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ずっと貴方を待っている
第九話 歓迎の宴
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人狼族の長ビヨルンの屋敷で、フィリップを歓迎する宴が開かれた。
村にいる主だった者達が集められる。
参加した村人達は、総勢二百人ほどだろうか。屋敷の中だけではなく、広々とした庭にも宴の席が用意された。酒や食べ物を皆で持ち寄る気軽な宴であった。村のどこからこんなにたくさんの人が沸いて出てきたのだと、その結構な人出に、アレキサンドラも仔狼達も驚いていた。
「たくさん人がいるのね」
可愛らしい水色のドレスを纏ったアレキサンドラと仔狼達に、宴に来る人々は笑顔を向けていた。
村人達が、アレキサンドラ達を褒める言葉を口にしながら、「この村は自然も豊かで食べ物も旨い」というように人狼の村自慢をし、次に「だから是非村の若者と婚姻を」と言うことに、フィリップは苦く笑っていた。仔不足、嫁不足が甚だしいのか。それにしたって、仔狼達は三歳、アレキサンドラは六歳である。いくら何でも気が早いだろう。
それにアレキサンドラにはすでに婚約者がいる。そのことを牽制として話すと、人狼の村の者達は皆、非常にガッカリとした顔をしていた。
そして長ビヨルンも、アレキサンドラにはすでに婚約者がいることを知ると驚きつつも、残念がっていた。ビヨルンはこう言っていた。
「アレキサンドラは非常に良い気を持っている」
酒の入ったグラスを揺らしながら、ビヨルンは近くにいたアレキサンドラの頭を撫でる。黒い巻き毛には白い花が飾りのように編みこまれ、整ったアレキサンドラの顔立ちと相まって、人形のような愛らしさだった。
ただ人形にしては、大きな青い目が鋭い。アレキサンドラの足元には、首元にアレキサンドラのドレスと同じ水色の綺麗なリボンを結わえたディヴィットとクリストフがいた。仔狼達はアレキサンドラの手から、甘いお菓子や肉をもらって喜んでいる。
「気ですか?」
あまり聞かない言葉に、フィリップが尋ね返すと、ビヨルンは頷いた。
「そうだ。生命力とでもいうのだろうか。俺はそういうものを少し見ることが出来る。強い気を持つ者は特によくわかるな。このアレキサンドラは良い気を持っているぞ。きっとこの子は将来、何かを成し遂げることが出来るだろう。俺がもう少し若かったら、アレキサンドラに結婚を申し込んだな」
「………………」
「それにアレキサンドラは美しい。年頃になれば求婚者が殺到するだろう。今から婚約者を用意しておくのは、悪い虫を付けない意味で正解だな、フィリップ」
そのビヨルンの言葉に、フィリップは、王の御前で、彼女を第一王子の婚約者にすることを決めたエドワード王太子の言葉がふと蘇った。
『そなたの娘ほどふさわしい者はおらぬ。そうであろう』
絡みつくような眼差し。断ることを許さないような響き。
事実、バーナードもフィリップも、エドワード王太子の申し出を断ることは出来なかった。
王の御前で切り出された話である。騎士として王太子に剣を捧げているバーナードがそれを断れるはずもなかった。
将来の王子妃、末は王妃となる栄誉である。そののしかかる重責は大きいが、王の剣として讃えられ、先の竜退治を成し遂げた騎士団長の娘ならば立派に果たしてくれるだろう。周りの誰が反対を言うだろうか。むしろ美しいアレキサンドラは、シャルル王子にふさわしいと思われている。
フィリップの心の奥底で、不安と苛立ちが燻っていく。
バーナードが、自分の唯一はフィリップだけだと決めてくれたその喜びも束の間、あの王太子は未だにバーナードを絡め取ろうとする。
アレキサンドラを王子の婚約者と定めたことも、王太子の執着の一端が為したことだとフィリップは考えていた。
仔狼達と走り出して、笑い声を上げているアレキサンドラを見ながら、フィリップは思っていた。
(早く、バーナードの元に帰ろう。……胸騒ぎがする)
それは人狼としての野生の勘であったのかも知れない。
ちょうどその頃、王国にいるバーナードは、毒を塗られた刃にかすり、意識を失って倒れたところであった。
村にいる主だった者達が集められる。
参加した村人達は、総勢二百人ほどだろうか。屋敷の中だけではなく、広々とした庭にも宴の席が用意された。酒や食べ物を皆で持ち寄る気軽な宴であった。村のどこからこんなにたくさんの人が沸いて出てきたのだと、その結構な人出に、アレキサンドラも仔狼達も驚いていた。
「たくさん人がいるのね」
可愛らしい水色のドレスを纏ったアレキサンドラと仔狼達に、宴に来る人々は笑顔を向けていた。
村人達が、アレキサンドラ達を褒める言葉を口にしながら、「この村は自然も豊かで食べ物も旨い」というように人狼の村自慢をし、次に「だから是非村の若者と婚姻を」と言うことに、フィリップは苦く笑っていた。仔不足、嫁不足が甚だしいのか。それにしたって、仔狼達は三歳、アレキサンドラは六歳である。いくら何でも気が早いだろう。
それにアレキサンドラにはすでに婚約者がいる。そのことを牽制として話すと、人狼の村の者達は皆、非常にガッカリとした顔をしていた。
そして長ビヨルンも、アレキサンドラにはすでに婚約者がいることを知ると驚きつつも、残念がっていた。ビヨルンはこう言っていた。
「アレキサンドラは非常に良い気を持っている」
酒の入ったグラスを揺らしながら、ビヨルンは近くにいたアレキサンドラの頭を撫でる。黒い巻き毛には白い花が飾りのように編みこまれ、整ったアレキサンドラの顔立ちと相まって、人形のような愛らしさだった。
ただ人形にしては、大きな青い目が鋭い。アレキサンドラの足元には、首元にアレキサンドラのドレスと同じ水色の綺麗なリボンを結わえたディヴィットとクリストフがいた。仔狼達はアレキサンドラの手から、甘いお菓子や肉をもらって喜んでいる。
「気ですか?」
あまり聞かない言葉に、フィリップが尋ね返すと、ビヨルンは頷いた。
「そうだ。生命力とでもいうのだろうか。俺はそういうものを少し見ることが出来る。強い気を持つ者は特によくわかるな。このアレキサンドラは良い気を持っているぞ。きっとこの子は将来、何かを成し遂げることが出来るだろう。俺がもう少し若かったら、アレキサンドラに結婚を申し込んだな」
「………………」
「それにアレキサンドラは美しい。年頃になれば求婚者が殺到するだろう。今から婚約者を用意しておくのは、悪い虫を付けない意味で正解だな、フィリップ」
そのビヨルンの言葉に、フィリップは、王の御前で、彼女を第一王子の婚約者にすることを決めたエドワード王太子の言葉がふと蘇った。
『そなたの娘ほどふさわしい者はおらぬ。そうであろう』
絡みつくような眼差し。断ることを許さないような響き。
事実、バーナードもフィリップも、エドワード王太子の申し出を断ることは出来なかった。
王の御前で切り出された話である。騎士として王太子に剣を捧げているバーナードがそれを断れるはずもなかった。
将来の王子妃、末は王妃となる栄誉である。そののしかかる重責は大きいが、王の剣として讃えられ、先の竜退治を成し遂げた騎士団長の娘ならば立派に果たしてくれるだろう。周りの誰が反対を言うだろうか。むしろ美しいアレキサンドラは、シャルル王子にふさわしいと思われている。
フィリップの心の奥底で、不安と苛立ちが燻っていく。
バーナードが、自分の唯一はフィリップだけだと決めてくれたその喜びも束の間、あの王太子は未だにバーナードを絡め取ろうとする。
アレキサンドラを王子の婚約者と定めたことも、王太子の執着の一端が為したことだとフィリップは考えていた。
仔狼達と走り出して、笑い声を上げているアレキサンドラを見ながら、フィリップは思っていた。
(早く、バーナードの元に帰ろう。……胸騒ぎがする)
それは人狼としての野生の勘であったのかも知れない。
ちょうどその頃、王国にいるバーナードは、毒を塗られた刃にかすり、意識を失って倒れたところであった。
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