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第三章 現世ダンジョン編 ~もう一人の勇者~

第九話 四十一階層の出現

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 さすがにこの事態に、一行のリーダーとして率いてきた板橋自衛隊員も呆然と目を見開いていた。
 ボスモンスターを倒した結果、閉じられていた入口の大扉が開き、扉の外に残っていた開発推進機構のスタッフと合流する。

 ボス討伐を祝うどころか、今や一行には奇妙に張り詰めた空気が漂っていた。

「地上部隊に、現状の報告と、今後の進行についての判断を仰ぎます。しばらくこの部屋に待機をお願いします」

 了承の声が上がる中、秋元は板橋自衛隊員の袖を引いて、隅に連れていっていた。
 しばらくの間、彼は、板橋に話をしている。
 秋元の話が終わると、板橋は少し顔を青ざめさせて、通信機を持っている自衛官に連絡を繋ぐように命じていた。

 それを見て、瓜生は秋元の袖を引いた。

「秋元、何、板橋さんに言っていたんだよ」

「いえ、一応教えておいた方がいいと思うことです」

「何だよ。開発部スタッフにも報告しろよ」

「ええ。このダンジョンは“拡張”したので、撤退といわず、四十一階層以下を今後も探索を継続した方がいいとお話ししました」

「……“拡張”?」

「そうですよ、“拡張”です。ダンジョンのバージョンアップですね。大丈夫、このメンバーなら更に下の階層へ行っても大丈夫でしょう。僕が保障しますよ」

 秋元は微笑みながらそう言った。

 瓜生は新しく出現した大扉の方へと走っていき、それが地下に続く階段になっていることに声をあげた。

「四十一階層だって? おい、どうしてそんなことわかったんだ」

「ゲームでもそうでしょう。ボスモンスターを倒したら、新しい部屋の扉が開くものじゃないですか」

「………」

 新しい事態が発生しても、平然としている秋元が憎たらしかった。まるで彼は、こうした事態になることを最初から知っていたかのようにも見える。
 
「……秋元は、なんか怪しい」

「秋元さんは、いい人ですよ」

 それに、あの若手自衛隊員が庇うように声を上げた。
 佐久間柚彦だった。

「怪しく見えても、本当はいい人なんですから。責めないでください」

 怪しく見えても本当はいい人……

 それは庇われているのかよくわからなかったが、毒気を抜かれたように瓜生は口を閉じた。

「そうそう、僕は本当はとてもいい人なんです。だから、大切に守ってくださいね」

 それでも、秋元がムカついた。

 
   *


 しばらくボス部屋の中で休憩をとることになり、糧食を運んでいた自衛官が飲み物を配り始めた。

 地面にしゃがみこみ、飲み物を飲んでいると、柚彦が秋元のそばに近づいて、隣に座った。

「開発推進機構で、秋元さんはうまくいっていないんですか?」

 そう言われた秋元は、思わず飲み物を吹き出しそうになった。

「いやいや、あんなの、よくあることですよ。じゃれあっているようなもんなんで、深刻に捉えないでください」

「それなら良かったですけれど、もし大変なら……自衛隊に入隊するのもいいと思いますよ」

 それに秋元は苦笑して「そうですね。追い出されたら考えます」と答えていた。






 地上部隊から、四十一階層以下への探索を続けるように命ぜられた。
 だが、ダンジョン開発推進機構開発部スタッフメンバーに対しては、「引き返したいものは引き返しても良い」という一言が付け加えられていた。
 それに引き返したいという意見を述べる者は一人としていなかった。
 そもそも開発部はダンジョンの探索を主として行う者が集う部であり、ダンジョンの拡張というかつてない状況を見逃すわけにはいかなかったのである。
 スタッフはもちろんのこと、同行している自衛隊員達が、ダンジョンの探索慣れした選りすぐりの精鋭という心強さも理由にあった。
 このメンバーならば、かなり深くまで潜れるのではないかと皆、不安はあれど感じていたのだ。
 
 ここで問題になったのが、携帯糧食であった。
 糧食を運ぶ自衛隊員によると、あと五日間分しかないという。
 ただ、ダンジョン開発推進機構のスタッフも、自身の糧食を四日分ほど持参してきていた。

