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第三章 現世ダンジョン編 ~もう一人の勇者~
第五話 異変(上)
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聞きたいことはたくさんあった。
でも、その場で僕が秋元さんにそれを尋ねることはできず、ただ呆然とした様子で一行の後をついていくしかなかった。
岩手県内にあるこの自衛隊専用のダンジョンは、地下四十階層まである“中規模ダンジョン”であった。
四十階層までの湧き場所はすべて把握され、その湧き場所前にはダンジョン開発推進機構と同じく、監視カメラが設置され、二十四時間監視されている。
そして自衛隊員が配置され、ドロップするモンスター達を討伐している。
今回、開発推進機構側から見学の申し出があり、情報本部がそれを受けた形になっている。
ダンジョン全域のマップを手にして、説明する自衛隊員の話を聞きながら、僕は横目で秋元さんの様子を窺った。
彼は、一緒にいるSランクスタッフの若者と気軽に話していた。
親し気な様子だ。
秋元さんは、開発推進機構の人だったのか。
今まで、彼からそのことを聞いたことはなかった。でも、考えてみれば、最初、彼は僕を開発推進機構に入れようとしていたのだ。
僕が未成年ということで、どう取り込んでいけばいいか迷っている内に、自衛隊情報本部に取り上げられたのだ。
開発推進機構にいっていたら、秋元さんと一緒に働けたのか。
それを思うと、非常に残念な思いがする。
もしかしたら、今、秋元さんのそばに立つスタッフの位置にいたのは、僕だったかも知れないのに。
今となっては、そんなことを考えてもどうしようもないことだった。
だから僕は黙り込んでいた。
沈み込んでいるその様子に、養父の佐久間晃が「しっかりしなさい」と声をかけてきた。
それで僕は、背筋を伸ばして皆の後をついていった。
開発推進機構のスタッフ達は、最下層の四十階層まで行きたいという話だった。
最下層まで潜るとなると、一日で済む話ではなく、泊りで行くことになる。
ここに来て、情報本部の中でも探索任務を専門にしていない養父の佐久間晃や皆本瑠璃は外れることになった。
同行する者は、探索者資格を持つBランク以上の者になる。やはり深さがある分だけ、危険なモンスターも出没するためだ。
養父は僕の目を見て、「気を付けていくように」と告げた。
岩手ダンジョンを統括する探索専門の自衛隊員が先頭に立って案内し始めた。
現れるモンスターなどは同行の隊員達が問題なくさばいていた。
「ここ岩手のダンジョンは雪国にあるという特色から、長毛の獣系のモンスターが多いです。狼や熊といったものをよく見かけます。先ほど出てきたモンスターもそうですね。毛皮が取れるため、できるだけ急所を突いて倒すようにしています。なかなかいい収入になるのですよ」
おどけたように言う案内の自衛隊員に、一行は声をあげて笑っている。どこか和やかな雰囲気だった。
「今回二回ワープポイントを過ぎたところで一泊する予定です。キャンプを張る予定地にはすでに宿泊準備が進んでいますからご安心ください。岩手名物をふるまいたいところですが、ちょっと厳しいので、次回ダンジョン近くの店にご案内させていただきます」
すでに四年間このダンジョンを管理している自信から、同行している自衛隊員達は余裕の表情を見せていた。
ダンジョン開発推進機構側のスタッフは、自衛隊管理ダンジョンの様子を興味津々といった様子で眺め、戦闘に加わることは一切なかった。
彼らはゲストであったから、当たり前だった。
*
ダンジョン開発推進機構ダンジョン開発部開発スタッフの瓜生武は、スタッフの中でも最上位にあるSランクスタッフであった。
瓜生武は、一人で中規模ダンジョンの階層主を撃破できる腕前の持ち主であった。
Sランクスタッフはすべて、それができる能力が要求されていた。
現在、ダンジョン開発推進機構内には九人のSランクスタッフがいる。
そのうち二人が瓜生と秋元であったが、瓜生はつい先日まで秋元の存在を知らなかった。
九人いるといわれているSランクスタッフであったが、うち一人は常にダンジョン開発推進機構の開発部にいることはなかった。
ただ、名前だけが置かれていた。
Sランクスタッフ内でも「幻のスタッフ」「幽霊スタッフ」と呼ばれ、珍獣扱いされていた秋元である。
それが初めて、社内に現れた時にはどよめきすら起きた。
いい意味でのどよめきと、悪い意味でのどよめきである。
(え……こんな普通の男が?)
