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[挿話]
国籍問題 (1)
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(1)国籍離脱拒否
佐久間柚彦は不機嫌だった。
とはいっても、常に無表情な彼であるから、その不機嫌な感情は表には出ていない。
だが、確実に不機嫌であった。
理由は簡単である。
アメリカ国籍を持つ、秋元恭史郎の日本国籍取得が思ったようにうまくいかなかったからだ。
「米国からの国籍離脱を認めないってどういうことですか」
法務省民事局からの連絡を受けた時、話が違うと柚彦は電話越しで職員に噛みついた。
秋元は帰化により国籍を取得する予定だった。
通常、五年以上日本に住所を有していることが必要であったが、異世界にいた八年間も日本に居たということにして、ゴリ押しで帰化させる予定だった。
ところが、これに噛みついてきたのがアメリカ外務省である。
秋元が所持しているグリーンカードは、アメリカ国内でのみ発行されるものであり、アメリカへの入国の記録がない秋元は、その八年間も含めてもとからアメリカに居住していたのだと無茶苦茶な主張を始めたのだ。
ダンジョン外でも魔法を自由自在に使える秋元の価値は非常に高い。当然のことながら、アメリカは彼を日本にみすみすやるつもりはなかったのだ。すでに日本には、“勇者”称号を持つ佐久間柚彦がいる。それに加えて、魔法使いの称号を持つとみなされている秋元まで、手放すことは許されなかった。
自衛隊の官舎の中で、「秋元さんの日本国籍取得に時間がかかりそうです」と沈痛な面持ちで報告してきた柚彦に、柚彦の官舎の部屋に新たに寝台を入れてもらって、そこに寝っ転がっている秋元は「そうだと思った。だから、異世界に戻りたかったのに……」と恨み節を聞かせる。
彼は相当、柚彦が秋元をこの現世に留めたことを恨んでいるようだった。
実際、魔王や魔獣討伐の際、異世界に戻るつもりであった秋元は、遠慮なく魔法を戦いの場で使っていた。現世では彼ほど魔法が使える者はいない。そのため、秋元が放つ魔法の技を目にした者は、テレビ中継視聴者も含めて「あれはなんだ」「何者だ」と騒然としていたのだ。
ADDR(アメリカダンジョン開発機構)の職員でもあった秋元は、帰国後、ADDRかアメリカ軍に囲われることになるであろうことも想定できた。だから、魔王を討伐したならば、即異世界へ渡ろうとしたのに。
ジロリと秋元が柚彦を見つめると、柚彦は秋元の寝っ転がる寝台の上に座った。
「最悪、日本に亡命という手がありますから、大丈夫ですよ」
「…………日本政府が亡命認めてくれるかな。アメリカの要求を蹴ってまで」
「在留期間何日でしたか」
その問いかけに、秋元は寝っ転がって雑誌を見ていた手を止めて答えた。
「九十日間。その後は強制送還されそう……」
三か月である。意外と短い。
秋元は再度、視線を雑誌にやって言った。
「柚彦君、先に言っておく。もし僕が君のそばに実質的にいられなくなった場合、僕は君との誓いを破棄することになる」
先日、柚彦は、脅しのような形で秋元に誓わせていた。
『秋元……恭史郎の名にかけて、佐久間柚彦のそばにいることを誓う』
その誓いを耳にした時、柚彦は本当に嬉しかった。
秋元はこの現世から去ることもなくなり、その上、自分のそばにいてくれるのだ。
日本国籍を取得させた後は、自衛隊のアドバイザーとして雇う流れになるはずだった。
その最初で躓いてしまっている。
「……破棄はいやです」
絞り出すような声で言う柚彦に、秋元は起き上がり、柚彦の頭を撫でた。
「破棄しないと、僕に罰が下る。名の誓いを破った罰が、どれほどのものになるのかはわからないけれど、結構重いはずだ。だから、もしもの時は、破棄に同意してくれないか」
