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[挿話]
言葉にならない (上)
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「秋元さん、持ってきたよ!!」
西野光はブンブンと手を振って現れた。
彼の傍らには当然のように、赤毛の大男がいる。緑の瞳のハンサムなその男はゼノンだった。
異世界から秋元のマンションの中へと転移してきた光は、早速テーブルの上に“状態異常回復ポーション”を、自身の収納から取り出してゴトゴトと並べ始めた。
“状態異常回復ポーション”は、水色の絵具を溶かしたような色合いで、とても薬とは思えないもので不気味であった。味わいはサッパリしているらしい。だが、これがよく効くのであった。小さなガラス瓶に入ったそれを、秋元は笑顔で受け取った。
「ありがとう、助かるよ」
そして秋元の側に立つ佐久間柚彦に、光は挨拶した。
先日、自衛隊の官舎から連れ出された柚彦は、その後、上層部の許可の元で秋元のマンションで暮らしている。
来月までは、有休消化で仕事にも出ずにいるらしい。
現に今も彼は、私服姿であった。
「柚彦君も久しぶり。麗子ちゃんの結婚式以来だよね」
光が柚彦に話しかけると、彼はうなずいた。
「ああ」
目の前で、突然転移して現れた光少年とゼノンを、少しばかり驚いて柚彦は見つめていた。
光少年は、異世界から転移して現れた。
彼は異世界の勇者であるからして、そうした能力があってもおかしくはない。
今回、彼は秋元の要望に従って、異世界から渡ってきてくれたのだ。
「このポーションがあれば、石化も解除されるんですね」
まじまじと、水色のポーションを見つめる柚彦。その言葉に、秋元は頷いた。
「そうだよ。二人ともちゃんと治るから、安心していい」
新橋ダンジョンのボスモンスターである、蛇女によって、探索チームのメンバー二人が石化状態になった。それを解除するためにこのポーションが必要だったのだ。
まだ現世で“状態異常回復ポーション”はドロップしたことがないし、それを作成する魔法の技もない。しかし一方、異世界では“状態異常回復ポーション”は、高めの金額であったが、ギルドなど常備しているものだった。
ダンジョンでの戦いの際、石化した隊員らを置いていかざるを得なかった。その時の部隊のリーダーであった柚彦が、自分を責めるような辛い気持ちを持っていることに、秋元も気が付いていた。
「早速、ダン開の中林事務局長を通じて、病院に届けてもらう」
「ありがとうございます」
柚彦は深々と秋元に、そしてポーションを異世界から運んできた光少年に向かって頭を下げた。
柚彦の一礼に光少年は慌てていた。
「そんな、大したことしてないって。“状態異常回復ポーション”がこの世界にはまだ存在していないのに、石化の状態異常が有り得るなんてことの方がおかしいんだよ」
「そうです。柚彦君は気にしなくていいんですよ」
二人の言葉に、柚彦は弱々しく微笑んでいた。
光は、秋元の袖を引いて物陰でひそひそと声を潜めて彼に言った。
「柚彦君、元気ないね。秋元さん、ちゃんと元気付けてあげないと。自衛隊の仕事も大変だって俺、聞いたよ」
「期待の勇者ですからね。それで少しでも失敗すると、叩かれる状態で」
未だにネットでは、柚彦への非難の言葉が書き込まれている。
それを見ないように言っていたのだが、過去、わざわざ彼にご注進する面倒な記者がいたようで、彼はそれを目にしてしまった。
「気分転換にどこか連れていってあげなよ。そうだ、俺達と一緒に出掛ける?」
その光の言葉に、傍らのゼノンが「何を言っている、光」と止めようと腕を掴んできた。
しかし、ゼノンを無視して光は続けて言った。
「俺達、せっかく現世に来たのだから、久しぶりに温泉に行こうと思っているんだ。秋元さんもどう?」
ゼノンは目に見えて不機嫌になった。
番の少年と共に、しっぽり温泉で楽しみたいところに、邪魔者も連れていくというのだ。
渋面になるのも当然だった。
それも、これから行こうとしている温泉は、初めて光と結ばれた思い出の場所でもある。
ゼノンの緑の瞳が「頼む、行かないと言ってくれ」と切望を持って語っていた。
しかし、秋元は「都心から離れるのも確かに、いいですね」と乗り気だった。
「そうだろう? もし行くなら、俺、宿の部屋が空いているか聞いてみるよ」
「お願いします」
ゼノンの秋元を見る眼差しが、殺意を込めたものになっていた。
ギロリと吊り上がった瞳の、強いゼノン視線から、スッと遮るように柚彦が立つ。
ゼノンを一瞥してから、柚彦は言った。
「僕が見つかると、宿でも肩身が狭くなるかも知れません」
自分だけではなく、秋元まで世間の舌禍に巻き込むことになるのではないかと心配だった。
「大丈夫だよ。宿の部屋を取ってもらったら」
秋元は笑みを浮かべて言った。
