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第一章 幼少期の王宮での暮らし

第十七話 小さな竜への贈り物(上)

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 護衛騎士バンナムの「小さくなれるのなら、大きくもなれるのですか」の問いかけに、紫竜ルーシェは「その内、出来るようになる」と伝えた。実はその魔法については鋭意訓練中だったりするのだ。
 そもそもルーシェが自分の身体を小さくしたいと考えたのは、竜は大きくなると、部屋に収まらないほどの巨体になって、主と一緒に寝ることが出来ないという話を聞いたからだ。
 それはひどくショックな話だった。

 常にアルバート王子に抱っこされ、うんと甘やかされて生活をしている紫竜のルーシェ。
 いつも膝の上に転がり、抱き上げられ、抱き締められる。
 朝から晩まで、大好きなアルバート王子と密着した生活が、無くなる?
 それに気が付いたその時から、ルーシェは「小さくなる魔法をどうにか作り上げ、為し遂げなければならない」と固く決意していた。
 (すでに“飛ぶ”ことは出来るようになっていたので、次の目標はコレに決まった。なお、魔素の練り上げコントロール訓練は常にやっている)

 夜、王宮の端っこにある尖塔に行った時でも、彼は小さくなることを考え続けていた。
 そして考え考え、思いついたことが、“若返り”だった。
 ミニチュアみたいに小さくなるのではない。細胞の一つ一つを、かつて在った時の状態に戻すのだ。
 そんなことが出来るだろうかとも思ったけれど、それをやり遂げるしかない。

 でなければ、王子と一緒に同じ寝台で、抱っこして眠ってもらえなくなる!!!!
 お膝の上にも登れなくなるなんて、悲しすぎる!!!!

 王宮魔術師のレネの講義中に説明された魔法の中にも、そうした魔法の存在があると話された記憶は無かった。
 
 でも、例えその魔法がこの世に存在しないとしても、やり遂げるしかない。

 そしてルーシェが、小さくなるというのは、子供になることだよなと思い、時を戻すことを考え、魔力を注ぎ込んだ時、少しばかり時を戻すことが出来た。
 体内の魔力が減った感覚はあったけれど、それを成し遂げた時の喜び。
 
 もうこれで、王子の抱っこ・お膝の上危機は去った。
 一安心だった。

 その一方で、小さくなれるのなら、その内、今度は大きくなる魔法が出来るようにならなければならないと思った。

 ルーシェも感じていた。
 この半年、子猫ほどの大きさから、柴犬くらいの大きさに成長した紫竜。
 鏡を見て、小さく鳴く。

「ピルルルルル(小っさい)」

 いつぞやのリヨンネからの助言もあり、毎日、ぶ厚く焼いた肉をモリモリと食べているのだが、あんまり成長していない気がした。
 果たして、背中に鞍を付けて、アルバート王子を背中に乗せて飛べる日など来るのだろうか。
 王子は来年、北方の竜騎兵団の寮に入る。竜騎兵になるためだ。
 竜騎兵は、竜の背に跨り、空を飛ぶ。

 鏡の向こうのルーシェは、柴犬サイズ。
 その柴犬サイズの紫色の竜に、アルバート王子が跨って空を行く?
 
 厳しいものを感じて、ルーシェは「ピルルゥゥ」と唸った。
 根性を出せば、柴犬サイズでもアルバート王子をその背に乗せることが出来るかも知れない。
 でも、長時間飛ぶとか無理だろう。

 そして、今以上に魔素のコントロール訓練をして、二人で竜巻に乗って飛んで行くことなども考えたのだが、それはそもそも“竜騎兵”とその竜の在り方と大きく違うだろうと思った。
 だから今度は大きくなる訓練をしないといけない。

 そしてその大きくなる訓練には、魔素が必要だった。
 本能的に、小さくなるよりも、大きく成長することの方が魔素を消費することが分かっていた。
 小さくなることがある程度容易く出来たのは、体内の魔力のコントロールが効きやすいからだ。大きくなることはそれよりも難しい。

 でも、それが出来なければ、柴犬サイズでアルバート王子を背中に乗せて飛ぶことになる。
 それは非常にマズイと、ルーシェでも分かっていた。

 実際、アルバート王子を背中にきちんと乗せられるくらいに大きく成長するのは、ルーシェは、自分でも相当先のことだろうと思っていた。
 なんせ半年で柴犬サイズなのである。
 紫竜の成長は他の竜よりも遅いものだと考えるなら、他の竜が成竜になる時期よりも遅く、何年も経ってようやくある程度の大きさになれるのではないか。
 そしてその時の大きさだって、恐らく他の竜よりも小さいだろうと思った。

