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第二章 今世の幸せ
第1話 塔の内偵 side 内務省ブラウン
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ブラウン=シュタイナーが、中央塔へ足を向けたのは数年ぶりのことだった。
魔術の総本山と言われる塔。その場所で、彼は十代の頃、研鑽を重ねたことがあった。
だが、二十代前に官僚試験を受け、合格した後は、その足は皇宮へ向くようになった。
日々忙しく過ごしている中、魔法のことは頭の片隅で埃をかぶっているような状況だった。
そんな彼に、上司が言ったのだ。
中央塔へ行って、ある人物を調べてもらいたいと。
だから、ブラウンは久しぶりに塔の通行のためのパスを、自宅の小さな箱の中から取り出した。
それはブドウのような色味をした石の嵌っているペンダントだった。
無くしていなかったことに安堵し、魔術師らしくローブをまとう。首元にはそのペンダントを下げた。
馬車を呼んで向かった塔は、彼が離れた時と様子がまったく変わらないように見えた。
入口には兵士が立ち、通行証であるペンダントをプレートにかざすと、扉はひとりでに開いていく。
おそらく中も変わっていないのだろうと思った。
ひとたび塔のパスをもらうと、五年ほどは有効だと聞いていた。
もしかしたら、有効期間ギリギリだったかも知れないな、と内心乾いた笑いを漏らした。
残念ながら、塔の中に部屋をもらうほどの実力はなかった。
だから、共同で研究ができる大部屋へと向かう。
ブラウンのことを覚えていたらしい何人かの魔術師達に声をかけられた。
「久しぶりだな」
「なにやってたんだ」
そうした声に適当に答えておく。
そして、用意していた研究テーマについて、調査を始めた。
もとから興味のあった分野だったので、図書館へ行ったり、その分野に知識のある魔術師に声をかけたりする。
だいたい、魔術をかじる奴は、それに興味があるからかじるのであって、そうでなければ魔術師にはならない。
自分は官僚になったが、魔術自体が好きだったんだな……そう、調査を続けながら思った。調査作業は思っていた以上に、楽しかった。
ふと、建物の中央部にある螺旋階段から下りてくる二人組に気が付いた。
一人は茶色の瞳に黒髪の若い男だった。まだ子供といってもよい。ひょろりと細く、ぶ厚い眼鏡をかけている。いかにも研究者然としている。
その傍らにいた人物を見て、ブラウンは一瞬息を呑んだ。
こんな無精ひげを生やし、風呂に何日も入っていないような、研究三昧している魔術師の中にいて、異質さを感じる者だった。
白金の綺麗な髪に、桃色の瞳の、どこか少女めいた美貌を持つ少年。折れそうなほど細い。手足も掴んだらぼきっといってしまいそうなほどだ。
白金の髪に、桃色の瞳、それは聞いていたフランシス=ベロアの特徴と一致していた。
ベロア侯爵家の次男にて、魔術の天才。中央塔の秘蔵っ子。
彼が、上司に言われていた、調べて来いと言われた調査対象者だった。
フランシスは、朝、自宅から馬車でやってくると、夕方まで与えられている研究室にこもっている。
夕方になると、迎えに来た馬車に乗って、侯爵家に戻る。
それを繰り返す日々だった。
塔にいる間は、あの黒髪に茶色の瞳の、ぶ厚い眼鏡の男……ゼファーと共に過ごしていることがほとんどだった。
ゼファーは本来、東の塔の所属だが、フランシスと共同研究をするため、わざわざ移動してきたと聞いている。
ゼファーも天才と名高く、実際、その研究成果の素晴らしさから叙勲までしていた。
彼がこの中央塔へ移動してくる時も、彼の才を惜しみ、東塔はずいぶんと引き留めたと聞く。
「帝国の双璧か」
二人の共同研究の成果は目覚ましい。
塔の人々の彼らへの視線は、尊敬、崇拝、思慕、そして嫉妬とさまざまだ。
なにせ、二人ともまだ十六歳という若さだ。才能に嫉妬したくなる気持ちもわかる。
そして、十六歳という年齢は、我が国の皇太子アレクサンドロス=アルスター殿下と同じ年齢だった。
アレクサンドロス殿下の婚約者候補としてフランシスを調べて欲しい。
そう内務省に命が下った。
ベロア家次男のフランシス=ベロアの生活は謎に包まれていた。
幼い時から病弱で、屋敷にこもりきりだったという。
その病弱さゆえに、通常貴族の子弟達が通う、帝都の学園にさえ通えなかったという。
その代わりに、塔から魔術の教師が派遣され、その突出した能力ゆえに、若干六歳で塔のパスを入手。七歳で塔内部に自分の部屋を持つことができたというから、その天才ぶりは凄まじい。
もし彼が病弱でなければ、皇后の主催した茶会という名の見合いの席で、フランシスはアレクサンドロス殿下と会うことができただろう。
だが、茶会をはじめとした様々な社交の場を、フランシスは病弱を理由にことごとく断っていた。
本来、ゼファーと同時にその魔術研究の功績から叙勲されるはずだったが、それすら断り、式典にも出席していない。
徹底して、彼は姿を表に現すことはなかった。
ゆえに、謎めいた侯爵家次男、謎の魔術の天才少年として、密かに噂はされていた。
伝え聞いていたところ、彼は目の覚めるような美貌の持ち主であったことも、その噂に拍車をかけたのだろう。
(確かに、すごい美形だな……)
ブラウンは内心独り言めいた。
白く繊細な美貌を思う。
(だが、あれは、皇太子の伴侶にふさわしくないぞ)
朝から夕方まで研究三昧。
そう、朝から夕方までである。研究に命を賭けているといってもよいような状態だった。
まぁ、塔にいる魔術師達というのは、そういう者がもとから多い場所ではあったが。
すでに十六歳という年齢である。今から、皇太子の伴侶として教育を受けたとしても間に合うのか。
(……まぁ、とにかく俺は情報をあげろと言われているだけだからな。情報だけあげよう)
ふさわしいかどうかは、上の判断することだ。
魔術の総本山と言われる塔。その場所で、彼は十代の頃、研鑽を重ねたことがあった。
だが、二十代前に官僚試験を受け、合格した後は、その足は皇宮へ向くようになった。
日々忙しく過ごしている中、魔法のことは頭の片隅で埃をかぶっているような状況だった。
そんな彼に、上司が言ったのだ。
中央塔へ行って、ある人物を調べてもらいたいと。
だから、ブラウンは久しぶりに塔の通行のためのパスを、自宅の小さな箱の中から取り出した。
それはブドウのような色味をした石の嵌っているペンダントだった。
無くしていなかったことに安堵し、魔術師らしくローブをまとう。首元にはそのペンダントを下げた。
馬車を呼んで向かった塔は、彼が離れた時と様子がまったく変わらないように見えた。
入口には兵士が立ち、通行証であるペンダントをプレートにかざすと、扉はひとりでに開いていく。
おそらく中も変わっていないのだろうと思った。
ひとたび塔のパスをもらうと、五年ほどは有効だと聞いていた。
もしかしたら、有効期間ギリギリだったかも知れないな、と内心乾いた笑いを漏らした。
残念ながら、塔の中に部屋をもらうほどの実力はなかった。
だから、共同で研究ができる大部屋へと向かう。
ブラウンのことを覚えていたらしい何人かの魔術師達に声をかけられた。
「久しぶりだな」
「なにやってたんだ」
そうした声に適当に答えておく。
そして、用意していた研究テーマについて、調査を始めた。
もとから興味のあった分野だったので、図書館へ行ったり、その分野に知識のある魔術師に声をかけたりする。
だいたい、魔術をかじる奴は、それに興味があるからかじるのであって、そうでなければ魔術師にはならない。
自分は官僚になったが、魔術自体が好きだったんだな……そう、調査を続けながら思った。調査作業は思っていた以上に、楽しかった。
ふと、建物の中央部にある螺旋階段から下りてくる二人組に気が付いた。
一人は茶色の瞳に黒髪の若い男だった。まだ子供といってもよい。ひょろりと細く、ぶ厚い眼鏡をかけている。いかにも研究者然としている。
その傍らにいた人物を見て、ブラウンは一瞬息を呑んだ。
こんな無精ひげを生やし、風呂に何日も入っていないような、研究三昧している魔術師の中にいて、異質さを感じる者だった。
白金の綺麗な髪に、桃色の瞳の、どこか少女めいた美貌を持つ少年。折れそうなほど細い。手足も掴んだらぼきっといってしまいそうなほどだ。
白金の髪に、桃色の瞳、それは聞いていたフランシス=ベロアの特徴と一致していた。
ベロア侯爵家の次男にて、魔術の天才。中央塔の秘蔵っ子。
彼が、上司に言われていた、調べて来いと言われた調査対象者だった。
フランシスは、朝、自宅から馬車でやってくると、夕方まで与えられている研究室にこもっている。
夕方になると、迎えに来た馬車に乗って、侯爵家に戻る。
それを繰り返す日々だった。
塔にいる間は、あの黒髪に茶色の瞳の、ぶ厚い眼鏡の男……ゼファーと共に過ごしていることがほとんどだった。
ゼファーは本来、東の塔の所属だが、フランシスと共同研究をするため、わざわざ移動してきたと聞いている。
ゼファーも天才と名高く、実際、その研究成果の素晴らしさから叙勲までしていた。
彼がこの中央塔へ移動してくる時も、彼の才を惜しみ、東塔はずいぶんと引き留めたと聞く。
「帝国の双璧か」
二人の共同研究の成果は目覚ましい。
塔の人々の彼らへの視線は、尊敬、崇拝、思慕、そして嫉妬とさまざまだ。
なにせ、二人ともまだ十六歳という若さだ。才能に嫉妬したくなる気持ちもわかる。
そして、十六歳という年齢は、我が国の皇太子アレクサンドロス=アルスター殿下と同じ年齢だった。
アレクサンドロス殿下の婚約者候補としてフランシスを調べて欲しい。
そう内務省に命が下った。
ベロア家次男のフランシス=ベロアの生活は謎に包まれていた。
幼い時から病弱で、屋敷にこもりきりだったという。
その病弱さゆえに、通常貴族の子弟達が通う、帝都の学園にさえ通えなかったという。
その代わりに、塔から魔術の教師が派遣され、その突出した能力ゆえに、若干六歳で塔のパスを入手。七歳で塔内部に自分の部屋を持つことができたというから、その天才ぶりは凄まじい。
もし彼が病弱でなければ、皇后の主催した茶会という名の見合いの席で、フランシスはアレクサンドロス殿下と会うことができただろう。
だが、茶会をはじめとした様々な社交の場を、フランシスは病弱を理由にことごとく断っていた。
本来、ゼファーと同時にその魔術研究の功績から叙勲されるはずだったが、それすら断り、式典にも出席していない。
徹底して、彼は姿を表に現すことはなかった。
ゆえに、謎めいた侯爵家次男、謎の魔術の天才少年として、密かに噂はされていた。
伝え聞いていたところ、彼は目の覚めるような美貌の持ち主であったことも、その噂に拍車をかけたのだろう。
(確かに、すごい美形だな……)
ブラウンは内心独り言めいた。
白く繊細な美貌を思う。
(だが、あれは、皇太子の伴侶にふさわしくないぞ)
朝から夕方まで研究三昧。
そう、朝から夕方までである。研究に命を賭けているといってもよいような状態だった。
まぁ、塔にいる魔術師達というのは、そういう者がもとから多い場所ではあったが。
すでに十六歳という年齢である。今から、皇太子の伴侶として教育を受けたとしても間に合うのか。
(……まぁ、とにかく俺は情報をあげろと言われているだけだからな。情報だけあげよう)
ふさわしいかどうかは、上の判断することだ。
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