騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

合同会議 (3)

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 王立騎士団と王都警備隊の合同会議が始まった。
 なお今回の会議には、近衛騎士団長と副団長が、新たな参加者として参加している。近衛騎士団は広い王都の森の管理に応援として駆り出される可能性が一番高い部隊であったからだ。なお、それに加えて出席者一同が驚いたのは、突然、連絡もなしにエドワード王太子が会議に臨席されたことであった。 

 急遽、王太子殿下のための席が設けられる。
 狭い王立騎士団の大会議室内は、王立騎士団団長、副団長、部隊長、王都警備隊隊長、部隊長、近衛騎士団団長、副団長、そして王太子殿下とその護衛騎士でいっぱいであった。
 始まった会議では、近衛騎士団の具体的な派遣人数やその時期について話がされる。王都の森全域を一度、騎士団の管理下において、密輸者を徹底的に取り締まろうという話である。
 エドワード王太子は黙って、会議の様子を眺めていた。
 
 フィリップ副騎士団長は、上座に座るエドワード王太子に視線をやる。

(なんで突然、王太子殿下が会議に出席されるのだ)
 
 それも、王立騎士団での会議の時に、わざわざ王立騎士団の拠点建物までおみ足を運ばれてのことである。番を愛する人狼の本能に、警戒の火が点される。
 エドワード王太子は、セーラ妃を伴侶に迎え、仲睦まじくお過ごしになられている。間には、二人の王子までもうけられている。バーナード騎士団長がバートとして伽を命じられ、エドワード王太子に淫夢を見せていた過去は、昔の話である。バーナード騎士団長はフィリップを選んだ。
 その事実をフィリップは理解している。実際、昨夜だってバーナード騎士団長を抱いたのはフィリップなのだ。

 自分でもおかしなくらい嫉妬深いと思うが、エドワード王太子を目の前にすると、この白皙の王太子の喉笛を噛み切りたくて仕方なくなる。この王太子がいなくなれば、自分の中に醜い感情が湧き上がるのが止むだろう。パーナードは自分のもので、誰にも渡さない。渡したくない。誰かに彼を渡す可能性なんて、一欠けらもない。
 エドワード王太子は、もはや敵ではないはずだった。バーナードを得た勝利者はフィリップなのである。
 その事実を確信しながらも、依然として、エドワード王太子に対する警戒心は消えることはなかった。
 エドワード王太子は、フィリップにとっての永遠の恋敵だった。

 しかし、そのことを、表に出してはいけないことをフィリップは理解していた。
 自分は、王家に忠誠を誓った騎士なのである。
 王太子に対しても、自分が忠実なる家臣であるべきことを理解している。

 バーナード騎士団長も、表情には何の感情も表さず、静かな様子だった。
 

 そして会議が中盤に入った時に、エドワード王太子が突然発言を求めた。
 それまでざわついていた会議室が、一瞬で静まり返る。

「殿下、発言をどうぞ」

 それでエドワード王太子は、口を開いた。

「王都の森での、王立騎士団の魔獣狩りを一時的に停止するのはどうだ」

「それは、どういう意味でしょうか」

 警備隊長が怪訝な声を上げる。
 エドワード王太子は続けた。

「王都の森に密輸者達が入って来ないようにすればいいのだろう。一時的に、森の中に魔獣を増やせばいい。あそこが危険な場所だと分かれば、密輸者達も入ってこないだろう」

 近衛騎士団長は驚きに目を丸くしていた。

「しかし、魔獣を増やすなどしたら、溢れた魔獣が森の外に出て、被害を加える可能性があります」

 エドワード王太子が、持参した王都の地図を、壁に張らせる。
 そして発言を続けた。

「民家に近い森では、騎士達に魔獣を狩らせればいい。王立騎士団の目の届かない森の奥地に、魔獣を溜まらせるようにするのだ」

「そんなコントロールなど出来るでしょうか」

「魔獣が溢れて王都までくる可能性が消せませんぞ」

 次々に批判めいた声が上がるが、バーナード騎士団長は興味深そうに茶色の瞳を輝かせていた。
 フィリップ副騎士団長は、知っていた。
 バーナード騎士団長がこうした目をした時は、“乗り気”であることに。

 大体、バーナードは、魔族の中でも高位の地位にある、“淫魔の王女”の称号を持つ魔族なのである。それに加えて、彼は“剣豪”の称号持ちで、強い。魔族の力で底上げされているバーナードは、フィリップの知る限り、負け知らずの男だった。実際に、彼がこの王国にいるために、強い魔物達は隣国にどんどん流れていっているくらいなのだ。
 王都の森で魔獣を増やし、王都の森の危険性を密輸者に知らしめる。実際に密輸者に被害は出るだろうが、王都の森の奥地で魔獣が出没することは昔から知られている(ここ最近、王立騎士団が積極的に魔獣狩りをしているため、魔獣が出没しなくなり、すっかり安全な場所のように考えられているが、本来の王都の森は、その魔獣討伐のための王立騎士団が設立されるほどの危険な場所であった)。そこを横切り、王都内に密かに入ろうとする者達こそが、悪いのである。

「大変興味深く、殿下のお話を傾聴させて頂きました」

 王立騎士団長バーナードは口を開いた。
 会議室内の者達の視線が、バーナードに一斉に向けられる。

「殿下のご提案を一度試してみたいと、私も考えます」

 なんとなしに、そのバーナードの発言を聞いた時、フィリップはエドワード王太子に対して、何故か意味不明の悔しさを感じたのだった。いや、意味不明ではない。分かっている。
 
 エドワード王太子とバーナード騎士団長が視線を交わしている。
 エドワード王太子も微笑み、バーナード騎士団長もそうだった。
 二人は意見の一致をみたようだ。
 
 こんなことで、嫉妬するのは馬鹿馬鹿しいと分かっている。
 分かっているのに。

 フィリップ副騎士団長の心の中で、小さな金色の犬が、尻尾を丸めうずくまる光景が思い浮かぶ。

(団長、ウサギは寂しいと死ぬらしいという話を聞いたことがあります)

 フィリップは呟く。

(私は狼で、ウサギではありませんが、団長に愛されないと死ぬような気がします)

 その呟きは、バーナード騎士団長に届くことはなかった。
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