46 / 62
第二章 今世の幸せ
第20話 もう一つの提案
しおりを挟む
アレクサンドロス皇太子とフランシスの活躍で、“消失の槍”は黒い靄を消していった。
ゼファーの論文を見て、批判の声を上げていた者達はこれまでの態度とはうって変わって、賞賛の声を上げ始めた。
「素晴らしい」
「さすが塔の天才少年」
「先見の明に優れる」
絶賛の嵐だった。
そんな文言の踊る新聞紙面を見て、ゼファーは馬鹿にしたように鼻で笑い、新聞をテーブルの上に放り投げた。
「変わり身の早いことだ」
「でも、誇らしいです。ゼファー様は素晴らしい御方ですから」
赤毛の大男の護衛騎士アーノルドの賞賛に、ジロリとゼファーは視線を向けた。
「別に、素晴らしいわけではない」
「いいえ、ゼファー様は誰よりも早くこの世界を救おうと動かれた。他の誰にもできないことです」
その手放しの賞賛に、ゼファーは嬉しがるどころか、不機嫌そうな様子を見せた。
ぼそりと呟く。
「……二回失敗して、もう後がないから当たり前だ」
「何か?」
「いや、なんでもない。それでアーノルド、あなたに相談があるんだ」
屋敷の個室に呼び出されたアーノルドは今、ゼファーと二人きりであった。
テーブルをはさみ、椅子に二人して対面で座っている。
「うまく滅亡が止められたら、ベーゼンハイム家の者達は、僕の護衛の任務から外れてもらって、自由にしてもらいたい」
「…………」
その言葉に、アーノルドは驚いて声を無くしていた。
「なにか、我々がゼファー様にご無礼を働きましたか」
「いや、逆だ。あなた達は本当によくしてくれた。コトが終われば、僕はもう護衛も必要なくなるだろう。殿下もフランシスと婚約し、僕を憎むこともなくなるだろうし」
「…………」
「それで、提案なのだが、アーノルド、あなたは僕の養子にならないか?」
その言葉に、アーノルドは「は?」と間抜けな声を上げた。
自分が、遥か年下のこの少年の養子?
養子?
「僕が爵位を得たのは、遺跡発掘など金銭的にもやりやすくすることや、皇太子と張り合うにも爵位が必要だったということがある。もう、それも必要なくなるだろう。だから、あなたを僕の養子にして、僕の爵位を引き継がせたい」
それに再び、アーノルドは彼にしては珍しく力の抜けた声で、「は……?」と声を上げていた。
「財産は申し訳ないが、今後も研究である程度使ってしまうだろう。でも、僕は爵位は必要ないから、あなたに……」
ダンとその手でアーノルドはゼファーの肩を掴んで椅子に押し付けた。
それほど強い怒りに満ちた彼の顔を、ゼファーは初めて見た。
真近で見たその剣幕は恐ろしいものだった。
ゼファーはひやりと冷たい汗を掻いていた。
「馬鹿にしないでもらいたい。爵位など、欲しければ自分で取りに行く」
アーノルドは静かな声でハッキリと告げた。
「…………」
「それに……あなたは……本当にわかっていない」
「…………」
「言ったでしょう。あなたは自分の幸せをもっと考えた方がいいと。相変わらず、何も考えていないのではないですか?」
「痛い、アーノルド」
「強く握っているから、当たり前です」
アーノルドは深くため息をついた。
そして、ゼファーの身体をふいに抱きしめた。きつく抱かれたゼファーは驚いて、そしてその強さにまた痛みを訴える。
「痛いって」
「強く抱いているから当たり前です。ゼファー様。……あなたは自分が幸せになる方法がわからないのではないですか」
「……僕は別に、幸せになんかならなくてもいい。今の状況に満足している」
「あなたはフランシス様も手放すという。爵位もいらないという。あなたには何が残されるんですか? 大好きな魔法研究ですか?」
「……そうだ」
「あなたは頭がとてもいいのに、ちょっと馬鹿な感じがします。皇太子殿下と同じですね」
その言葉に一瞬、ゼファーはカッとなっていた。
「僕はあんな男とは違うぞ!!」
「……あなたも殿下も、まだ十七歳ですから、あまり考えがなくても仕方がないのかも知れませんね」
そこで、ゼファーは今まで二回転生しており、人生経験は五十年を超えるとその耳元で叫びたかったが、ぐっと我慢していた。
「仕方ないので、私があなたを幸せにしてあげます。今、そう決めました」
アーノルドはゼファーの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうすれば、あなたは私に爵位を上げたいと言っていましたが、それも私は手に入る。そしてあなたは私に幸せにしてもらえる。お互いメリットがありますね」
「…………え?」
その時のゼファーの心底びっくりした顔を、アーノルドは生涯忘れないだろうと思った。
天才だともてはやされていた者であったが、その実まだ十七歳の少年であった。
驚いたその顔は、とてもあどけなく、そしてかわいく思えた。
「結婚の正式な申し込みは、すべてが終わってからにします」
「…………」
え、何言っているの?
