騎士団長が大変です

曙なつき

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ずっと貴方を待っている

第八話 家をもらう

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 人狼族は少子化が進行している。
 村を出た人狼達は村になかなか戻らず(行った先々で恋人を作り生活している。実際、長の息子のディーターも、伴侶が近衛騎士ジェラルドであるため、すっかりアルセウス王国に根付いてしまっている)、また仔を生まずに過ごす若い人狼達も多かった。
 呪いを受けたフィリップが新たな人狼となり、そして仔を連れて帰って来た。
 村の人狼達は皆が大歓迎である。

 フィリップ達の宿泊場所はビヨルンの屋敷であった。だが、後ほど、ビヨルンはフィリップ達を村の中にある一軒の家に案内した。
 大きな木の下にある、古いがよく手入れのされた白い漆喰の家である。家の中に入るなり、アレキサンドラも仔狼達も喜んで駆け回っている。

「二階があるわよ。屋根裏部屋もありそうだわ。さぁ、ディヴィ、クリス、競争よ!!」
 
 そう言ってアレキサンドラはスカートをものともせずに、階段を駆け上がり、仔狼達も子分のように後ろを追い駆けていく。
 ドタバタと走る娘と仔狼達に、フィリップが「ご迷惑だろう」と声を上げようとしたところでビヨルンがそれを止めた。

「ここは、お前にやろう」

 フィリップは首を傾げた。

「やろうというのはどういう意味でしょうか」

「そのままの意味だ。ここはお前の人狼の村での住処すみかにするといい。いつか、お前もこの人狼の村に帰りたくなるだろう。いや、どうか帰ってくると言ってくれ」

 帰るも何も、生まれも育ちも人間界なのであるが……。内心そう困惑するフィリップの肩を、ガシリとビヨルンは掴んだ。

「人狼の仔が二人もいるのだ!! 是非とも村に居ついてもらえると助かる。いや、お前達が仕事を退職した後でもいい」

 フィリップが人間の国で騎士の仕事をしていることは、おそらく息子のディーター経由で聞いているのだろう。そのことを配慮した言葉だった。

「人狼の村はいいところだぞ。退職後に暮らすといい。だからフィリップ、お前にこの家をやろう」

「……結構ですが」

 騎士を退職後、魔界の人狼の村で暮らすことなど考えたこともない。正直、困惑しかない。

「お前の息子達のためにも、別宅の一つが魔界にあるといいぞ」
 
 だが、人狼族の長はフィリップの言葉を聞くことなく、延々と人狼の村の素晴らしさを滔々とうとうと語っているのだった。彼の話すところ、この村は自然豊かで、番と暮らすには最適な場所だという。自然の中で存分に遊び、存分に愛し合う。それが出来る、人狼にとっては理想的な場所だった。
 確かに、魔界の端の端にあるこの村は自然が豊かであった。というか、周囲にはその大自然しかないのだが。



 その夜、人狼族の長と交わした話を、フィリップの夢の中へと渡って来たバーナードに伝えると、彼は「よほど、人狼族は仔が少ないのかも知れないな」と言っていた。
 先の神々との戦いの際、人狼族の人口は激減し、その後、魔界の村を出ていく人狼も多く見られたそうだ。
 だから、進んで呪いを受けた美しい人狼のフィリップとその仔らの存在は、人狼族にとっては未来に明りを灯す、希望の存在にも思えるようだ。

 夢の中で、フィリップはバーナードの唇に口づけする。愛しい伴侶の体を夢の中で作った寝台の上に優しく押し倒しながらも、その耳元で囁いた。笑みを浮かべながら言う。

「人狼族のために、もっと仔を作りますか」

 それにバーナードはジロリとフィリップを見上げていた。

「三人で十分だろう」

 アレキサンドラにディヴィット、クリストフと可愛い子供達が三人もいる。十分すぎるほど幸せだった。
 だが、フィリップには不満があった。
 アレキサンドラは、バーナードにとても目元がよく似ていて、キリリとした美少女であるが、会う人みなが、フィリップにそっくりだと言う。フィリップに言わせてみれば、あの目元と艶やかな黒髪などバーナードそのものなのにという気持ちがある。そしてディヴィットとクリストフは人狼で、今もまだ人の姿を取ることができない。ただ犬好きのマグルに言わせると「この金色の毛並、フサフサじゃないか!! フィリップ、お前そっくりの仔犬だな!! 一頭くれよ」とのこと。
 そして「一頭くれよ」のところで、バーナード騎士団長の手元から本が一冊飛んでマグルの頭に命中しそうになっていたのだ。

 そんな風に、アレキサンドラ、ディヴィット、クリストフは周囲の人々に言わせてみれば、バーナードではなくフィリップによく似ているらしい。
 バーナード自身もそう思っているようで、子供達のことを「フィリップ、お前によく似ていて良かった」と喜んでいる。
 だが、フィリップは、バーナードそっくりの子供も欲しかったのだ。


 でも、それを口にすることは決してない。

 一番最初に実ったあの、碧い目の子供。彼はバーナードにそっくりの顔立ちをしていた。
 海の悪魔と呼ばれる竜を倒すことと引き換えに、命を無くしてしまった子供。
 未だにその子供はバーナードの心の奥深くに、ひっそりと棲みついている。触れることはきっと彼に寂しさを蘇らせてしまう。
 自分が彼のその寂しさを埋める存在でありたいと望んでいたが、ぽっかりと空いたその心の穴が完全に塞がれることなど、おそらく生涯あり得ないだろうと思う。
 同様に、自分の中にもソレはあるのだから。

 互いの唇を触れ合わせ、頬に手をやり、抱きしめ合う。
 きっと彼も、自分の言葉には出さない思いに気が付いている。
 そして口を噤んでいる。

「愛しています、バーナード」

 それに彼も言葉で答えてくれる。互いの肌の温かさに慰められるような思いで、求め合っていた。
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