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第二章 今世の幸せ
第15話 取引(上)
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内務省からの帰りの馬車の中、今まで無言で控えていたアーノルドが口を開いた。
「先ほどのブラウン殿との話ですが」
馬車の中、ぼんやりと窓から過ぎる風景を眺めていたゼファーは、対面に座るアーノルドに視線をやる。
「何か?」
「いえ、私には魔術の知識はまったくなく、あの『魔法大全』という本も目にしたことはないのですが。随分と物騒な話をしていたようで」
「そうだね。ブラウンさんのことだから、やたらと口外はしないと思っているから教えたのだけど、やはり聞いていたらあなたもショックでしたか?」
「……二年と仰っていましたね」
ゼファーは、馬車の窓枠に肘をかけ、外を見ながら言った。
風がその短い黒髪を揺らす。
「何もしなければそうだけど、大丈夫。ちゃんと手を打っているから滅亡はしないよ」
複雑な表情でいるアーノルド。半信半疑の気持ちなのだろう。
それは当然だ。いや、むしろ、信じない者の方が多いだろう。
過去、『魔法大全』で論文を公表した時もそうだった。賛否両論で議論が大いに起きた。
あの時は、フランシスだけが味方だった。
アーノルドは、ゼファーが冒険者ギルドにも声をかけ、大森林から発生するという黒い靄を相応の報酬を出して見張らせていることを知っていた。
だが、冒険者ギルドの者達の中には、ゼファーの言葉を馬鹿にしている者もいるようだった。法螺吹きだと見ているのだ。
ゼファーはそんな声を気にしていないようだが、アーノルドとしては悔しいような思いを抱えていた。
塔に行くと、フランシスがひどく疲れた表情でいた。
与えられている部屋の、書類の散らばった机にうつぶしている。
「どうしたの?」
尋ねると、フランシスが死んだ魚のような目を向けた。
「……もう屋敷に帰りたくない」
「……どうして」
「殿下から、手紙とか贈り物が山のように贈られてきて。父上達も、返事を書けとうるさいんだ。皇宮へ行ってお礼申し上げろとか言うし、僕は会いたくないのに」
「……」
ゼファーはフランシスの白金の柔らかな髪を撫でた。フランシスは目を閉じた。
「とりあえず、しばらく塔にこもれば」
「うん」
予想できたことだったが、番認定をしたフランシスに皇太子アレクサンドロスが猛アタックをしている。
人の婚約者だというのに、なりふり構っていない。
呆れてしまうのだが、前世の時からアレクサンドロスにはそういうところがあった。
番のことしか目に入らず、それ以外の常識を全てどこかに置いてきているところがあった。
平素は優れた皇太子と称えられている人物であるのに、番のことになるとおかしくなる。
そういうところが問題なのに、彼は今世でも変わらなかった。
ゼファーとしては、アレクサンドロスのことは彼の評判も含めて正直どうでもよいと思っていた。
だが、彼の熱烈なアタックにフランシスは苦しい思いをしている。
フランシスは、アレクサンドロスに惹かれている。だから、彼を自分が邪険にすることに罪悪感を持ち始めていた。
過去の記憶がそれほど蘇っていない状態では耐えられたのだろう。だが、なまじ色々と思い出してから、そして何よりも会ってしまった後では、フランシスも我慢が効かなくなっている。
しばらく頭を撫でているゼファーを見て、護衛騎士のアーノルドがまたしても憤慨した声でこう言った。
「アレクサンドロス殿下も、本当に懲りない御方ですね」
「そうだね」
「もし、ゼファー様がお望みなら、私が殿下に決闘を申し込みましょうか」
人の婚約者にちょっかいを出し続けているアレクサンドロスに対して、ゼファーには決闘を申し込む権利が発生する。その思わぬ指摘に、ゼファーは一瞬、息を呑み、またしても声を上げて笑っていた。
「それは、すごく誘惑される申し出だけど、万が一あなたが殿下を殺してしまったらダメだから遠慮しとくよ」
そうなれば、滅亡まで一直線だった。
「でも、一度殿下とはちゃんとお話ししないといけないね」
ゼファーは笑いながらもそう言った。
「先ほどのブラウン殿との話ですが」
馬車の中、ぼんやりと窓から過ぎる風景を眺めていたゼファーは、対面に座るアーノルドに視線をやる。
「何か?」
「いえ、私には魔術の知識はまったくなく、あの『魔法大全』という本も目にしたことはないのですが。随分と物騒な話をしていたようで」
「そうだね。ブラウンさんのことだから、やたらと口外はしないと思っているから教えたのだけど、やはり聞いていたらあなたもショックでしたか?」
「……二年と仰っていましたね」
ゼファーは、馬車の窓枠に肘をかけ、外を見ながら言った。
風がその短い黒髪を揺らす。
「何もしなければそうだけど、大丈夫。ちゃんと手を打っているから滅亡はしないよ」
複雑な表情でいるアーノルド。半信半疑の気持ちなのだろう。
それは当然だ。いや、むしろ、信じない者の方が多いだろう。
過去、『魔法大全』で論文を公表した時もそうだった。賛否両論で議論が大いに起きた。
あの時は、フランシスだけが味方だった。
アーノルドは、ゼファーが冒険者ギルドにも声をかけ、大森林から発生するという黒い靄を相応の報酬を出して見張らせていることを知っていた。
だが、冒険者ギルドの者達の中には、ゼファーの言葉を馬鹿にしている者もいるようだった。法螺吹きだと見ているのだ。
ゼファーはそんな声を気にしていないようだが、アーノルドとしては悔しいような思いを抱えていた。
塔に行くと、フランシスがひどく疲れた表情でいた。
与えられている部屋の、書類の散らばった机にうつぶしている。
「どうしたの?」
尋ねると、フランシスが死んだ魚のような目を向けた。
「……もう屋敷に帰りたくない」
「……どうして」
「殿下から、手紙とか贈り物が山のように贈られてきて。父上達も、返事を書けとうるさいんだ。皇宮へ行ってお礼申し上げろとか言うし、僕は会いたくないのに」
「……」
ゼファーはフランシスの白金の柔らかな髪を撫でた。フランシスは目を閉じた。
「とりあえず、しばらく塔にこもれば」
「うん」
予想できたことだったが、番認定をしたフランシスに皇太子アレクサンドロスが猛アタックをしている。
人の婚約者だというのに、なりふり構っていない。
呆れてしまうのだが、前世の時からアレクサンドロスにはそういうところがあった。
番のことしか目に入らず、それ以外の常識を全てどこかに置いてきているところがあった。
平素は優れた皇太子と称えられている人物であるのに、番のことになるとおかしくなる。
そういうところが問題なのに、彼は今世でも変わらなかった。
ゼファーとしては、アレクサンドロスのことは彼の評判も含めて正直どうでもよいと思っていた。
だが、彼の熱烈なアタックにフランシスは苦しい思いをしている。
フランシスは、アレクサンドロスに惹かれている。だから、彼を自分が邪険にすることに罪悪感を持ち始めていた。
過去の記憶がそれほど蘇っていない状態では耐えられたのだろう。だが、なまじ色々と思い出してから、そして何よりも会ってしまった後では、フランシスも我慢が効かなくなっている。
しばらく頭を撫でているゼファーを見て、護衛騎士のアーノルドがまたしても憤慨した声でこう言った。
「アレクサンドロス殿下も、本当に懲りない御方ですね」
「そうだね」
「もし、ゼファー様がお望みなら、私が殿下に決闘を申し込みましょうか」
人の婚約者にちょっかいを出し続けているアレクサンドロスに対して、ゼファーには決闘を申し込む権利が発生する。その思わぬ指摘に、ゼファーは一瞬、息を呑み、またしても声を上げて笑っていた。
「それは、すごく誘惑される申し出だけど、万が一あなたが殿下を殺してしまったらダメだから遠慮しとくよ」
そうなれば、滅亡まで一直線だった。
「でも、一度殿下とはちゃんとお話ししないといけないね」
ゼファーは笑いながらもそう言った。
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