「もしものことがないようにします」
柚彦は暗く目を光らせていた。
佐久間柚彦は不機嫌だった。
とはいっても、常に無表情な彼であるから、その不機嫌な感情は表には出ていない。
だが、確実に不機嫌であった。
理由は簡単である。
アメリカ国籍を持つ、秋元恭史郎の日本国籍取得が思ったようにうまくいかなかったからだ。
「米国からの国籍離脱を認めないってどういうことですか」
法務省民事局からの連絡を受けた時、話が違うと柚彦は電話越しで職員に噛みついた。
秋元は帰化により国籍を取得する予定だった。
通常、五年以上日本に住所を有していることが必要であったが、異世界にいた八年間も日本に居たということにして、ゴリ押しで帰化させる予定だった。
ところが、これに噛みついてきたのがアメリカ外務省である。
秋元が所持しているグリーンカードは、アメリカ国内でのみ発行されるものであり、アメリカへの入国の記録がない秋元は、その八年間も含めてもとからアメリカに居住していたのだと無茶苦茶な主張を始めたのだ。
ダンジョン外でも魔法を自由自在に使える秋元の価値は非常に高い。当然のことながら、アメリカは彼を日本にみすみすやるつもりはなかったのだ。すでに日本には、“勇者”称号を持つ佐久間柚彦がいる。それに加えて、魔法使いの称号を持つとみなされている秋元まで、手放すことは許されなかった。
自衛隊の官舎の中で、「秋元さんの日本国籍取得に時間がかかりそうです」と沈痛な面持ちで報告してきた柚彦に、柚彦の官舎の部屋に新たに寝台を入れてもらって、そこに寝っ転がっている秋元は「そうだと思った。だから、異世界に戻りたかったのに……」と恨み節を聞かせる。
彼は相当、柚彦が秋元をこの現世に留めたことを恨んでいるようだった。
実際、魔王や魔獣討伐の際、異世界に戻るつもりであった秋元は、遠慮なく魔法を戦いの場で使っていた。現世では彼ほど魔法が使える者はいない。そのため、秋元が放つ魔法の技を目にした者は、テレビ中継視聴者も含めて「あれはなんだ」「何者だ」と騒然としていたのだ。
ADDR(アメリカダンジョン開発機構)の職員でもあった秋元は、帰国後、ADDRかアメリカ軍に囲われることになるであろうことも想定できた。だから、魔王を討伐したならば、即異世界へ渡ろうとしたのに。
ジロリと秋元が柚彦を見つめると、柚彦は秋元の寝っ転がる寝台の上に座った。
「最悪、日本に亡命という手がありますから、大丈夫ですよ」
「…………日本政府が亡命認めてくれるかな。アメリカの要求を蹴ってまで」
「在留期間何日でしたか」
その問いかけに、秋元は寝っ転がって雑誌を見ていた手を止めて答えた。
「九十日間。その後は強制送還されそう……」
三か月である。意外と短い。
秋元は再度、視線を雑誌にやって言った。
「柚彦君、先に言っておく。もし僕が君のそばに実質的にいられなくなった場合、僕は君との誓いを破棄することになる」
先日、柚彦は、脅しのような形で秋元に誓わせていた。
『秋元……恭史郎の名にかけて、佐久間柚彦のそばにいることを誓う』
その誓いを耳にした時、柚彦は本当に嬉しかった。
秋元はこの現世から去ることもなくなり、その上、自分のそばにいてくれるのだ。
日本国籍を取得させた後は、自衛隊のアドバイザーとして雇う流れになるはずだった。
その最初で躓いてしまっている。
「……破棄はいやです」
絞り出すような声で言う柚彦に、秋元は起き上がり、柚彦の頭を撫でた。
「破棄しないと、僕に罰が下る。名の誓いを破った罰が、どれほどのものになるのかはわからないけれど、結構重いはずだ。だから、もしもの時は、破棄に同意してくれないか」
「もしものことがないようにします」
柚彦は暗く目を光らせていた。
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