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第二章 今世の幸せ
第18話 黒い靄(上)
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ここ半年、大森林近くの街にある冒険者ギルドで、そこそこ良い報酬額で斡旋されていた仕事が、大森林の調査であった。
中央塔の魔術師からの依頼で、大森林に黒い靄の発生を見つけたならば、その報告をするというものだった。
そこそこ良い報酬額であったので、皆、競ってその依頼を受けながらも、何も変化がないことを報告する度に「バカバカしい依頼」「銭失いだな」「法螺吹きがやっている」と、口にしていた。
なにせこの半年間、毎日毎日、変化のない大森林の調査をして報告していたのだ。
それでも、冒険者になりたての者にとっては非常に良い収入源であったため、有難く思う者達もいた。
そしてその日も、大森林の調査依頼を受けた冒険者達は、大森林近くまで足を運んでいた。
大森林とは、その言葉通り、巨大な森林地帯である。
帝国と二つの王国に跨るこの深い森林には、未知の生物もその奥地にいるのではないかと噂される。
周辺部はある程度調査がし尽くされているが、糧食を持って踏み込む奥には、魔獣も多く、腕利きの冒険者でなければ踏破は厳しいといわれていた。
そんな大森林を、草原から遠く見ていた冒険者の一人が、ふいに声をあげた。
「……なんだありゃ」
大森林から、黒いもやもやとしたものが、風に乗って流れ始めていた。
一緒に同行していた冒険者が、手をかざして目を細めて見る。
「あれが、靄じゃねぇか」
「霧が黒くなったみたいだな」
風にのってふわっと広がる黒い靄。
依頼状には「その靄を見つけても、決して近寄らないように」との注意書きがあった。
何かしらの危険性があるのだろう。だが、一見するとそうした危険があるようには見えない。
冒険者になりたての男が、好奇心からその靄に近づき、そっと手を伸ばした。
瞬間、その手が消えた。
吹き出す血潮に絶叫する冒険者の男。慌てて男の服を掴んで、血相変えて他の冒険者達はその場を後にした。
黒い靄の中に、何かがいるように思えた。
それが、冒険者の男の腕を一瞬で食べたのだ。
恐ろしい何かが、その靄の中にはいるのだ。
冒険者達は、冒険者ギルドに駆け込み、そして報告した。
大森林に、黒い靄が発生したことを。
*
その報告を聞いた時、ゼファーはフランシスに言った。
「皇太子と一緒に、“消失の槍”で、黒い靄を片っ端から消して来てくれないか」と。
フランシスはそのゼファーの言葉に、珍しくため息をついている。
「アレクと一緒に……」
「そう」
相変わらず、皇太子アレクサンドロスはこの半年、あの手この手の猛アタックをフランシスに続けていた。
恋愛というのは、相手を手に入れるまでの行程が楽しいという話を聞いたことがある。
きっと、アレクサンドロスは今、楽しいのだろうと思う。
反面、それを断り続けなければならないフランシスは苦しく思っていた。
フランシスは果たせぬ恋の悩みを常に抱えているせいか、なぜだかひどく色っぽく見えた。
前世の時は、早々にアレクサンドロスと相思相愛になっていたため、こうした悩みを悶々と抱えることはなかったろう。
だが今、彼は(好きなのに、相手に好きだと言ってはいけない)(邪険にしないといけない)という状態で、ひどく苦しそうだった。
その煩悶が、この美しい少年に艶を与えていた。
それでもこれから先、そう長いこと苦しむことにはならないだろうとゼファーは思っていた。
フランシスのそばに、両手を広げて「さぁ、飛び込んでおいで」と笑顔のムカつくあの皇太子の幻でも見えてきそうだった。
不愉快であったが、適当に餌を与えて、皇太子を働かせなければならなかった。
「今回、僕は一緒に行かない。君がフォローして、殿下を働かせるんだ」
「ゼファー……」
「“消失の槍”と“光の盾”を君が持っていくんだよ」
じっとフランシスはその桃色の瞳でゼファーを見つめ、彼が言葉を翻さないのを見ると、諦めたようにため息をついた。
「わかったよ」
中央塔の魔術師からの依頼で、大森林に黒い靄の発生を見つけたならば、その報告をするというものだった。
そこそこ良い報酬額であったので、皆、競ってその依頼を受けながらも、何も変化がないことを報告する度に「バカバカしい依頼」「銭失いだな」「法螺吹きがやっている」と、口にしていた。
なにせこの半年間、毎日毎日、変化のない大森林の調査をして報告していたのだ。
それでも、冒険者になりたての者にとっては非常に良い収入源であったため、有難く思う者達もいた。
そしてその日も、大森林の調査依頼を受けた冒険者達は、大森林近くまで足を運んでいた。
大森林とは、その言葉通り、巨大な森林地帯である。
帝国と二つの王国に跨るこの深い森林には、未知の生物もその奥地にいるのではないかと噂される。
周辺部はある程度調査がし尽くされているが、糧食を持って踏み込む奥には、魔獣も多く、腕利きの冒険者でなければ踏破は厳しいといわれていた。
そんな大森林を、草原から遠く見ていた冒険者の一人が、ふいに声をあげた。
「……なんだありゃ」
大森林から、黒いもやもやとしたものが、風に乗って流れ始めていた。
一緒に同行していた冒険者が、手をかざして目を細めて見る。
「あれが、靄じゃねぇか」
「霧が黒くなったみたいだな」
風にのってふわっと広がる黒い靄。
依頼状には「その靄を見つけても、決して近寄らないように」との注意書きがあった。
何かしらの危険性があるのだろう。だが、一見するとそうした危険があるようには見えない。
冒険者になりたての男が、好奇心からその靄に近づき、そっと手を伸ばした。
瞬間、その手が消えた。
吹き出す血潮に絶叫する冒険者の男。慌てて男の服を掴んで、血相変えて他の冒険者達はその場を後にした。
黒い靄の中に、何かがいるように思えた。
それが、冒険者の男の腕を一瞬で食べたのだ。
恐ろしい何かが、その靄の中にはいるのだ。
冒険者達は、冒険者ギルドに駆け込み、そして報告した。
大森林に、黒い靄が発生したことを。
*
その報告を聞いた時、ゼファーはフランシスに言った。
「皇太子と一緒に、“消失の槍”で、黒い靄を片っ端から消して来てくれないか」と。
フランシスはそのゼファーの言葉に、珍しくため息をついている。
「アレクと一緒に……」
「そう」
相変わらず、皇太子アレクサンドロスはこの半年、あの手この手の猛アタックをフランシスに続けていた。
恋愛というのは、相手を手に入れるまでの行程が楽しいという話を聞いたことがある。
きっと、アレクサンドロスは今、楽しいのだろうと思う。
反面、それを断り続けなければならないフランシスは苦しく思っていた。
フランシスは果たせぬ恋の悩みを常に抱えているせいか、なぜだかひどく色っぽく見えた。
前世の時は、早々にアレクサンドロスと相思相愛になっていたため、こうした悩みを悶々と抱えることはなかったろう。
だが今、彼は(好きなのに、相手に好きだと言ってはいけない)(邪険にしないといけない)という状態で、ひどく苦しそうだった。
その煩悶が、この美しい少年に艶を与えていた。
それでもこれから先、そう長いこと苦しむことにはならないだろうとゼファーは思っていた。
フランシスのそばに、両手を広げて「さぁ、飛び込んでおいで」と笑顔のムカつくあの皇太子の幻でも見えてきそうだった。
不愉快であったが、適当に餌を与えて、皇太子を働かせなければならなかった。
「今回、僕は一緒に行かない。君がフォローして、殿下を働かせるんだ」
「ゼファー……」
「“消失の槍”と“光の盾”を君が持っていくんだよ」
じっとフランシスはその桃色の瞳でゼファーを見つめ、彼が言葉を翻さないのを見ると、諦めたようにため息をついた。
「わかったよ」
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