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第二章 今世の幸せ
第23話 魔力をよりあわせる
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“いとくらき闇の波”に襲われているリケルト王国は帝国の友邦国であり、今回のこの非常事態に際して、帝国はリケルト王国を全面的に支援すると発表した。
そして、帝国軍の一部と皇太子、そして塔の有力魔術師達は続々とリケルト王国内に入り、リケルト国王の許諾の元、リケルト国内での“いとくらき闇の波”を消失させるための作業に入った。
すでに海岸線の大部分をその闇は浸食している。
それを丘の上からアレクサンドロスは見下ろしていた。
海を黒々とした闇が覆い尽くし、それがゆうるりと海岸線を超えて大地を浸食している様は不気味であり、まさしくこの世の終わりではないかと思われる光景であった。
あの“いとくらき闇の波”とは何であるか、フランシスに尋ねたことがあった。
フランシスは「わからない」と答えた。
それは繰り返し繰り返し、この大地を襲い掛かっていた。
何千年周期でそれは起きているようで、その都度、文明が終焉を迎えることが多かったという。
どういう仕組みでそれが発生するのかわからないし、それが何であるのかもわからない。
ただ、非常に長い間隔で現れるものだから、人間達はその危機を忘れ果ててしまうのだ。
けれどフランシスはこう話した。
「でも、すべては積み重ねなのだと思う。この“消失の槍”の存在を拾い上げ」
心の中で声にならない声も言う。
(きっと過去の誰かが“魂が時を遡る”という石を作り)
「破滅の縁へと歩む僕達を止めようとする力が確実にこの世には存在したのだと思う」
フランシスの視線が、ゼファーの方へと向く。
ヘクト師と話し合っている様子の、その小さな背中を見つめる。
(二度も生まれ変わり、絶望の中、諦めなかった彼もいた)
そのような滅亡を止めようという力があったからこそ、ここまでやってこれたのだと思う。
大陸全土には二十七の塔が張り巡らされていた。
全ての塔に属する魔術師達の魔力を、他の魔術師達が経由させ、そして更にそれをよりあわせ、最終的にはここにいる十二人の魔術師達が調整をかけながら皇太子アレクサンドロスに渡す。その過程をフランシスは監視することになる。
皇太子アレクサンドロスは、黄金竜の血を色濃く引くといわれている人間で、その膨大な魔力を扱うことには耐えられそうに思えた。魔力の器が人間離れしていたからだ。
問題はこの場にいる十二人の魔術師達である。
自身の魔力回路を通じてかつてない程の膨大な量の魔力を通すのだ。
ある意味、覚悟が必要な作業であった。
現在、全ての塔で、塔の属する魔術師達が座って控え、その魔力を移す作業を開始している。
大陸全土の何万人もの魔術師の魔力である。最終的にはそら恐ろしい魔力量に膨れ上がる。
すべてを一度に移すことは魔力回路を焼き切ることになるため、一つの塔の魔法使い達の魔力を一回ずつ移していくことになった。つまり二十七の塔の分、二十七回アレクサンドロスは“消失の槍”を振るうことができるのだ。
早速一回目の魔力が十二人の魔術師達を通じて、アレクサンドロスの元にやって来た。
フランシスは左手でアレクサンドロスの手を握る。
あまりにも大きな魔力に、監視しているフランシスは目を見開き、唇を震わせていた。
「大丈夫、アレク?」
フランシスの負担を少なくしたいため、アレクサンドロスはすぐにその膨大な魔力を受け取った。
「大丈夫だよ」
瞬間、アレクサンドロスの黄金の瞳はかつてないほど輝き、黄金の髪は逆立った。
魔力の強さで、彼を中心に地面には細かいヒビが入り、近くに控えていた侍従や騎士達はその魔力の強さに胸を押さえて膝をついて崩れ落ちる。
アレクサンドロスはその黄金の瞳で、丘の下の遥か向こうに広がりつつある“いとくらき闇の波”に向けて、“消失の槍”を振るった。
グウォンという空間を震わせるような音がした。それは耳を聾するような大きな奇妙な音であった。
漆黒のその槍の先端から、一瞬で白い閃光が走り、そして“いとくらき闇の波”に触れた途端、それは消えた。
もちろん、一部であるが、先日の湖の大きさとは比較にはならない規模の大きさである。
消失を認めた人々は、大きな歓声をあげた。
アレクサンドロスは時間をあけながら、何度も“消失の槍”を振るった。
十回を超えた頃には、伝令からの報告によると、海に浮かんでいた“いとくらき闇の波”は半分以上、消失したという報告が上がった。
(なんとか、なりそうかな)
フランシスはアレクサンドロスを見つめる。
アレクサンドロスは、力強くうなずいて、愛しい番の顔を見つめていた。
そして、帝国軍の一部と皇太子、そして塔の有力魔術師達は続々とリケルト王国内に入り、リケルト国王の許諾の元、リケルト国内での“いとくらき闇の波”を消失させるための作業に入った。
すでに海岸線の大部分をその闇は浸食している。
それを丘の上からアレクサンドロスは見下ろしていた。
海を黒々とした闇が覆い尽くし、それがゆうるりと海岸線を超えて大地を浸食している様は不気味であり、まさしくこの世の終わりではないかと思われる光景であった。
あの“いとくらき闇の波”とは何であるか、フランシスに尋ねたことがあった。
フランシスは「わからない」と答えた。
それは繰り返し繰り返し、この大地を襲い掛かっていた。
何千年周期でそれは起きているようで、その都度、文明が終焉を迎えることが多かったという。
どういう仕組みでそれが発生するのかわからないし、それが何であるのかもわからない。
ただ、非常に長い間隔で現れるものだから、人間達はその危機を忘れ果ててしまうのだ。
けれどフランシスはこう話した。
「でも、すべては積み重ねなのだと思う。この“消失の槍”の存在を拾い上げ」
心の中で声にならない声も言う。
(きっと過去の誰かが“魂が時を遡る”という石を作り)
「破滅の縁へと歩む僕達を止めようとする力が確実にこの世には存在したのだと思う」
フランシスの視線が、ゼファーの方へと向く。
ヘクト師と話し合っている様子の、その小さな背中を見つめる。
(二度も生まれ変わり、絶望の中、諦めなかった彼もいた)
そのような滅亡を止めようという力があったからこそ、ここまでやってこれたのだと思う。
大陸全土には二十七の塔が張り巡らされていた。
全ての塔に属する魔術師達の魔力を、他の魔術師達が経由させ、そして更にそれをよりあわせ、最終的にはここにいる十二人の魔術師達が調整をかけながら皇太子アレクサンドロスに渡す。その過程をフランシスは監視することになる。
皇太子アレクサンドロスは、黄金竜の血を色濃く引くといわれている人間で、その膨大な魔力を扱うことには耐えられそうに思えた。魔力の器が人間離れしていたからだ。
問題はこの場にいる十二人の魔術師達である。
自身の魔力回路を通じてかつてない程の膨大な量の魔力を通すのだ。
ある意味、覚悟が必要な作業であった。
現在、全ての塔で、塔の属する魔術師達が座って控え、その魔力を移す作業を開始している。
大陸全土の何万人もの魔術師の魔力である。最終的にはそら恐ろしい魔力量に膨れ上がる。
すべてを一度に移すことは魔力回路を焼き切ることになるため、一つの塔の魔法使い達の魔力を一回ずつ移していくことになった。つまり二十七の塔の分、二十七回アレクサンドロスは“消失の槍”を振るうことができるのだ。
早速一回目の魔力が十二人の魔術師達を通じて、アレクサンドロスの元にやって来た。
フランシスは左手でアレクサンドロスの手を握る。
あまりにも大きな魔力に、監視しているフランシスは目を見開き、唇を震わせていた。
「大丈夫、アレク?」
フランシスの負担を少なくしたいため、アレクサンドロスはすぐにその膨大な魔力を受け取った。
「大丈夫だよ」
瞬間、アレクサンドロスの黄金の瞳はかつてないほど輝き、黄金の髪は逆立った。
魔力の強さで、彼を中心に地面には細かいヒビが入り、近くに控えていた侍従や騎士達はその魔力の強さに胸を押さえて膝をついて崩れ落ちる。
アレクサンドロスはその黄金の瞳で、丘の下の遥か向こうに広がりつつある“いとくらき闇の波”に向けて、“消失の槍”を振るった。
グウォンという空間を震わせるような音がした。それは耳を聾するような大きな奇妙な音であった。
漆黒のその槍の先端から、一瞬で白い閃光が走り、そして“いとくらき闇の波”に触れた途端、それは消えた。
もちろん、一部であるが、先日の湖の大きさとは比較にはならない規模の大きさである。
消失を認めた人々は、大きな歓声をあげた。
アレクサンドロスは時間をあけながら、何度も“消失の槍”を振るった。
十回を超えた頃には、伝令からの報告によると、海に浮かんでいた“いとくらき闇の波”は半分以上、消失したという報告が上がった。
(なんとか、なりそうかな)
フランシスはアレクサンドロスを見つめる。
アレクサンドロスは、力強くうなずいて、愛しい番の顔を見つめていた。
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