前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき

文字の大きさ
上 下
57 / 62
【外伝】

その子らの物語のはじまり (上)

しおりを挟む
 広大な皇宮の敷地の、白バラが咲き乱れる花園。円形のテーブルの上にはティーセットが並べられていた。
 すでに椅子に座っていたフランシスが片手を挙げる。

「ゼファー」

 その声に、黒髪に眼鏡をした線の細い青年も手を挙げた。
 彼の手に、黒髪の少年の小さな手がしっかりと握られているのを見て、フランシスは微笑みを浮かべる。

 目の前までゼファーと少年がやってくると、フランシスはしゃがみこんで、少年と視線を合わせるようにして優しく言った。

「君が、ウィル君なのかな。宜しくね」

 ウィルと呼ばれた少年は、そばにいるゼファーとそっくりの顔立ちをしていた。
 漆黒の髪に、大きな青い瞳。
 髪色と顔立ちは母親であるゼファーから引き継ぎ、その青く美しい瞳は夫のアーノルドからのものだろう。
 ウィル少年は今年、八歳。
 父親のアーノルドが溺愛し(ゼファーにそっくりなことが拍車をかけている)、本来、帝都の学園に通わせる時期になっても通わせることもなく(アーノルドは真剣な表情で「ウィルに悪い虫がついたら困る」と述べる)、ゼファーが直接少年を教育していると聞いている。
 ゼファーそっくりの少年が、少年の頃のゼファーと同じようにしっかりとその腕の中に『魔法大全』を抱えていることに、笑みが零れてしまった。

「もう、『魔法大全』を読んでいるの?」

「ああ、スラスラと読んでいる。この子も塔の魔術師になるだろうね」

 ゼファーの傍らの椅子に大人しく座り、ウィルは『魔法大全』を開いて読み始めていた。
 眼鏡をかけていないウィルの顔を、フランシスは改めてまじまじと見て言った。

「こうしてみると、ゼファー、あなたもきっとかわいい顔をしているのだろうね」

 それに、ゼファーはみるみるうちに頬を紅潮させる。

「なっ、何を急に言うんだ」

「眼鏡を取ってみてよ。僕、そう言えば、君の眼鏡を取った顔を見たことなかったな」

「…………まったく前が見えなくなるから、だめだ」

 ぷいとゼファーが顔を背ける。
 思わずフランはクスクスと笑ってしまった。
 
 しばらく大人しく本を読んでいたウィルは、庭園の中に珍しい植物が植えられていると聞いて、それを見に行きたいと言う。
 女官の一人が、彼についていくと言ったので、任せることにした。




「大人しい子だね」

 フランシスは紅茶の注がれたカップに口づけながら、そう言うと、ゼファーは肩をすくめた。

「そうなのかな。うちはあの子だけだからわからないんだ。確かにあまり手がかからないな。本さえ与えていれば大人しい」

 庭園の向こうに歩いて行くその背を、ゼファーは柔らかな表情で眺めていた。

 フランシスは、ゼファーもこういう表情をするのだと少しばかり驚く思いだった。
 父親のアーノルドが一人息子を溺愛しているように、ゼファーもウィルを愛しているのだ。
 二人に大事に育てられているウィルは、もっぱら屋敷と塔を移動する日々だという。
 それで、皇宮へとウィルが連れて来られたのは初めてのことだった。

「君のところの子も大きくなっているだろう。レオンハルト皇子と、アリシア皇女とレイシア皇女だよね」

「うん。レオンハルトは十二歳になったよ。アリシアとレイシアは十歳」

 アリシアとレイシアは双子だった。

「レオンハルト皇子は、君の夫の……アレクサンドロスと同じ、黄金の瞳持ちの先祖返りだったよね」

 フランシスは頷いた。
 過去の帝国の歴史の上でも、二代続けて黄金の瞳持ちの先祖返りが現れたことはなかった。父親も黄金の瞳持ちで、その息子も黄金の瞳持ちなのだ。つまりは“黄金竜”の血を色濃く引く。竜の番を追い求める気持ちも一緒のはずだ。

「……普通でよかったのに」

 フランシスは視線を下に落とす。その沈んだ様子に、ゼファーは慰めるように肩に手をやった。

「番が現れるのを、彼も待っているの?」

「……そうみたい」

「そうか」

「でも、お茶会を開いても、舞踏会を開いても、学園に進学しても、まったく番の子が見当たらないんだ」

「…………」

「探しても探しても、番の子がいなくて。レオンハルトが辛そうで、かわいそうで……」

 それに、ゼファーはなんとも言えない気持ちになった。
 フランシスの夫のアレクサンドロスも、同じだったと言いたかったが、その言葉を飲みこむ。
 フランシスは、過去、自分がアレクサンドロスの前に現れないように、お茶会も舞踏会も学園への進学もパスしていたことを覚えていないんだろうか。
 そして、アレクサンドロスは番をずっと追い求め続けて、ようやくこのフランシスを得た。
 同じように、彼の息子のレオンハルト皇子も、番が現れることを待ち続けている。

「まるで、……隠れているみたいだ」

「……君じゃないんだから、隠れることなんて、ないんじゃないか」

 思わずゼファーは小さく呟いていた。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...