上 下
41 / 62
第二章 今世の幸せ

第15話 取引(上)

しおりを挟む
 内務省からの帰りの馬車の中、今まで無言で控えていたアーノルドが口を開いた。

「先ほどのブラウン殿との話ですが」

 馬車の中、ぼんやりと窓から過ぎる風景を眺めていたゼファーは、対面に座るアーノルドに視線をやる。

「何か?」

「いえ、私には魔術の知識はまったくなく、あの『魔法大全』という本も目にしたことはないのですが。随分と物騒な話をしていたようで」

「そうだね。ブラウンさんのことだから、やたらと口外はしないと思っているから教えたのだけど、やはり聞いていたらあなたもショックでしたか?」

「……二年と仰っていましたね」

 ゼファーは、馬車の窓枠に肘をかけ、外を見ながら言った。
 風がその短い黒髪を揺らす。

「何もしなければそうだけど、大丈夫。ちゃんと手を打っているから滅亡はしないよ」

 複雑な表情でいるアーノルド。半信半疑の気持ちなのだろう。
 それは当然だ。いや、むしろ、信じない者の方が多いだろう。
 過去、『魔法大全』で論文を公表した時もそうだった。賛否両論で議論が大いに起きた。
 あの時は、フランシスだけが味方だった。

 アーノルドは、ゼファーが冒険者ギルドにも声をかけ、大森林から発生するという黒いもやを相応の報酬を出して見張らせていることを知っていた。
 だが、冒険者ギルドの者達の中には、ゼファーの言葉を馬鹿にしている者もいるようだった。法螺吹きだと見ているのだ。
 ゼファーはそんな声を気にしていないようだが、アーノルドとしては悔しいような思いを抱えていた。






 塔に行くと、フランシスがひどく疲れた表情でいた。
 与えられている部屋の、書類の散らばった机にうつぶしている。

「どうしたの?」

 尋ねると、フランシスが死んだ魚のような目を向けた。

「……もう屋敷に帰りたくない」

「……どうして」

「殿下から、手紙とか贈り物が山のように贈られてきて。父上達も、返事を書けとうるさいんだ。皇宮へ行ってお礼申し上げろとか言うし、僕は会いたくないのに」

「……」

 ゼファーはフランシスの白金の柔らかな髪を撫でた。フランシスは目を閉じた。

「とりあえず、しばらく塔にこもれば」

「うん」

 予想できたことだったが、番認定をしたフランシスに皇太子アレクサンドロスが猛アタックをしている。
 人の婚約者だというのに、なりふり構っていない。
 呆れてしまうのだが、前世の時からアレクサンドロスにはそういうところがあった。
 番のことしか目に入らず、それ以外の常識を全てどこかに置いてきているところがあった。
 平素は優れた皇太子と称えられている人物であるのに、番のことになるとおかしくなる。
 そういうところが問題なのに、彼は今世でも変わらなかった。

 ゼファーとしては、アレクサンドロスのことは彼の評判も含めて正直どうでもよいと思っていた。
 だが、彼の熱烈なアタックにフランシスは苦しい思いをしている。
 フランシスは、アレクサンドロスに惹かれている。だから、彼を自分が邪険にすることに罪悪感を持ち始めていた。
 過去の記憶がそれほど蘇っていない状態では耐えられたのだろう。だが、なまじ色々と思い出してから、そして何よりも会ってしまった後では、フランシスも我慢が効かなくなっている。
 
 しばらく頭を撫でているゼファーを見て、護衛騎士のアーノルドがまたしても憤慨した声でこう言った。

「アレクサンドロス殿下も、本当に懲りない御方ですね」

「そうだね」

「もし、ゼファー様がお望みなら、私が殿下に決闘を申し込みましょうか」

 人の婚約者にちょっかいを出し続けているアレクサンドロスに対して、ゼファーには決闘を申し込む権利が発生する。その思わぬ指摘に、ゼファーは一瞬、息を呑み、またしても声を上げて笑っていた。

「それは、すごく誘惑される申し出だけど、万が一あなたが殿下を殺してしまったらダメだから遠慮しとくよ」

 そうなれば、滅亡まで一直線だった。

「でも、一度殿下とはちゃんとお話ししないといけないね」

 ゼファーは笑いながらもそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺とあいつの、近くて遠い距離

ちとせ。
BL
「俺、お前が好きだ」――― 高三の夏のあの告白さえなければ、俺とあいつは今でも親友だったはずだ。どんなに悔やんでも、時間はもう巻き戻らない。どんなに願っても、俺とあいつの間にできてしまった距離はもう埋められない。だって俺も男であいつも男。俺はゲイだけど、あいつはそうじゃないのだから。フェロモンだだ漏れで女にモテまくりなイケメンノンケ大学生×一途で意地っ張りで本人自覚なしのノンケキラーなゲイ大学生。受け視点のお話。※本編、本編の裏話(攻め視点)とも完結しました。続編も予定していますが、一旦完結表示にさせていただきます。※ムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

何度生まれ変わっても愛されないので今生は強気でいきます!

