前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき

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第二章 今世の幸せ

第14話 面会

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 内務省ブラウンは、報告書を書き上げていた。
 あの天才魔術師ゼファーの持つ、“消失の槍”
 あれは個人が持つことを許される力ではない。

 早急に、帝国がその“消失の槍”を手に入れなければならない。
 
 幸いなことに、“消失の槍”を使うことができるのは膨大な魔力を持つ人間だけのようで、現状、この世界では帝国皇太子アレクサンドロスだけのようだ。

 そのため、ゼファー自身が“消失の槍”を持っていたとしても、それを使用する危険性はない。
 また彼自身が、魔術師としての才能に溢れている。
 特に、古代時代の武器の調査、発掘に関しては、フランシス共々優れた存在である。

 よって、これまで以上に彼らを囲い込むことが得策であろう。



 そう報告書を書き上げながら、彼は机の上に積み上げておいた『魔法大全』の書物を取り上げて、パラパラと目を通した。
 『魔法大全』は、この大陸で発行されている魔法の専門書であり、一冊がとてもぶ厚い(テーブルに立てることができる厚さである)。
 魔術師達は書き上げた論文を『魔法大全』に寄稿し、『魔法大全』の編集を行う魔術師達が論文を精査の上で掲載する。

 ゼファーもフランシスも、論文がよく掲載されている研究を専門とする魔術師であった。

 そしてブラウンは、先日掲載され、非常に話題となったゼファーの論文に目をやった。

 その論文は、古代時代、何度もこの世界が滅亡の危機に瀕していたこと、今後もその滅亡の危機が発生する可能性が高いこと、備えるためにも古代時代の遺物を発掘する必要があるという内容であった。

 ゼファーが手に入れている“消失の槍”も、先日入手のために皇太子が協力した“光の盾”も、彼がその滅亡の危機に備えるために用意している古代時代の遺物である。

 そこでふいに気になった。

 彼は、いつこの世界が、その滅亡の危機に瀕すると考えているのだろう。

 あの天才少年の口から直接話を聞いてみたかった。
 そうブラウンは考えたが、あいにくと先日、皇太子の身分を偽って塔の中に入れた件で、彼は塔の入場許可証たるパスを取り上げられていた。ゼファーに会いに行くことは出来ない。

 ここは、正攻法で手紙を出して面会を求めるしかない。
 ブラウンは早速手紙を書き上げた。



 塔のゼファーに出した手紙の返信は、驚くほどの早さで返ってきた。
 出した当日にもう返信が届いたのである。
 流暢な字で書かれた手紙の文面は、とても十六歳の少年の手によるものとは思えない。

 ブラウンが塔へ足を運び辛いであろうことを察し、王宮近くに建つ内務省の建物へゼファーが訪れることになった。



 当日現れたゼファーは、護衛騎士のアーノルドを連れて現れた。
 詰襟の裾の長い服に、ケープをまとった彼は、顔立ちこそ少年のものではあったが非常に落ち着いた佇まいであった。
 十六歳であるのに、この貫禄めいたものはなんだろうとブラウンは思ってしまう。
 そもそも、平民出身であるのに、物おじせずにあそこまで殿下と対等に話せることも凄いことだった。

 個室に案内する。ブラウンが『魔法大全』の書籍を小脇に抱えているのを、ゼファーは興味深そうに眺めていた。

「全部ご覧になったのですか」

「ええ、私は今でこそ、内務省職員ですが、その前は魔法を勉強しに塔にいました。魔法には今も興味があるのです。『魔法大全』は、今も全巻揃えていますよ」

 それには、ゼファーは軽く口笛を吹いた。

「それはそれは」

 『魔法大全』は非常に高価な書籍であったため、全巻揃えるとなると相当な出費である。
 だが、十代の頃からブラウンはこつこつとそれを集めていた。

 テーブルを間に挟んで、二人して椅子に座った。座るゼファーの後ろにアーノルドが立って控えている。

 ブラウンは、自分の要望に応えて内務省まで足を運んでくれたことに謝意を表しつつ、早速ゼファーに尋ねた。

「率直にお伺いします。先日、発表された論文にも時期は記載されていませんでしたが、ゼファー殿はあの滅亡の危機というのは、いったい、いつ頃起きるとお考えなのでしょう。実際に起こるであろうことを想定して、“消失の槍”などを集められているのですよね」

 それに、ゼファーはあっさりと答えた。

「二年後です」

「……え?」

「二年後に発生すると考えています」







 端的に述べられた言葉に、ブラウンは一瞬言葉を失った。

「二年後? それはいったいどういう根拠に基づいて仰られているのでしょう」

 ゼファーは足を組んで言った。

「正確には、もう二年を切っています。証拠はありませんが、そろそろ“予兆”が現れるでしょう。過去の例からも、黒いもやのようなものが、大森林のあたりから広がっていきます」

「黒い靄?」

 そのブラウンの問いかけに、ゼファーはうなずいた。

「そうです。最初“いとくらき闇の波”はそうやって始まります。それがさまざまな場所で発生して、やがて塊になり、“いとくらき闇の波”になるのです。それがどうして、どうやって生まれるのかは、僕にもわかりません」

 ゼファーの話は、荒唐無稽なものといえた。
 まるで予言者のように、そろそろ“予兆”が起こるなど、よくも言えたものだ。
 だが、彼が嘘を口にしているとは思えない。
 もし嘘をついているならば、今までだって、彼は遺跡から古代時代の遺物を発掘することだってできなかったのではないかと思う。
 彼は何かに基づいて、動いているのだ。
 
 それが信念なのか、それとも過去の文献から導き出される確信あることからなのか。はたまたその両方なのか。彼は自信に満ち溢れて、それを告げていた。

「二年を切っているとは、随分急な話ですね」

「ええ。そうですね。だから、私もブラウン殿にお願いしたかったのです。もし、黒い靄が我が国をはじめとする近隣諸国でも現れ始めた時は、是非、僕にも教えて頂きたいと」

 そしてゼファーは微笑んだ。

「どうぞよろしくお願いします」
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