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[挿話] そして彼は自覚する

第四話 事象発生

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「僕も君のことが好きだよ」

 そう秋元からあっさりと告げられる。
 まるで「エビフライも好きだよ」「カツカレーも好きだ」というような、浅くて軽い言葉だ。
 でも、違うのだ。

「僕は、秋元さんのことを愛しています」

 そこまでハッキリ言えば、さすがに伝わるだろう。
 柚彦は彼の茶色の瞳をなおも見つめて、力強くそう言った。
 その言葉に、秋元は目を瞬きさせた後、「……愛しているか。うーん」と少しばかり言葉に詰まっていた。

「好きと愛しているの違いはなんだろう」

 ふいにそんなことを言われる。

「一緒のように見えて、違うのだろうか」

「僕の好きの対象も、愛しているの対象も、秋元さんただ一人です」

 柚彦は熱っぽくそう言うと、なおも秋元は眼鏡の奥で茶色の瞳を瞬かせていた。

「……うーん」

「秋元さんは、僕のことが好きなのですよね。僕のことを愛してはいないのですか?」

 そう尋ねると、彼はなおも「うーん」と少し考え込んでいた。
 だから、柚彦はなおも言葉を重ねた。

「秋元さんは、あちらの世界に奥さんが三人いらっしゃると聞いています」

「ああ」

「僕のことは、彼女達よりも好きですか、嫌いですか?」

 そう問われて、秋元は困ったように眉を寄せた。

「そんなの、比べられないだろう」

「以前、僕の事を嫌いじゃないと言いましたよね」

「そうだね」

「今、僕の事を少しは好きなら、これからもっと僕の事を好きになってくれませんか」

 その柚彦の真剣な、真剣すぎる言葉に、秋元は言った。
 困ったような顔で。

「……………分からない」

 



 後に、そのことを柚彦から電話で聞いた旧姓林原麗子、元聖女は「分からないって何!?」と柚彦の代わりのように逆上していた。
 電話口の向こうの彼女は言った。

「好きも嫌いも分からないってこと? はぁ? 秋元さん、そんな曖昧な、適当な人なの?」

「正直な人なんだと思います」

 柚彦は庇うように思わず言ってしまう。それに麗子は無言になった。

「………………」

 結局、柚彦が勇気を振り絞って告白しても、秋元は変わらなかった。柚彦が一歩踏み出しても、彼は「分からない」と答えるだけ。それはない。柚彦が可哀想ではないか。
 もうずっと、この世界の勇者の若者が一途に思い続けていることを麗子は知っていた。知っていたから、余計に、あの鈍感で人の感情の機微を理解できないような、恋愛に疎い秋元に怒りがこみあげてきた。光君とゼノン君が恋で悩んでいる時、秋元さんはちゃんと彼らに大人らしく適切な助言をしていた。なのに自分の恋愛事についてはてんでダメダメである。ダメダメどころか始めることさえ、許そうとしない。
 元聖女であるのに、麗子には竹を割ったようなところがあった。くっつくなら、さっさとくっつけと荒々しく思っている。

「私が秋元さんに話をしておくわ」

 低い声でそう話す麗子に、柚彦は苦笑しながら「いいですよ」と答えた。
 また北海道の任務から戻った時、秋元と話をすると言うのだ。あんなやりとりをした後でも、あの後の秋元の態度は普段通りで変わらない。告白しても彼は変わることはない。暖簾に腕押しのようなものだ。自分でそう思って、柚彦は苦く笑った。

 北海道行きの飛行機に乗らなければならないと柚彦は携帯を切る。空港の待ち時間の合間に、麗子に電話をしたのだ。
 電話を切られた麗子は、今度は早速秋元に電話をした。




「で、何かな」
 
 電話口で秋元がそう尋ねると、麗子は単刀直入に「秋元さんに聞きたいことがあります」と強い口調で、秋元との面会を求めたのだった。
 秋元は「じゃあ、明日の昼でも一緒に食べながら話そう」と言い、早速二人は約束交わしたのだった。

 秋元は自衛隊に所属する佐久間柚彦のように、定時に合わせて出社するような仕事に就いていない。国籍はアメリカで(結局国籍は未だに変えられていない)、ダンジョン開発推進機構に出向扱いで属している。そのダン開は、秋元の適当さを柔軟に受け入れていて、秋元がほぼほぼ出社することが無くとも、苦情を言うことはなかったし、彼をクビにすることもなかった(ただ秋元の同僚の瓜生だけがいつも噛みついていた)。
 それだから、麗子が秋元と昼食の約束を取り付けた時も、彼は非常にラフな格好で、そば屋の入口をくぐっていた。
 昼食の場所は麗子が決めた。会社のそばにある、旨いと評判のそば屋へ秋元を誘ったのだ。
 そば屋の店内は、昼時ということもあり、オフィスビルに勤めるОLや会社員で席はいっぱいだった。だが、タイミングよく空いたカウンター席に、秋元と麗子は座ることが出来た。

「ふぅん、君は洋食の方が得意だと思っていた」

 早速運ばれて来たそば定食を前に、秋元は箸を手にしてそう言う。

「洋食も好きですよ。でもそばも好きです」

 長い巻髪をゴムで留めた麗子は、ネギなどの薬味をたっぷりと入れて、そばをすすっていた。

「ここは美味しいのでお勧めですよ」

「今度、柚彦君を連れてこよう」

「それがいいですね」

 ズルズルとそばをすすりながら、麗子は秋元に問いかけた。

「一昨日、柚彦君に告白されたのでしょう?」

「…………」

 唐突な麗子の言葉に、秋元はむせて、胸を自分で叩いていた。

「大丈夫ですか、秋元さん」

「君と、柚彦君が、そんな事まで話し合えるほど仲がいいとは知らなかった」

「一緒に戦った仲間じゃないですか。結婚式にも来てもらいましたし」

 口元を紙ナプキンで拭うと、秋元はため息をつく。

「人のプライベートに首を突っ込むことは、あまり褒められた行いではないね」

「柚彦君も、秋元さんも、私の大事な人です」

「ふぅん。君の大好きな腐活動のため、好奇心から首を突っ込んでいるんだろう? 僕と柚彦君のやりとりが、君の腐心を刺激して、嬉しくて仕方ないみたいな感じじゃないか」

 図星である。
 麗子は明後日の方向に顔を向けている。
 その白い額に汗が浮かんでいた。

 実際、異世界で、勇者光を押し倒そうと虎視眈々と狙っていた竜騎士ゼノンのことを全力で応援していた聖女である。今度はそのターゲットが自分達に変わっただけだ。それを秋元は見抜いていた。

「あまり余計な事にクチバシを突っ込むんじゃない。それとも、君は結婚して早々、夫君と倦怠期なのかい?」

「なっ、なっ、何を言うんです!!」

「新婚なら、人のプライベートに口を挟む暇はないと思ったんだけどねぇ」

「私達は順調です!!!!」

 その時、秋元はふいに、そば屋の壁面に設置されているテレビに目を向けた。
 テレビ画面の上部に、速報の文字が流れ、突然、画面が切り替わったからだ。
 そば屋にいた客達も、なんだなんだという様子で、視線を向ける。

 アナウンサーの女性が、手許に差し出された紙を手に取り、読み上げ始めた。

「速報です。北海道定山渓にある自衛隊管理ダンジョンにおいて、ダンジョンの“拡張”要件の事象が始まったことが確認されました」

 テレビ画面には、北海道の地図が表示され、白い雪景色の北海道の映像も映し出されている。

「繰り返します。本日、ダンジョンの“拡張”要件の事象が始まり、ダンジョン内にいた四名以上の自衛隊員が、事象に巻き込まれたことが確認されています」

 それに、店内の客達が声を上げる。

「事象に巻き込まれたってなんだよ」
「ワケわかんねぇ」

「現在、巻き込まれた自衛隊員の安否確認作業を進めています」

 アナウンサーのその声を聞いて、麗子は顔を強張らせ、秋元を見つめた。

「秋元さん、柚彦君って北海道のダンジョンに潜るって言っていましたよね」

「………………うん」

「もう、ダンジョンの中へ入っているんですよね」

「昨日の午前に北海道へ渡った。北海道のダンジョンは、ワープポイントが豊富だから、……もう最下層に入っている頃合いだ」

「なに、呆っとしているんですか。秋元さん、すぐにダン開に行って確認とって来て下さいよ。すぐに行ってください」

 呆っとしていると指摘を受けたように、秋元は手に箸をもったままであるが、そばが箸から滑り落ちて、お膳の上に落ちてしまっている。
 ニュースを聞いて、びっくりした顔をしているのだ。

「あぁ、……そうだね」

「ここはいいですから、ほら、秋元さん」

 そう言って、秋元に席を立つように促すと、秋元は席を立ち、何故か一度壁にぶつかってから、店の外に出ていったのだった。それを見て、麗子は手早く会計を済ませると、歩いている秋元の後ろから、彼の腕を取って言った。

「大事な柚彦君の緊急事態です。しっかりして下さい」

「……」

「そうでしょう!! 大事な柚彦君の緊急事態なんです。しようがないから、私もついていってあげます」

「麗子ちゃん?」

「ほら、タクシー呼びますよ」

 そして麗子は手を挙げて、一台のタクシーを呼ぶと、すぐにダンジョン開発推進機構までそのタクシーを走らせたのだった。
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