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第三章 現世ダンジョン編 ~もう一人の勇者~

第二十一話 勇者二人(下)

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 秋元達が四十階層のいわゆる階層ボスモンスターのいる扉の前に来た時、そこはすでに固く閉ざされていて、内部で戦っている気配があった。
 自衛隊の討伐専門チームと、ダンジョン開発推進機構のSランクスタッフ達が中で戦っているのだろう。
 その扉の外には、補給物質を運ぶ自衛隊員や、開発推進機構の調査スタッフ達が慌ただしく動き回っていた。
 
 顔見知りらしい調査スタッフが秋元に、驚いたように声をかけていた。

「秋元さんも来たんですか?」

 転移魔法の行使が見られないように、秋元と光は手前の階層の、監視カメラの死角に降り立っていた。そこから二人で四十階層まで降りて来た。
 問いかけに秋元はうなずく。

「うん。どう? 中の調子は」

「四十階層主ですので、時間は少しかかりますが倒せると思います」

 ダンジョンが拡張した時の、既存の階層主は同じ階層主が複数現れるということがわかってきた。
 そのため、攻略法も確立している。複数の階層主がいるため時間がかかるだけだ。

 彼の言葉通り、一時間もかからずに大扉が開いた。
 「やった」「でかした」と歓声が上がる。
 中にいる隊員やスタッフ達に怪我もない様子だ。

 秋元は、階層主を倒したメンバー達の中に、自衛隊討伐専門チームの隊長柳良太と、この四月に正式に加入したという佐久間柚彦の姿を見つけて手を振った。
 二人は秋元を見つけて驚いている。
 そして柚彦はすぐに駆け出して、秋元のそばに近寄った。

「秋元さん」

 どうしてここにという、問いかけの表情に秋元は微笑みながら言った。

「今回のこのダンジョンの六十階層攻略まで付き合うつもりなんだ」

「そうなんですか!!」

 その途端、柚彦は破顔した。
 彼は拡張した岩手ダンジョンが踏破された後、秋元が姿を消したことをずっと心配していた。
 その彼に再び会えたのだ。尻尾があれば、ぶんぶんと振っているようなその嬉しそうな様子に、秋元は笑っている。

 そして柚彦は気が付いた。
 秋元のそばに一人佇んでいる少年の存在に。


「……彼は?」

 ダンジョン推進機構のスタッフの制服を着ているため、秋元の同僚なのだろう。それにしては若い。
 柚彦も十八歳という若さであったが、この目の前の少年はもっと若いように見えた。

 少年はその黒い目で柚彦を驚いたように見ていた。
 それから慌ててこう言った。

「光です。どうぞよろしくお願いします!!」

「光君と言うんだ。一応、ダン開の東京事務局長の中林さんの息子さんということになっている。彼も特殊な称号持ちだから連れてきたんだ」

 特殊な称号持ちと聞いて、柚彦は顔を上げる。
 秋元は唇に指を当て、内緒だよと言いながら告げた。

「彼も、君と同じ“勇者”称号持ちだよ」





 その言葉に、柚彦は目を見開いた。
 口も開けて驚いている。

「……え」

「自衛隊の人にも話しちゃだめだよ。わかったね柚彦君」

 柚彦はこくりとうなずいた。

「わかりました」

「六十階層に行くまでには、まだ何日もかかかるだろうから、その間、君達二人、仲良くなって欲しい。年も近いからね。光君、この子は佐久間柚彦君と言うんだ。自衛隊のダンジョンのボスモンスター討伐専門チームに在籍している。君より二つ年上の十八歳だ」

 紹介されて、光は頭を下げた。

「よろしくお願いします。先輩と呼んだ方がいいのかな?」

 その問いかけに、秋元は吹き出した。

「いいよ。柚彦君でいいかな?」

「わかった。俺のことは光と呼び捨てでいいから」

 彼はにっこりと笑った。
 無邪気なその笑みを見た佐久間柚彦の心の中には、複雑な感情があった。

 勇者?
 もう一人、この世界には勇者がいるの?

 黒々とした思いが一瞬で心の中に広がっていく。

 勇者だから秋元に救われ、佐久間に養子にされ、自衛隊で働き……ようやく居場所を見つけた自分。
 モンスターを倒せば倒すほど、皆が褒めてくれる。
 勇者である自分が必要とされる。
 
 勇者でなければ、必要とされなかった自分。
 勇者でなければ、あのヒドイ親の手元に置かれ、今も酒瓶で殴られて、苦しんで生活していたかも知れない。
 いや、きっとそうだ。
 
(僕は勇者だから、必要とされていたんだ)

 でも、もう一人、別の勇者が現れたのなら、どうなのだろう。
 彼が、僕の必要とされる……勇者たる場所をとってしまうのだろうか。





 秋元がふいに手を伸ばし、柚彦の髪をくしゃりと撫でた。
 秋元は柚彦の目をじっと覗き込んでこう言う。

「ああ、君にはちゃんと言っておいた方がいいね。柚彦君。彼は

 その秋元の言葉に、光は慌てていた。
 そんなことまで柚彦に伝えてしまうとは思っていなかったのだ。

 だが、秋元は続けた。

「この世界の勇者は君一人だ。わかったね。彼は違う世界で暮らしている。君よりも若いが、先輩勇者だ。今回君の前に連れてきたのは、彼の戦いぶりを見て欲しいからだ」

 その言葉が理解できるまで時間がかかった。

(この世界の勇者ではない?)
(で暮らしている?)



 それが一体どういうことなのか、その時は理解しづらかった。

「わかったね。だから、そんな不安そうな顔をするんじゃない。柚彦君」

「…………わかりました」

 光が、自分の場所をとる存在ではないと秋元は告げているのだ。
 だが、柚彦は光を羨ましいと思う気持ちもその心の内に浮かんでいた。

 開発推進機構の制服を着て、秋元のそばにいる光。
 彼のそばにいられる光が羨ましかった。
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