13 / 16
僕と彼との“偽装結婚”
第一話 死にかけていた男と“偽装結婚”をする
しおりを挟む
倒れ伏しているその男を見つけたのは、本当に偶然だった。
天災級の大型魔獣と戦っていた。彼はその身に宿る魔力のすべてを使い尽くしてそれを倒した。
自身の魔力のすべてを使い尽くしたせいで、彼自身も死にかけていた。
真っ白い雪の中に、蒼白となって倒れていたその男は美しかった。
そう、男の癖にバカバカしいほど美しかったのだ。
僕はしゃがみこみ、その死にかけた男の頬にそっと手をやった。
まだ彼の頬は温かかった。
雪の中に、真っ黒く長い髪が広がり、そして倒れ伏している男の姿は、どこか絵のように美しかった。
立派な武具を身に着け、大層な剣を手にしていても、死ぬときは、普通の人間と同じなのだなと、僕はそんなことを思った。
僕が触れたせいで、彼はその目を開いた。
その瞳もまた、綺麗な青灰色をしていた。
死にかけ、急速に光が失われつつある。
「……お兄さん、死にたくないの?」
「…………」
残酷にも僕は尋ねる。
死にかけている者に。
「ねぇ、お兄さんが僕と約束してくれるなら、僕がお兄さんを助けてあげる」
「……約束?」
「そう悪い約束じゃないと思うよ。ねぇ、約束しない?」
「…………す……る」
掠れた声で、その美しい男は呟いた。
僕はにんまりと笑った。
「そうこなくちゃ」
そして、僕はその美しい男の薄い唇に、そっと唇を落とし、彼に魔力を移したのだった。
どれほど長い時間、口づけをしていただろうか。
男の頬は次第に赤くなり、生気を取り戻していく。
やがて、雪の上に膝をつき、剣を地面に突き立てて立ち上がった。
「……お前は……何者なんだ」
「僕はリスタ。お兄さんと約束する者だよ。お兄さんを助けてあげたのだから、今度は僕との約束を守ってね」
男の青灰色の瞳が、警戒したように僕を見つめる。
僕は言った。
「僕と、偽装結婚してください」
こんなに綺麗な男の人なのに、馬鹿みたいに口を開ける姿を初めて僕は見た。
「…………偽装……結婚?」
「そう。僕、今の自分の姓のままだと、冒険者登録もできないんだよね。そうすると、お金も稼ぎにくくて。誰かと偽装結婚したいなーと思っていたら、お兄さんが雪の中に倒れていました!! 死にかけていたからちょうど良かったです」
「…………お前はまだ子供のように見える。そもそも結婚ができる年齢なのか」
「ぎりぎり、結婚できます。十二歳です」
男は眉間にくっきりと皺を寄せた。
「早すぎる」
「でも、十二歳は結婚できるんだよ。ほらほら」
僕は婚姻届をぴらぴらと彼の前で揺らした。まだ白紙の婚姻届けだった。
「用意がいいな」
「さぁさぁ、約束は守って。神殿に届け出するところまで、付き合ってもらうよ」
そう、こんな子供が神殿に届け出をしにいっても、ちゃんと取り合ってもらえない可能性があった。
だからそこまで付き合ってもらわないといけない。
「……まさか、お兄さん、もうすでに結婚していたとか、そういうことはないよね」
「独身だ」
「婚約者がいたとか?」
「いない」
「まさにふさわしい“偽装結婚相手”だね」
そう僕が手を叩くと、彼はギロリと睨みつけた。
「……約束は果たす」
彼はマジックバックからペンを取り出した。
マジックバックという高価な魔道具を、お兄さんが持っていることに驚いた。羽振りの良い戦士なのだなと僕は呑気に思っていた。
すらすらと婚姻届けに名前や住所、職業を書いていく。
名前は、キーファ=グランディア。
職業は冒険者とあった。
サインをした婚姻届けを僕は受け取った。
そして僕は彼から見えないところでササっと自分の名を記入欄に書いた。姓の部分はわざと雪で濡らして滲ませて、読みにくい状況にする。どうせ姓は変わってしまうんだ。問題ない。それに、これを提出するつもりの神殿には、よぼよぼの耄碌したおじいさんの神官しかいない田舎の神殿だった。ちゃんと受理されやすい場所を、事前に調べていた。
少し離れた神殿に、それを提出した。
「お兄さん、ありがとう。これで姓が変わったよ」
僕はほっとして、彼に笑顔を向けた。
離婚した場合には、旧姓とこの結婚後の新姓のどちらも選べる。
僕の名はリスタ=グランディアに変わった。そしてその姓のまま、離婚後も過ごすつもりでいた。
「……姓を変えたいなんて、何をしたんだ」
相変わらずの綺麗な顔の眉に、くっきりと皺を寄せている。
不機嫌そうだった。
反面、僕はご機嫌だった。
僕の計画は着々と進んでいた。
