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第二章 今世の幸せ
第13話 くどく皇太子
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“光の盾”を得たゼファーは機嫌よく、岸辺に向かって足を進める。
膝丈までの湖の水をバシャバシャと跳ね上げながら進んでいる様子は、どこか子供が遊んでいるようにも見える。
それが微笑ましくて、傍らの護衛騎士達も皆、笑顔を浮かべていた。
アーノルドは視線を前に向け、それに気が付くと、少しばかり険しい表情をした。
フランシスの柔らかな白い手を握り締める皇太子アレクサンドロス。
彼は、目の前の少年を熱心にくどいていた。
黄金色の輝く瞳を少年に向けて、熱く囁く。
「フランシス……君は僕の番だ」
「……殿下」
「一目見た時から、君のことが好きだ。愛している。だから、僕と一緒に……」
言いかけたアレクサンドロスの前で、いつの間にかそばまで移動してきたアーノルドが、フランシスの肩を強く掴んだ。
アーノルドの顔は真顔であった。その青い目が非難の光を浮かべている。
「フランシス様、ゼファー様がお呼びです」
それに、フランシスは一瞬でその身を凍りつかせ、みるみるうちに顔色を無くし、視線をうろうろと彷徨わせた。
「……はい」
アレクサンドロスの握っていた手を振り払い、そのままゼファーのいる方へと走り去っていく。
護衛騎士のシュバイニーとブラウンはいたたまれない気持ちで、立ち去っていくフランシスをじっと見つめる皇太子を見ていた。
(…………殿下)
一方、皇太子とフランシスの逢瀬を邪魔した護衛騎士アーノルドは非常に強い怒りをその面に浮かべていた。
「……我が国の皇太子殿下が、まさか我が主の婚約者をくどいていなさるとは」
否定できないのが辛い。
またしても、シュバイニーとブラウンはうつむいてしまう。
「恥を知ってください。周りの者達もなぜ、主を止めようとせぬのだ。おかしいと思わないのか」
その通りです。
だが、竜の先祖帰りの直情を止めることができないことも知って欲しいと、シュバイニーもブラウンも自分の立場を擁護したかった。
けれど、常識的には、アーノルドの言葉が正しい。
「もう二度と、フランシス様に近づかないで下さい」
「それはできない」
皇太子アレクサンドロスの返事はそれを否定するものだった。
護衛騎士シュバイニーとブラウンは、慌てて皇太子を抑えにかかる。
「殿下、どうか抑えてください」
「この場では引いて下さい」
「僕はフランシスを愛している。フランシスは僕の番だ。彼を諦めることはできない」
「……驚いた。皇太子殿下は、他人の婚約者に懸想して、それを否定しないとは」
「確かに今、フランシスは、ゼファー殿の婚約者だ。しかし、僕は必ず、フランシスを手に入れる」
「…………こんなにも愚かな殿下だとは思いもしなかった。皇太子殿下、あなたは自身が貴き身分にあるが故に、何もかも手に入れることが許されていると思わない方がいい。傲慢は、その身を滅ぼす」
冷ややかな視線で、アーノルドは不敬とも言える言葉を連ねていった。
「ゆめゆめ、忘れることないように」
そして、赤毛の大男の護衛騎士は、颯爽とマントを翻してその場を後にした。
それから王都に戻る馬車の中、ゼファーはフランシスと同じ馬車には乗らなかった。
フランシスは自己嫌悪で沈み込んでいた。今、ゼファーと一緒に同じ馬車に乗ることが辛いだろう。
一人にしておいた方が良い。
ゼファーはそう考えて馬車を分けたのだった。
皇太子達は、立派な黒塗りの馬車で王都の王宮目指して去っていった。
皇太子アレクサンドロスとアーノルドとのやりとりを聞いて、ゼファーは爆笑していた。
ゼファーと同じ馬車に乗ったのは、護衛騎士のアーノルドだった。
アーノルドは申し訳なさそうに、この年若き主君の少年に話した。
皇太子に対して、婚約者のフランシス様には近寄らないで欲しいと告げたこと。
傲慢すぎる皇太子に頭に来て、責めるような言葉を連ねたこと。
もしそれで、ゼファーの立場が悪くなるようなら、申し訳ないと。
ゼファーは笑いながら言った。
「気にしなくていい。殿下は僕のことが大嫌いで、僕も彼のことが大嫌いだ。あなたが一言言ったくらいで、今更どうってこともない。気にしなくても良い。むしろ」
ゼファーはククククッと堪え切れないように笑っていた。
「傲慢はその身を滅ぼす……よくぞ言ってくれたね。あなたは最高だ、アーノルド。僕は本当にあなたのことが気に入っているんだよ」
茶色の瞳を、笑いすぎて涙で潤ませながら彼は言った。
「本当に、よくぞ言ってくれた」
傲慢はその身を滅ぼす。
彼は、一度、すでにその身を滅ぼしていることを知っているのだろうか。
フランシスを愛しすぎたあの黄金竜の血を引く男は、もう、すでに一度、フランシスを死に追いやったのだ。
