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第二章 今世の幸せ
第20話 もう一つの提案
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アレクサンドロス皇太子とフランシスの活躍で、“消失の槍”は黒い靄を消していった。
ゼファーの論文を見て、批判の声を上げていた者達はこれまでの態度とはうって変わって、賞賛の声を上げ始めた。
「素晴らしい」
「さすが塔の天才少年」
「先見の明に優れる」
絶賛の嵐だった。
そんな文言の踊る新聞紙面を見て、ゼファーは馬鹿にしたように鼻で笑い、新聞をテーブルの上に放り投げた。
「変わり身の早いことだ」
「でも、誇らしいです。ゼファー様は素晴らしい御方ですから」
赤毛の大男の護衛騎士アーノルドの賞賛に、ジロリとゼファーは視線を向けた。
「別に、素晴らしいわけではない」
「いいえ、ゼファー様は誰よりも早くこの世界を救おうと動かれた。他の誰にもできないことです」
その手放しの賞賛に、ゼファーは嬉しがるどころか、不機嫌そうな様子を見せた。
ぼそりと呟く。
「……二回失敗して、もう後がないから当たり前だ」
「何か?」
「いや、なんでもない。それでアーノルド、あなたに相談があるんだ」
屋敷の個室に呼び出されたアーノルドは今、ゼファーと二人きりであった。
テーブルをはさみ、椅子に二人して対面で座っている。
「うまく滅亡が止められたら、ベーゼンハイム家の者達は、僕の護衛の任務から外れてもらって、自由にしてもらいたい」
「…………」
その言葉に、アーノルドは驚いて声を無くしていた。
「なにか、我々がゼファー様にご無礼を働きましたか」
「いや、逆だ。あなた達は本当によくしてくれた。コトが終われば、僕はもう護衛も必要なくなるだろう。殿下もフランシスと婚約し、僕を憎むこともなくなるだろうし」
「…………」
「それで、提案なのだが、アーノルド、あなたは僕の養子にならないか?」
その言葉に、アーノルドは「は?」と間抜けな声を上げた。
自分が、遥か年下のこの少年の養子?
養子?
「僕が爵位を得たのは、遺跡発掘など金銭的にもやりやすくすることや、皇太子と張り合うにも爵位が必要だったということがある。もう、それも必要なくなるだろう。だから、あなたを僕の養子にして、僕の爵位を引き継がせたい」
それに再び、アーノルドは彼にしては珍しく力の抜けた声で、「は……?」と声を上げていた。
「財産は申し訳ないが、今後も研究である程度使ってしまうだろう。でも、僕は爵位は必要ないから、あなたに……」
ダンとその手でアーノルドはゼファーの肩を掴んで椅子に押し付けた。
それほど強い怒りに満ちた彼の顔を、ゼファーは初めて見た。
真近で見たその剣幕は恐ろしいものだった。
ゼファーはひやりと冷たい汗を掻いていた。
「馬鹿にしないでもらいたい。爵位など、欲しければ自分で取りに行く」
アーノルドは静かな声でハッキリと告げた。
「…………」
「それに……あなたは……本当にわかっていない」
「…………」
「言ったでしょう。あなたは自分の幸せをもっと考えた方がいいと。相変わらず、何も考えていないのではないですか?」
「痛い、アーノルド」
「強く握っているから、当たり前です」
アーノルドは深くため息をついた。
そして、ゼファーの身体をふいに抱きしめた。きつく抱かれたゼファーは驚いて、そしてその強さにまた痛みを訴える。
「痛いって」
「強く抱いているから当たり前です。ゼファー様。……あなたは自分が幸せになる方法がわからないのではないですか」
「……僕は別に、幸せになんかならなくてもいい。今の状況に満足している」
「あなたはフランシス様も手放すという。爵位もいらないという。あなたには何が残されるんですか? 大好きな魔法研究ですか?」
「……そうだ」
「あなたは頭がとてもいいのに、ちょっと馬鹿な感じがします。皇太子殿下と同じですね」
その言葉に一瞬、ゼファーはカッとなっていた。
「僕はあんな男とは違うぞ!!」
「……あなたも殿下も、まだ十七歳ですから、あまり考えがなくても仕方がないのかも知れませんね」
そこで、ゼファーは今まで二回転生しており、人生経験は五十年を超えるとその耳元で叫びたかったが、ぐっと我慢していた。
「仕方ないので、私があなたを幸せにしてあげます。今、そう決めました」
アーノルドはゼファーの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうすれば、あなたは私に爵位を上げたいと言っていましたが、それも私は手に入る。そしてあなたは私に幸せにしてもらえる。お互いメリットがありますね」
「…………え?」
その時のゼファーの心底びっくりした顔を、アーノルドは生涯忘れないだろうと思った。
天才だともてはやされていた者であったが、その実まだ十七歳の少年であった。
驚いたその顔は、とてもあどけなく、そしてかわいく思えた。
「結婚の正式な申し込みは、すべてが終わってからにします」
「…………」
え、何言っているの?