まずは姓を変えること。大変かなと思っていたけれど、死にかけていたお兄さんと約束をして、一気に叶った。
「何もしてないよ。前の家が、面倒くさい家だったんだ。姓を変えないと追いかけてくる可能性があった。ほら、冒険者登録するときに、水晶玉に手をかざすでしょ。アレって真実の名しか登録できない。前の姓が出てくるとマズかったんだよね。だから、お兄さん、助かったよ。ありがとう」
そう言うと、彼は眉間に皺を寄せたまま、僕の体をひょいと持ち上げた。
「……え、お兄さん。“偽装結婚”はしたので、もういいんだけど。ここでお別れですよ」
「お前は私の妻になっている。このまま放置して、ケチな犯罪などしてもらっては、家名にかかわる」
「……え、お兄さん、そんな家名とかにこだわる家だったんですか!! いやだなっ、そういうことは最初から言ってくださいよ」
そう、そんな面倒くさい家は、こちらからも願い下げだった。
「仕方ないですね、じゃあ、すぐ離婚してあげますよ」
僕の言葉に、キーファは青灰色の瞳をすがめた。
「……簡単に離婚できると思うな」
「……エッ」
彼の視線は厳しく、そのとき、僕は初めて失敗したことを悟った。
そう、面倒くさい家に嫁いだことを知ったのだ。
「離婚しましょう、お兄さん。それがお互いのためです」
「……ふざけるな」
「離婚してくださいよ、お兄さん」
離婚を連呼する僕を抱えたまま、彼は歩いていく。
周囲の人々が奇異な視線を向けるが、彼は構いやしない感じだった。
「どこへ行くつもりですか」
「今日の宿だ」
「…………エッ、僕は解放してもらえないんですか」
それに、彼は初めて嬉しそうに、ニヤリと笑ったのだった。
綺麗な顔をしているだけあって、どこか凄みがあった。
「お前は私の妻だからな。夫唱婦随というように、ついてきてもらう」
「……………ちょっと、冗談やめてくださいよ」
僕はばたばたと手足を動かす。
だが、体格が違いすぎる。彼は子供の僕を抱えたまま、今日の宿の扉をくぐったのだった。
天災級の大型魔獣と戦っていた。彼はその身に宿る魔力のすべてを使い尽くしてそれを倒した。
自身の魔力のすべてを使い尽くしたせいで、彼自身も死にかけていた。
真っ白い雪の中に、蒼白となって倒れていたその男は美しかった。
そう、男の癖にバカバカしいほど美しかったのだ。
僕はしゃがみこみ、その死にかけた男の頬にそっと手をやった。
まだ彼の頬は温かかった。
雪の中に、真っ黒く長い髪が広がり、そして倒れ伏している男の姿は、どこか絵のように美しかった。
立派な武具を身に着け、大層な剣を手にしていても、死ぬときは、普通の人間と同じなのだなと、僕はそんなことを思った。
僕が触れたせいで、彼はその目を開いた。
その瞳もまた、綺麗な青灰色をしていた。
死にかけ、急速に光が失われつつある。
「……お兄さん、死にたくないの?」
「…………」
残酷にも僕は尋ねる。
死にかけている者に。
「ねぇ、お兄さんが僕と約束してくれるなら、僕がお兄さんを助けてあげる」
「……約束?」
「そう悪い約束じゃないと思うよ。ねぇ、約束しない?」
「…………す……る」
掠れた声で、その美しい男は呟いた。
僕はにんまりと笑った。
「そうこなくちゃ」
そして、僕はその美しい男の薄い唇に、そっと唇を落とし、彼に魔力を移したのだった。
どれほど長い時間、口づけをしていただろうか。
男の頬は次第に赤くなり、生気を取り戻していく。
やがて、雪の上に膝をつき、剣を地面に突き立てて立ち上がった。
「……お前は……何者なんだ」
「僕はリスタ。お兄さんと約束する者だよ。お兄さんを助けてあげたのだから、今度は僕との約束を守ってね」
男の青灰色の瞳が、警戒したように僕を見つめる。
僕は言った。
「僕と、偽装結婚してください」
こんなに綺麗な男の人なのに、馬鹿みたいに口を開ける姿を初めて僕は見た。
「…………偽装……結婚?」
「そう。僕、今の自分の姓のままだと、冒険者登録もできないんだよね。そうすると、お金も稼ぎにくくて。誰かと偽装結婚したいなーと思っていたら、お兄さんが雪の中に倒れていました!! 死にかけていたからちょうど良かったです」
「…………お前はまだ子供のように見える。そもそも結婚ができる年齢なのか」
「ぎりぎり、結婚できます。十二歳です」
男は眉間にくっきりと皺を寄せた。
「早すぎる」
「でも、十二歳は結婚できるんだよ。ほらほら」
僕は婚姻届をぴらぴらと彼の前で揺らした。まだ白紙の婚姻届けだった。
「用意がいいな」
