本めづる姫君と、永遠の騎士

曙なつき

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第二章 恋に落ちては一途な騎士の物語

第二話 為すべきであった駆け落ち

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 騎士アルセーヌは、駆け落ち計画を立てた。
 逃げると決めたのなら、完璧に逃げ切らなければならない。
 自国で姫様を連れ去ると、すぐに追手をかけられる可能性が高い。
 隣国に入るところまで我慢し、隣国の山合いを過ぎる時に、連れ去り、山を抜けてさらに別の国まで逃げることがいいだろう。
 それにはバーンズワースも賛成した。

 アルセーヌは、休暇をとった。
 騎士を辞める旨の書類を提出すると、姫様大好きなお前が連れ去ったとすぐにわかってしまう。だから、とりあえず休暇の申請で済ませておけと、バーンズワースが言った。
 その助言に従い、アルセーヌは休暇申請を済ませると、すぐに旅立ったユーフェリア姫一行を追った。
 彼の胸元には、別れ際に姫様から渡された、美しい刺繍の施されたハンカチがあった。
 姫様が丁寧に一針一針入れて縫って下さったハンカチだった。これも家宝にしなければならないと考えていた。
 別れ際、彼女は涙で青い目を潤ませて、アルセーヌを見つめていた。
 これが今生の別れになるであろうことを、姫様も理解していたのだ。



 馬を早く走らせ、裏道を進むアルセーヌの追跡の旅は順調だった。
 すでに隣国の国境を越えている。明日には山間を進む姫様達を見つけることもできるはずだった。
 バーンズワースから受け取った旅程表には、宿泊場所の情報まで記載されていた。

 森での野営の後、空を見上げると灰色の雲が幾つも重なり、遠くで白く雷光が光っている。
 ゴロゴロゴロと雷の音が聞こえる。

 どうやら、嵐になりそうだった。



 激しく雨が降り始めたのは、半刻も経たないうちだった。
 アルセーヌは馬を走らせた。
 嫌な予感がした。

 彼は叩きつけるような雨の中、馬を走らせた。
 飛沫が白く上がるほど雨は強く、地面もぬかるんできている。
 姫様の宿泊する宿までは、これより半日ほどの距離にある。

 胸騒ぎがする。とにかく急がなければならない。
 
 そしてようやくユーフェリア姫が泊まるという宿に到着した時、その宿は無残にも大雨による河の氾濫に巻き込まれ、水没していた。
 宿の三階部分まで水が上がってきたという話で、今も宿に宿泊していた者達は濁流に巻き込まれてその行方が知れないという。
 突然の大雨により、河沿いの山が崩れ、土砂が河に流れ込んだ。その結果、行き場を無くした上流からの水の流入もあって、大河が一気に氾濫したという。
 氾濫しやすい場所であったが、今回の氾濫は規模が違うという。

 幸いなことにユーフェリア姫は氾濫の後、一時間ほど経ってから、水の中から救い出された。
 冷たい水に一時間さらされたことは、病弱な姫にとって、それは致命的な結果を招いていた。

 騎士アルセーヌが何故ここにいるのか、ユーフェリア姫の輿入れに付き従った女官達は問い詰めることはなかった。
 ただ、もはや虫の息の姫は、彼女を慕う騎士を一目見て、微笑んだ。

「ありがとう……アルセーヌ、来てくれたのね」

 
 望めば、どんな時でも彼はそばにいてくれた。
 義母達にいじめられた時も、彼は小さかった私を抱きしめてくれた。
 泣いている私にハンカチを差し出して、いつも、私を守ると言ってくれた。

 彼は、私の騎士だった。



 どこか満足そうに微笑んだ、色を無くした唇と、その白い面を見た時、アルセーヌは呆然と立ち尽くした。
 彼女の魂が、すでにその身から離れたことは明らかだった。
 お付きの女官達は、悲鳴のような声を上げて、遺体にとりすがって泣いている。

 まさか、まさかという思いだった。

 どうしてもっと早く、追われることになろうとも、彼女を連れて逃げなかったのだと、アルセーヌは自分を責めたのだった。




 それからどうやって、国許まで戻ってきたのか記憶にない。
 バーンズワースは、戻ってきたアルセーヌに何も言わず、呆然自失となったアルセーヌの世話を続けた。
 そしてようやく、アルセーヌが落ち着いてきた時、アルセーヌが思ったのは、“復讐”という二文字だけであった。
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