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[挿話] 前途多難な恋
第二十二話 差し伸べられる手
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携帯から柚彦にメールを送っても返事はなく、電話をしても電話に出てくれなかった。
自分がしていたことを、今になって逆にやられている状況に、秋元は、「ふー」とため息をつく。
自業自得である。
そして新橋ダンジョンへ行く時だって、勇者の柚彦のそばに自分がついていけば良かったのだ。
あんな風に離れなければ良かった。
そうすれば、隊員達はそもそも石化するような状況も防げたかも知れないし、マスコミに柚彦が責められるようなこんな窮地に陥ることもなかった。
後悔しても遅い。
メールを送っても返事がないスマホ画面を睨みつけて、秋元は「会いに行くか」と呟いた。
柚彦の住まう官舎の部屋の狭い玄関に転移した時、部屋の中から荒い息遣いが聞こえて、一瞬ギョッとした。
見ると、部屋の中で柚彦がトレーナー姿で、腕立て伏せをしているのだ。
「…………………」
ずっと運動をしていたのだろう。
彼は汗をびっしょりとかいていた。
あまりにも熱心に、あたかも自分を痛めつけるようにやっている様子に、心配になった秋元は声をかけた。
「少し、休んだらどうだ」
その声に、彼は顔を上げた。
「秋元……さん?」
驚きの表情。それしかなかった。
秋元はポリポリと頭を掻く。
「勝手に来て悪かったね」
そしてどこかバツが悪そうにこう言う。
「メールをしても、電話をしても繋がらなかったから」
「…………………」
柚彦は大きく息をついて、床に座った。流れる汗をタオルで拭いながら言う。
「どこからか僕のアドレスがマスコミに流れたようで、連絡がひっきりなしに入るようになったんです。だから、今は電源を落としているんです。すみません」
「謝ることはないよ」
事情が分かって、少しばかりホッとする気持ちがあった。
「……心配してきて下さったんですか」
冷蔵庫から、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出して、蓋を開ける。
ごくごくとそれを飲み干した後、柚彦は尋ねた。
「うん」
部屋を見渡して見れば、窓はカーテンが閉め切られている状態だった。部屋の中は薄暗い。外へ出ることも許されず、こうして運動するくらいしか発散できなかったのだろう。
子供の頃、佐久間家に養子に入った柚彦は、自衛隊員以外に知り合いはいない。彼が逃げ出す先もそうない状態なのだ。
このまま、来月の新しいダンジョンの深下が起こるまで、この官舎の部屋に閉じこもるつもりなのだろうか。それはあまりにも、辛すぎるだろう。
「………………僕の家に来る?」
秋元は咄嗟に、そう口に出していた。
よく考えもせず、それが口に出てしまったことに自分自身驚いていた。
柚彦は顔を上げた。
「貴方の家に行って、いいんですか?」
「ここにいても、閉じこもりっきりになるんだろう? 僕の家の方が寛げる。窓も開けられないなんてヒドイじゃないか」
「……でも、貴方は僕と一緒にいると、制約が多いと言って、それで官舎からだって出ていったじゃないですか」
柚彦の指摘に、渋い顔をする秋元。
その通りだった。
今でも、彼と一緒にいると自分にとっていろいろと制約が課せられる。
でも。
秋元は彼に手を差し出す。
(きっと、僕は彼を見捨てられない)
自分でもどうしようもない感情だと思う。
一緒にいたら、面倒くさいことになる。
彼の僕への愛情は重い。重すぎる。
それも分かっている。
でも、最初に彼に手を差し伸べた時から、たぶん分かっていたのだ。
あのすがりつくような眼差しから逃れられないと。
「おいで」
その差し出された手を柚彦は掴んだ。
自分がしていたことを、今になって逆にやられている状況に、秋元は、「ふー」とため息をつく。
自業自得である。
そして新橋ダンジョンへ行く時だって、勇者の柚彦のそばに自分がついていけば良かったのだ。
あんな風に離れなければ良かった。
そうすれば、隊員達はそもそも石化するような状況も防げたかも知れないし、マスコミに柚彦が責められるようなこんな窮地に陥ることもなかった。
後悔しても遅い。
メールを送っても返事がないスマホ画面を睨みつけて、秋元は「会いに行くか」と呟いた。
柚彦の住まう官舎の部屋の狭い玄関に転移した時、部屋の中から荒い息遣いが聞こえて、一瞬ギョッとした。
見ると、部屋の中で柚彦がトレーナー姿で、腕立て伏せをしているのだ。
「…………………」
ずっと運動をしていたのだろう。
彼は汗をびっしょりとかいていた。
あまりにも熱心に、あたかも自分を痛めつけるようにやっている様子に、心配になった秋元は声をかけた。
「少し、休んだらどうだ」
その声に、彼は顔を上げた。
「秋元……さん?」
驚きの表情。それしかなかった。
秋元はポリポリと頭を掻く。
「勝手に来て悪かったね」
そしてどこかバツが悪そうにこう言う。
「メールをしても、電話をしても繋がらなかったから」
「…………………」
柚彦は大きく息をついて、床に座った。流れる汗をタオルで拭いながら言う。
「どこからか僕のアドレスがマスコミに流れたようで、連絡がひっきりなしに入るようになったんです。だから、今は電源を落としているんです。すみません」
「謝ることはないよ」
事情が分かって、少しばかりホッとする気持ちがあった。
「……心配してきて下さったんですか」
冷蔵庫から、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出して、蓋を開ける。
ごくごくとそれを飲み干した後、柚彦は尋ねた。
「うん」
部屋を見渡して見れば、窓はカーテンが閉め切られている状態だった。部屋の中は薄暗い。外へ出ることも許されず、こうして運動するくらいしか発散できなかったのだろう。
子供の頃、佐久間家に養子に入った柚彦は、自衛隊員以外に知り合いはいない。彼が逃げ出す先もそうない状態なのだ。
このまま、来月の新しいダンジョンの深下が起こるまで、この官舎の部屋に閉じこもるつもりなのだろうか。それはあまりにも、辛すぎるだろう。
「………………僕の家に来る?」
秋元は咄嗟に、そう口に出していた。
よく考えもせず、それが口に出てしまったことに自分自身驚いていた。
柚彦は顔を上げた。
「貴方の家に行って、いいんですか?」
「ここにいても、閉じこもりっきりになるんだろう? 僕の家の方が寛げる。窓も開けられないなんてヒドイじゃないか」
「……でも、貴方は僕と一緒にいると、制約が多いと言って、それで官舎からだって出ていったじゃないですか」
柚彦の指摘に、渋い顔をする秋元。
その通りだった。
今でも、彼と一緒にいると自分にとっていろいろと制約が課せられる。
でも。
秋元は彼に手を差し出す。
(きっと、僕は彼を見捨てられない)
自分でもどうしようもない感情だと思う。
一緒にいたら、面倒くさいことになる。
彼の僕への愛情は重い。重すぎる。
それも分かっている。
でも、最初に彼に手を差し伸べた時から、たぶん分かっていたのだ。
あのすがりつくような眼差しから逃れられないと。
「おいで」
その差し出された手を柚彦は掴んだ。
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