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【短編】
新たな年を迎える(上)
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王国の王宮では毎年、新年を迎える会が開かれる。
華やかな新年の装いをする王と王妃、そして美しく着飾る王太子とその妃と王子を、重臣らが囲み盛大に祝う。
毎年冬のその宴に、“王家の剣”と謳われ、国王の信頼も厚いバーナード騎士団長が出席することも恒例であったし、凛々しい騎士団長の傍らに美貌で知られる副騎士団長フィリップが控えていることも当然のことであった。
二人は常に共に行動をしていた。婚姻を結び何年経っても鴛鴦のように仲の良い二人の美丈夫を、若い貴族の令嬢達はどこか羨ましそうな表情で眺めていた。
だが、その年の冬はいつもと違っていた。
騎士団長に就任して以来、一度として新年会への出席を欠かしたことがなかったバーナード騎士団長が初めて、会を欠席すると、騎士団長の伴侶であるフィリップ副騎士団長が国王にその旨を伝えた。
過去、海竜退治を為した時以外、体調を崩す姿など見せたことのないバーナード騎士団長である。その彼が新年を迎える会を欠席するなど一体何事であろうかと国王もその周囲の者達も心配そうな表情でフィリップ副騎士団長をみやる。
フィリップ副騎士団長は、どこか苦し気な表情で「少しばかり体調を崩しているだけです」と答える。
それを聞いた国王らは「良い薬があるから持ち帰るように」と侍従長に声をかけて、薬の用意をさせ、フィリップ副騎士団長はなおも頭を深く下げていたのだった。
新年会は二日に渡って開催されることが恒例で、重臣たちは王宮に用意された部屋に宿泊していく者もいる。フィリップ副騎士団長も、例年であればバーナード騎士団長と共に、用意された客室に宿泊するのが常であったが、今年はバーナード騎士団長の体調不良のせいもあって、フィリップ副騎士団長は早々に新年会が開かれている大広間を後にすることにした。
フィリップ副騎士団長は、侍従長から薬の入った袋を渡され、王宮を辞する時、礼装の装いも煌びやかなエドワード王太子が呼び止められた。
「バーナードは大丈夫なのか」
心配そうな表情を見せる王太子に、フィリップ副騎士団長は頷く。
「ええ、ご心配頂き有難うございます、殿下。大したことはございません」
「何か私に出来ることがあれば、遠慮なく声をかけてくれ」
「……はい」
内心、何があろうとも殿下には声は掛けたくないと思うフィリップであったが、その思いを美貌の下に上手に隠している。
フィリップは馬に跨り、単身、自身の屋敷へ向かって走らせていく。
空を見上げると、ちらほらと白い雪が降り始めていた。
どうりで寒さが厳しくなってきたと思い、屋敷にいるバーナードのことを思う。
彼らは暖かく過ごしているだろうかと、心配になり、なおも馬の足を速めたのだった。
「バーナード、大丈夫ですか!!」
屋敷の扉を開けて、部屋に入るなりフィリップは叫んだ。
途端、ソファに座っていたバーナードにギロリと睨まれる。
「…………黙れ、フィリップ。ようやく、寝ついたところだぞ」
部屋の中は、暖炉の火が赤々と燃え上がり、とても暖かかった。
外の寒さと比べると屋敷の部屋の中は天国のような環境である。
ソファに座っているバーナードの腕の中には小さな赤ん坊がいて、うとうとと眠っている。
黒い巻き毛に薔薇色の頬をした愛らしい赤ん坊であった。
妖精の国の霊樹に実った最初の子、アレキサンドラは誕生してようやく半年を迎えた。ここ最近、甘え盛りの彼女は、バーナードがそばにいないと泣き喚くのである。特にこの二日間はひどくて、バーナードが少しでもそばを離れると火が点いたように泣いて彼を困らせていた。
折しも、いつも彼女の機嫌を上手に取る妖精達は妖精界の新年の祭りに出かけている。あやし上手のバーナードの屋敷の執事や召使達も、こうなることを予想していなかったために新年の休暇をまとめて取っており不在である。
当初、フィリップがアレキサンドラの面倒を見て、バーナードを王宮の新年会へ向かわせようとしたのだが、それどころではなかった。アレキサンドラはバーナードの服をしっかりと掴み、泣き喚くのである。
バーナードが自分の母親であることを、彼女は何か本能の部分で分かるのだろう。霊樹から生み落とされ、バーナードの胎から産まれたわけではないのに不思議な事であった。そしてその父親たるフィリップは不満であった。赤ん坊は母親であるバーナードにばかりしがみついて行かないでくれと泣くのに、自分には言わないのかと。
だが、バーナードとしてはたまらない状態であろう。
彼はずっとアレキサンドラを片手で支えながら、もう片方の手でサインをしたりと騎士団の書類仕事をしていた。
そしてアレキサンドラが機嫌が良ければ二人でよく遊び、そして一緒に食事をした後に、彼女を風呂に入れる。
「熱い風呂に入れて、ようやくアレキサンドラも疲れたのか眠ってくれたんだ。もう、起こしてくれるなよ」
急いで帰宅したフィリップ副騎士団長を睨みつけながら、バーナードはそう言ったのだった。
華やかな新年の装いをする王と王妃、そして美しく着飾る王太子とその妃と王子を、重臣らが囲み盛大に祝う。
毎年冬のその宴に、“王家の剣”と謳われ、国王の信頼も厚いバーナード騎士団長が出席することも恒例であったし、凛々しい騎士団長の傍らに美貌で知られる副騎士団長フィリップが控えていることも当然のことであった。
二人は常に共に行動をしていた。婚姻を結び何年経っても鴛鴦のように仲の良い二人の美丈夫を、若い貴族の令嬢達はどこか羨ましそうな表情で眺めていた。
だが、その年の冬はいつもと違っていた。
騎士団長に就任して以来、一度として新年会への出席を欠かしたことがなかったバーナード騎士団長が初めて、会を欠席すると、騎士団長の伴侶であるフィリップ副騎士団長が国王にその旨を伝えた。
過去、海竜退治を為した時以外、体調を崩す姿など見せたことのないバーナード騎士団長である。その彼が新年を迎える会を欠席するなど一体何事であろうかと国王もその周囲の者達も心配そうな表情でフィリップ副騎士団長をみやる。
フィリップ副騎士団長は、どこか苦し気な表情で「少しばかり体調を崩しているだけです」と答える。
それを聞いた国王らは「良い薬があるから持ち帰るように」と侍従長に声をかけて、薬の用意をさせ、フィリップ副騎士団長はなおも頭を深く下げていたのだった。
新年会は二日に渡って開催されることが恒例で、重臣たちは王宮に用意された部屋に宿泊していく者もいる。フィリップ副騎士団長も、例年であればバーナード騎士団長と共に、用意された客室に宿泊するのが常であったが、今年はバーナード騎士団長の体調不良のせいもあって、フィリップ副騎士団長は早々に新年会が開かれている大広間を後にすることにした。
フィリップ副騎士団長は、侍従長から薬の入った袋を渡され、王宮を辞する時、礼装の装いも煌びやかなエドワード王太子が呼び止められた。
「バーナードは大丈夫なのか」
心配そうな表情を見せる王太子に、フィリップ副騎士団長は頷く。
「ええ、ご心配頂き有難うございます、殿下。大したことはございません」
「何か私に出来ることがあれば、遠慮なく声をかけてくれ」
「……はい」
内心、何があろうとも殿下には声は掛けたくないと思うフィリップであったが、その思いを美貌の下に上手に隠している。
フィリップは馬に跨り、単身、自身の屋敷へ向かって走らせていく。
空を見上げると、ちらほらと白い雪が降り始めていた。
どうりで寒さが厳しくなってきたと思い、屋敷にいるバーナードのことを思う。
彼らは暖かく過ごしているだろうかと、心配になり、なおも馬の足を速めたのだった。
「バーナード、大丈夫ですか!!」
屋敷の扉を開けて、部屋に入るなりフィリップは叫んだ。
途端、ソファに座っていたバーナードにギロリと睨まれる。
「…………黙れ、フィリップ。ようやく、寝ついたところだぞ」
部屋の中は、暖炉の火が赤々と燃え上がり、とても暖かかった。
外の寒さと比べると屋敷の部屋の中は天国のような環境である。
ソファに座っているバーナードの腕の中には小さな赤ん坊がいて、うとうとと眠っている。
黒い巻き毛に薔薇色の頬をした愛らしい赤ん坊であった。
妖精の国の霊樹に実った最初の子、アレキサンドラは誕生してようやく半年を迎えた。ここ最近、甘え盛りの彼女は、バーナードがそばにいないと泣き喚くのである。特にこの二日間はひどくて、バーナードが少しでもそばを離れると火が点いたように泣いて彼を困らせていた。
折しも、いつも彼女の機嫌を上手に取る妖精達は妖精界の新年の祭りに出かけている。あやし上手のバーナードの屋敷の執事や召使達も、こうなることを予想していなかったために新年の休暇をまとめて取っており不在である。
当初、フィリップがアレキサンドラの面倒を見て、バーナードを王宮の新年会へ向かわせようとしたのだが、それどころではなかった。アレキサンドラはバーナードの服をしっかりと掴み、泣き喚くのである。
バーナードが自分の母親であることを、彼女は何か本能の部分で分かるのだろう。霊樹から生み落とされ、バーナードの胎から産まれたわけではないのに不思議な事であった。そしてその父親たるフィリップは不満であった。赤ん坊は母親であるバーナードにばかりしがみついて行かないでくれと泣くのに、自分には言わないのかと。
だが、バーナードとしてはたまらない状態であろう。
彼はずっとアレキサンドラを片手で支えながら、もう片方の手でサインをしたりと騎士団の書類仕事をしていた。
そしてアレキサンドラが機嫌が良ければ二人でよく遊び、そして一緒に食事をした後に、彼女を風呂に入れる。
「熱い風呂に入れて、ようやくアレキサンドラも疲れたのか眠ってくれたんだ。もう、起こしてくれるなよ」
急いで帰宅したフィリップ副騎士団長を睨みつけながら、バーナードはそう言ったのだった。
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