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第一章 幼少期の王宮での暮らし

第二十一話 魔法の源(上)

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 王子の母親であるマルグリッド妃からも「大きくなることも出来るのでしょう? 今度、アルバートを乗せている姿も見せて頂戴ね」と言われ、護衛騎士バンナムからも「小さくなれるのなら、大きくもなれるのですか」と問いかけられ、その他の者からも「早く魔法で大きくなるように」という無言の重圧プレッシャーを感じるようになった紫竜ルーシェ。

 大きくならないと、主であるアルバート王子が困ってしまう。
 柴犬大の自分に跨っているアルバート王子の姿を想像すると、(マズイ、マズイ)と切羽詰まったような思いになる。
 このままだと、大好きな王子が竜騎兵になれない。
 自分が彼の足を引っ張ってしまう。

 今まで以上に塔へ行って、一人訓練に励むルーシェであったけれど、焦るのが良くないのだろう。
 湖に落とす魔素の練り上げたものも、激しく水しぶきを上げて、水中で爆発するような状態が続いていた。
 ※ルーシェは知らなかったが、そのせいで湖の魚は腹を見せて浮き上がり、王宮の者達から湖もまた“呪われた湖”と呼ばれるようになっていた。
 
(どうすればうまい事、魔素を操ることができるんだろう)

 ルーシェは壁にぶつかっていた。もがけばもがくほど、うまくいかない。
 だが、そんな彼にアドバイスする者が現れた。

 リヨンネである。

「ルーシェ、レネ先生に聞いてみるのはどうかな」

 元気のない様子の紫竜を見かねて、リヨンネは言ったのだ。
 
「レネ先生からいつも一方的に教わってばかりで、ルーシェは先生に分からないことを質問したことがないだろう」

(そりゃそうだ)

 ルーシェは内心頷く。

(だって俺、竜だもん。口が利けない。授業だってレネ先生の一方的な講義を聞くばかりで、質問なんて出来ない。竜だから)

 自分の言いたいことを理解してくれるのは、アルバート王子だけである。
 王子もあまり複雑なことは理解しにくいようだけど、それでも大体、ルーシェの言いたいことを感じ取ってくれる。
 
(王子は俺の主で特別な存在だから)

 そのことは嬉しく思うのだけど、その他の人々とはほとんど没交渉なのである。
 リヨンネ、マリアンヌ王女、護衛騎士バンナムくらいになると、なんとなしに察してくれるようになっているけれど、でも会話を交わすことはできない。
 けれど、リヨンネは心配して紫竜の悩む様子に手を貸してくれようとしていた。

「殿下にお頼みして、今度のレネ先生の授業の際に同席してもらおう」

「……ピル?」

「殿下に間に立ってもらって、レネ先生に質問するんだ。きっと殿下がうまいことレネ先生にルーシェの疑問を伝えて下さるさ。そうすれば、お前の悩みも少しは解消するんじゃないかと思う」

「ピルルルルル」

 リヨンネの前で、ルーシェは黒い目を潤ませる。

 (リヨンネ、お前、いい奴だな……)と見直す思いでいるルーシェだった。
 その様子を見てリヨンネは「う、紫竜の可愛さにやられそうだ!! くそっ、抱っこしたいが殿下に怒られないだろうか」と一人ブツブツ言っていたのだった。
 ※以前、初対面のルーシェの可愛さにぎゅっと抱きしめたら、王子にポカポカと殴られたことがあったリヨンネである。



 そしてその次の授業の時。
 事前にリヨンネはアルバート王子に頼んでいた。ルーシェの言葉を仲立ちしてレネ先生へ伝えて欲しいと。
 もちろん王子は快諾した。
 そしてリヨンネを、ルーシェと同じく少し見直したような目で見つめていた。
 ただの竜馬鹿フリークの学者ではなかったようだ。
 リヨンネの王宮での評価はあまりよくない。彼は強引に竜騎兵に同行して王宮へやって来て、紫竜と対面しようとした。以降は勝手に王宮へやって来て紫竜と遊んでいる姿をよく見る。学者だという話だが、親の金を当てにしてフラフラしている放蕩息子に見えないわけでもなかったのだ。

 その日、講義をしようとする王宮魔術師レネの前で、紫竜ルーシェを抱きかかえてアルバート王子が席に座り、その隣の席にリヨンネ、そしてアルバート王子の後ろに護衛騎士バンナムが立っていた。
 結果的に、レネの目の前に、王子を護衛するバンナム卿が立っていることになった。レネは想いを寄せる相手がすぐ目の前にいることに緊張しているのか、耳を赤くして、目をウロウロと落ち着かないように彷徨わせていた。
 それを見て、内心リヨンネは(もう何度もバンナム卿と飲みに行っているはずなのに、未だにこんな、恋したばかりの乙女のような態度でいるのか)と少し呆れていた。
 こんな状態では、告白するどころではないだろう。
 自分と飲む時は威勢の良い様子を見せることもあったが、恋する相手は別ということなのか。
 他人事ながら、半年後、彼はどうするのだろうかと心配になった。

