前世の愛が重かったので、今世では距離を置きます

曙なつき

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第二章 今世の幸せ

第6話 婚約の成立

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 あの後、塔の兵士達に捕まっったアレクサンドロスら一行は、塔の最高権力者で指導者たるヘクト師に、なぜ変装し、身分を隠してまで塔に入り込もうとしたのかと詰問された。

 皇太子アレクサンドロスは呆然としながらも、素直に答えた。

「フランシス=ベロアに一目、会ってみたかったからだ」

 ヘクト師は、少しばかり考え込み、やがて言った。

「お会いできて、満足されましたか?」

「…………ああ、彼は……僕の番だ」

 その言葉には、ヘクト師は顔を強張らせた。
 彼も、竜の呪いにも似た番のシステムのことをよく知っていたのだ。
 番の血を引く者が、番を追い求めることを。

 フランシス=ベロアが、現皇太子の番?
 もしそうならば、フランシスはこの目の前の、皇太子の伴侶となるのか?
 そうなるとフランシスは、魔術師として研究を続けられるのだろうか。
 フランシスが皇太子の伴侶となることを拒否することは、できるのか?
 いや、竜の血を引く者は、狂ったように番を求めるのは知られている。
 彼は決して、そう決してフランシスを諦めない。もうすでに、一目、彼を見てしまい、彼を自分の番だと知った今では。

 何が塔にとって、フランシスにとって最善であるのか、考えなければならない。
 それも早急に。

 ヘクト師は、アレクサンドロス達を馬車に乗せるとさっさと塔から追い出したのだった。
 最後にこう言って。

「もうこのような形でのご訪問は、ご遠慮ください」と。





 ブラウンは、馬車の中でため息をついた。
 彼の首元に下げられていた、塔のパス……ブドウ色の石の嵌められたペンダントは取り上げられていた。
 身分を詐称して皇太子達を連れてきたのだから、当然だといえる。
 今後、塔の中へ魔術師として入ることができないことを思うと、やはり残念であった。

 一方のアレクサンドロスと護衛騎士のシュバイニーは話し合っていた。

「なんとしても、フランシスを殿下の伴侶にせねばなりません」

「……」

 かつていたアレクサンドロスの婚約者は、頭脳、性格、身分、容姿ともに三拍子以上そろった素晴らしい娘だったが、アレクサンドロスはまだ見ぬ番のために、婚約を解消していたことをシュバイニーは知っていた。
 フランシスこそが、アレクサンドロスの唯一無二なのだ。
 決して、逃してはならない。

「皇帝の名において婚約を命じましょう」

 その言葉を耳にした内務省のブラウンは吹き出す。

「え、こ、皇帝命令って言った?」

「そうです」

 皇帝の命であれば、いかなフランシスでも拒否できない。そう、絶対に。

「皇宮へ戻り次第、陛下とお話し合いを」

「……わかった」




 だが、内務省のブラウンは、皇宮へ着き、ある情報を耳にしてすぐにアレクサンドロスが皇帝陛下と話し合うことを止めた。
 そして、叫ぶように言ったのだ。

「殿下、フランシスにはすでに婚約者がいます」

 アレクサンドロスと護衛騎士のシュバイニーは耳を疑う。

「なんだって?」

 アレクサンドロスの顔から表情がそぎ落ちた。

「…………誰だ、その婚約者は」

「ゼファーです。東の塔のゼファーという魔術師です。申し訳ありません、数日前に婚約が成立しています」

 アレクサンドロスの脳裏に、かつて会ったゼファーの姿が目に浮かぶ。
 小柄な黒髪の天才魔術師。彼は出会ったその時から、なぜかアレクサンドロスに対して冷ややかだった。
 侮蔑しているといってもいい。
 皇太子に対してそんな態度を見せる者は、過去、彼以外いなかったからよく覚えている。
 そして、彼は常に、フランシスのそばにいた。
 そう、塔の中では共に研究に打ち込み、先刻の遭遇の際にも、彼は厳しく叫んだではないか。

『近づくな、不審者め!!』

 あの目は、アレクサンドロスを憎んでいた。
 そして同時に、アレクサンドロスも急速に、かつてないほど、ゼファーへの憎悪を募らせた。

「ゼファーを殺せ」

「いや、殿下、さすがにそれはまずいですって」

 内務省のブラウンは慌てて取りなす。

「彼は貴族です。そして、天才がつくほどの魔術師ですよ。そんな人を右から左へ暗殺なんて出来ませんから!!」

 それには不承不承、シュバイニーもうなずいていた。

「そうです。殿下……いったん作戦を考えなければ」

「あいつと、フランシスが婚約しているなんて。そんなこと許せないだろう!!」

 アレクサンドロスの黄金色の瞳が、怒りに輝く。瞬間的に“威圧”が生じて、ブラウンは一瞬苦し気に目をすがめた。
 魔法耐性がブラウンほど強くないシュバイニーは胸を押さえて苦しんでいる。

「……殿下、抑えてください」

 魔力の強い者は、その感情の波でこうして、周囲に強い魔力を撒き散らしてしまうことがある。
 慌ててアレクサンドロスは“威圧”を抑え込んだ。
 今までそのように取り乱したことのない殿下が、そうまで取り乱したというのは、フランシスが他の人間と婚約状態にあることが、よほど腹に据えかねているからだろう。
 それもそうだろう。彼は、竜の番なのだから。
 
「婚約を破棄させろ」

「……なんとか方策を考えます。ですが、円満に成立している婚約を外部から破棄させるのは、なかなか難しいですよ」

 そう、ブラウンは告げた。
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