「さぁさぁ、約束は守って。神殿に届け出するところまで、付き合ってもらうよ」
そう、こんな子供が神殿に届け出をしにいっても、ちゃんと取り合ってもらえない可能性があった。
だからそこまで付き合ってもらわないといけない。
「……まさか、お兄さん、もうすでに結婚していたとか、そういうことはないよね」
「独身だ」
「婚約者がいたとか?」
「いない」
「まさにふさわしい“偽装結婚相手”だね」
そう僕が手を叩くと、彼はギロリと睨みつけた。
「……約束は果たす」
彼はマジックバックからペンを取り出した。
マジックバックという高価な魔道具を、お兄さんが持っていることに驚いた。羽振りの良い戦士なのだなと僕は呑気に思っていた。
すらすらと婚姻届けに名前や住所、職業を書いていく。
名前は、キーファ=グランディア。
職業は冒険者とあった。
サインをした婚姻届けを僕は受け取った。
そして僕は彼から見えないところでササっと自分の名を記入欄に書いた。姓の部分はわざと雪で濡らして滲ませて、読みにくい状況にする。どうせ姓は変わってしまうんだ。問題ない。それに、これを提出するつもりの神殿には、よぼよぼの耄碌したおじいさんの神官しかいない田舎の神殿だった。ちゃんと受理されやすい場所を、事前に調べていた。
少し離れた神殿に、それを提出した。
「お兄さん、ありがとう。これで姓が変わったよ」
僕はほっとして、彼に笑顔を向けた。
離婚した場合には、旧姓とこの結婚後の新姓のどちらも選べる。
僕の名はリスタ=グランディアに変わった。そしてその姓のまま、離婚後も過ごすつもりでいた。
「……姓を変えたいなんて、何をしたんだ」
相変わらずの綺麗な顔の眉に、くっきりと皺を寄せている。
不機嫌そうだった。
反面、僕はご機嫌だった。
僕の計画は着々と進んでいた。
まずは姓を変えること。大変かなと思っていたけれど、死にかけていたお兄さんと約束をして、一気に叶った。
「何もしてないよ。前の家が、面倒くさい家だったんだ。姓を変えないと追いかけてくる可能性があった。ほら、冒険者登録するときに、水晶玉に手をかざすでしょ。アレって真実の名しか登録できない。前の姓が出てくるとマズかったんだよね。だから、お兄さん、助かったよ。ありがとう」
そう言うと、彼は眉間に皺を寄せたまま、僕の体をひょいと持ち上げた。
「……え、お兄さん。“偽装結婚”はしたので、もういいんだけど。ここでお別れですよ」
「お前は私の妻になっている。このまま放置して、ケチな犯罪などしてもらっては、家名にかかわる」
「……え、お兄さん、そんな家名とかにこだわる家だったんですか!! いやだなっ、そういうことは最初から言ってくださいよ」
そう、そんな面倒くさい家は、こちらからも願い下げだった。
「仕方ないですね、じゃあ、すぐ離婚してあげますよ」
僕の言葉に、キーファは青灰色の瞳をすがめた。
「……簡単に離婚できると思うな」
「……エッ」
彼の視線は厳しく、そのとき、僕は初めて失敗したことを悟った。
そう、面倒くさい家に嫁いだことを知ったのだ。
「離婚しましょう、お兄さん。それがお互いのためです」
「……ふざけるな」
「離婚してくださいよ、お兄さん」
離婚を連呼する僕を抱えたまま、彼は歩いていく。
周囲の人々が奇異な視線を向けるが、彼は構いやしない感じだった。
「どこへ行くつもりですか」
「今日の宿だ」
「…………エッ、僕は解放してもらえないんですか」
それに、彼は初めて嬉しそうに、ニヤリと笑ったのだった。
綺麗な顔をしているだけあって、どこか凄みがあった。
「お前は私の妻だからな。夫唱婦随というように、ついてきてもらう」
「……………ちょっと、冗談やめてくださいよ」
僕はばたばたと手足を動かす。
だが、体格が違いすぎる。彼は子供の僕を抱えたまま、今日の宿の扉をくぐったのだった。
4
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
[BL]王の独占、騎士の憂鬱
ざびえる
BL
ちょっとHな身分差ラブストーリー💕
騎士団長のオレオはイケメン君主が好きすぎて、日々悶々と身体をもてあましていた。そんなオレオは、自分の欲望が叶えられる場所があると聞いて…
王様サイド収録の完全版をKindleで販売してます。プロフィールのWebサイトから見れますので、興味がある方は是非ご覧になって下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる