本めづる姫君と、永遠の騎士

曙なつき

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第一章 本を贈られる姫君の物語

第五話 待ち遠しい四巻

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 四巻の本が届くことが待ち遠してくたまらなかった。

 三巻では、竜を倒した後、騎士アルセーヌは悪魔の甘言に乗ってしまっていた。

 神ならば、姫を生き返らせる方法を知っている。
 神を問いつめよ、と。

 そして騎士アルセーヌは、神に弓ひくことを決意していた。




 今までの様子だと、三巻の到着から続刊が届くまでは一カ月かかっていた。
 それを待っている間も、ナディア姫と女官シエラはそわそわとしていた。思わず余りにも続きが待ち遠しくて、ナディア姫はオーレリアン殿下に御礼の手紙を送りつつも、待ち遠しい旨を切々と書いてしまった。それにオーレリアン殿下も丁重な返事をくれる。装丁の準備などで時間はかかるが、一か月以上かかることはないので待って欲しい旨が書かれており、ナディア姫と女官シエラはやきもきと待つしかなかった。

 一方で、女官シエラは思っていた。
 もしこれが、オーレリアン殿下のナディア姫との親交を深めるという作戦であったのなら、ナディア姫は殿下の望むまま大いに喜び、本を話題にした会話で文通も弾んでいる様子で、成功であったといえよう。以前よりもぐっと二人の距離が縮んだ感じがあった。
 
 そして、ついに四巻が到着した。
 ナディア姫はすぐさま木箱を開け、本を包む紫色の布をどこか慌てて取り外し、女官シエラと並んでソファーに座って、その見事な装丁の本を開いたのだった。




 四巻で、悪魔の甘言に乗った騎士アルセーヌは、神へ戦いを挑み、そして当然のように負けた。
 彼は奈落に落とされる。

「というか、なんで、神様に生き返らせる方法を聞くために、戦いを挑むという発想になるのかしら」

 最もな疑問を口にするナディア姫。シエラもうなずいた。

「そうでございますね。別に戦いを挑む必要はなかったと思います」

「…………もう疲れちゃったのかしら。ずっとずっと、その姫君を生き返らせる方法を探していたのでしょう? どんなに探しても、その方法を一度として持ち帰ることができない。どんなに強い騎士でも、少しずつ心が壊れていく。彼はどうして、諦めなかったのかしら。諦めて、生きていく方がずっと、ずっと楽だったのに……」

 ナディア姫の透き通るような青い目から、ぽろりと真珠のような涙が零れ落ちた。

「あら、泣いてしまったわ」

 自分が涙を零したことに驚いてそう言うナディア姫に、女官シエラはハンカチを差し出した。

「目的のための手段が、途中から、手段のための目的に変わってしまったのでしょうか。彼は戦いを求めだしていますね。おそらく、死ぬためでしょうか」

「……………どうして?」

「生きていても、愛する姫君に会うことができないのなら、死ぬことで会うことができるからでしょう。黄泉の国で会うことができると」

「やっぱりそこでも、姫君を求め続けているのね。もう、その心が解放されるといいのに」

 どこか願うように、ナディア姫はそう言った。



 奈落に落とされた騎士アルセーヌは、悪魔達を倒し、途中からその悪魔達を従えて、高位魔族の地位にまで昇りつめた。魔王から魔界貴族に列せられる。

「そうきたか……」

 思わず、女官シエラは呟いていた。
 どうもこの物語には果てがないようだった。

「……騎士アルセーヌが人間やめているんだけど」

「黄泉の国で会うどころじゃありませんね」

 シエラと二人で乾いた笑いを浮かべる。
 
 そして、魔界貴族として列せられたアルセーヌは、魔王からついに、念願だった情報を得ることができた。
 愛するユーフェリア姫は再びこの世に生まれ出でる。転生するのだから、転生した彼女に再び会えば良いのだと。
 騎士アルセーヌが長い旅をしている間に、ユーフェリアの肉体は土に還り、その魂は天の園を巡り、再びこの世に産まれ落ちる。
 その輝ける魂を見つけるのだと。

 アルセーヌは、魔王に望んだ。
 ユーフェリアが今度生まれ変わる時には、その身は非常に健やかになることを。以前のように旅で命を落とすことのないように。

 かつて天使の地位にあり、堕天して奈落に落とされ、魔王に昇りつめた者は、魔族にまでなった騎士の男のその執念と悲しいくらい切ないその想いを興じていた。

「わかった。あの娘の身は誰よりも健やかにしよう。して、お前はどうするのだ」

「彼女に会いに行きます」

 それだけだった。





 本はそれで終わっていた。

「尻切れトンボですね。結局、騎士アルセーヌはあの後、どうなったのでしょう。会いに行くといっても、魔族になっているんでしょう? 魔界貴族にまで昇りつめている身でどうやってユーフェリア姫と会うのでしょうね」

 本の最後には【完】の記載しかない。
 ナディア姫はそっとその文字を撫でた。

「そうね」

 彼は、姫が早逝したことを嘆き、彼女の身が健やかであることを望んだ。
 わが身が化け物となった後でも、常に望むのは彼女の幸福だった。
 彼は常に、そうだった。
 
 いつも彼女のことばかり。
 彼女の幸福のことばかり望んでいた。

 本当はとても、優しい人だったのだ。



 ナディア姫の目尻からぽろりぽろりと零れ落ちる涙を、シエラはハンカチを取り出してそっと拭った。

「どうなさったのですか、姫様」

「……どうしてかしらね。なんだかとても悲しくて、そしてとても……嬉しいの」

 小さな国の姫君は、両手で顔を覆ってしばらくの間、泣き続けていた。
 その身を、忠実なる女官シエラはそっと抱きしめて、背中をさすっていた。




 やがて十六歳になったナディア姫は、かねてからの婚約者であるオーレリアン王太子の許に嫁いだ。
 オーレリアン王太子は、結婚に際し、その妻となるナディア姫をわざわざ小国の都まで迎えにきたという。そしてナディア姫の身を奇妙なくらいに心配しながら、国許へと連れて帰った。

 その後、立派な婚礼の式典を挙げた二人は、当然のように愛し合い、物語のように幸せに暮らしたのでした。
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