「そこに“転移”して移動する。移動はあまり人目につかないようにできるから、大丈夫。まさか、柚彦君が温泉に来ているなんて誰も思わないさ」
西野光はブンブンと手を振って現れた。
彼の傍らには当然のように、赤毛の大男がいる。緑の瞳のハンサムなその男はゼノンだった。
異世界から秋元のマンションの中へと転移してきた光は、早速テーブルの上に“状態異常回復ポーション”を、自身の収納から取り出してゴトゴトと並べ始めた。
“状態異常回復ポーション”は、水色の絵具を溶かしたような色合いで、とても薬とは思えないもので不気味であった。味わいはサッパリしているらしい。だが、これがよく効くのであった。小さなガラス瓶に入ったそれを、秋元は笑顔で受け取った。
「ありがとう、助かるよ」
そして秋元の側に立つ佐久間柚彦に、光は挨拶した。
先日、自衛隊の官舎から連れ出された柚彦は、その後、上層部の許可の元で秋元のマンションで暮らしている。
来月までは、有休消化で仕事にも出ずにいるらしい。
現に今も彼は、私服姿であった。
「柚彦君も久しぶり。麗子ちゃんの結婚式以来だよね」
光が柚彦に話しかけると、彼はうなずいた。
「ああ」
目の前で、突然転移して現れた光少年とゼノンを、少しばかり驚いて柚彦は見つめていた。
光少年は、異世界から転移して現れた。
彼は異世界の勇者であるからして、そうした能力があってもおかしくはない。
今回、彼は秋元の要望に従って、異世界から渡ってきてくれたのだ。
「このポーションがあれば、石化も解除されるんですね」
まじまじと、水色のポーションを見つめる柚彦。その言葉に、秋元は頷いた。
「そうだよ。二人ともちゃんと治るから、安心していい」
新橋ダンジョンのボスモンスターである、蛇女によって、探索チームのメンバー二人が石化状態になった。それを解除するためにこのポーションが必要だったのだ。
まだ現世で“状態異常回復ポーション”はドロップしたことがないし、それを作成する魔法の技もない。しかし一方、異世界では“状態異常回復ポーション”は、高めの金額であったが、ギルドなど常備しているものだった。
ダンジョンでの戦いの際、石化した隊員らを置いていかざるを得なかった。その時の部隊のリーダーであった柚彦が、自分を責めるような辛い気持ちを持っていることに、秋元も気が付いていた。
「早速、ダン開の中林事務局長を通じて、病院に届けてもらう」
「ありがとうございます」
柚彦は深々と秋元に、そしてポーションを異世界から運んできた光少年に向かって頭を下げた。
柚彦の一礼に光少年は慌てていた。
「そんな、大したことしてないって。“状態異常回復ポーション”がこの世界にはまだ存在していないのに、石化の状態異常が有り得るなんてことの方がおかしいんだよ」
「そうです。柚彦君は気にしなくていいんですよ」
二人の言葉に、柚彦は弱々しく微笑んでいた。
光は、秋元の袖を引いて物陰でひそひそと声を潜めて彼に言った。
「柚彦君、元気ないね。秋元さん、ちゃんと元気付けてあげないと。自衛隊の仕事も大変だって俺、聞いたよ」
「期待の勇者ですからね。それで少しでも失敗すると、叩かれる状態で」
未だにネットでは、柚彦への非難の言葉が書き込まれている。
それを見ないように言っていたのだが、過去、わざわざ彼にご注進する面倒な記者がいたようで、彼はそれを目にしてしまった。
「気分転換にどこか連れていってあげなよ。そうだ、俺達と一緒に出掛ける?」
その光の言葉に、傍らのゼノンが「何を言っている、光」と止めようと腕を掴んできた。
しかし、ゼノンを無視して光は続けて言った。
「俺達、せっかく現世に来たのだから、久しぶりに温泉に行こうと思っているんだ。秋元さんもどう?」
ゼノンは目に見えて不機嫌になった。
番の少年と共に、しっぽり温泉で楽しみたいところに、邪魔者も連れていくというのだ。
渋面になるのも当然だった。
それも、これから行こうとしている温泉は、初めて光と結ばれた思い出の場所でもある。
ゼノンの緑の瞳が「頼む、行かないと言ってくれ」と切望を持って語っていた。
しかし、秋元は「都心から離れるのも確かに、いいですね」と乗り気だった。
「そうだろう? もし行くなら、俺、宿の部屋が空いているか聞いてみるよ」
「お願いします」
ゼノンの秋元を見る眼差しが、殺意を込めたものになっていた。
ギロリと吊り上がった瞳の、強いゼノン視線から、スッと遮るように柚彦が立つ。
ゼノンを一瞥してから、柚彦は言った。
「僕が見つかると、宿でも肩身が狭くなるかも知れません」
自分だけではなく、秋元まで世間の舌禍に巻き込むことになるのではないかと心配だった。
「大丈夫だよ。宿の部屋を取ってもらったら」
秋元は笑みを浮かべて言った。
「そこに“転移”して移動する。移動はあまり人目につかないようにできるから、大丈夫。まさか、柚彦君が温泉に来ているなんて誰も思わないさ」
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