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第二章 竜騎兵団の見習い

第五話 面倒なことでも引き受けなければならないことがあるらしい

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 その後、レネは騎兵団長ウラノスに手を取られ、団長室へと連れて行かれた。
 団長室には、騎兵団長ウラノス、副騎兵団長エイベルが揃ってレネの対面に座る。
 目の前に座る、大岩のようにがっしりとした体躯のいかついウラノス騎兵団長からの圧迫感がひどい。
 隣には綺羅綺羅しい副騎兵団長エイベルが座る。
 なんとなく、二人の前に座る細身の魔術師レネは、フッと息を吹きかけたらどこかへヒラヒラと飛んで行きそうな様子に見えた。

「ニムルス先生には王都の療養施設に入って頂くことになり、施設から出る目途はしばらくの間、立たないでしょう。ニムルス先生は大変ご高齢であるからして、この竜騎兵団に戻って来ることは叶わないかも知れません。いえ、その可能性が高いでしょう」

 淡々と、副騎兵団長エイベルが状況を説明してくれる。

 あんな八十を超える老人が、この極寒の地で六十年以上も教師を務めてきていたことこそビックリだと、レネは思った。
 あんなに弱り切る前に、サッサと退職して、老人にとって気候の穏やかな場所で仕事をすれば良かったのに。何故に弱った体を押してまで続けていたのだ。
 そんな疑問を抱いたレネの前で、ウラノス騎兵団長は少しばかり悔やんだような顔をしていた。

「ニムルス先生のご厚意に甘えて、ずっと魔術の教師をお願いしていました。このような僻地の極寒の地に、魔術師の先生をお招きすることはなかなか難しいのです」

 魔術師は高給取りであり、おまけに需要と供給のバランスが崩れている引く手数多あまたの職業である。
 もちろん魔術師といえどもその能力にはピンからキリまであるものだが、それでも、魔術の才能が無ければ魔術師になることは出来ない。魔術師になれる者は絶対的に少ないのだ。
 こんな人里離れた極寒の竜騎兵団の拠点に、好待遇を捨ててわざわざ住み込みで働いてくれる魔術師など、なかなかいない。過去にも募集をかけたことがあったが、高給で募集をかけても応募は全くなかったらしい。
 ただ、ニムルス先生だけが仕事を引き受け、そしてかれこれ六十年もこの拠点で働き続けてくれたらしい。

 高齢だが穏やかなニムルスは、竜騎兵達からは長年「お爺ちゃん先生」と親しみを込めて呼ばれ、騎兵団長ウラノスも見習い竜騎兵の時に世話になった。今の上層部の竜騎兵達の中に、彼の教えを受けていない者は一人もいない。
 その貴重な魔術師の教師が、体調を崩して王都へ行ってしまった。そして彼の帰還する目途は全く立っていない。
 そうなると、当然、代役を立てなければならない。

 レネはサッと視線を前に座る騎兵団長と副騎兵団長から逸らしていた。
 レネにも、この後、騎兵団長達が何の話を切り出そうとしているのか分かったのだ。
 
(面倒なことに巻き込まれるのは御免だ。私は紫竜の教育を依頼されてここへ来たんだ。ニムルス先生の件は非常に残念でお気の毒だと思う。でも、ニムルス先生の後を継いで竜騎兵達の教師をするなんて御免だ)

 紫竜を教えるためにやって来たレネは、正直なことを言えば、時間はたっぷりとあった。
 紫竜がこの竜騎兵団の拠点に来るまでの一年間、週二回の頻度で魔法を教えていた。同じようにすればいいだけであって、それ以外の余った時間は自分の研究時間に宛てようと考えていたくらいだ。
 その貴重な研究時間を奪われてはたまらない。

「レネ先生、貴方は王宮魔術師という素晴らしい経歴をお持ちだ。我々竜騎兵団にはもったいないほどの人材だと思う」

「……………」

「是非その素晴らしい能力を我々竜騎兵団にも分け与えてもらえないでしょうか」

「……………その、大変申し訳ありませんが、私の現在の雇い主はマルグリッド妃殿下であり、妃殿下の許可なく別のお仕事を引き受けることは出来ません」

 つっかえつっかえではあったが、キッパリと言えた。
 角の立たない素晴らしい断り方だ。
 レネは内心、自分の完璧な回答に拍手していた。

 そこに、竜騎兵の若者が、息を切らして部屋の中に駆け込んできた。すぐさま騎兵団長ウラノスに一通の手紙を差し出す。
 レネは何か緊急事態が起きたのだろうかと、驚いて、急いで部屋に入ってきた伝令の腕章をつけている竜騎兵の若者を見つめていた。
 ウラノスは受け取った手紙の封をペーパーナイフで開け、手紙を読みながらも、何故か微笑みを口元に浮かべていた。レネに言った。

「ニムルス先生がお倒れになったと聞いてすぐに、最速の伝令飛竜を飛ばして王宮に遣いをやりました」

「………………」

「休みなしで飛竜を飛ばすと、半日で王宮から帰還させられます」

 上空を恐ろしいほどの速さで飛竜を飛ばすのだろう。
 レネ達はゆったりと移動して二日かかってやって来た。
 そんな緊急の飛竜を飛ばしての手紙とは何だろうと、レネは少し考えた。
 なんとなく会話の流れで察していたが、それを考えたくない気持ちになっていた。
 そう、ウラノス騎兵団長は、レネがそう回答して回避することを予想して、逃げ道を塞ごうとしたのだ。
 だから、ウラノス騎兵団長はこう口にしていた。

