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第一章 幼少期の王宮での暮らし
第十三話 知られざる再会
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魔法の源の話は、思っていたものと違っていたが、紫竜のルーシェにとって王宮魔術師レネの授業は、非常に興味深かった。
魔法をどのように人間達が行使しているのか分かったし、竜が呪文を唱えずに魔法を行使するということも理解できた。
確かに、今までルーシェが見てきた竜は、呪文を唱えていない。
竜が本能で、魔法を使う魔法的な生物というのも驚きだった。
呪文を使わずに魔法を使う。それは現世で、いわゆる、“無詠唱”と言われるものである。
だいたい、人間と竜の声帯は違うだろうから、人間の言葉で作られた呪文を、同じように竜が唱えることは出来ないだろう。
だが、そこで思った。
(竜は“人化”できるじゃん。“人化”して呪文を唱えるってのはどう?)
いや、そもそも本能で呪文なしに魔法の行使が出来るんだから、“人化”してわざわざ呪文を唱えて魔法を使う必要はない。
“人化”しても、無詠唱で魔法を行使できるはず。
その発想に、ルーシェは目をキラキラと輝かせていた。
(じゃあ、俺ってば、人間の姿に変わった時、無詠唱で大魔法とか行使できるのか。すげぇ格好良くない)
そう考えに耽っている時、授業が終わったことを知ったアルバート王子が、護衛騎士バンナムを連れて部屋に入ってきた。
ルーシェが、王宮魔術師レネの授業を受けるにあたって、アルバート王子はルーシェが授業に集中して学べるよう別の部屋を用意してくれたのだ。
扉を開けて入ってきた鳶色の瞳の黒髪の王子を見つけると、すぐさまルーシェは「ピルル、ピルルルルル」と大喜びで、ビタンと王子の足に目にも止まらぬ速さで飛びつき、しがみついていた。
そんな小さな竜の様子に、アルバート王子はすぐに破顔して、小さな竜を抱き上げ、抱きしめた。
「お疲れ様です、レネ先生、そしてルーシェ」
紫竜ルーシェに、王宮魔術師レネが魔法の指導をするという話になった時、レネは事前にアルバート王子に挨拶していた。だから、すでに二人は顔を合わせていた。
参考となる書籍をしまう手を止め、レネは恭しく頭を下げる。
そうしながらも、レネはアルバート王子のそばについている、護衛騎士バンナムの方に密かに視線をやる。
長身で体格の良い、護衛騎士のバンナムは、茶色の髪に青い瞳の若い騎士だった。
レネは、アルバート王子と事前の面会をした時、王子の護衛についていた彼を見た時、内心驚いていた。
(彼は、あの時の騎士だ)
数年前、レネが、王宮魔術師の任用試験を受けに行く際、魔術学園の他の生徒達に嫌がらせを受けた。それもこれも、優秀とはいえ、平民のレネが王宮魔術師の職に就こうとすることをやっかまれたからだ。
一人ずつ控室に案内される時に、何故かレネだけが遠く離れた控室に案内された。そこから面接会場となる王宮の部屋に行くまで迷い、面接の時間に辿りつけないのではないかと困っていたのだ。今思えば、案内役の担当者は、金でも握らされ懐柔されていたのだろう。
その窮地を助けてくれたのが、偶然、通りかかった騎士のバンナムだった。
王宮内をよく知る彼が、近道を案内してくれたことで、遅れそうになっていた面接の時間に遅れずに済んだ。
深く頭を下げて感謝するレネに、騎士のバンナムは爽やかな笑顔を見せて立ち去ったのだ。
(あの時、助けてくれた騎士)
内心、面には出さないが、再会に感動していたレネ。
彼がいなければ、面接に遅刻し、王宮魔術師になることは出来なかった。
自分の窮地を助けてくれた騎士なのだ。
だが、騎士の方は、レネを見てもまったく表情を変えずに、アルバート王子の後ろに立って控えている。
(私のことを覚えていらっしゃらないようだ)
助けてもらった時に、名前を聞かせて欲しいと頼んだレネに「たいしたことではない」と言って立ち去った騎士の若い男。その態度にも、レネは胸がきゅんとなっていた。
彼は、自分のことを覚えていない。
