前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき

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第二章 今世の幸せ

第8話 協力依頼の手紙

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 皇宮に、中央塔のゼファーとフランシスから連名で手紙が届いた時、皇太子アレクサンドロスは正直驚いた。
 彼らの方からアクセスしてくることなど、決してないだろうと考えていたからだ。
 届いた手紙の内容は、アレクサンドロスの力を是非、借りたいと願うものであり、侍従達の中には困惑する者もいれば、幼少の時からフランシスが皇家からの招待状のたぐいの全てを拒絶していたことを知っている者達は、冷ややかに怒りの態度を見せる者もいた。

 しかし、アレクサンドロスは興奮していた。
 フランシスの方から、手紙を出してくれたのだ。
 たとえそれが憎いゼファーとの連名のものであろうと、番からの手紙を受け取って、恋情が募り、胸が高まる。
 何度も嬉しそうに手紙を封筒から出しては、熱心に見入っている皇太子の様子を見て、護衛騎士のシュバイニーは、彼の一途な様子に胸を詰まらせた。

 まだたった一度。たった一度しか会ったことのない少年である。
 それも、ほんの一瞬、一目見るだけの状況であった。
 その少年に対して、なんと切ない表情をされるのだろう。

 番というのは、それほど、彼の心を縛り上げ、支配してしまうものなのだろうか。

「彼らに使いをやってくれ。是非協力したいと。予定をすり合わせて欲しい」

 皇太子の命に、侍従は頷き、早速、中央塔に使いが出される。
 すんなりと皇太子の協力が取れたことに、フランシスは複雑な表情を見せ、ゼファーは無表情であった。

 二週間後に、四日間の日程が取れると言う。
 皇太子が、急遽、それだけの期間をねじ込んだのは、極めて異例のことであろう。スケジュール的にも無理をしたはずだ。
 それも、何もかもフランシスのためであろう。

 彼に一目会うためならば、黄金でさえも目の前に山と積み上げそうだ。

 ゼファーは内心、ため息をついた。

 つまり、今世でもすでに、それだけ彼はフランシスに執着していることに外ならない。
 そしてフランシスも、過去の記憶を思い出すことによって、彼への想いを募らせている。
 つまりはすでに、双方両想いなのだ。

 それを思うと、ゼファーは苦笑してしまう。

 生まれ変わるに際して、フランシスは自分の心に、あの男と会ってはならない、結婚してはならないと呪いのように刻みこんだはずだ。
 でも、それは二人の仲を決定的に引き裂くものにはならない。
 番という運命の恋人達は、どんな世であっても強く惹かれて結びつこうとするものなのだろうか。
 それこそ、呪いのように。

 今世でも、ゼファーは、フランシスの幸福を誰よりも願っている。
 彼のためなら、本当はその手を離し、あの憎い皇太子の元に渡すことが正しいのかも知れない。
 でも、物事はそんな単純ではない。
 あの皇太子は、そうしたならばまたしても、フランシスを囲い込み、閉じ込め、彼の自由を奪うだろう。
 執着が強いだけ、そういう行動に走るであろうことはすぐに理解できる。
 
 だけど、それではいけないのだ。

 フランシスの幸せのためには、彼をそのまま皇太子に渡すことはできない。
 
 



 そして二週間後。
 風光明媚な南方の観光地にある、そのブラナ湖に彼らはやって来ていた。
 皇太子アレクサンドロスが、護衛の騎士を伴って立派な馬車から降りた時、出迎えたのはフランシスだった。

 恭しく一礼し、出迎える白金の髪の美少年に、すぐさまアレクサンドロスは頬を紅潮させている。
 護衛騎士のシュバイニーは元より、同行することになった内務省のブラウンも、皇太子の明らかに見惚れている様子に、内心(彼は恋においては、駆け引きとかできない人だな)と思った。
 聡明な皇太子として名高かったが、こと恋に関しては直情的な様子だ。

 竜の血を引くということは、そういうものなのかも知れないが、「好き」→「手に入れる」の一直線コースしかないらしい。
 だが、驚いたのは、出迎えたフランシスも彼に対して悪い感情は持っていないように見えることだった。
 おずおずといった様子でアレクサンドロスのそばに近寄り、彼を案内する様子は、うまく距離を測ろうとしてうまくできていないようにも見えた。
 フランシスの方も、じっとアレクサンドロスを切なげに見ている様子があるのだ。

(これは……)

 これはもしかして、放っておいても、二人はうまくいく感じになるのではないか。
 護衛騎士のシュバイニーとブラウンは視線をそっと合わせる。

 だが、そこに現れたゼファーが二人を引き裂くことになる。

「フラン、おいで」

 ゼファーに愛称を呼ばれ、フランシスは振り返る。
 呼ばれてすぐに、ゼファーの元へと走っていく。
 それを見た時の、皇太子アレクサンドロスの表情の変化が劇的であった。
 金色の目を吊り上げ、ゼファーを憎しみに満ちた眼差しで見つめる。

「殿下、お待ちしておりました」

 フランシスの手を取り、彼の傍らで見つめ返すゼファーはそう口にしたが、とても歓迎するような声音ではなかった。
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