 何年かかってもいい。
 その時、アルバートを背中に乗せることの出来るサイズにまで成長できるなら、それでいい。
 そしてその成長した姿に、なれるように“魔素”を使って、魔法でその姿の先取りをするのだ。

 そう考えて、紫竜ルーシェは密かに尖塔で一人訓練を続けていたのだった。

 



 アルバート王子は、いつの頃からか夜になると、ルーシェが自分の寝台から出てどこかへ飛んで行くことに気が付いていた。
 戻ってきた時には、小さな紫竜は疲れ切った様子で、パタリと倒れるように眠っている。
 アルバート王子はひんやりと冷え切った小竜の体を抱きしめて、毛布を被せる。

 なんとなしに、王子は、ルーシェが何かを密かに一生懸命練習していることを察していた。
 いつの間にやら、魔法で小さく姿を変えられるようになっていた紫竜。
 得意げに自分の前で小さく姿を変えた彼を思い出して、アルバート王子は微笑むことが止められなかった。

 彼は、自分のために練習しているのだろう。
 王宮魔術師レネの指導の元、少しずつ魔法が使えるようになっているとの報告を受けている。
 それとは別に、自分と一緒にいたいから、小さくなる魔法も覚えたようだ。
 そのいじらしさに、ますます小さな竜が可愛くて仕方がない。

 すぐに足に飛びつき、お膝に登りたがり、抱きついてくる小さな竜。ピルピルルと鳴いて甘えてくる紫竜。
 でも、今のままだと、騎竜としては失格だった。
 可愛がられるように小さくなれることはいいだろう。
 だけど、自分を乗せられるように大きくなること。それが必要なのは紫竜ルーシェも分かっていたし、王子も理解していた。
 
「お前も頑張っているのだな」

 へとへとになって寝床に戻るとすぐに気絶したように眠っている小さな竜を見て、王子は彼のために何か出来ないだろうかと考え込んでいた。




 そして二週間ほど経ったある日、紫竜ルーシェはマリアンヌ王女の訪問を受けた。
 明るい金の髪をした少女は、小さな紫竜にすぐさま近寄ると、抱き上げてその鼻先に口づけする。

「元気そうね、ルー。相変わらず可愛いわ」

「ピルピルルルルル」

 ルーシェも歌うように可愛らしい声で挨拶をする。
 彼女はルーシェを膝の上に抱き、ソファに座る。
 そして、アルバート王子は妹姫が席についたことを見ると、女官の一人に合図を送った。
 しばらくして、女官が奥からワゴンを押して来た。
 その上には、大きな箱が置いてある。

 何だろうと、紫竜が興味津々に眺めていると、自分を抱っこしているマリアンヌがこう言った。

「私が、兄様の相談に乗ってあげたのよ」

「私も乗りました」

 マリアンヌと、学者のリヨンネがそう言うと、小さく咳をするようなそぶりを見せて、護衛騎士バンナムも「私もご相談に乗りました」と言う。

 ますます何だろうと思うルーシェの前で、大きな箱が開けられた。
 マリアンヌが歓声と共に、こう言った。

「これは、王都で今流行っている菓子店のケーキよ!! 見て、果物たっぷりでしょう」

 ルーシェもまた「ピルルルルルルルルルルルルルルルルル!!!!!!」と絶叫するような喜びの声を上げていた。
 美味しそうなケーキである。クリームもたっぷり、果物もぎっしりとのせられたそれは、驚くことに、ケーキの真ん中に砂糖で作られた小さな竜の人形が置かれていた。

「ちょっとやりすぎかなと思ったのだけど」

 そうマリアンヌ王女が笑いながら言うと、アルバート王子は「やりすぎじゃない。いいじゃないか」と彼も笑いながら答える。
 意外とその砂糖の竜はよく出来ていた。

「この私が、菓子店に行って、ルーシェの姿を詳細に説明しましたからね」

 実際、リヨンネはマリアンヌ王女に同行して、ルーシェの姿を紙に描いて、店の主人に見せて説明した。
 面白がった店の主人は、上手に砂糖の竜の人形を作ってくれた。

 ルーシェはしばらくケーキをじっと凝視していたが、王子に向かって「ピルル?(なんで)」と問いかけた。
 こんな美味しそうなケーキを用意される理由が分からなかったからだ。

 王子は「お前が最近、魔法を頑張っているから。ご褒美だよ」と告げ、子竜は感激のあまり「ピルピルピルピルピル!!!!」と大興奮で鳴いた後、飛び上がって、ビタンと王子の顔面に張り付いたのだった。
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