サクラギ
BL
愛されることに飢えた王子と、愛した人に逃げられる運命の魔術師のお話。暗い感じに進みます。しかも胸糞悪い部分多いです。突然行為が始まります。ご了承下さい。 獣人と男子高校生と筋肉の前に書いていたお話なので、拙さがより一層出ていると思います。 それでも良いよと思われる方、どうぞよろしくお願いします。 誤字脱字すみません。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結/R18】俺が不幸なのは陛下の溺愛が過ぎるせいです?

柚鷹けせら
BL
気付いた時には皆から嫌われて独りぼっちになっていた。 弟に突き飛ばされて死んだ、――と思った次の瞬間、俺は何故か陛下と呼ばれる男に抱き締められていた。 「ようやく戻って来たな」と満足そうな陛下。 いや、でも待って欲しい。……俺は誰だ?? 受けを溺愛するストーカー気質な攻めと、記憶が繋がっていない受けの、えっちが世界を救う短編です(全四回)。 ※特に内容は無いので頭を空っぽにして読んで頂ければ幸いです。 ※連載中作品のえちぃシーンを書く練習でした。その供養です。完結済み。

パパは息子のセフレをNTRたい

mochizuki_akio
BL
完璧な人生を送ってきたはずだったのに。 子ども達の中でも、飛び抜けた有能さを発揮する末っ子、天外にはどうやら恋人がいるらしい。会社の将来のためにも、見合いを勧めたい父親の章太郎は、調査結果に愕然とする。相手は15歳年上の中年男。冴えない風貌に、天外とは釣り合わない経歴。息子はこの男に騙されているのだ――仲を引き裂こうとしたら、息子のセフレにハマって寝取ってしまう父親の話。 攻1:受のかつての部下。情緒不安定のメンへラ故、受を追い詰めていく。 攻2:攻1の父親。追い出そうとした息子の相手にハマって、受を追い詰めていく。 受:会社の通称、追い出し部屋に住む43歳。 こちらの小説はムーンライトノベルズ、エブリスタ、pixivにも投稿しております。

【完結】酔った勢いで子供が出来た?!しかも相手は嫌いなアイツ?!

愛早さくら
BL
酔って記憶ぶっ飛ばして朝起きたら一夜の過ちどころか妊娠までしていた。 は?!!?なんで?!!?!って言うか、相手って……恐る恐る隣を見ると嫌っていたはずの相手。 えー……なんで…………冷や汗ダラダラ 焦るリティは、しかしだからと言ってお腹にいる子供をなかったことには出来なかった。 みたいなところから始まる、嫌い合ってたはずなのに本当は……?! という感じの割とよくあるBL話を、自分なりに書いてみたいと思います。 ・いつも通りの世界のお話ではありますが、今度は一応血縁ではありません。 (だけど舞台はナウラティス。) ・相変わらず貴族とかそういう。(でも流石に王族ではない。) ・男女関係なく子供が産める魔法とかある異世界が舞台。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。 ・頭に☆があるお話は残酷な描写、とまではいかずとも、たとえ多少であっても流血表現などがあります。 ・言い訳というか解説というかは近況ボードの「突発短編2」のコメント欄からどうぞ。

【完結】旦那の病弱な弟が屋敷に来てから俺の優先順位が変わった

丸田ザール
BL
タイトルのままです アーロ(受け)が自分の子供っぽさを周囲に指摘されて素直に直そうと頑張るけど上手くいかない話。 イーサン(攻め)は何時まで生きられるか分からない弟を優先してアーロ(受け)を蔑ろにし過ぎる話 【※上記はあくまで"あらすじ"です。】 後半になるにつれて受けが可哀想になっていきます。受けにも攻めにも非がありますが受けの味方はほぼ攻めしか居ないので可哀想なのは圧倒的受けです ※病弱な弟くんは誰か(男)カップリングになる事はありません 胸糞展開が長く続きますので、苦手な方は注意してください。ハピエンです ざまぁは書きません

処理中です...