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[挿話] 勇者の願い
第十四話 “聖女”の協力条件
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他者の能力を増大させる“エンチャント”技能を持つ秋元は、当然のように勇者チームに組み込まれることになった。
“勇者”と同じくこの世には“聖女”称号保持者がいると知った政府は、すぐさま登録されているダンジョン探索者リストから、その称号保持者を探そうとしたが、見つけ出すことは出来なかった。
それはそうだろう。林原麗子は現世でダンジョン探索を一度もしたことはなく、ダンジョンの入場カードも作成したことはなかった。
全国民にダンジョンの入場カードの所持を義務付けるべきではないかという話題が上がり始めた時、ようやく秋元は日本出張先のホテルにいる、アメリカダンジョン開発機構の上司に、上申したのだった。
「……“聖女”称号持ちの人間を知っているというのか?」
「はい」
信じられないような顔をして、上司達は周辺の人間と顔を見合わせている。
「ただし、彼女は日本の民間人です。そのため、自分の身分を隠して参加することを望んでいます」
「日本人なのか!!」
“勇者”に続いて“聖女”までもが日本人であることに、彼らはまた驚いていた。
確かに、分布として偏り過ぎだとは思う(それに加えて今回、魔法使いも日本人なのである)。ここ何回かの魔王討伐においては日本人の割合が多いことは確かであった。
日本人が多い方が秋元としてはやりやすいので、別に文句はない。むしろ話が通じやすくて助かる。
「はい」
「それで、その彼女は連れて来られるのか」
何故、アメリカ側へ連れて来ようとするのか。秋元は少しばかり眉間に皺を寄せた。
「無理です。彼女は日本国籍所持者です」
「日本側は気が付いていないのだろう?」
「いいえ、日本側も気が付いています」
秋元はあえて嘘を言った。
それに忌々し気に、上司達は舌打ちをしていた。
「わかった。氏名等の個人情報を報告するように」
「氏名も本人から伏せるように求められています」
「……報告したまえ」
「拒否します」
秋元はそれだけ言うと、部屋を退室した。
もし、これが軍属なら、上官からの命令は拒否できなかっただろう。
しかし、こうしたやりとりをした結果、上からは煙たがれることになろうと、少しばかり頭が痛かった。
上司の気持ちも分かる。
討伐の最重要人物である“聖女”の情報をできるだけ得ようとするのは当然だった。今後もしつこく、上層部は聞いてくるだろう。
聖女ちゃんを守るためには、ある程度覚悟してやっていくしかないかも知れない。
秋元はそう思い、ため息をついた。
*
自衛隊の官舎の自室の扉前に立った時、部屋の中から人の気配を感じたので、佐久間柚彦は警戒しながら部屋の扉をゆっくりと開けた。
中から、声がする。
「お邪魔しているよ、柚彦君」
秋元だった。
彼は明かりも点けずに椅子に座っていた。
「勝手に部屋に入ってごめん」
「……いえ」
秋元は“転移”ができる。
八年前、大分ダンジョンで問題となった能力だった。ダンジョンで西野光少年が、赤毛の大男と一緒にいなくなったのも“転移”したせいだとみなされていた。
その瞬間を撮影していた自衛隊は、彼らが一瞬で空間から消失したのを確認していた。
そしてどうやら、秋元も“転移”ができるのではないかとみなされていた。
それというのも、八年前、彼を確保しようとした公安当局は、彼が脱出不可能な部屋の中から、消え失せてしまったと報告したからだ。
出入口はすでに公安職員が押さえていた。そこを通らないと出ることの出来ない部屋から、彼はいなくなった。
それ以来、八年間、彼はいなくなっていたのだ。
「秋元さんは、“転移”ができるんですか?」
その問いかけに、秋元はあっさりとうなずいた。
「うん。“転移”できるよ」
「じゃあ、今もこの部屋には“転移”してきたんですよね」
「そうだよ」
「何の用でしょうか」
「“勇者”である君には先に報告しておく。これは自衛隊上層部にも報告して欲しい。“聖女”は見つかった。戦いの際には、僕が彼女を現場に連れていくから」
