前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき

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【外伝】

番馬鹿な皇太子殿下にお仕えすることになった侍従な俺の物語 ~ブラウン=シュタイナーの場合~

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 内務省に勤務している俺の手元に、その辞令が届いた時、思わずビリリと破り捨ててしまった。
 辞令をわざわざ手渡しに来た職員が、目の前で唖然として突っ立っている。
 だから俺は、わざとらしくにっこりと笑ってこう言ってやった。

「間違いのようでしたので、破って処理しました」

 職員は眉間に皺を寄せて、頭を振る。

「いえ、ブラウンさん。辞令は間違いありません。今度の春から、貴方は皇太子アレクサンドロス殿下付きの侍従です」

 俺は耳に手を当て「あーーー、何も聞こえないなーーー」と叫びながら、部屋を出ていった。
 内務省の職員たちは、驚いて見ているが、知ったことか。
 上司が立ち上がって、自分に向かって声をかけてきたが、「早退します」と言ってさっさと部屋を出ていった。

 むしゃくしゃしていた。





 むしゃくしゃした気分のまま、中央塔に足を向ける。
 なんと塔のヘクト師は“いとくらき闇の波”を消失させた事件の後、再び俺に塔のパスを発行してくれたのだ。
 もう二度と、それを手にすることはないと思っていた俺は感激した。

 だから、この時思わず考えていた。

 あの皇太子アレクサンドロスに侍従として仕えるくらいなら、また塔に魔術師として復帰するのもありなんじゃないかと。
 いや、間違いない。
 絶対にその方が、素晴らしい人生を送れそうだ。



    *


 塔の最上階に部屋を持つ魔術師ゼファーの部屋に行って、椅子に座りつつそんなことを話すと、彼は大笑いしていた。

「僕としては、ブラウンさんが魔術師として復帰して下さるのはとても嬉しいけれど、国としては困るだろうね」

「どうして?」

「だって、あなたくらいハキハキ言ってくれる人間が殿下のそばについていないと、殿下はきっとすぐにあの魔法契約を破ってしまう」


 皇太子アレクサンドロス殿下が契約した、魔法契約。
 それはこのゼファーを相手に締結したものだった。内容は以下の三つである。

 一つ目は、滅亡の危機が消えた時点で、ゼファーはフランシスとの婚約を解消すること
 二つ目は、皇太子アレクサンドロスは、ゼファー達の活動へ協力すること
 三つ目は、フランシスの魔法研究を邪魔せず、婚姻後も彼に週に三日は塔へ行くことを許すこと


 もうすでに、滅亡の危機は消えたため、一つ目と二つ目の契約事項は消滅している。
 目の前のゼファーは、きちんと約束を守り、フランシスとの婚約を解消した。
 だから、皇太子アレクサンドロスはすぐさま、愛しの番のフランシスとの婚約を成立させ、来年には挙式するとぬかしているのだ。

 ここで大問題になるのが、魔法契約の三つ目の契約事項であった。


 「フランシスの魔法研究を邪魔せず、婚姻後も彼に週に三日は塔へ行くことを許すこと」


 俺は、これまでのフランシスと皇太子殿下とのやりとりを思い出した。
 番馬鹿としかいいようがない、あの黄金の瞳に黄金の髪を持つ皇太子殿下。フランシスにべったりとくっつき、隙あらば寝室へ引きずり込もうとしている。
 政務の間も離れようとしないのを、侍従達が引きずって連れていく姿も見ていた。
 
 まだ結婚していないのに、すでにもう半同棲生活をしているのだ。
 (婚約した段階で、殿下は皇宮内にフランシスの部屋を作っていた。塔へ馬車を出し、いつも誘拐するように連れ出している)

 結婚したらどうなるだろう。
 
 契約事項では、フランシスに、週に三日は塔へ行くことを許すこと、とあったけれど……

 うん。絶対に、あの番馬鹿な皇太子は許しそうにない。
 誓って言える。



 頭の中でそんなことをつらつらと考えていると、それを見越したようにゼファーは言った。

「結婚したら、フランが大変になるのは目に見えていた。アレは馬鹿だから。だから、僕らはこの契約を締結したんだ」

「……………」

「この魔法契約を違反した場合の、違反者に対する罰は苛烈だ」

 俺はゼファーの言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。

「それは……なんですか」

 ゼファーは椅子に座り、足を組んでいた。
 天才少年といわれる彼だ。殿下がそれを破ることも見越していたのだろう。
 だから、たやすく破られないように、厳しい罰則を作ったのだ。
 
「本当は、僕は、即、あいつの命が散るようにしてやりたかったんだ。でもそれは、ヘクト師の強い反対を受けてね。帝国の後継ぎは、彼しかいないからさ。死んだら困るとみんなに言われた」

 ……………
 契約を違反したら、即、皇太子の命を散らさせるとか……さすがに苛烈すぎる魔法契約だろう!!
 だが、ゼファーが本気でそれを望んでいて、それが叶えられなかったことを残念に思っていることを感じた。

「だから、仕方ないから次の罰則内容で同意したんだ」

 魔法契約の細かな条文は機密事項だったので、俺も知らなかった。
 だが、たびたび塔へ遊びに来て、一緒にあの“いとくらき闇の波”の脅威をくぐり抜けた俺のことを、彼は嬉しいことに信頼してくれていた。

「“永久に不能になる”、にしたんだ」




 は?

「考えてみれば、いい罰則だと思わないか? 不能になれば、もうフランのことを追い回すこともしなくなるだろう。竜としての本能も無くなるんじゃないかな。性欲も減退するだろうから。もちろん、ヘクト師も反対したし、みんな反対したけれど、あの馬鹿がちゃんと契約を守れば問題ないことだから、全然いいと思わないか? 命が無くなるわけじゃない」

 いや、皇太子殿下が不能になったら、お家断絶なんじゃないか?

「だから、僕は契約内容にちゃんと盛り込んだんだ。あの馬鹿は罰則事項までちゃんと読んでいるのかな? かわいいかわいいフランと致すことができなくなるなんて、きっとあの馬鹿には思いもよらない。馬鹿だから」

 殿下のことを、馬鹿三連続で言うのは、恐らく彼だけだろう。




「ブラウンさん。あなたが殿下の侍従への辞令が出たのは、コレのせいだと思う。殿下が盛って皇宮にフランを留め続けたら、殿下が不能になるのを止めるための……」

「……余計に侍従になりたくなくなりました」

「でも、あなたくらいしっかりした人が、殿下のそばに付かないと、彼は絶対に契約を破ると思うな。まぁ、僕はどうでもいいんだけどね。破ったら破ったで、フランは塔に戻ってくるだろうから」



 ここに……鬼がいた。

 俺は、ニヤニヤと笑っているゼファーを呆然と眺めていた。


「でも、もしブラウンさんが侍従職を引き受けて下さるなら、あなたのお給金をかなり弾むように、殿下とフランにはお願いしておくよ。それくらいの役得がないと、あなたも辛いでしょうから」





 そして、提示された侍従職の給金は、俺の予想を遥かに超えて高額で、……俺は殿下付きの侍従になった。

 だから毎日、青筋を立てて、殿下を必死に引き留めている。
 その間に、フランシス様は塔へと駆けこんでいた。

 こうした日々を振り返ると、俺達はあの天才魔術師ゼファーの掌の上で踊っているだけなんじゃないかと思うことがある。
 もちろん、さんざん馬鹿と言われている皇太子殿下も含めてね。
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