まったく理解できないようなゼファーの驚いた顔に、アーノルドは笑顔を見せて、もう一度きつく抱きしめると、その頭頂に口づけを一度して、部屋を出ていった。
しばらくゼファーは、何を言われたのか理解できずに椅子に呆然と座っていた。
ゼファーの論文を見て、批判の声を上げていた者達はこれまでの態度とはうって変わって、賞賛の声を上げ始めた。
「素晴らしい」
「さすが塔の天才少年」
「先見の明に優れる」
絶賛の嵐だった。
そんな文言の踊る新聞紙面を見て、ゼファーは馬鹿にしたように鼻で笑い、新聞をテーブルの上に放り投げた。
「変わり身の早いことだ」
「でも、誇らしいです。ゼファー様は素晴らしい御方ですから」
赤毛の大男の護衛騎士アーノルドの賞賛に、ジロリとゼファーは視線を向けた。
「別に、素晴らしいわけではない」
「いいえ、ゼファー様は誰よりも早くこの世界を救おうと動かれた。他の誰にもできないことです」
その手放しの賞賛に、ゼファーは嬉しがるどころか、不機嫌そうな様子を見せた。
ぼそりと呟く。
「……二回失敗して、もう後がないから当たり前だ」
「何か?」
「いや、なんでもない。それでアーノルド、あなたに相談があるんだ」
屋敷の個室に呼び出されたアーノルドは今、ゼファーと二人きりであった。
テーブルをはさみ、椅子に二人して対面で座っている。
「うまく滅亡が止められたら、ベーゼンハイム家の者達は、僕の護衛の任務から外れてもらって、自由にしてもらいたい」
「…………」
その言葉に、アーノルドは驚いて声を無くしていた。
「なにか、我々がゼファー様にご無礼を働きましたか」
「いや、逆だ。あなた達は本当によくしてくれた。コトが終われば、僕はもう護衛も必要なくなるだろう。殿下もフランシスと婚約し、僕を憎むこともなくなるだろうし」
「…………」
「それで、提案なのだが、アーノルド、あなたは僕の養子にならないか?」
その言葉に、アーノルドは「は?」と間抜けな声を上げた。
自分が、遥か年下のこの少年の養子?
養子?
「僕が爵位を得たのは、遺跡発掘など金銭的にもやりやすくすることや、皇太子と張り合うにも爵位が必要だったということがある。もう、それも必要なくなるだろう。だから、あなたを僕の養子にして、僕の爵位を引き継がせたい」
それに再び、アーノルドは彼にしては珍しく力の抜けた声で、「は……?」と声を上げていた。
「財産は申し訳ないが、今後も研究である程度使ってしまうだろう。でも、僕は爵位は必要ないから、あなたに……」
ダンとその手でアーノルドはゼファーの肩を掴んで椅子に押し付けた。
それほど強い怒りに満ちた彼の顔を、ゼファーは初めて見た。
真近で見たその剣幕は恐ろしいものだった。
ゼファーはひやりと冷たい汗を掻いていた。
「馬鹿にしないでもらいたい。爵位など、欲しければ自分で取りに行く」
アーノルドは静かな声でハッキリと告げた。
「…………」
「それに……あなたは……本当にわかっていない」
「…………」
「言ったでしょう。あなたは自分の幸せをもっと考えた方がいいと。相変わらず、何も考えていないのではないですか?」
「痛い、アーノルド」
「強く握っているから、当たり前です」
アーノルドは深くため息をついた。
そして、ゼファーの身体をふいに抱きしめた。きつく抱かれたゼファーは驚いて、そしてその強さにまた痛みを訴える。
「痛いって」
「強く抱いているから当たり前です。ゼファー様。……あなたは自分が幸せになる方法がわからないのではないですか」
「……僕は別に、幸せになんかならなくてもいい。今の状況に満足している」
「あなたはフランシス様も手放すという。爵位もいらないという。あなたには何が残されるんですか? 大好きな魔法研究ですか?」
「……そうだ」
「あなたは頭がとてもいいのに、ちょっと馬鹿な感じがします。皇太子殿下と同じですね」
その言葉に一瞬、ゼファーはカッとなっていた。
「僕はあんな男とは違うぞ!!」
「……あなたも殿下も、まだ十七歳ですから、あまり考えがなくても仕方がないのかも知れませんね」
そこで、ゼファーは今まで二回転生しており、人生経験は五十年を超えるとその耳元で叫びたかったが、ぐっと我慢していた。
「仕方ないので、私があなたを幸せにしてあげます。今、そう決めました」
アーノルドはゼファーの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうすれば、あなたは私に爵位を上げたいと言っていましたが、それも私は手に入る。そしてあなたは私に幸せにしてもらえる。お互いメリットがありますね」
「…………え?」
その時のゼファーの心底びっくりした顔を、アーノルドは生涯忘れないだろうと思った。
天才だともてはやされていた者であったが、その実まだ十七歳の少年であった。
驚いたその顔は、とてもあどけなく、そしてかわいく思えた。
「結婚の正式な申し込みは、すべてが終わってからにします」
「…………」
え、何言っているの?
まったく理解できないようなゼファーの驚いた顔に、アーノルドは笑顔を見せて、もう一度きつく抱きしめると、その頭頂に口づけを一度して、部屋を出ていった。
しばらくゼファーは、何を言われたのか理解できずに椅子に呆然と座っていた。
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