天上の果実

曙なつき

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僕と彼との“偽装結婚”

第二話 魔石を渡される

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 “偽装結婚”をしようと言ったその子供は、本当に奇妙な子供であった。
 そばかす顔に、ぶ厚い瓶底眼鏡をかけている。
 髪はぼさぼさで、短く、真っ黒だった。
 清潔そうなシャツにズボン、そしてマントを羽織り、荷物袋を背負っていた。
 口調は丁寧で、婚姻届を自分で記入しているところから、文盲ではない。それ相応の教育を受けているのだろう。
 だいたい、自分の姓を変えたいがために、“偽装結婚”をするというのだ。
 面倒くさい家だと言っていたから、生家はそれ相応の格式がある家なのかも知れない。
 
 宿の寝台に放り投げると、彼はころころと転がった。
 それを見て、本当にまだ子供なのだと思った。
 婚姻ができる十二歳だと述べた。
 だが、華奢なその体格だと、十二歳よりもはるかに幼く見える。
 こんな子供と結婚……

 今更ながらにその事実に打ちのめされた。

 どうみても、少年趣味の男に見えてしまうのではないかと思った。
 いや、婚姻していることを知られなければ、親子にも見えるかもしれない。
 実際、自分は彼よりも一回り上の年齢だった。

 彼と婚姻していることを知られるよりも、そう、私の“隠し子”で通した方が、外聞はいいかも知れない。
 私は乾いた笑いを漏らしていた。

「……お兄さん、まさか僕に“妻の勤め”をしろとか言わないよね」

「言うわけがない。お前みたいな子供に、私が手を出すはずないだろう!!」

 私が苛立ってそう言うと、彼は見るからにほっとした様子だった。

「それならいいや。でも、お兄さんは僕をどうする気なの? 確かに僕は、書類上はあなたの妻になっているけれど、でも、それだけの関係なのに、宿に連れ込まれるのはどうかと思うなー」

「……お前は姓を変えて、冒険者登録をして金を稼ぎたい。そう、先ほど聞いた」

「うん。働かないと、持っているお金が減るばかりだから、困っているんだよね」

「働こうというこころざしはいい。もし、純粋にそういう気持ちで冒険者登録をしてやっていきたいなら、これも何かの縁だ、私がお前の面倒を見てもいい」

 そういうと、少年はびっくりした様子で私を見上げた。

「えっ、お兄さんてそんないい人なの!!」

「……一応、お前は書類上の私の妻だからな」

「へー、でも、正直助かるな。僕、冒険者になると言っても、素人だからね。先達の指導があるのとないのでは大違いだもの」

「ならば、しばらくの間は私と一緒に行動するといい」

「わかった。うん、お兄さんを一応、信用するよ」

 一応、と言葉の付くところに、彼の用心深さを感じた。



 こうして、私はリスタの面倒を見ることになった。
 リスタが頭の良い子供だということは感じていた。
 だいたい十二歳で“偽装結婚”を計画するところが普通ではない。
 面倒くさい家を離れるために、“偽装結婚”をして姓を変え、冒険者になる。
 彼は何から逃れるつもりなのだろう。
 その面倒くさい家というものが何なのか、少し気になったが、当時の私はせいぜい、リスタは家業か何かを継ぐのを嫌がり、家出したぐらいだろうと思っていた。

 リスタの冒険者登録はすんなりと通った。
 冒険者ギルドの受付嬢の目は、私とリスタが同じ姓を持つことに怪訝な顔をしていた。
 とりあえず、リスタは私の年の離れた弟ということにした。
 共に真っ黒い髪の色をしていたから、おかしくはない。
 “妻”や“隠し子”というよりも、ずっとマシだった。

 彼は見るからに華奢な体格をしていたから、ダンジョンに入って魔獣討伐をするというスタイルの冒険は厳しいだろうと思っていた。
 薬草採取や、格下の魔獣討伐がせいぜいだった。
 自分の体力の無さや、実力を理解している彼は、私の言葉を素直に受け止めていた。そういうところも理解が早く、頭の回転が速い子供だった。
 
 冒険者の階級は、銅、青銅、鉄、銀、金、白金の六階級に分けられる。
 リスタは銅から始まり、順調に鉄まで上がっていった。
 だが、銀階級まで上がるには厳しいだろうと思った。

 私が、国でも数名しかいない白金階級の冒険者だと知ったリスタは仰天していた。

「お兄さんて、すごい人だったんですね」

 そう言って、尊敬の眼差しで私をみやる。

「……そうだな」

「否定しないお兄さんが素敵です。謙遜もしないんですね」

「……お前は一言多いな」

「そうですか。だって本当のことしか言ってないですよ」

 リスタはけらけらと笑う。
 リスタと知り合って二年が過ぎた。
 私は彼を、自分の屋敷に連れていった。
 白金階級になると、爵位を与えられ、王から恩賞として屋敷も与えられる。
 私が冒険に行っている間、リスタは屋敷で本を読んだり、屋敷の庭を散策して過ごしていた。
 彼は非常に用心深かった。
 私がいない時、一人で出かけたりしない。
 屋敷の奥にこもり、いつも、何かを恐れているそぶりがあった。



 ある時、私が大型魔獣の討伐を王に命ぜられ、旅立たなければならないことがあった。
 天災級の大型魔獣ということで、リスタも心配そうな様子を見せていた。

「お兄さんには前科があるから、僕は心配です」

「……前科とは?」

「ほら、僕達の出会いの時ですよ。あのときも、天災級の大型魔獣と相討ちになって、魔力を全部使い切って死にかけてたじゃないですか。僕は心配しているんですよ」

 瓶底眼鏡の向こうから、青い目が私をじっと見ている。
 リスタの目の色は不思議だった。時々、その青い目が黒く見えることもある。
 光の加減だろうか。

「だから、今回は餞別せんべつということで、これを渡しておきます」

 何かが入った小さな布袋を私に手渡した。
 なんだろうとその袋の中をのぞきこんだ私は、絶句した。
 そこには、非常に濃密な魔石が数個入っていたからだ。手に持つだけでも、強い魔力を感じる。

「……どうしたんだ、これは」

「魔力が足りなくならないように、僕が用意してあげたものですよ。ちゃんと使ってくださいね」

 押し付けられる。

「……ありがとう」

「怪我をしないで、戻ってきてくださいね」

 彼はそう言って、私を送り出した。
 
 そして、その濃密な魔石の力もあり、私は天災級の大型魔獣を倒すことができた。
 帰宅した私は、彼を抱き上げた。

「リスタ、ありがとう。助かったよ」

 華奢な彼の体は簡単に持ち上がる。
 リスタは私にお帰りなさいと言い、帰宅を喜んでくれた。
 優しく賢いリスタの存在に私は慣れ、彼がそばにいることを当然のように思い始めていた。
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