「どうやって?」
柚彦は椅子を取り出して、彼の前に引き出し、そこに座った。
お互い、近い距離で向き合うことになった。
「“転移”して連れて行く」
「バレてもいいんですか?」
あの後、秋元はいろいろと考えた。
身バレしたくないという林原麗子のことを、アメリカ側と日本側の上層部にその旨を報告したとして、実際、彼らが麗子の身分を隠すことを約束し、そうなるよう図ってくれるだろうか。
重要人物である“聖女”の身の安全を確保するため、きっと厳重な警護がつけられることになる。
その時点で、身バレしたくないという麗子の言葉は、彼女の我儘とみなされる。
世界の平和を守るためには、麗子の身バレなど些細な問題なのだ。
たとえ後から、神への願いで、聖女が麗子である旨の記憶を全人類の記憶の中から消したとしても、それまでの間、彼女の周辺は騒動に巻き込まれる。
きっと、彼女はそれに耐えられない。
だから、林原麗子が魔王討伐で手伝う時間は、できるだけ最低限にすべきだった。
戦闘時に連れて来て、戦闘後には速やかに“転移”して戻す。
顔も何かで覆い隠しておけば、ある程度秘密を守りきることが出来る。
「仕方ないよ。“聖女”ちゃんは、一般国民で、自衛隊員でも警察官でもない、普通の女の子だ。彼女には自分の生活を守る権利がある。僕も彼女を守りたい。だから、君にも協力して欲しい」
「……わかりました。でも、“聖女”はそれでいいかも知れませんが、“転移”を貴方がダンジョン外でも使えることが明らかになれば、今度は貴方が追われる立場になりますよ」
「僕は“転移”があるから大丈夫だよ」
そう。
彼はそれで逃げ切るつもりなのだろう。
だが、万能に見える“転移”にも弱点があることを、柚彦は知っていた。
「じゃあ、僕、今度はダン開にも報告しないといけないんで、またね」
そう言って、彼は椅子から立ち上がり“転移”して一瞬でその姿を消え失せさせた。
柚彦の前では、現時点から“転移”の能力を隠す気はないのだろう。
おそらく、彼がよく知るダンジョン開発推進機構の東京事務局長にでも話をしに行くのだろう。
そうして、彼は“聖女”のために根回しをしていく。
相変わらず、優しい人なのだ。
“勇者”と同じくこの世には“聖女”称号保持者がいると知った政府は、すぐさま登録されているダンジョン探索者リストから、その称号保持者を探そうとしたが、見つけ出すことは出来なかった。
それはそうだろう。林原麗子は現世でダンジョン探索を一度もしたことはなく、ダンジョンの入場カードも作成したことはなかった。
全国民にダンジョンの入場カードの所持を義務付けるべきではないかという話題が上がり始めた時、ようやく秋元は日本出張先のホテルにいる、アメリカダンジョン開発機構の上司に、上申したのだった。
「……“聖女”称号持ちの人間を知っているというのか?」
「はい」
信じられないような顔をして、上司達は周辺の人間と顔を見合わせている。
「ただし、彼女は日本の民間人です。そのため、自分の身分を隠して参加することを望んでいます」
「日本人なのか!!」
“勇者”に続いて“聖女”までもが日本人であることに、彼らはまた驚いていた。
確かに、分布として偏り過ぎだとは思う(それに加えて今回、魔法使いも日本人なのである)。ここ何回かの魔王討伐においては日本人の割合が多いことは確かであった。
日本人が多い方が秋元としてはやりやすいので、別に文句はない。むしろ話が通じやすくて助かる。
「はい」
「それで、その彼女は連れて来られるのか」
何故、アメリカ側へ連れて来ようとするのか。秋元は少しばかり眉間に皺を寄せた。
「無理です。彼女は日本国籍所持者です」
「日本側は気が付いていないのだろう?」
「いいえ、日本側も気が付いています」
秋元はあえて嘘を言った。
それに忌々し気に、上司達は舌打ちをしていた。
「わかった。氏名等の個人情報を報告するように」
「氏名も本人から伏せるように求められています」
「……報告したまえ」
「拒否します」
秋元はそれだけ言うと、部屋を退室した。
もし、これが軍属なら、上官からの命令は拒否できなかっただろう。
