黒に染まる

曙なつき

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第2章 騎士団長と神の怒り

第19話 情報交換(下)

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 シューマッハは淡々と答えた。

「はい。王家にはあれ以来、精神汚染鑑定は行っておりません。そもそも、王家には精神汚染を防ぐ魔道具があり、再度の汚染はないであろうと思われたからです。また第二王子と第三王子は、事件の解決に積極的に参加し、特に第三王子は率先して下さった。その後の鑑定が必要な理由はありません」

「精神汚染を防ぐ魔道具は、上位の魔族には効かぬことは御存知だろう。それに、マリア王女の右手の“聖女の徴”は、ルーディス神官長の奪われた“聖人の徴”を移したものだ」

「……まだ確定していません。写しでもって、鑑定する予定です」

「御徴は、同じ花のものはない。過去同じ花の徴を持った聖女・聖人はいない」

 グレゴリウスが厳しい顔で言うと、シューマッハはうなずいた。

「……そうです」

「つまり、王家は第一王子と男爵令嬢の処刑の後、なんらかの方法でそのルーディス神官長の“聖人の徴”を隠し持ち、十五年後の今になって、王女マリアの手に移して“偽聖女”を作った。どう見ても、王家は正常ではない。神殿は再度の精神汚染鑑定を、王族全員にすべきだ」

「グレゴリウス殿は、王家が魔族からの精神汚染を受けていると言うのですか」

「そう考えないとおかしかろう。くどいようだが、どう考えても普通ではない。“偽聖女”を王家が作るのじゃぞ? 考えられないじゃろ。ワシは考えられないと思う。“偽聖女”を王家が持つメリットはなんじゃ」

 教師のように、グレゴリウスはカーターとダルクの二人に目をやった。
 二人はしどろもどろ答えた。

「王家が尊敬されます。十五年ぶりの聖女を抱えるとなると、過去の不祥事はすべて無かったことになるかも知れません。それくらいの影響力を持つでしょう」

「世界的にも、聖女を持つ国の地位は向上します。我が国は、対外的に優位に立ちます」

 グレゴリウスは次いで言った。

「一方の神殿は、聖人・聖女を抱えることができず、その地位は著しく低下するだろう。“偽聖女”が何の力を借りて、聖女らしく力を発現させるのかわからんが、今までの聖人・聖女は神の力を借りて、御業をふるうと聞いている。偽聖女が現れることで、真の神の力はふるわれなくなる。まぁ、魔族の望みそうな展開になるわけだな。穢れの祓えない偽聖女のせいで、大地には穢れが広がり、魔族の侵入がはじまるというわけだ」

「でも、穢れはヴェルディ騎士団長の騎士団が、東地域から祓ったと聞いています」

 カーターがそういうと、グレゴリウスはうなずいた。

「あれはおそらく、想定外のことだったんじゃろうな。騎士団がどうやって穢れを祓ったのか、王家も興味津々のはずじゃ。神聖力を持つはずのない者が、それを持ち、聖人・聖女のように浄化した」

「確かにそうですよね。ヴェルディ騎士団長はどうやって穢れを祓って、魔獣を倒したのでしょう。ケルベロスが三頭も出現したと聞いていますよ」

 ダルクが言う。グレゴリウスはうなずきながら続けた。

「……ヴェルディ騎士団長は前聖人のルーディス神官長の親しい友人だった。そして、“癒しの力”を持つ元神官のルースと婚姻した」

「ルースは、“癒しの力”を持つだけの神官です」

「でもシューマッハさん」

 慌てたようにダルクは口を挟んだ。

「ルースは黒くて呪われていて、大変な感じですけど、でも、あの子の魂はとても綺麗なんです。あんなに輝いて綺麗な魂は」

 ダルクは以前、シューマッハの前でも言っていた。
 彼の魂は、聖人並の美しさだと。

「普通じゃない。あの子は普通じゃないから。あの子は呪われて真っ黒だけど、きっと聖人のような魂を持つから、夫であるヴェルディ騎士長も穢れを祓えたのじゃないですか」

「いや、聖人じゃない者が、例え伴侶とはいえ、穢れは払えないだろう」

「……聖水を剣に浸すと、その剣は神聖力を帯びて、魔獣を滅しやすいという。同じように、何かしらの聖遺物を持ってヴェルディ騎士団長が穢れを祓った可能性は高い」

「……騎士団長に確認をとりましょう。あの方は聞けば話してくれるでしょう」

 シューマッハはそう言った。




「ワシはこの後、すぐにヴェルディのところに行く予定じゃ。お主らも同行せぬか」

 見ると確かに、グレゴリウスはすぐに出かけられそうな恰好をしていた。寒がりなのか、ぶ厚い灰色のローブの上に更に毛織物のマフラーを巻いている。
 話をしているときは、膝に毛布まで広げていた。

「同行させて頂きましょう」

「シューマッハさん、僕ら朝食まだ……」

 言いかけたダルクの顔を、シューマッハは厳しい目で睨みつけていた。




 グレゴリウスは静寂の効果のある魔道具をしまう前に、シューマッハにこう尋ねてきた。

「神殿騎士団はすぐに動かせる準備はあるのか」と。

 そこまで事態が動く可能性があるのかと、内心シューマッハは驚いていた。
 だが、その可能性があることは拭いきれない事実だった。
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