 
 今日の授業は、紫竜の質問を王子がレネに伝え、それにレネが答えるという形式で進められることになった。
 早速、紫竜が「ピルピルピルル」と王子に向かって話し始めた。
 そしてうまく言葉が伝えられないものについては、手許にある書籍の単語を手で指し示していた。
 それによると、こうだった。

 王子は伝えた。

「魔素を操る方法が知りたい」

 まさか、魔素のことを尋ねられるとは思ってもみなかったレネとリヨンネは驚いた。

「魔素ですか? 魔素は、魔法の源として使われていない力です。それの操り方を知ってどうするのでしょう」

 またルーシェは王子に懸命に話しかけている。
 その話を聞いた後、王子は少し考え込む様子を見せながら言葉を続けた。

「ルーシェの言うところによると、ルーシェは魔素が操れるのだそうだ。大きくなるためにはその魔素を上手に扱う必要がある。それがうまく出来なくて困っているそうだ」

「…………………」

 レネはひどく困惑した様子を見せていた。

「魔素がこの世に溢れていた時代は遥か昔のことです。妖精達が飛び交い、まだ神々すらもこの世におられたという太古の神話の時代の話ですよ。今、魔素はほとんどこの世には存在しない」

 その言葉に、ルーシェははっきりと頭を大きく振った。
 そして力強く「ピルピルピルル」と言った。

 それをまた王子が伝えた。

「魔素は在る。そしてルーシェはそれを使えるそうだ」

 しばらくの間、皆、沈黙していた。
 それを破ったのは、リヨンネだった。
 彼はどこか明るく「なら、ルーシェに見せてもらえばいいのでは」と答えた。

「レネ先生は以前、魔法を使ったら体内の魔力量が減る。それをレネ先生は分かるというようなことを話していましたよね」

 一度、レネはリヨンネにそれを話したことがあった。
 以前の授業の際にルーシェに触れて、ルーシェの魔力量の変化を見たことがあると。
 その時は、期待したほどの魔力量が紫竜にはなくて、内心ガッカリしたのだ。

「ええ」

「だから、レネ先生がルーシェに触れたまま、ルーシェに魔法を使ってもらえばいいんですよ。その時、ルーシェの体内の魔力量が減らずに魔法が使えたら、空気中の魔素を使って魔法を使っているということになるでしょう?」


 その後、一行はぞろぞろとまた王宮の端にあるあの尖塔へ向かった。
 紫竜が「魔素のコントロールが難しいので、人気のないあの塔でやる方がいい」と言うのだ。
 それで王子も、夜な夜な紫竜がどこへ出かけて訓練をしていたのか理解したのだ。

 アルバート王子は侍従長に頼んで、尖塔の鍵を借りた。
 そして尖塔の最上階までの螺旋階段を上がる。風の吹きつける中、青空の下、少し離れた場所にある小さな湖が鏡のようにキラキラと光を放っているのが見えた。
 王子に代わって、レネは小さな紫竜をその胸に抱き上げる。
 紫竜は空を見つめ、それから湖に視線をやった。
 次の瞬間、ドゴォンッと湖の方角から大きな音が響いた。

 湖の水が大きく跳ね上がり、白く水しぶきを上げて落ちた。
 塔の上からでも、湖の水が大きく波立ち、やがて静かに波が引いていくのが見える。

 アルバート王子は目を見開き、護衛騎士バンナムもまた身を乗り出して湖の方角を見ていた。
 リヨンネは拍手をしている。
 そしてレネは、信じられないものを見るかのように、抱いている紫竜を見つめていた。

「紫竜の体内の魔力の動きはありませんでした」

「ということは、やっぱり魔素を使って魔法を行使しているということなのか」

 リヨンネの問いかけに、レネは頷く。

「そうなります。紫竜が神殿に帰依して神や精霊の力を借りているということがなければ」

「いや、それはあり得ないだろう」

 紫竜が神殿に日参している様子など見たことがないのだから。
 ちょっと呆れを見せながらリヨンネは言うが、未だレネは信じられないような顔でいた。

「紫竜が、魔素を使って魔法を行使するなんて」

 信じられない。

 魔素は、今ではほとんど空気中に存在しないと言われている物質だ。
 それが魔術師達の当然の認識であった。常識でもあった。多くの魔術書でもそう書かれている。

 それを操る?
 だから、紫竜は普通と違う魔法を行使するのか?
 “魔術の王”と呼ばれるその力は、このことによるものなのか?

 小さな竜は、アルバート王子の方に身を乗り出して抱っこをせがむと、王子もまたレネから小さな竜を受け取る。王子の黒髪が強い風に揺れる。彼はルーシェに言った。
 
「お前は凄いな、ルー」

 真っ直ぐな賞賛の言葉。
 それに小さな竜は少しだけ得意げに「ピルルルル」と鳴いたのだった。
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