騎士団長が大変です

曙なつき

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ずっと貴方を待っている

第十一話 王宮副魔術師長との再会

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 フィリップは、人狼族の若者達と共に巨鳥イシャロークの棲み処へ向かった。
 一際美しい金色の狼の姿に変わったフィリップが、先頭に立って走り始める。
 彼らは脇目もふらずに森の中を、前へ前へと進んで行った。
 険しい山を越え、深い谷を越えたその向こうにイシャロークの棲み処がある。
 長からは三日かかる距離と言われていたが、昼夜問わず休みなく走り続け、二日で到着することができた。
 いまだその巨鳥の姿は見えず、谷の巨木の上にある巣の中を覗き込むと、その雛らしき大きな鳥がピーピーと鳴いていた。
 雛といえどもその身体は大きく、すでに大人の男の身長を軽々と凌駕する大きさであった。
 今まで何度も仔狼をさらわれたことがあったのだろう。人狼の若者達は容赦なく、雛といえどもその雛鳥を巣穴から蹴り落としていた。
 空っぽになった巣穴の中で待ち構える一行の前に、巨鳥イシャロークがやってくる。
 そして手の届くほど近くまでやって来た途端、人狼達は一斉に巣から身を躍らせて、巨鳥の体に噛みついていく。

「ギィエェェェェェェェェェェェェ!!!!」

 身をよじり、振り落とそうと羽ばたくが、人狼達は皆、必死に噛みつき離れまいとする。
 どれほど時が経っただろうか。やがてイシャロークは飛ぶ力を失い、地面にその身を落とす。
 地面に落ちたその巨鳥の喉首を噛み切ることで、しばらくイシャロークは痙攣を続けていたが、ついに動きを止めたのだった。
 その巨大な鳥の屍を見下ろした後、フィリップはイシャロークの周囲をウロウロと歩き回る。
 その青い目は懸命に探していた。
 
(アレキサンドラは、ディヴィはどこだ!?)
 
 しかし、幾ら探しても黒い髪に巻き毛の少女と小さな金色狼の姿は見当たらない。
 そしてイシャロークの片方の足が、ぷつりと斬り落とされ無くなっていることに、その時初めて気が付いたのだった。
 よく見れば、それが剣による鋭い切り口であることに気が付く。

(きっとアレキサンドラがやったんだ)

 アレキサンドラが、腰に子供用の剣を下げていることをフィリップは知っていた。
 バーナードからプレゼントされたその剣を受け取った時、少女は心底嬉しそうな顔をしていた。
 
「お父様と同じ騎士になりたい」

 そう口にする凛とした眼差しの少女である。きっと自分を攫った巨鳥に一矢報いろうとしたのだろう。
 今、この場で彼女達の姿が見当たらないのであれば、イシャロークが運んでくる道中に何かして、巨鳥の手から逃れたことになる。
 しかし、それは一体どこで彼女は巨鳥の手から逃れたのだろうか。

 空を飛んでいた巨鳥ゆえに、人狼達は匂いでアレキサンドラの行方を辿ることは出来ない。

 フィリップは苦悩の表情を見せた。

 巨鳥が飛んでこちらへ向かった時の道を辿り、アレキサンドラとディヴィの姿を探していくしかない。
 魔界の森の中で見失った、六歳の人間の少女と三歳の金色の狼の二人である。魔界のことを知らぬ幼い子供達である。早く二人を見つけ出さなければ、その身は危険である。

 フィリップと人狼の若者達は、それから手分けして道を辿り、アレキサンドラとディヴィを探すことにした。
 広大な魔界の森や谷、湖に向かって、人狼達は走り出したのだった。


 ようやくアレキサンドラとディヴィットを、大きな湖の中にある島の一つから見つけ出したのは、それから七日も経った後であった。
 なかなか二人の姿を見つけられず、疲労困憊し、やつれ果てて一度人狼の村へ戻ってきたフィリップに、もう一頭の残された双子の仔狼のクリストフが、皆を案内するように湖の小島へと案内した。
 ディヴィットとクリストフの間には、双子故の神秘的な繋がりがあったのだろうか。

 そしてようやくアレキサンドラと仔狼ディヴィットを見つけた時には、安堵の余り、フィリップは意識を失って倒れてしまったくらいだ。彼は二人の子供を見失ってから、ほとんど寝る間も惜しんで、子供達を探し続けて魔界の森を彷徨っていたのだ。
 緊張の糸がプツリと切れてしまったのだろう。

 そして二日間、眠り続けたフィリップがようやく目を覚ました時、寝台のそばにいたのは心配そうに自分を見つめるアレキサンドラと仔狼達だけでなく、何故か人の世界にいるはずのマグル王宮副魔術師長もいたのだ。
 彼は椅子に座り、ひどく疲れたような顔でフィリップを見つめていた。
 そしてフィリップが目を覚ました時、心底ホッとしたような顔でこう言った。

