8 / 12
第二章 恋に落ちては一途な騎士の物語
第二話 為すべきであった駆け落ち
しおりを挟む
騎士アルセーヌは、駆け落ち計画を立てた。
逃げると決めたのなら、完璧に逃げ切らなければならない。
自国で姫様を連れ去ると、すぐに追手をかけられる可能性が高い。
隣国に入るところまで我慢し、隣国の山合いを過ぎる時に、連れ去り、山を抜けてさらに別の国まで逃げることがいいだろう。
それにはバーンズワースも賛成した。
アルセーヌは、休暇をとった。
騎士を辞める旨の書類を提出すると、姫様大好きなお前が連れ去ったとすぐにわかってしまう。だから、とりあえず休暇の申請で済ませておけと、バーンズワースが言った。
その助言に従い、アルセーヌは休暇申請を済ませると、すぐに旅立ったユーフェリア姫一行を追った。
彼の胸元には、別れ際に姫様から渡された、美しい刺繍の施されたハンカチがあった。
姫様が丁寧に一針一針入れて縫って下さったハンカチだった。これも家宝にしなければならないと考えていた。
別れ際、彼女は涙で青い目を潤ませて、アルセーヌを見つめていた。
これが今生の別れになるであろうことを、姫様も理解していたのだ。
馬を早く走らせ、裏道を進むアルセーヌの追跡の旅は順調だった。
すでに隣国の国境を越えている。明日には山間を進む姫様達を見つけることもできるはずだった。
バーンズワースから受け取った旅程表には、宿泊場所の情報まで記載されていた。
森での野営の後、空を見上げると灰色の雲が幾つも重なり、遠くで白く雷光が光っている。
ゴロゴロゴロと雷の音が聞こえる。
どうやら、嵐になりそうだった。
激しく雨が降り始めたのは、半刻も経たないうちだった。
アルセーヌは馬を走らせた。
嫌な予感がした。
彼は叩きつけるような雨の中、馬を走らせた。
飛沫が白く上がるほど雨は強く、地面もぬかるんできている。
姫様の宿泊する宿までは、これより半日ほどの距離にある。
胸騒ぎがする。とにかく急がなければならない。
そしてようやくユーフェリア姫が泊まるという宿に到着した時、その宿は無残にも大雨による河の氾濫に巻き込まれ、水没していた。
宿の三階部分まで水が上がってきたという話で、今も宿に宿泊していた者達は濁流に巻き込まれてその行方が知れないという。
突然の大雨により、河沿いの山が崩れ、土砂が河に流れ込んだ。その結果、行き場を無くした上流からの水の流入もあって、大河が一気に氾濫したという。
氾濫しやすい場所であったが、今回の氾濫は規模が違うという。
幸いなことにユーフェリア姫は氾濫の後、一時間ほど経ってから、水の中から救い出された。
冷たい水に一時間さらされたことは、病弱な姫にとって、それは致命的な結果を招いていた。
騎士アルセーヌが何故ここにいるのか、ユーフェリア姫の輿入れに付き従った女官達は問い詰めることはなかった。
ただ、もはや虫の息の姫は、彼女を慕う騎士を一目見て、微笑んだ。
「ありがとう……アルセーヌ、来てくれたのね」
望めば、どんな時でも彼はそばにいてくれた。
義母達にいじめられた時も、彼は小さかった私を抱きしめてくれた。
泣いている私にハンカチを差し出して、いつも、私を守ると言ってくれた。
彼は、私の騎士だった。
どこか満足そうに微笑んだ、色を無くした唇と、その白い面を見た時、アルセーヌは呆然と立ち尽くした。
彼女の魂が、すでにその身から離れたことは明らかだった。
お付きの女官達は、悲鳴のような声を上げて、遺体にとりすがって泣いている。
まさか、まさかという思いだった。
どうしてもっと早く、追われることになろうとも、彼女を連れて逃げなかったのだと、アルセーヌは自分を責めたのだった。
それからどうやって、国許まで戻ってきたのか記憶にない。
バーンズワースは、戻ってきたアルセーヌに何も言わず、呆然自失となったアルセーヌの世話を続けた。
そしてようやく、アルセーヌが落ち着いてきた時、アルセーヌが思ったのは、“復讐”という二文字だけであった。
逃げると決めたのなら、完璧に逃げ切らなければならない。
自国で姫様を連れ去ると、すぐに追手をかけられる可能性が高い。
隣国に入るところまで我慢し、隣国の山合いを過ぎる時に、連れ去り、山を抜けてさらに別の国まで逃げることがいいだろう。
それにはバーンズワースも賛成した。
アルセーヌは、休暇をとった。
騎士を辞める旨の書類を提出すると、姫様大好きなお前が連れ去ったとすぐにわかってしまう。だから、とりあえず休暇の申請で済ませておけと、バーンズワースが言った。
その助言に従い、アルセーヌは休暇申請を済ませると、すぐに旅立ったユーフェリア姫一行を追った。
彼の胸元には、別れ際に姫様から渡された、美しい刺繍の施されたハンカチがあった。
姫様が丁寧に一針一針入れて縫って下さったハンカチだった。これも家宝にしなければならないと考えていた。
別れ際、彼女は涙で青い目を潤ませて、アルセーヌを見つめていた。
これが今生の別れになるであろうことを、姫様も理解していたのだ。
馬を早く走らせ、裏道を進むアルセーヌの追跡の旅は順調だった。
すでに隣国の国境を越えている。明日には山間を進む姫様達を見つけることもできるはずだった。
バーンズワースから受け取った旅程表には、宿泊場所の情報まで記載されていた。
森での野営の後、空を見上げると灰色の雲が幾つも重なり、遠くで白く雷光が光っている。
ゴロゴロゴロと雷の音が聞こえる。
どうやら、嵐になりそうだった。
激しく雨が降り始めたのは、半刻も経たないうちだった。
アルセーヌは馬を走らせた。
嫌な予感がした。
彼は叩きつけるような雨の中、馬を走らせた。
飛沫が白く上がるほど雨は強く、地面もぬかるんできている。
姫様の宿泊する宿までは、これより半日ほどの距離にある。
胸騒ぎがする。とにかく急がなければならない。
そしてようやくユーフェリア姫が泊まるという宿に到着した時、その宿は無残にも大雨による河の氾濫に巻き込まれ、水没していた。
宿の三階部分まで水が上がってきたという話で、今も宿に宿泊していた者達は濁流に巻き込まれてその行方が知れないという。
突然の大雨により、河沿いの山が崩れ、土砂が河に流れ込んだ。その結果、行き場を無くした上流からの水の流入もあって、大河が一気に氾濫したという。
氾濫しやすい場所であったが、今回の氾濫は規模が違うという。
幸いなことにユーフェリア姫は氾濫の後、一時間ほど経ってから、水の中から救い出された。
冷たい水に一時間さらされたことは、病弱な姫にとって、それは致命的な結果を招いていた。
騎士アルセーヌが何故ここにいるのか、ユーフェリア姫の輿入れに付き従った女官達は問い詰めることはなかった。
ただ、もはや虫の息の姫は、彼女を慕う騎士を一目見て、微笑んだ。
「ありがとう……アルセーヌ、来てくれたのね」
望めば、どんな時でも彼はそばにいてくれた。
義母達にいじめられた時も、彼は小さかった私を抱きしめてくれた。
泣いている私にハンカチを差し出して、いつも、私を守ると言ってくれた。
彼は、私の騎士だった。
どこか満足そうに微笑んだ、色を無くした唇と、その白い面を見た時、アルセーヌは呆然と立ち尽くした。
彼女の魂が、すでにその身から離れたことは明らかだった。
お付きの女官達は、悲鳴のような声を上げて、遺体にとりすがって泣いている。
まさか、まさかという思いだった。
どうしてもっと早く、追われることになろうとも、彼女を連れて逃げなかったのだと、アルセーヌは自分を責めたのだった。
それからどうやって、国許まで戻ってきたのか記憶にない。
バーンズワースは、戻ってきたアルセーヌに何も言わず、呆然自失となったアルセーヌの世話を続けた。
そしてようやく、アルセーヌが落ち着いてきた時、アルセーヌが思ったのは、“復讐”という二文字だけであった。
1
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
籠の鳥
桜 あぴ子(旧名:あぴ子)
恋愛
幼い頃、とても美しい生き物に出会った。お父様のお気に入りで、でも決して懐くことはない孤高の生き物。お父様に内緒でいつも隠れて遠いところから見つめるだけだったけど、日に日に弱っていく姿を見て、逃がしてあげることにした。
籠の鳥は逃げて晴れて自由の身。
では、今籠の中には誰がいるのだろう?
2019年1月21日に完結いたしました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
咲子さんの陽だまりの庭
秋野 木星
恋愛
30歳になる年に、結婚を諦めて自分の家を買うことにした咲子。
職場の図書館から通える田舎の田んぼの中に建つ家に住み始めました。
ガーデンニング、料理、手芸、咲子の楽しい生活が始まります。
そこに農家の男性が訪ねてきました…
※ 表紙は加純さんの作品です。
※ この作品は、カクヨム、小説家になろうからの転記更新です。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる