前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき

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第二章 今世の幸せ

第22話 新たな場所からの侵攻

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 様々な場所から現れた黒い靄を、皇太子アレクサンドロスとフランシスは二人連れ立って、“消失の槍”で消していた。
 このまま消し続けていれば、“いとくらき闇の波”になる前に全て消し去ることができる。
 滅亡は阻止できるだろうとフランシスは考えていた。

 心配性のゼファーは、まだ悩んでいるようだったけれど、おそらく大丈夫だ。

 そしてもし、全てがちゃんと終わったら……


 フランシスは、常に自分の傍らに立つ黄金色の髪と黄金色の瞳を持つ皇太子アレクサンドロスの姿を見つめた。

 ちゃんと、彼に応えよう。
 そして今度こそ、僕らはちゃんと話し合い、分かり合って、一緒に歩いていけるように努力をしよう。

 前世では、僕も彼に押し倒されたり、力押しでうやむやにさせられていたけど、ちゃんと言葉で分かり合えるように努力して欲しいと言おう。




 そんなことをつらつらと考えていたフランシスの耳に、帝国からの伝令が届いた。
 それを受け取ったアレクサンドロスは絶句していた。

「海から、膨大な黒い靄が現れている」








 その報告を聞いたゼファーは、すぐさま現地に飛んだ。
 発生したのは帝国ではなく、隣国のリケルト王国であった。
 すでに海の向こうから波のように黒い靄が、雲まで届く高さのぶ厚さで渡ってきている。
 空は、ぶ厚い灰色の雲に幾重にも覆われ、黒い靄と雲の間で、時折白い稲光が光っていた。
 砂浜とその先の草原はすでに靄に覆われ、その下にいたであろう生き物の声は聞こえない。
 不気味な沈黙がそこにはあった。
 おそらく、喰われたのであろう。

 早い速度ではない。人が歩くような非常にゆっくりとした動きで、海から陸地に上がって来ようとしていた。
 それにしても、規模が大きい。

「海の上で発生して、海の上で合わさって、靄から“いとくらき闇の波”になってしまった」

 飛行魔法で周辺を見回す。
 靄の奥行きは果てもなく、横幅は広がり続けている。
 まるで大地を包み込もうという勢いだった。

 以前、“光の盾”を手に入れた際、アレクサンドロスには湖の水を、その魔力を使って消失してもらったが、それとは比較にならないほどの量であった。
 この膨大な“いとくらき闇の波”を消すには、たとえ飛びぬけて多いであろうアレクサンドロス一人の魔力量だけでは足りない。

 何万という人間の膨大な魔力が必要になる。

「塔に呼びかけるしかない」

 そう、全ての塔に属する魔術師達のすべての魔力をかき集め、それを“消失の槍”に通すのだ。
 果たして、それほどの魔力を通すことに“消失の槍”は耐えられるだろうか。

 だが、やるしかないことだった。

 すぐさまゼファーは中央塔に戻り、ヘクト師と話し合った。

 そして大陸全土の塔の魔術師達の魔力すべてを“消失の槍”へ通すことを決めたのだった。




 皇太子アレクサンドロスが“消失の槍”を振るい、その魔力の調整を最もアレクサンドロスと親和性の高いフランシスが担うことになった。
 ゼファーやヘクト師をはじめとした十二人の魔術師達は、アレクサンドロスとフランシスに大陸全土の魔力を送り込む中継点となる。
 本来、人が決して扱うことのないその膨大な魔力量を練り上げ注ぎ込む作業自体にも、生命の危険性のある極めて危険な作業であった。


 アレクサンドロスは漆黒の槍を手にしながら、そばのフランシスの耳元で囁いた。

「これが終わったら、僕のことを大いに褒めてほしい。よくやったとご褒美が欲しいな」

 このような状況であるのに、フランシスを愛し気に、蕩けるような黄金色の瞳で見つめるアレクサンドロス。
 呆れる思いはあったが、この場でもくどきにかかる彼の豪胆さにフランシスは笑ってしまった。

「ええ、殿下。ちゃんと褒めてあげますよ」

「僕が言っているのはご褒美だよ!!」

 駄々っ子のように言う皇太子に、周囲の騎士達をはじめ、魔術師達も生温かな視線を向けている。

「あなたがちゃんと生き残ったら」

 その時、フランシスの脳裏には前世の彼の姿が浮かんだ。
 “いとくらき闇の波”を見に行って、そして真っ先に命を落とした彼。

 その時の彼と寸分違わず同じ姿の彼。当たり前だ。魂は同じなのだから。
 だけど、あの時、あの瞬間、彼を失ったあの絶望を忘れられない。
 だからこそ、今の彼がひどく愛おしい。
 
 そのアレクサンドロスの耳元に小さく囁く。

「結婚してあげます」



 アレクサンドロスの黄金の瞳が輝いた。

「約束だ」

「約束します」


 


 “いとくらき闇の波”から逃れようと、動物達はもちろんのこと、膨大な魔獣達が森から一斉に走り出しているという話があった。
 そうした獣達に襲われている村や町も出てきている。
 “いとくらき闇の波”を消失させるための作業を進めている一行も襲われる可能性は十分あった。
 そのため、彼らの護衛に帝国騎士団も出動することになった。

 ゼファーは“光の盾”を自身の護衛騎士アーノルドに持たせた。
 皇太子の護衛騎士や帝国騎士に持たせることも考えたが、彼らは皇太子の身の安全を第一に考えるであろう。
 それではダメだった。
 皇太子のみならず、中継点を兼ねる魔術師達も守るように動いてもらわないといけない。

 中立に、そして視野を広く見てもらうにはアーノルドが一番ふさわしいと考えた。
 円形の白い“光の盾”を腕に装備させながら、ゼファーはアーノルドに説明した。

「君の魔力だと、それを使えるのは一度限りだ。悪いが、全魔力は“消失の槍”に使うため、これ以上“光の盾”へ回せる魔力はない。だから、アーノルド、それを使うのはここぞという時にやってくれ。“光の盾”は絶対の防御を示す。一度だけすべての敵をなぎはらうだろう」

「わかりました」

「僕は魔力の調整や中継作業で、これからほとんど君とは話せなくなる。気を付けてくれ」

「……ゼファー様も、どうかお気をつけて。御身を大切にして下さい」

「ああ」
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