26 / 52
第2章 騎士団長と神の怒り
第5話 花の徴
しおりを挟む
その日、ルースが注文した薬をヴェルディは預かっていた。屋敷の召使達がそれを届けに行くと言っていたが、騎士団の方が神殿の近くにある。だから、ついでとばかり、ヴェルディはそれを引き受けた。どうせ仕事帰りに馬車に載せて、運ぶだけのことだ。
そのため、数個の木箱が馬車には載っていた。これまでの分と併せると、神殿へは相当な量を寄進しているだろう。
神殿の者達も、侯爵家の紋章のある馬車を見ると、「ああ、またいらした」とスムーズに受け付けてくれるようになっていた。
副神官長のテラが奥から現れて、ヴェルディに頭を下げる。
「御寄進、誠にありがとうございます」
「収納する場所に困るなら、所有する倉庫での保管もするので、遠慮なく言ってくれ」
「はい」
テラは微笑んだ。
「こんなに薬を寄進して頂けると、何があっても心強いです」
「そうだな」
疫病が流行ると“もう一人のルーディス”は言っていた。これらの薬でしのげるといいのだが。
奥の部屋で、いつものようにお茶をふるまわれる。
「薬ばかりの寄進で悪いな。ルースが薬がいいと言っていてな」
「うちには救護院もあるので、本当に助かります。これから冬に向かう中、風邪も流行りそうですし、備えがあれば憂いなしです」
「そうだな」
「ルース様はお元気ですか」
年下の元見習い神官であっても、今は侯爵家に入った身である。テラはルースをルース様と呼ぶようになっていた。
「ああ、元気だ。風邪一つ引いていない」
「それは良かったです。また神殿にも遊びに来て欲しいですね」
それには、ヴェルディは微笑みだけ浮かべて答えなかった。神殿にはあまり近寄らせたくなかった。里心が付かれても困る。
そして、ふと気になっていたことを聞いた。
「先刻、マリア王女をお見掛けした。彼女は右手に“聖女の徴”を持っているのだが、アレは、ルーディス神官長と同じバラなのだな。聖人・聖女は代々同じバラの花の痣を持つのか」
一瞬で、テラは口を開いたまま凍りついた。
真っ青な顔をして、彼の身体が小さく震えだす。
その尋常ではない反応に驚いた。
「……本当に、本当にバラの御徴だったのですか」
「そうだ」
彼は認めたくないように首を振った。
「それは、あり得ないです。御徴は、それぞれに違います」
「どういうことだ」
「ですから、現れる聖人・聖女はそれぞれ自分の御徴を持つのです。本当に、バラの御徴でしたか? 本当に? 本当に?」
否定してもらいたくて、何度もテラはそう言った。
ヴェルディが答えないと、最後には、とても小さく呟くように言った。
「それは……たぶん、ルーディス神官長から奪ったあの、“聖人の徴”ですね。王家はまだそれを、“ライシャ事変”の後も持っていたんですね」
「馬鹿な!!!!」
ヴェルディは叫び、テラの肩に手をかけ、激しく揺すった。
「そんなはずがない。あの奪われた“聖人の徴”はきちんと葬り去ったはずだ」
「葬り去ったといっても、誰も見ていないでしょう」
そう、ルーディス神官長の遺体すら見つからず、犯人の捕縛、処刑、国王の交代と続いて、事変後はひどく混乱していた。きちんと葬ったと言われても、実際のところ、ヴェルディもはっきりとそれを見た記憶はない。
「ならば、王女は、神官長の奪われた徴を付けているわけか。……なぜ、そんなことを」
「そうしないと、ずっとこの国には“聖人”も“聖女”も現れない時代が続くからでしょう? ルーディス神官長が亡くなってから、誰も立っていない。だから、王家は聖女を作ったんですよ。でも、だからといって、あり得ない」
テラは吐き捨てるように、もう一度言った。
「あり得ない」
呆然としたヴェルディを見つめ、副神官長のテラは言った。
「このことを神殿長、神官長と話し合います。いいですか、ヴェルディ様」
彼は厳しい顔をして言った。
「絶対にこのことを、他の者に言ってはなりません。騎士団にはもちろんのこと、王に詰め寄ることもなりません。あなたがそれを知ったことに気づかれたら……」
「……」
「あなたが処罰される可能性が高いです。王家の認めた聖女を否定することを、王は許さないでしょう」
副神官長のテラは、早急に神殿長達と話し合うと言って席を立った。
ヴェルディは信じられないような気持ちのまま、屋敷に戻る。
そして、思ったのだ。
“もう一人のルーディス”はこれを知っていたのだと。
自分の右手から奪われた“聖人の徴”を、死後も隠し、密かに王家が使う機会をうかがっていたことを知っていたのだ。
そのため、数個の木箱が馬車には載っていた。これまでの分と併せると、神殿へは相当な量を寄進しているだろう。
神殿の者達も、侯爵家の紋章のある馬車を見ると、「ああ、またいらした」とスムーズに受け付けてくれるようになっていた。
副神官長のテラが奥から現れて、ヴェルディに頭を下げる。
「御寄進、誠にありがとうございます」
「収納する場所に困るなら、所有する倉庫での保管もするので、遠慮なく言ってくれ」
「はい」
テラは微笑んだ。
「こんなに薬を寄進して頂けると、何があっても心強いです」
「そうだな」
疫病が流行ると“もう一人のルーディス”は言っていた。これらの薬でしのげるといいのだが。
奥の部屋で、いつものようにお茶をふるまわれる。
「薬ばかりの寄進で悪いな。ルースが薬がいいと言っていてな」
「うちには救護院もあるので、本当に助かります。これから冬に向かう中、風邪も流行りそうですし、備えがあれば憂いなしです」
「そうだな」
「ルース様はお元気ですか」
年下の元見習い神官であっても、今は侯爵家に入った身である。テラはルースをルース様と呼ぶようになっていた。
「ああ、元気だ。風邪一つ引いていない」
「それは良かったです。また神殿にも遊びに来て欲しいですね」
それには、ヴェルディは微笑みだけ浮かべて答えなかった。神殿にはあまり近寄らせたくなかった。里心が付かれても困る。
そして、ふと気になっていたことを聞いた。
「先刻、マリア王女をお見掛けした。彼女は右手に“聖女の徴”を持っているのだが、アレは、ルーディス神官長と同じバラなのだな。聖人・聖女は代々同じバラの花の痣を持つのか」
一瞬で、テラは口を開いたまま凍りついた。
真っ青な顔をして、彼の身体が小さく震えだす。
その尋常ではない反応に驚いた。
「……本当に、本当にバラの御徴だったのですか」
「そうだ」
彼は認めたくないように首を振った。
「それは、あり得ないです。御徴は、それぞれに違います」
「どういうことだ」
「ですから、現れる聖人・聖女はそれぞれ自分の御徴を持つのです。本当に、バラの御徴でしたか? 本当に? 本当に?」
否定してもらいたくて、何度もテラはそう言った。
ヴェルディが答えないと、最後には、とても小さく呟くように言った。
「それは……たぶん、ルーディス神官長から奪ったあの、“聖人の徴”ですね。王家はまだそれを、“ライシャ事変”の後も持っていたんですね」
「馬鹿な!!!!」
ヴェルディは叫び、テラの肩に手をかけ、激しく揺すった。
「そんなはずがない。あの奪われた“聖人の徴”はきちんと葬り去ったはずだ」
「葬り去ったといっても、誰も見ていないでしょう」
そう、ルーディス神官長の遺体すら見つからず、犯人の捕縛、処刑、国王の交代と続いて、事変後はひどく混乱していた。きちんと葬ったと言われても、実際のところ、ヴェルディもはっきりとそれを見た記憶はない。
「ならば、王女は、神官長の奪われた徴を付けているわけか。……なぜ、そんなことを」
「そうしないと、ずっとこの国には“聖人”も“聖女”も現れない時代が続くからでしょう? ルーディス神官長が亡くなってから、誰も立っていない。だから、王家は聖女を作ったんですよ。でも、だからといって、あり得ない」
テラは吐き捨てるように、もう一度言った。
「あり得ない」
呆然としたヴェルディを見つめ、副神官長のテラは言った。
「このことを神殿長、神官長と話し合います。いいですか、ヴェルディ様」
彼は厳しい顔をして言った。
「絶対にこのことを、他の者に言ってはなりません。騎士団にはもちろんのこと、王に詰め寄ることもなりません。あなたがそれを知ったことに気づかれたら……」
「……」
「あなたが処罰される可能性が高いです。王家の認めた聖女を否定することを、王は許さないでしょう」
副神官長のテラは、早急に神殿長達と話し合うと言って席を立った。
ヴェルディは信じられないような気持ちのまま、屋敷に戻る。
そして、思ったのだ。
“もう一人のルーディス”はこれを知っていたのだと。
自分の右手から奪われた“聖人の徴”を、死後も隠し、密かに王家が使う機会をうかがっていたことを知っていたのだ。
6
お気に入りに追加
726
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?
銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。
王命を知られる訳にもいかず…
王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる?
※[小説家になろう]様にも掲載しています。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
大魔法使いに生まれ変わったので森に引きこもります
かとらり。
BL
前世でやっていたRPGの中ボスの大魔法使いに生まれ変わった僕。
勇者に倒されるのは嫌なので、大人しくアイテムを渡して帰ってもらい、塔に引きこもってセカンドライフを楽しむことにした。
風の噂で勇者が魔王を倒したことを聞いて安心していたら、森の中に小さな男の子が転がり込んでくる。
どうやらその子どもは勇者の子供らしく…
姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました
拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。
昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。
タイトルを変えてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる