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第二章 今世の幸せ
第7話 論文の公表
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フランシスは塔の居室に戻ると、椅子に座り込み、しばらく顔を両手で覆って沈んでいた。
一緒に部屋に入ってきたゼファーは、そばにしゃがみこんでその肩に手をやる。
「フラン、大丈夫かい?」
優しく伺うように言われる言葉に、フランシスは頷いた。
「大丈夫、ごめん」
濡れた目を拭うと、笑顔を見せようとするが、それが少し強張っていた。
ゼファーはため息をついた。
「……あいつは最低な奴だよ、フラン」
「……アレクの悪口は言わないで」
「前世では、君をまったく自由にさせなかった。君は塔に来ることもできず、研究もこっそりとするしかなかった。フィールドワークだって前世ではできなかったでしょ? 一度も」
「……」
「あいつも僕のことが大嫌いで、そのせいで、前世では世界は滅亡した。そう、あいつのせいで前世では世界が滅亡したんだよ。覚えている?」
「……だから、アレクは死なせないよ。そのために僕は我慢している」
「うん、我慢しているね、フラン」
ゼファーはそっと赤く腫れたフランの目の縁を撫でた。
「だけど、悔しいかな……ああ、本当に悔しいけれど、君はあいつのことが好きなんだね。今世でもあいつを愛している。まだ一度しか会っていないのに、それだけでもう、こんな状態になっている」
「…………」
「会わないでいれば、フランはあいつを忘れて生きていけると思っていた。僕の手を取って、一緒に生きていってくれると思っていた。だけど、無理なのかな」
寂しそうにゼファーは笑った。
「……ゼファー?」
ゼファーは小さくため息をついた。
「次の段階へ進もうか。フラン」
「早くない?」
そう問いかけるフランに、ゼファーは首を振った。
「もう、二年切っているんだ、フラン。世界が滅亡するまであと二年切った。早くないだろう」
*
前世では滅亡のその年に発表されたゼファーの論文を、この年に発表することにした。
『魔法大全』に発表したその論文のセンセーショナルな内容に、前世の時と同じように議論が沸き起こる。
古代時代に人類が何度も滅亡の危機に瀕した歴史があること。現世でもいつ、そうした事象が起こるかわからないこと。
我々は備えなければならない。
基本的な内容は一緒だった。だが、新たに加筆された内容として、備えなければならない具体的な方策として、古代時代の武器・防具の発掘が示されていた。
すでに、“消失の槍”は入手しており、ゼファーが保管している。
“光の盾”の発掘をしたいと、ゼファーは言った。
「“光の盾”って、あの湖に沈んだといわれているやつだよね」
それは長らく伝承として伝わっていた。
湖の水底深くに、神の盾が落ちて眠りについていると。
決して、人の手では届かない場所にあると。
「そう。沈んだ場所はこの、ブラナ湖のこの付近」
地図を指し示すゼファー。
「湖の底からどうやって“光の盾”を取り上げるの?」
フランの問いかけに、ゼファーはあっさりと答えた。
「湖の水を無くせばいいんだよ。だから、あいつの、アレクサンドロスの出番だ」
一緒に部屋に入ってきたゼファーは、そばにしゃがみこんでその肩に手をやる。
「フラン、大丈夫かい?」
優しく伺うように言われる言葉に、フランシスは頷いた。
「大丈夫、ごめん」
濡れた目を拭うと、笑顔を見せようとするが、それが少し強張っていた。
ゼファーはため息をついた。
「……あいつは最低な奴だよ、フラン」
「……アレクの悪口は言わないで」
「前世では、君をまったく自由にさせなかった。君は塔に来ることもできず、研究もこっそりとするしかなかった。フィールドワークだって前世ではできなかったでしょ? 一度も」
「……」
「あいつも僕のことが大嫌いで、そのせいで、前世では世界は滅亡した。そう、あいつのせいで前世では世界が滅亡したんだよ。覚えている?」
「……だから、アレクは死なせないよ。そのために僕は我慢している」
「うん、我慢しているね、フラン」
ゼファーはそっと赤く腫れたフランの目の縁を撫でた。
「だけど、悔しいかな……ああ、本当に悔しいけれど、君はあいつのことが好きなんだね。今世でもあいつを愛している。まだ一度しか会っていないのに、それだけでもう、こんな状態になっている」
「…………」
「会わないでいれば、フランはあいつを忘れて生きていけると思っていた。僕の手を取って、一緒に生きていってくれると思っていた。だけど、無理なのかな」
寂しそうにゼファーは笑った。
「……ゼファー?」
ゼファーは小さくため息をついた。
「次の段階へ進もうか。フラン」
「早くない?」
そう問いかけるフランに、ゼファーは首を振った。
「もう、二年切っているんだ、フラン。世界が滅亡するまであと二年切った。早くないだろう」
*
前世では滅亡のその年に発表されたゼファーの論文を、この年に発表することにした。
『魔法大全』に発表したその論文のセンセーショナルな内容に、前世の時と同じように議論が沸き起こる。
古代時代に人類が何度も滅亡の危機に瀕した歴史があること。現世でもいつ、そうした事象が起こるかわからないこと。
我々は備えなければならない。
基本的な内容は一緒だった。だが、新たに加筆された内容として、備えなければならない具体的な方策として、古代時代の武器・防具の発掘が示されていた。
すでに、“消失の槍”は入手しており、ゼファーが保管している。
“光の盾”の発掘をしたいと、ゼファーは言った。
「“光の盾”って、あの湖に沈んだといわれているやつだよね」
それは長らく伝承として伝わっていた。
湖の水底深くに、神の盾が落ちて眠りについていると。
決して、人の手では届かない場所にあると。
「そう。沈んだ場所はこの、ブラナ湖のこの付近」
地図を指し示すゼファー。
「湖の底からどうやって“光の盾”を取り上げるの?」
フランの問いかけに、ゼファーはあっさりと答えた。
「湖の水を無くせばいいんだよ。だから、あいつの、アレクサンドロスの出番だ」
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