しかし、こうしたやりとりをした結果、上からは煙たがれることになろうと、少しばかり頭が痛かった。
上司の気持ちも分かる。
討伐の最重要人物である“聖女”の情報をできるだけ得ようとするのは当然だった。今後もしつこく、上層部は聞いてくるだろう。
聖女ちゃんを守るためには、ある程度覚悟してやっていくしかないかも知れない。
秋元はそう思い、ため息をついた。
*
自衛隊の官舎の自室の扉前に立った時、部屋の中から人の気配を感じたので、佐久間柚彦は警戒しながら部屋の扉をゆっくりと開けた。
中から、声がする。
「お邪魔しているよ、柚彦君」
秋元だった。
彼は明かりも点けずに椅子に座っていた。
「勝手に部屋に入ってごめん」
「……いえ」
秋元は“転移”ができる。
八年前、大分ダンジョンで問題となった能力だった。ダンジョンで西野光少年が、赤毛の大男と一緒にいなくなったのも“転移”したせいだとみなされていた。
その瞬間を撮影していた自衛隊は、彼らが一瞬で空間から消失したのを確認していた。
そしてどうやら、秋元も“転移”ができるのではないかとみなされていた。
それというのも、八年前、彼を確保しようとした公安当局は、彼が脱出不可能な部屋の中から、消え失せてしまったと報告したからだ。
出入口はすでに公安職員が押さえていた。そこを通らないと出ることの出来ない部屋から、彼はいなくなった。
それ以来、八年間、彼はいなくなっていたのだ。
「秋元さんは、“転移”ができるんですか?」
その問いかけに、秋元はあっさりとうなずいた。
「うん。“転移”できるよ」
「じゃあ、今もこの部屋には“転移”してきたんですよね」
「そうだよ」
「何の用でしょうか」
「“勇者”である君には先に報告しておく。これは自衛隊上層部にも報告して欲しい。“聖女”は見つかった。戦いの際には、僕が彼女を現場に連れていくから」
「どうやって?」
柚彦は椅子を取り出して、彼の前に引き出し、そこに座った。
お互い、近い距離で向き合うことになった。
「“転移”して連れて行く」
「バレてもいいんですか?」
あの後、秋元はいろいろと考えた。
身バレしたくないという林原麗子のことを、アメリカ側と日本側の上層部にその旨を報告したとして、実際、彼らが麗子の身分を隠すことを約束し、そうなるよう図ってくれるだろうか。
重要人物である“聖女”の身の安全を確保するため、きっと厳重な警護がつけられることになる。
その時点で、身バレしたくないという麗子の言葉は、彼女の我儘とみなされる。
世界の平和を守るためには、麗子の身バレなど些細な問題なのだ。
たとえ後から、神への願いで、聖女が麗子である旨の記憶を全人類の記憶の中から消したとしても、それまでの間、彼女の周辺は騒動に巻き込まれる。
きっと、彼女はそれに耐えられない。
だから、林原麗子が魔王討伐で手伝う時間は、できるだけ最低限にすべきだった。
戦闘時に連れて来て、戦闘後には速やかに“転移”して戻す。
顔も何かで覆い隠しておけば、ある程度秘密を守りきることが出来る。
「仕方ないよ。“聖女”ちゃんは、一般国民で、自衛隊員でも警察官でもない、普通の女の子だ。彼女には自分の生活を守る権利がある。僕も彼女を守りたい。だから、君にも協力して欲しい」
「……わかりました。でも、“聖女”はそれでいいかも知れませんが、“転移”を貴方がダンジョン外でも使えることが明らかになれば、今度は貴方が追われる立場になりますよ」
「僕は“転移”があるから大丈夫だよ」
そう。
彼はそれで逃げ切るつもりなのだろう。
だが、万能に見える“転移”にも弱点があることを、柚彦は知っていた。
「じゃあ、僕、今度はダン開にも報告しないといけないんで、またね」
そう言って、彼は椅子から立ち上がり“転移”して一瞬でその姿を消え失せさせた。
柚彦の前では、現時点から“転移”の能力を隠す気はないのだろう。
おそらく、彼がよく知るダンジョン開発推進機構の東京事務局長にでも話をしに行くのだろう。
そうして、彼は“聖女”のために根回しをしていく。
相変わらず、優しい人なのだ。
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