そのことはレネを少しがっかりとさせたが、それでも、再会できたならまた改めて、御礼を伝えたいと思っていた。そして彼にこう言うのだ。
貴方のおかげで、私は王宮魔術師になれたのだと。
しかし、残念なことに、アルバート王子が立ち去れば、当然護衛の彼も従って部屋から出ていってしまう。話しかけることは出来ない。紫竜ルーシェを抱っこして立ち去る王子とその護衛の騎士の男の二人を見送り、王宮魔術師レネは内心ため息をついていた。
(いや、まだ機会はある。紫竜ルーシェの魔法の授業はこれから週に二回ほどの間隔で続くのだから)
紫竜を可愛がるあの王子の様子だと、毎回、授業終了後に立ち寄って下さるだろう。
そうなれば、王子の護衛を務めるあの騎士もやって来るはずだ。
そう心密かに、王宮魔術師レネが思っていることなど、護衛騎士バンナムは知るよしもなかった。
*
王宮魔術師レネの授業が終わった後、早速アルバート王子は紫竜を、授業が行われていた勉強部屋から回収した。小さな竜を抱っこして、自分の部屋へと連れていく。そして、椅子に座ると自分の膝の上にのせ、女官が二人のために用意するお茶やお菓子を口にするのだ。
「ルーシェ、授業はどうだった」
その問いかけに、紫竜は調子よく「ピルル、ピルピル、ピルルルル」と答えている。
言葉は話せない紫竜であったけれど、声の調子や目の輝きから、紫竜ルーシェの機嫌が計られ、彼のその様子からどうも満足できる内容だったようだ。
それは部屋に同席している護衛騎士バンナムも、そして何故かちゃっかりついてきて、お茶の御相伴に預かっているリヨンネも感じていた。
リヨンネもまた報告する。
「ルーシェはちゃんと先生の話を聞いて、先生の指導の下で、魔法も使っていました」
「そうなんだ」
ルーシェが使った魔法というと、あの竜巻のことが皆の頭に横切った。
竜巻の上で誇らしげに立っていたあの紫竜の記憶。
「ちゃんと小さな竜巻でしたよ」
それを察したリヨンネが言葉を続けると、アルバート王子は安心したように頷いた。
「そうか。良かった。ルーシェ、いいかい、魔法というものは使い方を間違えると怖いものだから、気を付けないといけないよ。時に大怪我をしてしまうこともある」
コクリと紫竜は王子の膝の上で頷く。
その頭に、王子は口づけを落とした。
「大事なお前が怪我してしまうなど、考えたくもない。分かったね」
自分のことをこうも大事にしてくれる王子のことが、ルーシェは大好きだった。
朝から晩まで、ルーシェは王子と共に過ごしている。共に暮らすようになって一か月超、目の前の王子の真面目で慎重な性格もルーシェはよく分かっていた。
七番目の王子ということで、国王などから構われていない。
食事も別だし、父たる王と会話している様子など、ルーシェがこの王宮に来てから、見たことが無かった。
期待などされることのない七番目の王子、それがアルバートだった。
でも、だからこそ、アルバート王子は紫竜と一緒にここまで自由に過ごすことが出来るのだ。世継ぎの第一王子や、そのスペアと言われる第二王子の身分では、こんな自由な生活は出来ない。
アルバート王子は、来年には北方の竜騎兵団の寮に入り、王子ではあれど、竜騎兵として身を立てていく。
北方の国境を守り、戦となれば最前線に身を置くことになる厳しい任務である。
その覚悟が、すでにアルバート王子にはあった。
そして彼の行く先々には、この紫竜ルーシェがパートナーとして常に付き従っていくことになる。
王子のためにも、ルーシェは早く、王子にとって役に立つ魔法の使える優秀な竜になりたかった。
そのための努力は厭わないつもりだった。
魔法をどのように人間達が行使しているのか分かったし、竜が呪文を唱えずに魔法を行使するということも理解できた。
確かに、今までルーシェが見てきた竜は、呪文を唱えていない。
竜が本能で、魔法を使う魔法的な生物というのも驚きだった。
呪文を使わずに魔法を使う。それは現世で、いわゆる、“無詠唱”と言われるものである。
だいたい、人間と竜の声帯は違うだろうから、人間の言葉で作られた呪文を、同じように竜が唱えることは出来ないだろう。
だが、そこで思った。
(竜は“人化”できるじゃん。“人化”して呪文を唱えるってのはどう?)