「ああ、良かった、フィリップ。お前まで目を覚まさなかったらどうしようと思っていた」

 目を覚ましたフィリップに、マグルの腕の中にいた二頭の金色の仔狼達も飛びつく。もちろん、アレキサンドラも同じだった。
 子供達は泣きながらぎゅっとフィリップにしがみついてきている。
 その姿を見て、マグルはもらい泣きしたのか、ハンカチで目を拭っていた。

「本当に良かった。お前が目を覚ましてくれて本当に良かった」

 しみじみと言われる。
 だが、フィリップには何故か不安があった。

「…………マグル、どうして貴方がここにいるんですか」

 人の世界にいるはずの王宮副魔術師長マグル。彼が魔界の、この僻地の人狼の村の中にいることはおかしい。
 胸の中をチリチリと不安の火が小さく燻ってくる。
 マグルは人狼の若者に頼んで、アレキサンドラとディヴィット、クリストフを部屋から連れ出してもらった。
 それで、部屋の中にいるのは寝台で身を起こしているフィリップと、マグルの二人だけになる。
 どうも子供達には聞かせたくない話らしい。

 マグルはポツリポツリと話し始めた。

「僕、カトリーヌに頼んで妖精界に行って、セリーヌに会って頼んだんだ。万能薬エリクサーを持っていないかって」

 カトリーヌとは、マグルの妻であり、セリーヌはカトリーヌの姉で、妖精王子に嫁いだ娘であった。
 今やセリーヌは妖精となっており、その背中には大きな蝶の羽が生えている。妖精の王子に嫁ぎ、人外の者となったそのセリーヌに、マグルは頼んだのだ。
 
「万能薬?」

 何故、万能薬などをマグルは求めているのだろうか。
 フィリップの胸の中を、不安がますます黒く濃く広がっていく。
 それはポツリと水の中に落とした、黒い一滴の液体のようであった。

「その、フィリップ。目を覚ましたばかりのお前にこういう話を聞かせることは酷だと思う。でも、気をしっかり持って僕の話を聞いてくれ」

「……………なんですか、マグル」

「バーナードが、王宮で、毒で傷つけられたんだ。それで意識を失って」

 マグルは思いだしたのか、唇をぎゅっと噛み締めている。その拳も固く握り締められていた。

「その毒は万能薬じゃないと癒せないと聞いた。だから僕、妖精達にバーナードを癒せる薬を持っていないかって聞いて頼んだんだ」

 クラリと目の前が暗くなる。
 フィリップは額を手で押さえる。

「バーナードが毒をくらって意識を失った?」

「ああ、だから、だから僕」

 
 妖精界へ慌てて渡ったマグルの前で、妖精王子も、ご隠居様も顔を曇らせてこう言った。
 生憎と、万能薬はない、と。
 
 だが、何か出来ることはないか調べてみると告げられた。
 マグルは妖精達に、バーナードを救うよう頼んだ後、バーナードの苦境をフィリップに報せるために、その足でそのまま魔界へ渡ったのだ。
 
「最初は魔界の入口で、フィリップ、お前のことをずっと待っていたんだ。でも、フィリップがいつまで経っても来ないから」

 仕方なしに、マグルは魔界の中へと進み、人狼の村へ向かった。
 そして村に到着したところで、今度は驚いたことに、アレキサンドラ達が巨鳥に襲われて行方不明だと知る。そのためにフィリップも村から出て行ったことを聞いた。
 今か今かとフィリップが戻って来ることを待っていたところで、フィリップが意識を失ったまま人狼の村へと運び込まれたのだ。

「僕も人狼の村にやって来て、待っていたところでお前が倒れていると聞いて。もう、僕は」

 ゴシゴシとマグルは袖口で目から溢れた涙を拭っていた。

「どうしようかと思っていたよ。お前が目を覚ましてくれてよかったよ!!」

 そこで感極まったのか、また泣きだすマグル。
 だが、そんなマグルの肩をフィリップは掴んで揺すった。

「それで、毒を受けたバーナードはどうなったんですか!!」

「それは、人の世界に戻らないと僕だってわかんないよ!!!!」

 何故か逆切れしたように泣くマグルだった。
 
 フィリップは目を覚まして早々、やつれ果てた体力を快復させる間もなく、子供達とマグルを連れて再び人狼の村から魔界の入口を目指して進んでいったのだ。
 大丈夫かと気遣うマグルに、フィリップはとにかくバーナードのそばに行きたいと告げるのみで、彼はただ懸命に先を急ぐのだった。
 ただ、ただ愛しい番に会うために。
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