だけど、今度は僕が二人の手綱を握って、滅びの縁から落ちないようにしなければならない。
大変なことだ。
膝丈までの湖の水をバシャバシャと跳ね上げながら進んでいる様子は、どこか子供が遊んでいるようにも見える。
それが微笑ましくて、傍らの護衛騎士達も皆、笑顔を浮かべていた。
アーノルドは視線を前に向け、それに気が付くと、少しばかり険しい表情をした。
フランシスの柔らかな白い手を握り締める皇太子アレクサンドロス。
彼は、目の前の少年を熱心にくどいていた。
黄金色の輝く瞳を少年に向けて、熱く囁く。
「フランシス……君は僕の番だ」
「……殿下」
「一目見た時から、君のことが好きだ。愛している。だから、僕と一緒に……」
言いかけたアレクサンドロスの前で、いつの間にかそばまで移動してきたアーノルドが、フランシスの肩を強く掴んだ。
アーノルドの顔は真顔であった。その青い目が非難の光を浮かべている。
「フランシス様、ゼファー様がお呼びです」
それに、フランシスは一瞬でその身を凍りつかせ、みるみるうちに顔色を無くし、視線をうろうろと彷徨わせた。
「……はい」
アレクサンドロスの握っていた手を振り払い、そのままゼファーのいる方へと走り去っていく。
護衛騎士のシュバイニーとブラウンはいたたまれない気持ちで、立ち去っていくフランシスをじっと見つめる皇太子を見ていた。
(…………殿下)
一方、皇太子とフランシスの逢瀬を邪魔した護衛騎士アーノルドは非常に強い怒りをその面に浮かべていた。
「……我が国の皇太子殿下が、まさか我が主の婚約者をくどいていなさるとは」
否定できないのが辛い。
またしても、シュバイニーとブラウンはうつむいてしまう。
「恥を知ってください。周りの者達もなぜ、主を止めようとせぬのだ。おかしいと思わないのか」
その通りです。
だが、竜の先祖帰りの直情を止めることができないことも知って欲しいと、シュバイニーもブラウンも自分の立場を擁護したかった。
けれど、常識的には、アーノルドの言葉が正しい。
「もう二度と、フランシス様に近づかないで下さい」
「それはできない」
皇太子アレクサンドロスの返事はそれを否定するものだった。
護衛騎士シュバイニーとブラウンは、慌てて皇太子を抑えにかかる。
「殿下、どうか抑えてください」
「この場では引いて下さい」
「僕はフランシスを愛している。フランシスは僕の番だ。彼を諦めることはできない」
「……驚いた。皇太子殿下は、他人の婚約者に懸想して、それを否定しないとは」
「確かに今、フランシスは、ゼファー殿の婚約者だ。しかし、僕は必ず、フランシスを手に入れる」
「…………こんなにも愚かな殿下だとは思いもしなかった。皇太子殿下、あなたは自身が貴き身分にあるが故に、何もかも手に入れることが許されていると思わない方がいい。傲慢は、その身を滅ぼす」
冷ややかな視線で、アーノルドは不敬とも言える言葉を連ねていった。
「ゆめゆめ、忘れることないように」
そして、赤毛の大男の護衛騎士は、颯爽とマントを翻してその場を後にした。
それから王都に戻る馬車の中、ゼファーはフランシスと同じ馬車には乗らなかった。
フランシスは自己嫌悪で沈み込んでいた。今、ゼファーと一緒に同じ馬車に乗ることが辛いだろう。
一人にしておいた方が良い。
ゼファーはそう考えて馬車を分けたのだった。
皇太子達は、立派な黒塗りの馬車で王都の王宮目指して去っていった。
皇太子アレクサンドロスとアーノルドとのやりとりを聞いて、ゼファーは爆笑していた。
ゼファーと同じ馬車に乗ったのは、護衛騎士のアーノルドだった。
アーノルドは申し訳なさそうに、この年若き主君の少年に話した。
皇太子に対して、婚約者のフランシス様には近寄らないで欲しいと告げたこと。
傲慢すぎる皇太子に頭に来て、責めるような言葉を連ねたこと。
もしそれで、ゼファーの立場が悪くなるようなら、申し訳ないと。
ゼファーは笑いながら言った。
「気にしなくていい。殿下は僕のことが大嫌いで、僕も彼のことが大嫌いだ。あなたが一言言ったくらいで、今更どうってこともない。気にしなくても良い。むしろ」
ゼファーはククククッと堪え切れないように笑っていた。
「傲慢はその身を滅ぼす……よくぞ言ってくれたね。あなたは最高だ、アーノルド。僕は本当にあなたのことが気に入っているんだよ」
茶色の瞳を、笑いすぎて涙で潤ませながら彼は言った。
「本当に、よくぞ言ってくれた」
傲慢はその身を滅ぼす。
彼は、一度、すでにその身を滅ぼしていることを知っているのだろうか。
フランシスを愛しすぎたあの黄金竜の血を引く男は、もう、すでに一度、フランシスを死に追いやったのだ。
だけど、今度は僕が二人の手綱を握って、滅びの縁から落ちないようにしなければならない。
大変なことだ。
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