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第一章 本を贈られる姫君の物語
第一話 ナディア姫と本
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ナディア姫は、豪華な装丁のされたその本をパタンと閉じた。それから、グスンと鼻を鳴らした。
すぐさまお付きの女官シエラがハンカチを差し出すと、零れ落ちてきた涙を拭った。
「……ユーフェリア姫とアルセーヌは駆け落ちすればよかったのに。好きあっていたんでしょう?」
ナディア姫がそう言うと、シエラは軽く頭を振った。
「そんな駆け落ちなど、言うほど簡単にはできませぬ。そもそも物語のユーフェリア姫は病弱で、駆け落ちするのにもその病弱な身は耐えられなかったんじゃないでしょうか。駆け落ち先で命を落とすのが関の山です」
「それでも、旅の途中で命を落とすよりもずっといいと思うわ。好きだったアルセーヌに見守られながら逝くことができるのだから」
「残されたアルセーヌが悲惨ですけどね。先に亡くなるユーフェリア姫はいいでしょうが、アルセーヌは騎士の身分も失うでしょう。家は主君の娘をかどわかした咎でお取り潰しですね」
「……シエラが現実的すぎて嫌だわ。もうちょっとロマンチックなコメントをしてよ」
「そういうものですよ。この本がとてもお気に入りでございますね」
ナディアの流れる金の髪を、女官のシエラは賛嘆の眼差しで見つめながら、ブラシで梳かしていく。今年十五歳になるナディアは、輝く金の髪に青い瞳の美しい末の姫だった。
彼女は物語のユーフェリア姫と同じく、幼い頃に母を亡くしている。だが、物語と違ってナディア姫は妖精のような姿形とは裏腹に、頑丈な肉体を持っていた。
生まれてからこのかた、風邪一つひいたことがなかった。
「御本は、ご婚約者のオーレリアン殿下から贈られたそうで」
「そうなの。殿下が面白い本があると言って贈って下さったのよ」
シエラはナディア姫の手元にあるその革張りされた立派な本をしげしげと見つめていた。
表紙に宝石の埋め込まれたその本は、どうも一点ものの本のように思える。
絵本のように、片側に鮮やかな彩色の施された絵があり、もう片側に文章がある。
ナディア姫はオーレリアンから贈られた美しい本を気に入っていた。
だが、気に食わないのがその内容である。
病弱な姫は早々に命を落としてしまった。
物語として続きようがないのではないかと思うのに、「彼女は旅の途中で、命を落としたのです。」という文章の後にあったのは、【完】ではなく【二巻に続く ~ 続きをご期待ください ~】という記載だった。
それには、女官シエラも微妙な表情であった。
確かに、ナディア姫のいうように、ヒロインが死んだ後に物語をどう続けるのだろうかと思う。
よくある話としては、騎士アルセーヌは自身の婚約を解消し、死んだ姫のことを想いながらその後の人生を送るとかである。だが、それも二巻にまで続ける必要はないだろう。そもそも、この程度の内容の本に、こんな宝石を象嵌するという立派な装丁の本に仕上げる必要はないはずだ。
いまいち、オーレリアン殿下のお考えが理解できなかった。
すぐさまお付きの女官シエラがハンカチを差し出すと、零れ落ちてきた涙を拭った。
「……ユーフェリア姫とアルセーヌは駆け落ちすればよかったのに。好きあっていたんでしょう?」
ナディア姫がそう言うと、シエラは軽く頭を振った。
「そんな駆け落ちなど、言うほど簡単にはできませぬ。そもそも物語のユーフェリア姫は病弱で、駆け落ちするのにもその病弱な身は耐えられなかったんじゃないでしょうか。駆け落ち先で命を落とすのが関の山です」
「それでも、旅の途中で命を落とすよりもずっといいと思うわ。好きだったアルセーヌに見守られながら逝くことができるのだから」
「残されたアルセーヌが悲惨ですけどね。先に亡くなるユーフェリア姫はいいでしょうが、アルセーヌは騎士の身分も失うでしょう。家は主君の娘をかどわかした咎でお取り潰しですね」
「……シエラが現実的すぎて嫌だわ。もうちょっとロマンチックなコメントをしてよ」
「そういうものですよ。この本がとてもお気に入りでございますね」
ナディアの流れる金の髪を、女官のシエラは賛嘆の眼差しで見つめながら、ブラシで梳かしていく。今年十五歳になるナディアは、輝く金の髪に青い瞳の美しい末の姫だった。
彼女は物語のユーフェリア姫と同じく、幼い頃に母を亡くしている。だが、物語と違ってナディア姫は妖精のような姿形とは裏腹に、頑丈な肉体を持っていた。
生まれてからこのかた、風邪一つひいたことがなかった。
「御本は、ご婚約者のオーレリアン殿下から贈られたそうで」
「そうなの。殿下が面白い本があると言って贈って下さったのよ」
シエラはナディア姫の手元にあるその革張りされた立派な本をしげしげと見つめていた。
表紙に宝石の埋め込まれたその本は、どうも一点ものの本のように思える。
絵本のように、片側に鮮やかな彩色の施された絵があり、もう片側に文章がある。
ナディア姫はオーレリアンから贈られた美しい本を気に入っていた。
だが、気に食わないのがその内容である。
病弱な姫は早々に命を落としてしまった。
物語として続きようがないのではないかと思うのに、「彼女は旅の途中で、命を落としたのです。」という文章の後にあったのは、【完】ではなく【二巻に続く ~ 続きをご期待ください ~】という記載だった。
それには、女官シエラも微妙な表情であった。
確かに、ナディア姫のいうように、ヒロインが死んだ後に物語をどう続けるのだろうかと思う。
よくある話としては、騎士アルセーヌは自身の婚約を解消し、死んだ姫のことを想いながらその後の人生を送るとかである。だが、それも二巻にまで続ける必要はないだろう。そもそも、この程度の内容の本に、こんな宝石を象嵌するという立派な装丁の本に仕上げる必要はないはずだ。
いまいち、オーレリアン殿下のお考えが理解できなかった。
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