いや、そもそも本能で呪文なしに魔法の行使が出来るんだから、“人化”してわざわざ呪文を唱えて魔法を使う必要はない。
“人化”しても、無詠唱で魔法を行使できるはず。
その発想に、ルーシェは目をキラキラと輝かせていた。
(じゃあ、俺ってば、人間の姿に変わった時、無詠唱で大魔法とか行使できるのか。すげぇ格好良くない)
そう考えに耽っている時、授業が終わったことを知ったアルバート王子が、護衛騎士バンナムを連れて部屋に入ってきた。
ルーシェが、王宮魔術師レネの授業を受けるにあたって、アルバート王子はルーシェが授業に集中して学べるよう別の部屋を用意してくれたのだ。
扉を開けて入ってきた鳶色の瞳の黒髪の王子を見つけると、すぐさまルーシェは「ピルル、ピルルルルル」と大喜びで、ビタンと王子の足に目にも止まらぬ速さで飛びつき、しがみついていた。
そんな小さな竜の様子に、アルバート王子はすぐに破顔して、小さな竜を抱き上げ、抱きしめた。
「お疲れ様です、レネ先生、そしてルーシェ」
紫竜ルーシェに、王宮魔術師レネが魔法の指導をするという話になった時、レネは事前にアルバート王子に挨拶していた。だから、すでに二人は顔を合わせていた。
参考となる書籍をしまう手を止め、レネは恭しく頭を下げる。
そうしながらも、レネはアルバート王子のそばについている、護衛騎士バンナムの方に密かに視線をやる。
長身で体格の良い、護衛騎士のバンナムは、茶色の髪に青い瞳の若い騎士だった。
レネは、アルバート王子と事前の面会をした時、王子の護衛についていた彼を見た時、内心驚いていた。
(彼は、あの時の騎士だ)
数年前、レネが、王宮魔術師の任用試験を受けに行く際、魔術学園の他の生徒達に嫌がらせを受けた。それもこれも、優秀とはいえ、平民のレネが王宮魔術師の職に就こうとすることをやっかまれたからだ。
一人ずつ控室に案内される時に、何故かレネだけが遠く離れた控室に案内された。そこから面接会場となる王宮の部屋に行くまで迷い、面接の時間に辿りつけないのではないかと困っていたのだ。今思えば、案内役の担当者は、金でも握らされ懐柔されていたのだろう。
その窮地を助けてくれたのが、偶然、通りかかった騎士のバンナムだった。
王宮内をよく知る彼が、近道を案内してくれたことで、遅れそうになっていた面接の時間に遅れずに済んだ。
深く頭を下げて感謝するレネに、騎士のバンナムは爽やかな笑顔を見せて立ち去ったのだ。
(あの時、助けてくれた騎士)
内心、面には出さないが、再会に感動していたレネ。
彼がいなければ、面接に遅刻し、王宮魔術師になることは出来なかった。
自分の窮地を助けてくれた騎士なのだ。
だが、騎士の方は、レネを見てもまったく表情を変えずに、アルバート王子の後ろに立って控えている。
(私のことを覚えていらっしゃらないようだ)
助けてもらった時に、名前を聞かせて欲しいと頼んだレネに「たいしたことではない」と言って立ち去った騎士の若い男。その態度にも、レネは胸がきゅんとなっていた。
彼は、自分のことを覚えていない。
そのことはレネを少しがっかりとさせたが、それでも、再会できたならまた改めて、御礼を伝えたいと思っていた。そして彼にこう言うのだ。
貴方のおかげで、私は王宮魔術師になれたのだと。
しかし、残念なことに、アルバート王子が立ち去れば、当然護衛の彼も従って部屋から出ていってしまう。話しかけることは出来ない。紫竜ルーシェを抱っこして立ち去る王子とその護衛の騎士の男の二人を見送り、王宮魔術師レネは内心ため息をついていた。
(いや、まだ機会はある。紫竜ルーシェの魔法の授業はこれから週に二回ほどの間隔で続くのだから)
紫竜を可愛がるあの王子の様子だと、毎回、授業終了後に立ち寄って下さるだろう。
そうなれば、王子の護衛を務めるあの騎士もやって来るはずだ。
そう心密かに、王宮魔術師レネが思っていることなど、護衛騎士バンナムは知るよしもなかった。
*
王宮魔術師レネの授業が終わった後、早速アルバート王子は紫竜を、授業が行われていた勉強部屋から回収した。小さな竜を抱っこして、自分の部屋へと連れていく。そして、椅子に座ると自分の膝の上にのせ、女官が二人のために用意するお茶やお菓子を口にするのだ。
「ルーシェ、授業はどうだった」
その問いかけに、紫竜は調子よく「ピルル、ピルピル、ピルルルル」と答えている。
言葉は話せない紫竜であったけれど、声の調子や目の輝きから、紫竜ルーシェの機嫌が計られ、彼のその様子からどうも満足できる内容だったようだ。
それは部屋に同席している護衛騎士バンナムも、そして何故かちゃっかりついてきて、お茶の御相伴に預かっているリヨンネも感じていた。
リヨンネもまた報告する。
「ルーシェはちゃんと先生の話を聞いて、先生の指導の下で、魔法も使っていました」
「そうなんだ」
ルーシェが使った魔法というと、あの竜巻のことが皆の頭に横切った。
竜巻の上で誇らしげに立っていたあの紫竜の記憶。
「ちゃんと小さな竜巻でしたよ」
それを察したリヨンネが言葉を続けると、アルバート王子は安心したように頷いた。
「そうか。良かった。ルーシェ、いいかい、魔法というものは使い方を間違えると怖いものだから、気を付けないといけないよ。時に大怪我をしてしまうこともある」
コクリと紫竜は王子の膝の上で頷く。
その頭に、王子は口づけを落とした。
「大事なお前が怪我してしまうなど、考えたくもない。分かったね」
自分のことをこうも大事にしてくれる王子のことが、ルーシェは大好きだった。
朝から晩まで、ルーシェは王子と共に過ごしている。共に暮らすようになって一か月超、目の前の王子の真面目で慎重な性格もルーシェはよく分かっていた。
七番目の王子ということで、国王などから構われていない。
食事も別だし、父たる王と会話している様子など、ルーシェがこの王宮に来てから、見たことが無かった。
期待などされることのない七番目の王子、それがアルバートだった。
でも、だからこそ、アルバート王子は紫竜と一緒にここまで自由に過ごすことが出来るのだ。世継ぎの第一王子や、そのスペアと言われる第二王子の身分では、こんな自由な生活は出来ない。
アルバート王子は、来年には北方の竜騎兵団の寮に入り、王子ではあれど、竜騎兵として身を立てていく。
北方の国境を守り、戦となれば最前線に身を置くことになる厳しい任務である。
その覚悟が、すでにアルバート王子にはあった。
そして彼の行く先々には、この紫竜ルーシェがパートナーとして常に付き従っていくことになる。
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