「今、マルグリッド妃殿下からのご返信が参りました。妃殿下は、レネ先生が竜騎兵団からの依頼を引き受けることについて、なんら反対しないということです。レネ先生のご意思にお任せするとのことです。先生は、竜騎兵団側からの報酬も当然、その際は受け取って頂いて構わないと」

「…………………」

「マルグリッド妃殿下から、王宮魔術師の報酬額もお聞きしました。まったくの同額は難しいと思いますが、できるだけ近い額を用意させて頂こうと思います。是非とも、是非とも先生にお引き受け頂きたい。何卒宜しくお願いします」

 そう言って、騎兵団長と副騎兵団長の二人に深々と頭を下げられた。
 レネは弱々しく「しばらく考えさせてください」と答えるしかなかった。



 レネは青竜寮の部屋に戻ると、叫んでいた。

「あー、なんでこんなことに!!」

 両隣が空き部屋だということに感謝したい。
 遠慮なく大きな独り言が言えてしまう。

「竜騎兵の魔術の教師だって? なんで元王宮魔術師の私がそんなことをしなければならないんだ」

 レネは腕を組み、部屋の中を行ったり来たりとせわしなく歩き回っていた。
 
 大体、紫竜の教師の時にだって、自分は教師ではないのにと思いながらもイヤイヤながら引き受けたものだ。
 だが、紫竜の教師を引き受けたことにも、良かった点はある。
 そう、バンナムと再会できたことである。

 王宮勤めの魔術師である限り、いつかは第七王子の護衛を務めるバンナムと再会できる可能性はあった。
 それでも、紫竜の教師を引き受けたから、彼と再会することが出来たのは確かである。
 今や“飲み友達”にまでなれたのも、紫竜の教師が切っ掛けであったのも間違いない。

 そのバンナムとは、レネが紫竜の教師を引き受けている限り、ずっと接点がある。
 バンナムは、紫竜の主である第七王子アルバートの護衛の任を務めているからだ。
 だから、レネが竜騎兵団の生徒達の魔術の教師をわざわざ引き受ける必要はない。特にメリットもない。せいぜい給金が大幅に増えることくらいである。

「うん、断ろう」

 マルグリッド妃殿下から、ボーナスを含めたっぷりと報酬はもらう約束である。
 金には困らないのだ。
 そしてこの僻地の竜騎兵団の拠点にいる限り、報酬は使う予定もなく、貯まっていく一方になるはずだった。



 レネがそう考えている中、部屋の扉がノックされた。
 「どうぞ」と促されて扉から入って来たのは、紫竜ルーシェを抱えた王子アルバートと、護衛騎士バンナムの二人であった。

 慌ててレネは椅子を用意して、王子にそれを勧めた。
 王子は椅子に座り、バンナムはいつものように殿下の後ろに立って控える。
 そして王子の胸元の小さな竜は、レネを見ていつものように「ピルルピルピル」と挨拶するように鳴いた。
 おそらく「こんにちは」とか言っているのだと思う。

 アルバート王子は小さな紫竜の頭を撫でながら、部屋の中を見回していた。

「まだ片付けの最中だったか。忙しい中、済まない」

 昨日、荷物を解いている最中に二ムルス魔術師が挨拶に来て、そのまま彼はお倒れになった。
 医務室へ連れていった後も、成り行きでレネはずっと二ムルスの側についていて、彼が竜の籠に入れられ背負われて王都へ旅立つところまで見送ったのだ。
 夕食も朝食も食べそびれているし、完徹である。

 ただ、研究している時に食事を抜かしたり、徹夜することはままあることであったので、それはレネにとって問題ではなかった。

 王子はバンナムに目で合図をする。バンナムは懐からそっと袋を取りだした。

「昨日から、大変だったと聞いている。食事もとっていないのではないか。食堂に用意してもらった」

 受け取った袋の中には、パンと果物が入っている。
 有難くて、レネは深々と頭を下げた。

「有難うございます。殿下、バンナム卿」

「いや、いいのだ。本当に忙しかったと思う。聞いたところによると、前任魔術教師から今際いまわの際の言葉で頼まれ、先生は見習い竜騎兵の魔術教師も引き受けることになったと聞いている」

 王子の言葉に、危うく手の中のパンの入った袋を落としそうになった。
 それと同時に、(やられた)という思いが心の中を横切る。

「なかなか出来ないことだと専らの噂になっている。素晴らしいことだ、レネ先生」

 見れば王子もバンナムも、尊敬のような眼差しを自分に向けている。
 彼らの脳裏には、死にかけた老魔術師が若い魔術師の手を握り「後を頼む」と言う場面でも展開しているのだろう。
 そして彼らの脳裏の中の魔術師レネは「お任せください」と安請け合いをしているのだ。

(糞、外堀を埋められた)

 騎兵団長らが、噂を流したのだろう。
 レネが魔術の教師を引き受けたという噂を、これから否定することはレネの立場を極めて悪くする。
 病に倒れた前任老魔術師の願いを蹴ることになるのだ。
 引き受けないことのデメリットは非常に大きい。これから二年間、針のむしろで暮らすことになる。
 それを考えるなら……。

「………………まだ正式にお引き受けすると答えたわけではないのですが、前向きに答えたいと思います」

 レネはそう言うのが精いっぱいだった。
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