンナムが、片付けを終えて階上に上がろうとする時に、エイベルは声をかけた。
「バンナム卿、後ほど、お話ししたいことがあります」
「分かりました」
キビキビと返事をする若い騎士。
身のこなしの良いバンナムは、よく身体も鍛えている様子だった。
実際、王子が就寝した深夜や、朝方の早い時間に、一人剣を振っていたり走っている様子が見られる(バンナムが訓練の間は、結界の魔道具を動かしていた)。
それを見ながらも、エイベルは内心(彼との戦いは楽しめるかも知れない)と期待していた。
部屋に戻ったバンナムは、「エイベル副騎兵団長に呼ばれているため、少しだけ席を外します」と王子と紫竜に言い、また結界の魔道具を動かして階下に降りた。
一階まで降りていった彼は、エイベル副騎兵団長を探して目を彷徨わせる。
一階のホールのソファーにゆったりと座っている副騎兵団長を見つけて、近寄った。
緑竜寮には、見習い竜騎兵達が二十名以上暮らしている。その時は夜も遅い時間に差し掛かり、見習い達はおのおのの部屋に戻っており、ホールにはエイベル副騎兵団長以外誰の姿も見えなかった。
「何の御用でしょうか」
ソファーに一人座るエイベル副騎兵団長は、絵のように美しい男だった。
肩から腰ほどまでに流している銀の長い髪は後ろで一つに結んでいる。卵型の整った白い面には薄紫色の瞳が輝いている。髪色も瞳の色も、この辺りでは見られない色合いだった。大森林を抜けた先の、遠い北方諸国の人々の色合いだろうか。あの辺りの人々は雪の精のように美しい姿形をしているという。
詰襟の青い軍衣を身に着けているが、それがまた細身のエイベル副騎兵団長にはよく似合った。
本当に、綺麗な男だ。
それをバンナムも内心認めていたが、ただ感想はそれだけであった。
こうした美しい姿の男は、王宮にもいた。
だが、こんな辺境の地に、王宮にいた美しい男と同じくらい人目を惹く美しい青年がいることも不思議に思えた。
竜騎兵になどならなくても、彼はもっと彼にふさわしい別の何かになれたかも知れない。
だが、そのふさわしい別の何かが、なんであろうかと考えた時に、思い浮かばなかった。
「お呼び立てして申し訳ありません」
エイベル副騎兵団長は軽く頭を下げる。
そして、バンナムに前のソファへ座るように促した。
バンナムが座ったのを見て、エイベルは話し始めた。
「我々竜騎兵は常にその剣の腕を磨くようにしております。後学のためにも、王子殿下の護衛騎士であるバンナム卿と、是非一度手合わせさせて頂けないでしょうか」
「エイベル副騎兵団長が、手合わせをご希望ですか?」
「はい。私はこう見えても剣の腕前には自信があります」
バンナムはじっとエイベル副騎兵団長の麗しい姿を見つめていた。
今までもエイベルの美しい姿を見てその実力を侮り、膝を屈した男達は多かった。
甘く剣を振るえば、あっという間に容赦なく刺すような男であるのだ。
バンナムは少しばかり考えこむ様子だった。
「エイベル副騎兵団長のお役に立ちたい気持ちはあるのですが、私はアルバート王子殿下の護衛を務める騎士です。また王子殿下に剣を捧げています。殿下の許しなく、手合わせは出来ません」
そう答えたのだった。
目の前の若い騎士が、あの見習い竜騎兵としてやってきた七番目の王子に、すでに剣を捧げていると聞いて正直、エイベルは驚いた。
「……そうなのですか」
「はい。それに私に何かあった場合、殿下の護衛を務める騎士がいなくなります。ですので、手合わせは遠慮させて頂きたい」
ハッキリと断った。
そしてバンナムは立ち上がり、一礼するとまた王子のいる部屋へ続く階段を上っていった。
エイベルはしばらく顎に手を当て、考え込む様子だった。
そこに物陰からヌッと姿を現わしたカーティス竜騎兵隊長が低く笑い声を上げながら近づいてきて、エイベルに話しかけた。
「……振られたな」
「…………」
カーティスの台詞に、この男が物陰からずっとエイベルとバンナムの様子を窺っていたことを察したエイベルは、不機嫌そうに息をついた。
「殿下の護衛騎士が一人しかいないことを失念していた。バンナム卿の言う通りだ。私が卿をコテンパンにしてはならないということだろう」
エイベルの言葉にカーティスは笑い声を大っぴらに上げた。
「副騎兵団長は自信満々だな。王子殿下の護衛騎士をコテンパンにする自信があるというわけか」
「当たり前だろう」
「バンナム卿は強いと思うぞ。あの騎士はどこかでその名前を聞いたことがあると思った」
「どういうことだ」
エイベルの問いかけに、カーティスは説明した。
「バンナム=アルドリッジだろう。エルノワール侯爵が気に入っていた騎士だ。残念なことに“婚約破棄された哀れな騎士”という綽名の方が有名になってしまったがな。騎士学校をすこぶる優秀な成績で卒業した、極めて剣に優れた騎士だ。近衛に取り立てられる予定をエルノワール侯爵が自身の娘婿にするために引き抜いた」
バンナム=アルドリッジというフルネームで聞けば、何年も前に流れていたその噂話をエイベルでさえも思い出した。
“婚約破棄された哀れな騎士”が、第七王子の護衛騎士を務める。
そしてその騎士は、王子の供としてこの竜騎兵団までやって来た。
騎士学校をすこぶる優秀な成績で卒業した、極めて剣の腕前の優れた騎士。
「……なんとか、バンナム卿と戦いたいものだ」
「王子殿下の唯一の護衛騎士だ。それは難しいだろう。もう断られたじゃないか」
そう言って、カーティスは「諦めろ」とエイベル副騎兵団中の肩に手を掛ける。
それに、エイベル副騎兵団長は笑顔で言った。
「私は諦めが悪く、しつこい男なんだ。それはカーティス、お前もよく分かっているだろう」
カーティスは、その言葉にため息混じりで同意した。
「貴方は確かにしつこいし、諦めが悪いな」
「……………………いったい何をしているんだ」
思わずエイベルは呟いてしまう。
紫竜を顔面から剥がされた王子が痛めた顔を両手で覆っている。地面にうなだれて立つ紫竜を、バンナムが「殿下を殺す気ですか!!」と怒っている様子だった。
同室にいたカーティス隊長もそれを眺めていた。
カーティスはほぼエイベルと同年の二十代後半の竜騎兵隊長であった。カーティスは竜騎兵らしく非常に鍛えられた体の持ち主で、その面はどことなく野性味溢れた風貌をしていた。
エイベルの後ろから彼を抱きしめ、その首筋に顔を埋めながら「面白い子達だ」と笑いを含んだ声で言う。そしてその手は副騎兵団長の軍衣の前ボタンを外していく。
慣れた様子で、エイベルの胸元に手が入っていく。
カーティスはエイベルの首筋に唇を這わせながら、まだエイベル副騎兵団長が階下の訓練場に視線を向けている様子を見て、尋ねた。エイベルの視線の先には、小さい竜に怒っている若い騎士の姿があった。
「彼が気になるのか」
「王子の護衛騎士だ。それなりに強かろう」
「貴方は病気だな」
カーティスはクククッと笑いながら、美しい副騎兵団長の耳朶を食んだ。
「ウラノス騎兵団長の言葉通りに貴方はしているというワケか」
「……悪くないだろう?」
エイベルはカーティスの方に向きあうと、彼の股間に手をやった。白い手がそれがすでに昂り固くなっていることを確かめるように触れ、形の良い唇をペロリと舐めた。
その様子はゾクリとするほど色気に満ちていた。
「私は私よりも強い男しか、“背中には乗せない”からな」
「では、貴方と引き分けた私は例外ということになるのか?」
「引き分けになれたのはお前だけだ」
エイベルは細剣の使い手で、恐ろしいほど強かった。
実際、エイベルに必ず勝つことが出来るのはウラノス騎兵団長くらいである。
そしてウラノス騎兵団長は、エイベルの“背中には乗らない”のである。
だから、引き分けになったカーティスだけが、エイベルは背中に乗ることを許している。
だが、エイベルは飢えたように強い男に対して戦いを挑む癖があった。
エイベルは男を求めている。
だが、強い男でなければ、エイベルは自分の体を許さなかった。
それは騎兵団長ウラノスとの約束であった。
『侮られないように、相手を殺すくらいのつもりで』
そう、戦うしかない。
エイベル副騎兵団長がまだ少年の頃、この竜騎兵団の見習い寮に入った時は、まさしくそのような状況だった。
見目麗しい少年であったエイベルは、多くの男達を惹き付けたし、実際にその頃の自分は弱かったので、男達に身を任せなければならない局面が何度もあった。
それでも最初の頃は、ウラノスが出来るだけ守ってくれた。
それは、今の紫竜ルーシェが、ウラノスの竜ウンベルトの庇護下にあって守られるように、エイベルもウラノスの庇護下に置かれたのだ。
だが、これから先の、竜騎兵団での騎兵としての生活の中、エイベルをウラノスがずっと守り続けることは出来ない。姫を守る騎士のように守り続けることは出来ない。
自分で火の粉を払い、襲ってくる相手を倒せるようにならなければ、ここでは生きていけない。
だから剣を手に取り、強くなれと、ウラノスはエイベルを導いてくれた。
誰よりも強くなって、誰にも侮られないように。
相手を殺すくらいのつもりでいるんだと。
(実際にエイベルは何人もの男達を決闘で血祭りにあげていた)
そして今では、この竜騎兵団では誰も麗しいエイベル副騎兵団長に挑戦をしなくなっていた。
そうなればなったことで。
(退屈なのだ……)
ゆっくりと後ろから、エイベルの中に、カーティスの男のものが入っていく。熱くその固いものの感触にエイベルは身を震わせた。
銀の髪を揺らし、小さく喘ぐ美しい副騎兵団長を後ろに振り向かせて、カーティスは口づけした。
エイベル副騎兵団長が、ようやくバンナムに声をかけられたのは、バンナムが緑竜寮の一階の台所で使用したティーカップなどを棚に戻している時だった。緑竜寮の一階奥には、見習い達が軽食など自分達で用意できるように台所があった。バンナムはそれを利用して、アルバート王子や紫竜にお茶やお菓子の用意をしていた。バンナムは貴族の一員であったが、騎士生活が長く、食事の用意や主のためにこうしたお茶の支度をするのも慣れたものであったし、そのことを苦に思わなかった。
アルバート王子が、王宮から供として連れてきたのはバンナムただ一人であった。
侍従や侍女らを引き連れてくることなく、一人の若い騎士だけを護衛として伴ってきた王子を、竜騎兵団の上層部の者達も少しばかり感心したように眺めていた。
十歳の子供が、本来なら王宮でかしずかれて暮らしているはずの王子が、自らを質素に律しているように感じたのだ。
そしてたった一人の供として連れて来られたバンナムは、甲斐甲斐しく王子に仕えていた。
四六時中、十歳の子供と一緒なのである。
楽なように思えても、それはキツイ仕事であろう。
そのバンナムが、片付けを終えて階上に上がろうとする時に、エイベルは声をかけた。
「バンナム卿、後ほど、お話ししたいことがあります」
「分かりました」
キビキビと返事をする若い騎士。
身のこなしの良いバンナムは、よく身体も鍛えている様子だった。
実際、王子が就寝した深夜や、朝方の早い時間に、一人剣を振っていたり走っている様子が見られる(バンナムが訓練の間は、結界の魔道具を動かしていた)。
それを見ながらも、エイベルは内心(彼との戦いは楽しめるかも知れない)と期待していた。
部屋に戻ったバンナムは、「エイベル副騎兵団長に呼ばれているため、少しだけ席を外します」と王子と紫竜に言い、また結界の魔道具を動かして階下に降りた。
一階まで降りていった彼は、エイベル副騎兵団長を探して目を彷徨わせる。
一階のホールのソファーにゆったりと座っている副騎兵団長を見つけて、近寄った。
緑竜寮には、見習い竜騎兵達が二十名以上暮らしている。その時は夜も遅い時間に差し掛かり、見習い達はおのおのの部屋に戻っており、ホールにはエイベル副騎兵団長以外誰の姿も見えなかった。
「何の御用でしょうか」
ソファーに一人座るエイベル副騎兵団長は、絵のように美しい男だった。
肩から腰ほどまでに流している銀の長い髪は後ろで一つに結んでいる。卵型の整った白い面には薄紫色の瞳が輝いている。髪色も瞳の色も、この辺りでは見られない色合いだった。大森林を抜けた先の、遠い北方諸国の人々の色合いだろうか。あの辺りの人々は雪の精のように美しい姿形をしているという。
詰襟の青い軍衣を身に着けているが、それがまた細身のエイベル副騎兵団長にはよく似合った。
本当に、綺麗な男だ。
それをバンナムも内心認めていたが、ただ感想はそれだけであった。
こうした美しい姿の男は、王宮にもいた。
だが、こんな辺境の地に、王宮にいた美しい男と同じくらい人目を惹く美しい青年がいることも不思議に思えた。
竜騎兵になどならなくても、彼はもっと彼にふさわしい別の何かになれたかも知れない。
だが、そのふさわしい別の何かが、なんであろうかと考えた時に、思い浮かばなかった。
「お呼び立てして申し訳ありません」
エイベル副騎兵団長は軽く頭を下げる。
そして、バンナムに前のソファへ座るように促した。
バンナムが座ったのを見て、エイベルは話し始めた。
「我々竜騎兵は常にその剣の腕を磨くようにしております。後学のためにも、王子殿下の護衛騎士であるバンナム卿と、是非一度手合わせさせて頂けないでしょうか」
「エイベル副騎兵団長が、手合わせをご希望ですか?」
「はい。私はこう見えても剣の腕前には自信があります」
バンナムはじっとエイベル副騎兵団長の麗しい姿を見つめていた。
今までもエイベルの美しい姿を見てその実力を侮り、膝を屈した男達は多かった。
甘く剣を振るえば、あっという間に容赦なく刺すような男であるのだ。
バンナムは少しばかり考えこむ様子だった。
「エイベル副騎兵団長のお役に立ちたい気持ちはあるのですが、私はアルバート王子殿下の護衛を務める騎士です。また王子殿下に剣を捧げています。殿下の許しなく、手合わせは出来ません」
そう答えたのだった。
目の前の若い騎士が、あの見習い竜騎兵としてやってきた七番目の王子に、すでに剣を捧げていると聞いて正直、エイベルは驚いた。
「……そうなのですか」
「はい。それに私に何かあった場合、殿下の護衛を務める騎士がいなくなります。ですので、手合わせは遠慮させて頂きたい」
ハッキリと断った。
そしてバンナムは立ち上がり、一礼するとまた王子のいる部屋へ続く階段を上っていった。
エイベルはしばらく顎に手を当て、考え込む様子だった。
そこに物陰からヌッと姿を現わしたカーティス竜騎兵隊長が低く笑い声を上げながら近づいてきて、エイベルに話しかけた。
「……振られたな」
「…………」
カーティスの台詞に、この男が物陰からずっとエイベルとバンナムの様子を窺っていたことを察したエイベルは、不機嫌そうに息をついた。
「殿下の護衛騎士が一人しかいないことを失念していた。バンナム卿の言う通りだ。私が卿をコテンパンにしてはならないということだろう」
エイベルの言葉にカーティスは笑い声を大っぴらに上げた。
「副騎兵団長は自信満々だな。王子殿下の護衛騎士をコテンパンにする自信があるというわけか」
「当たり前だろう」
「バンナム卿は強いと思うぞ。あの騎士はどこかでその名前を聞いたことがあると思った」
「どういうことだ」
エイベルの問いかけに、カーティスは説明した。
「バンナム=アルドリッジだろう。エルノワール侯爵が気に入っていた騎士だ。残念なことに“婚約破棄された哀れな騎士”という綽名の方が有名になってしまったがな。騎士学校をすこぶる優秀な成績で卒業した、極めて剣に優れた騎士だ。近衛に取り立てられる予定をエルノワール侯爵が自身の娘婿にするために引き抜いた」
バンナム=アルドリッジというフルネームで聞けば、何年も前に流れていたその噂話をエイベルでさえも思い出した。
“婚約破棄された哀れな騎士”が、第七王子の護衛騎士を務める。
そしてその騎士は、王子の供としてこの竜騎兵団までやって来た。
騎士学校をすこぶる優秀な成績で卒業した、極めて剣の腕前の優れた騎士。
「……なんとか、バンナム卿と戦いたいものだ」
「王子殿下の唯一の護衛騎士だ。それは難しいだろう。もう断られたじゃないか」
そう言って、カーティスは「諦めろ」とエイベル副騎兵団中の肩に手を掛ける。
それに、エイベル副騎兵団長は笑顔で言った。
「私は諦めが悪く、しつこい男なんだ。それはカーティス、お前もよく分かっているだろう」
カーティスは、その言葉にため息混じりで同意した。
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