 更に地上の自衛隊部隊が、補給の糧食を持って四十階層まで駆け下りて来るという話になっている。
 これにより、ダンジョン内で飢えて死ぬということはないだろう。そこで一行は四十一階層以下へ足を進めることになった。


 
 四十一階層以下への探索は、想像していたよりも大変ではなかった。
 モンスターは新種の雪蜘蛛、雪豹などが出現し、個体も大型化していたが、弱点をすぐに秋元が指摘してくれたため、討伐は容易なほどであった。
 その日は夕方までに五十階層まで降りることができた。
 
 五十階層より下に、更に階層が続いていることに不安はあった。
 けれど、五十階層にワープポイントが見つかったことが、吉報と言える。

 秋元は、相変わらず戦いに参加することはない。けれど、そのために誰よりも敵を“観察”できるのか、彼がたびたびモンスターの弱点を指摘してくれることは大いに助かっていた。
 その“観察眼”は認めても良いものだと、一行は彼を見直す思いで見るようになっていた。

 皆が秋元を見直してくれたことが、柚彦は嬉しいようだった。

「秋元さんは本当は凄いんですよね」

 そう柚彦が無邪気に言うと、秋元は食事を配ってくれる自衛隊員からスープを受け取りながら、言った。

「君は少しは僕を疑うようにした方がいいよ。僕みたいな悪い大人にだまされてしまうから」

「秋元さんなら、僕はだまされてもいいですよ」

「…………」

 秋元はその柚彦の言葉に、小さくため息をついた。
 ぽりぽりと頭を掻いている。

 時々、柚彦の言葉が重い。
 慕ってくれるのはいいのだが、無条件に慕うことは、いいこととは思えない。
 柚彦は非常に利用価値が高い。なにせ、現世で現れた勇者であるからだ。
 異世界で一緒に旅していた、もう一人の勇者である光が、ゼノンとの“蜜月”に入り、復帰の目途が立たない中では、柚彦をはじめとした優秀なスタッフや自衛隊員達と、ダンジョンの“拡張”を乗り越えていくしかない。

 神の望みは、全てのダンジョンのアップデートが順調に終わることだった。
 アップデートがきちんと終了できるなら、人的被害の大小について、神はそれほど気にしていないようだった。
 秋元が面倒くさいなら、放置をしていてもいいという話もあったのだ。

 ただ、それでは夢見が悪くなるだろう。
 できる範囲でうまく回していくしかない。

(本当なら、光君達に全て任せて、僕は異世界でのんびりしたかったんだけどなぁ)

 まさかゼノン君が、光君を落としてしまうなんて思ってもみなかった。
 おかげで計画が狂いまくりだった。

 勇者の称号を持ちながら、異世界へ留まり続け、秋元の言葉に素直に従う光の存在に、秋元は言葉には出さないが、非常に助かっていた。
 だが、ゼノンとの仲が進展したために、今後はうまくいかなくなりそうだ。

 竜族は番絶対主義であり、番を囲い込む習性がある。
 巣から一歩も出ることが許されない番もいるという話だ。
 ゼノン君がそうなる可能性は……

(結構あるかも知れない。今まで我慢していた分、反動ありそうだしな。ああ、貴重な“勇者”なのに)

 光は自分の知る勇者の中でも、とても優秀であった。
 無類のゲーム好きということから来ているかも知れないが、判断が早いし、行動も早い。割り切りも早いのだ。
 倒すと決めたならば、遠慮も躊躇もなく、さっさと倒しに行く。

 その前の勇者のすずは、勇者向きの性格ではなかった。
 もちろん、二回の魔王征伐を為したということで、十分な能力はあったと思う。
 でも、戦わないで済むなら、戦いたくないという後ろ向きの様子も見られた。

 それに対して光君は、頭脳明晰とは言えないが(よく、判断を聖女やゼノン、秋元に仰いでいた)、やると決めた時の行動力はあった。
 彼とゼノン君の組み合わせのコンビは、とても良かったのに。

 それがくっついたせいで……

 秋元ははぁとため息をついた。
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