目の前にいたのは、三十代前半の眼鏡をかけた男である。ひょろりとしている。
とても中規模ダンジョンの階層主を単独撃破できる実力の持ち主には見えない。
だが、彼を紹介するためにわざわざ現れた東京事務局長中林ツグムは、しっかりとした口調で「Sランクスタッフの秋元さんだ。よろしく頼む」と言ったのだ。
疑惑の目で見る者も多かった。しかし、ただの一般人がこの仕事に就くことは、即“死”に結び付くほど危険なものである。
もし技量が足りなくて、Sランクスタッフにふさわしくないとなれば、自分の命でその代償を支払うことになる。
秋元は、スタッフ達の疑惑の目をなんとも思っていない様子だった。その神経の図太さが、瓜生は気に入って、何かと声をかけるようになっていた。
だから、秋元が東北にある岩手県内の自衛隊管理ダンジョンに行くことになった時、同行者として瓜生は率先して手を挙げた。
もしかしたら、秋元の実力がこの岩手県のダンジョンで明らかになるかもしれないと、密かな期待を持っていた。
一行は夕方すぎにはキャンプ予定地に到着した。
すでに宿泊する準備が出来ており、大型のテントが張られている。
テントは三つ張られており、一つがまるまるダンジョン開発推進機構のスタッフ用になっていた。
見張りなどは自衛隊がすべて引き受けてくれるということで、お客様気分で気が楽であった。
食事の用意までしてくれるのである。至れり尽くせりだった。
瓜生が食事の用意をてきぱきとしている自衛隊員達を眺めていると、少し離れていたところに座っていた秋元のそばへ近づいていく自衛隊の若者の姿に気が付いた。
知り合いなのか、秋元も顔を綻ばせて対応している。
(へー……秋元さん、顔が広いのかね。岩手ダンジョンの自衛隊員にも知り合いがいるなんて)
そんな思いで彼らを眺めていた。
その時、彼らはこんな会話を交わしていた。
「秋元さん、先日お会いしたばかりですが、またお会いしましたね」
おずおずといった様子で、佐久間柚彦が現れると、秋元は笑いかけた。
「そうだね。ついこの間会ったばかりなのにまた会ったね」
「秋元さんは、ダンジョン開発推進機構のスタッフだったんですね。僕、知りませんでした」
秋元はぽりぽりと頭を掻いていた。
「まぁ、席だけ置かせてもらっている感じかな。あまり働いていないんだけどね」
「……そうなんですか」
「そうそう、僕、別に本職があるので、腰かけというか、臨時というかそんな取り扱いに近いかな」
Sランクスタッフなのに、そんなことがあり得るんだろうか。
思わず柚彦は疑惑の目で彼を見つめていた。
「でも、君に会えてよかったよ。自衛隊さんにも君が参加できるようにお願いしていたんだよね」
そう秋元が言う。
柚彦はそれに「どうしてですか」と問うと、あっさりと秋元はこう言った。
「できるだけ経験値貯めて欲しいと思ったからね。僕がいる時に、一緒に戦ってみたかったし」
「……」
その言いぶりだと、これからダンジョン内で戦闘が発生するかのような印象を受けた。
ダンジョン慣れしている自衛隊員達にエスコートされている一行が、直接戦うような状況になるとは思えない。
そんな疑問の表情を見せた柚彦の頭を、秋元は昔のように優しく撫でた。
「大丈夫だよ。君は僕が守ってあげるから」
「いえ」
それには柚彦はきっぱりと、秋元の目を見つめて言った。
「僕が秋元さんを守ります」
でも、その場で僕が秋元さんにそれを尋ねることはできず、ただ呆然とした様子で一行の後をついていくしかなかった。
岩手県内にあるこの自衛隊専用のダンジョンは、地下四十階層まである“中規模ダンジョン”であった。
四十階層までの湧き場所はすべて把握され、その湧き場所前にはダンジョン開発推進機構と同じく、監視カメラが設置され、二十四時間監視されている。
そして自衛隊員が配置され、ドロップするモンスター達を討伐している。
今回、開発推進機構側から見学の申し出があり、情報本部がそれを受けた形になっている。
ダンジョン全域のマップを手にして、説明する自衛隊員の話を聞きながら、僕は横目で秋元さんの様子を窺った。
彼は、一緒にいるSランクスタッフの若者と気軽に話していた。
親し気な様子だ。
秋元さんは、開発推進機構の人だったのか。
今まで、彼からそのことを聞いたことはなかった。でも、考えてみれば、最初、彼は僕を開発推進機構に入れようとしていたのだ。
僕が未成年ということで、どう取り込んでいけばいいか迷っている内に、自衛隊情報本部に取り上げられたのだ。
開発推進機構にいっていたら、秋元さんと一緒に働けたのか。
それを思うと、非常に残念な思いがする。
もしかしたら、今、秋元さんのそばに立つスタッフの位置にいたのは、僕だったかも知れないのに。
今となっては、そんなことを考えてもどうしようもないことだった。
だから僕は黙り込んでいた。
沈み込んでいるその様子に、養父の佐久間晃が「しっかりしなさい」と声をかけてきた。
それで僕は、背筋を伸ばして皆の後をついていった。
開発推進機構のスタッフ達は、最下層の四十階層まで行きたいという話だった。
最下層まで潜るとなると、一日で済む話ではなく、泊りで行くことになる。
ここに来て、情報本部の中でも探索任務を専門にしていない養父の佐久間晃や皆本瑠璃は外れることになった。
同行する者は、探索者資格を持つBランク以上の者になる。やはり深さがある分だけ、危険なモンスターも出没するためだ。
養父は僕の目を見て、「気を付けていくように」と告げた。
岩手ダンジョンを統括する探索専門の自衛隊員が先頭に立って案内し始めた。
現れるモンスターなどは同行の隊員達が問題なくさばいていた。
「ここ岩手のダンジョンは雪国にあるという特色から、長毛の獣系のモンスターが多いです。狼や熊といったものをよく見かけます。先ほど出てきたモンスターもそうですね。毛皮が取れるため、できるだけ急所を突いて倒すようにしています。なかなかいい収入になるのですよ」
おどけたように言う案内の自衛隊員に、一行は声をあげて笑っている。どこか和やかな雰囲気だった。
「今回二回ワープポイントを過ぎたところで一泊する予定です。キャンプを張る予定地にはすでに宿泊準備が進んでいますからご安心ください。岩手名物をふるまいたいところですが、ちょっと厳しいので、次回ダンジョン近くの店にご案内させていただきます」
すでに四年間このダンジョンを管理している自信から、同行している自衛隊員達は余裕の表情を見せていた。
ダンジョン開発推進機構側のスタッフは、自衛隊管理ダンジョンの様子を興味津々といった様子で眺め、戦闘に加わることは一切なかった。
彼らはゲストであったから、当たり前だった。
*
ダンジョン開発推進機構ダンジョン開発部開発スタッフの瓜生武は、スタッフの中でも最上位にあるSランクスタッフであった。
瓜生武は、一人で中規模ダンジョンの階層主を撃破できる腕前の持ち主であった。
Sランクスタッフはすべて、それができる能力が要求されていた。
現在、ダンジョン開発推進機構内には九人のSランクスタッフがいる。
そのうち二人が瓜生と秋元であったが、瓜生はつい先日まで秋元の存在を知らなかった。
九人いるといわれているSランクスタッフであったが、うち一人は常にダンジョン開発推進機構の開発部にいることはなかった。
ただ、名前だけが置かれていた。
Sランクスタッフ内でも「幻のスタッフ」「幽霊スタッフ」と呼ばれ、珍獣扱いされていた秋元である。
それが初めて、社内に現れた時にはどよめきすら起きた。
いい意味でのどよめきと、悪い意味でのどよめきである。
(え……こんな普通の男が?)
目の前にいたのは、三十代前半の眼鏡をかけた男である。ひょろりとしている。
とても中規模ダンジョンの階層主を単独撃破できる実力の持ち主には見えない。
だが、彼を紹介するためにわざわざ現れた東京事務局長中林ツグムは、しっかりとした口調で「Sランクスタッフの秋元さんだ。よろしく頼む」と言ったのだ。
疑惑の目で見る者も多かった。しかし、ただの一般人がこの仕事に就くことは、即“死”に結び付くほど危険なものである。
もし技量が足りなくて、Sランクスタッフにふさわしくないとなれば、自分の命でその代償を支払うことになる。
秋元は、スタッフ達の疑惑の目をなんとも思っていない様子だった。その神経の図太さが、瓜生は気に入って、何かと声をかけるようになっていた。
だから、秋元が東北にある岩手県内の自衛隊管理ダンジョンに行くことになった時、同行者として瓜生は率先して手を挙げた。
もしかしたら、秋元の実力がこの岩手県のダンジョンで明らかになるかもしれないと、密かな期待を持っていた。
一行は夕方すぎにはキャンプ予定地に到着した。
すでに宿泊する準備が出来ており、大型のテントが張られている。
テントは三つ張られており、一つがまるまるダンジョン開発推進機構のスタッフ用になっていた。
見張りなどは自衛隊がすべて引き受けてくれるということで、お客様気分で気が楽であった。
食事の用意までしてくれるのである。至れり尽くせりだった。
瓜生が食事の用意をてきぱきとしている自衛隊員達を眺めていると、少し離れていたところに座っていた秋元のそばへ近づいていく自衛隊の若者の姿に気が付いた。
知り合いなのか、秋元も顔を綻ばせて対応している。
(へー……秋元さん、顔が広いのかね。岩手ダンジョンの自衛隊員にも知り合いがいるなんて)
そんな思いで彼らを眺めていた。
その時、彼らはこんな会話を交わしていた。
「秋元さん、先日お会いしたばかりですが、またお会いしましたね」
おずおずといった様子で、佐久間柚彦が現れると、秋元は笑いかけた。
「そうだね。ついこの間会ったばかりなのにまた会ったね」
「秋元さんは、ダンジョン開発推進機構のスタッフだったんですね。僕、知りませんでした」
秋元はぽりぽりと頭を掻いていた。
「まぁ、席だけ置かせてもらっている感じかな。あまり働いていないんだけどね」
「……そうなんですか」
「そうそう、僕、別に本職があるので、腰かけというか、臨時というかそんな取り扱いに近いかな」
Sランクスタッフなのに、そんなことがあり得るんだろうか。
思わず柚彦は疑惑の目で彼を見つめていた。
「でも、君に会えてよかったよ。自衛隊さんにも君が参加できるようにお願いしていたんだよね」
そう秋元が言う。
柚彦はそれに「どうしてですか」と問うと、あっさりと秋元はこう言った。
「できるだけ経験値貯めて欲しいと思ったからね。僕がいる時に、一緒に戦ってみたかったし」
「……」
その言いぶりだと、これからダンジョン内で戦闘が発生するかのような印象を受けた。
ダンジョン慣れしている自衛隊員達にエスコートされている一行が、直接戦うような状況になるとは思えない。
そんな疑問の表情を見せた柚彦の頭を、秋元は昔のように優しく撫でた。
「大丈夫だよ。君は僕が守ってあげるから」
「いえ」
それには柚彦はきっぱりと、秋元の目を見つめて言った。
「僕が秋元さんを守ります」
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