まったく理解できないようなゼファーの驚いた顔に、アーノルドは笑顔を見せて、もう一度きつく抱きしめると、その頭頂に口づけを一度して、部屋を出ていった。
しばらくゼファーは、何を言われたのか理解できずに椅子に呆然と座っていた。
ゼファーの論文を見て、批判の声を上げていた者達はこれまでの態度とはうって変わって、賞賛の声を上げ始めた。
「素晴らしい」
「さすが塔の天才少年」
「先見の明に優れる」
絶賛の嵐だった。
そんな文言の踊る新聞紙面を見て、ゼファーは馬鹿にしたように鼻で笑い、新聞をテーブルの上に放り投げた。
「変わり身の早いことだ」
「でも、誇らしいです。ゼファー様は素晴らしい御方ですから」
赤毛の大男の護衛騎士アーノルドの賞賛に、ジロリとゼファーは視線を向けた。
「別に、素晴らしいわけではない」
「いいえ、ゼファー様は誰よりも早くこの世界を救おうと動かれた。他の誰にもできないことです」
その手放しの賞賛に、ゼファーは嬉しがるどころか、不機嫌そうな様子を見せた。
ぼそりと呟く。
「……二回失敗して、もう後がないから当たり前だ」
「何か?」
「いや、なんでもない。それでアーノルド、あなたに相談があるんだ」
屋敷の個室に呼び出されたアーノルドは今、ゼファーと二人きりであった。
テーブルをはさみ、椅子に二人して対面で座っている。
「うまく滅亡が止められたら、ベーゼンハイム家の者達は、僕の護衛の任務から外れてもらって、自由にしてもらいたい」
「…………」
その言葉に、アーノルドは驚いて声を無くしていた。
「なにか、我々がゼファー様にご無礼を働きましたか」
「いや、逆だ。あなた達は本当によくしてくれた。コトが終われば、僕はもう護衛も必要なくなるだろう。殿下もフランシスと婚約し、僕を憎むこともなくなるだろうし」
「…………」
「それで、提案なのだが、アーノルド、あなたは僕の養子にならないか?」
その言葉に、アーノルドは「は?」と間抜けな声を上げた。
自分が、遥か年下のこの少年の養子?
養子?
「僕が爵位を得たのは、遺跡発掘など金銭的にもやりやすくすることや、皇太子と張り合うにも爵位が必要だったということがある。もう、それも必要なくなるだろう。だから、あなたを僕の養子にして、僕の爵位を引き継がせたい」
それに再び、アーノルドは彼にしては珍しく力の抜けた声で、「は……?」と声を上げていた。
「財産は申し訳ないが、今後も研究である程度使ってしまうだろう。でも、僕は爵位は必要ないから、あなたに……」
ダンとその手でアーノルドはゼファーの肩を掴んで椅子に押し付けた。
それほど強い怒りに満ちた彼の顔を、ゼファーは初めて見た。
真近で見たその剣幕は恐ろしいものだった。
ゼファーはひやりと冷たい汗を掻いていた。
「馬鹿にしないでもらいたい。爵位など、欲しければ自分で取りに行く」
アーノルドは静かな声でハッキリと告げた。
「…………」
「それに……あなたは……本当にわかっていない」
「…………」
「言ったでしょう。あなたは自分の幸せをもっと考えた方がいいと。相変わらず、何も考えていないのではないですか?」
「痛い、アーノルド」
「強く握っているから、当たり前です」
アーノルドは深くため息をついた。
そして、ゼファーの身体をふいに抱きしめた。きつく抱かれたゼファーは驚いて、そしてその強さにまた痛みを訴える。
「痛いって」
「強く抱いているから当たり前です。ゼファー様。……あなたは自分が幸せになる方法がわからないのではないですか」
「……僕は別に、幸せになんかならなくてもいい。今の状況に満足している」
「あなたはフランシス様も手放すという。爵位もいらないという。あなたには何が残されるんですか? 大好きな魔法研究ですか?」
「……そうだ」
「あなたは頭がとてもいいのに、ちょっと馬鹿な感じがします。皇太子殿下と同じですね」
その言葉に一瞬、ゼファーはカッとなっていた。
「僕はあんな男とは違うぞ!!」
「……あなたも殿下も、まだ十七歳ですから、あまり考えがなくても仕方がないのかも知れませんね」
そこで、ゼファーは今まで二回転生しており、人生経験は五十年を超えるとその耳元で叫びたかったが、ぐっと我慢していた。
「仕方ないので、私があなたを幸せにしてあげます。今、そう決めました」
アーノルドはゼファーの顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「そうすれば、あなたは私に爵位を上げたいと言っていましたが、それも私は手に入る。そしてあなたは私に幸せにしてもらえる。お互いメリットがありますね」
「…………え?」
その時のゼファーの心底びっくりした顔を、アーノルドは生涯忘れないだろうと思った。
天才だともてはやされていた者であったが、その実まだ十七歳の少年であった。
驚いたその顔は、とてもあどけなく、そしてかわいく思えた。
「結婚の正式な申し込みは、すべてが終わってからにします」
「…………」
え、何言っているの?
まったく理解できないようなゼファーの驚いた顔に、アーノルドは笑顔を見せて、もう一度きつく抱きしめると、その頭頂に口づけを一度して、部屋を出ていった。
しばらくゼファーは、何を言われたのか理解できずに椅子に呆然と座っていた。
55
お気に入りに追加
1,968
あなたにおすすめの小説
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる